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いきなり はんにちは はーどなの

 お昼休みに、高等部にある和臣の教室に来た渚ちゃんは、恐ろしく奇妙な光景を目の当たりにしていた。

 和臣はお友達の安田君と話しながらパンを食べているのだが、その隣に寄り添うように紅葉が座っていて、ずっーと彼の耳たぶを弄っているのだ。


「中等部の子ね? どうしたの?」


 教室内にいた女生徒が、渚ちゃんに気付いて、話しかけて来た。


「お兄ちゃんに用事があってきたんですけど……。あれ、何しているんですか?」


 女生徒は指差す方を見て、軽く頷いた。


「絵島さんね。暇になると、ああやって、貴女のお兄さんの耳たぶ弄るのよ。」


 弄るのよって……。

 側から見ていると、異様な光景なのだが、クラスの人は誰一人気にしていない。

 渚ちゃんは救いを求める目で、鴻池と名乗った先程の女生徒を見た。


「もう、皆慣れちゃっているから。あの二人の親密ぶりには……。」


 ラブラブだとは思っていたけど、ここまでとは……。


「見てて、もっと面白いものが見られるから。」


 鴻池さんが楽しげな声で言ったのと同時くらいに、和臣が千切ったパンを紅葉の口の辺りに持っていった。紅葉も自然に口を開き、和臣は目を合わせる事もせず、彼女の口の中にそれを放り込んだ。


 二人の一連の動作は、ごく自然で、滑らかなものなのにも関わらず、その行動の意味するところが全く理解出来なかった。


「えーと……。何だったんですか? 今のは。」

「あれはねえ……。私達『曽我絵島ウォッチャー』も、最初の頃は頭を悩ませたのよ。」


 観察されてる。お兄ちゃん、観察されてるよ。

 渚ちゃんは心の中で呼びかけた。


「どうもパンを食べてて美味しい部分……。クリームとかジャムの詰まっているところね。にさしかかると、絵島さんに一口上げるのが習性になっているみたいなのよ。」


 これは、前世で、魔王に住んでいた街を焼き払われ、食うや食わずで旅をしていた時の名残りであった。

 トールとイサキオスは、一番年少のアイラを飢えさせないように、いつも気を遣っていた。


 彼女が幸せな気持ちでいられるよう、美味しい物を手に入れたら真っ先に与えるのが、二人の暗黙の了解であった。

 こうして、大事にされたアイラは増長し、天上天下唯我独尊の狂犬へと育っていったのだ。困ったものである。


『実の妹に対しては、むしろオヤツを取り上げたりするくせに。なんなの? あの、紅葉ちゃんへの甘やかし方。』


 納得いかない。と思いながら、渚ちゃんは和臣に近付いた。


「この二人に用があるから、あっち行って、安田君。」


 渚ちゃんに手で追い払われた安田君は「ひでえ。」と泣きながら席を立った。


「なあに、渚ちゃん。私に会いたくなっちゃった?」


 お姉さんみたいに思っている、大好きな紅葉の笑顔も、先程からの二人のベッタリな様子を見せ付けられた後では、さすがにウンザリした。


「今日、リリスが休んでいるの。何か知ってる?」


 なんか今、無視されたような気がする。

 渚ちゃんの冷たい態度に、紅葉は焦った。


「そういえば、昴から愚痴メールが来ていたわ。ずっーと、リリスがプリを構っていて、今日は五回しか抱き締めてないとか……。」


 ほら見て見て、と渚ちゃんの気を引くのに必死な紅葉。


「学校休んでプリちゃんと遊んでいるの?」

「全く、何してるのかしらね、あの()ったら。昴に電話してみる?」

「いい。帰りにプリちゃん家に寄ってくから。」


 そう言って席を立とうとする渚ちゃんを、紅葉が引き留めた。


「まだ、休み時間あるし、少しお話ししましょうよ。」

「えー、いいよ。邪魔しちゃ悪いし。紅葉ちゃんは、お兄ちゃんと仲良くしてなよ。」


 じゃあね。

 渚ちゃんは紅葉の手を振り切ると、自分の教室に戻って行った。

 残された紅葉は茫然自失状態だった。


「何あれ。何なの?」

「嫌われたなー、お前。」


 和臣は若干嬉しそうだ。


「あんたのせいだ。」

「うるせえ。この前の俺の気持ちがわかったか。」


 二人が言い争っているのを、教室のあちこちにいる「曽我絵島ウォッチャー」が密かに注目していた。


 久々の痴話喧嘩だ。


 彼等は、思わぬイベントを持ち込んでくれた渚ちゃんに、感謝していた。




 その頃、昴は憔悴し切っていた。

 昨日から、お風呂もおネムもリリスと一緒。全然いつものようにイチャイチャ出来ないのだ。(あくまで昴の主観であり、プリ様はイチャイチャしているつもりはありません。)


 今も、二人は楽しそうにマザーグースを歌っていた。接触しようにも、プリ様はリリスの膝の上だ。もう三十分くらい、この状態なのだ。表面的には手拍子を打って調子を合わせているが、心中は穏やかならざる様子になっていた。


 抱き付きたいよぉ。プリ様の柔らかなホッペにスリスリしたい。しなやかな御髪を指で梳きたいぃぃぃ。


 もはや、禁断症状であった。


「ああ、楽しいわぁ。」

「ねー。たのしいの。」

「そ、そうですね。」


 引き攣った笑顔の昴。「お手洗いに行ってくるわね。」とリリスが部屋を出た瞬間、発作的にプリ様に抱き付いていた。


「プリ様〜。プリ様ぁぁぁぁぁ。」

「なくこと ないの、すばゆ。」

「だって、だって。今日はこれでまだ七回しか、プリ様を抱いてないんですもん。」

「それだけ だけば じゅうぶんなの。」


 泣きながらしがみ付いて来る昴の頭を、プリ様は撫でて上げていた。


「もう、しょうがない子だわ。」


 いつの間に戻っていたのか、リリスが呆れた顔で見ていた。


「気を遣って、時々、抱き付くチャンスを上げていたのに、まだ足りないなんて……。」

「ゔえぇぇぇん。だっでぇ、いづも空気を吸うみたいに、プリ様成分を補給してたがらぁぁぁ。」


 プリ様成分って何だよ、二人は突っ込みそうになって、言葉を飲み込んだ。


「ごめんなさい。プリ様もリリス様も、楽しくお歌を歌っていたのにぃぃ。昴の我儘で邪魔しちゃってぇぇ。でもでも、涙がとまらなくて。えーん。」


 リリスは溜息を吐いた。

 思えばエロイーズも、二十四時間何処かしらトールの身体に触れていないと、満足出来ない感じだった。

 リリスの脳内では、前世の記憶が蘇って来ていた。エロイーズが寝ている間に、トールがコッソリ夜の街に遊びに行った事があったのだ。



 ☆☆☆☆☆☆☆



「トールがいないの。トールがいないのぉ。」


 半狂乱で自分の部屋の扉を叩く音で、クレオは目を覚ました。


「あらー、起きちゃったの。大丈夫よ。悪い遊びをしに行っただけだから。」

「トールがいないのぉ。」

「……。エロちゃん、私の話聞いてる?」

「トールが、トールがいないのぉぉぉ。」


 細い身体をブルブルと震わせて、身も世もないといった風情で涙を流し続けている。


「落ち着いて、明け方には戻るって言ってたから。」

「明け方……。まだ、二時間もあるよぉ。」


 二時間が百年にも感じられる言い方だった。


「私と寝ましょう。眠って、起きたら、戻って来てるから。」

「探しに行く。私、トールを探しに行くの。」


 飛び出して行こうとするエロイーズを、クレオは慌てて止めた。


「ダメよ。エロちゃんみたいな子が夜中に出歩いてたら危ないわ。」

「危ないの? 夜中の街は危ないの? だったらトールも危ないのじゃないの?」


 あの筋肉ゴツ盛り男を危ない目に合わせられる奴なんて魔王くらいよ。と、クレオは思った。


「迎えに行かなきゃ。トール、寂しくて泣いてるかも。」


 寂しくて泣いてるのは貴女でしょ。


「落ち着いてって、エロちゃん。此処で大人しくしてましょう。すぐに戻って来るわよ。」

「嫌だぁ。探しに行くのぉ。トール、トールゥゥ。」


 結局、明け方まで泣いたり喚いたりして、大変な騒ぎだった。

 その後は、戻って来たトールにピッタリ貼り付いて離れなくなり、一週間はその状態が続いた。寝る時は彼の腕にしがみつき、熟睡していても引き剥がせないという、無駄な根性を見せたりもした。


 まるで、修道僧になった気分だよ。

 夜遊びが出来なくなったトールは、その当時、自嘲気味に語っていた。



 ☆☆☆☆☆☆☆



「よし、こうしましょう。エロちゃん……じゃない、昴ちゃんの合宿の目標は、プリちゃんから半日離れていられる事。」


 言いながら、なんてバカバカしい目標なのかしら、と思っていた。


「半日! 無理ですぅ。半日って十二時間ですよね? 無理、無理。絶対無理。私、発狂して、死んじゃいますぅ。」


 本当に発狂するかも。と、リリスは思った。

 本当に死んじゃうかも。と、プリ様は不安になった。


「り、りりすぅ。いちじかん くらいに しとこ? いきなり はんにちは はーどなの。」

「……。じゃあ、一時間……。」


 それって、合宿してまで克服しなければならない事かしら? リリスは自分の常識が崩壊していくのを感じた。


「一時間! 嫌ですぅ。無理ですぅ。そんなの地獄ですぅ。」


 どないせえっちゅうねん。

 プリ様とリリスは頭を抱えていた。








プリ様達のキャラクターを借りて、短編を書いてみました。

新たに設定を起こすのが面倒臭いという怠惰な理由から、そうしたのですが、これはこれで、故手塚治虫先生のスター・システムみたいで良いかな、と烏滸がましい事を思い始めてます。

良かったら読んでみて下さい。

どうでもいいのですが、「おこがましい」って「烏滸がましい」と書くんですね。変換ワードで出て来たので使ってみました。

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