おかあたまが いってたの。りりすは しぬほど どりょくしたって
盛大に眠りこけるオフィエルを見ながら、オクは、やちゃったなぁ、と反省していた。
迂闊に仮面を取った私が悪かったのね……。
でも、仮面を被っているって事は素顔を見られたくないわけで、そういう人が仮面を外したら、目を逸らすのが礼儀じゃないかしら?
つまり、オフィエルちゃんが悪いのであって、私は悪くないわ。
……、反省はしてないようである。
『しかし、このケーリュケイオン……。失敗だったなぁ。』
七大天使には、オクから神器が与えられているが、万が一、叛旗を翻された時の為の防御策が施されていた。
例えば、アダマントの鎌であれば、光の刃はオクを攻撃出来ないのである。
そしてケーリュケイオンもまた、オクに向けられれば、二匹の蛇はケーリュケイオンを持っている者の方を攻撃する。
『更に念を入れて、私をオフィエルちゃんより上位命令者に設定していたのが、仇となったか……。』
つまり、オフィエルが眠らせた者でも、オクが呼べば目覚めさせる事が出来るのだ。
『まあ、いっか。オフィエルちゃんには別の武器を与えましょう。』
洗脳を施した上でね。
オクの口元に悪魔の微笑みが浮かんだ。
話は戻って、神王院邸の居間。合宿の概要が説明されていた。
「前世の力をコントロール出来るようにする?」(紅葉&和臣)
「そうよ。残念ながら、現世の貴方達の能力では、幼女神聖同盟に太刀打ち出来ないのは、この前の戦いでわかったでしょ?」
二人の質問に、リリスはズバッと答えた。
「そういえば、リリスの戦い方は前世と違うな。なんでだ?」
ハティ戦を思い出した和臣が尋ねた。
「そうよ、あんた騎士だったじゃない。黄金の象嵌が施された大きなランスを軽々と振り回しては、押し寄せる敵を一歩も通さず『ゴールデンウォール。』とか言っていたわ。」
技の名前は同じだったみたいだ。
「クレオは百七十センチもある大女だったのよ。恵まれた体躯から繰り出す技と魔法を併用する前世の戦い方は、今の私には出来ないわ。」
そう言われてみれば、そうだ。と二人は思った。リリスは平均的中学一年生といったサイズだ。大きくもなければ、小さくもない。
『でも、やたらとスタイルは良いのよね。』
紅葉は密かに思っていた。身長は自分より低いくせに、身体つきはリリスの方が大人っぽいのだ。
『特に胸なんか、私よりありそう……。』
そんな事を考えていたら、リリスと目が合った。
「私はDカップよ。紅葉ちゃんはCかしら?」
「ご名答……じゃなくて、貴女、他人の心が読めるの? エスパーなの?」
「あらあら、紅葉ちゃんの思考ぐらい超能力なんか無くても読めるわよ。」
さりげなくバカにされてない?
「因みに今は、オヤツまだかなって、思ってますね。」
「かっぷけーき たべたいって おもってゆの。」
昴とプリ様からの指摘も図星だった。
『単純? 単純なの? 私。単純バカなの?』
「気心の知れた仲間だって事よ。」
「そうですよぉ。紅葉さんは単純バカじゃないです。」
「もみじ ばかなの。」
「だから、私の心を読むなー!」
堪らず叫ぶ紅葉。
「バカは放っておいて。リリス、お前の話が聞きたい。新しい力をどうやって手に入れたのか。」
「お金の力よ。」
即答か。
「また、りりすは てれてゆの。おかあたまが いってたの。りりすは しぬほど どりょくしたって。」
「そうですよ。リリス様、イギリスに留学しながら、フィッシュ&チップスも食べないくらい訓練に打ち込んでいたって……。」
いや、別にそんな物食べなくても良いだろう?
昴の言葉に和臣と紅葉は内心で突っ込んだ。
「賢者の石を体内に取り込むには、それなりの魔法力が必要だったのよ。石自体はお金で買ったようなものだし。」
リリスは真っ赤になった顔を背けた。
「でも『賢者の石』なんて、伝説上の話だと思ってたわ。持ち主も、よく手放したわね?」
「そ、それは……。」
由緒正しい英国貴族が、使い方もわからずに金庫にしまっていたものを巻き上げたのだ。
……イカサマ賭博で。
「ま、まあ良いじゃない。世界平和の為に使うのだし。お、おほほほ。」
誰に言い訳をしているのだろう、と皆は思った。
「私は前世から、魔法はあまり得意じゃなかった。今世でも、努力はしたけど、限界があった。だから、リスクを承知で賢者の石を取り込んだの。」
努力の限界。
リリスは昴が閉じ込められていた塔に、傷一つ付けられなかった時の悔しさを思い出していた。国家守護の一翼、美柱庵家の者として、生まれた時から修行を積んだにも関わらず、その一切が嘲笑われるかの如く弾き返されたのだ。
「貴方達は私よりも才能がある。前世、魔法使いとプリーステスだったからだと思うけど、実際、何の訓練も受けずに、魔物と渡り合えるだけの力を有しているなんて……。」
羨ましい、という言葉を、リリスは飲み込んだ。
リリスは何人かの師匠の元で修行をしたが、誰もが一様に「力を求めるな。真の強さを知れ。」と戒めた。一緒に修行をしていた兄弟弟子達には、その類の注意をするのを聞いた覚えがないので、恐らく自分だけが言われていたのだろう。
どうして力を欲するのが、そんなにいけない事なのか、正直リリスには充分に理解出来ないでいた。力がなければ、結局誰も救えないではないか。幽閉されていた昴を救えなかったように。
だが、理解は出来なくとも、師匠達からの忠告は有り難い教えとして胸に刻んでおいた。そして、今も煩悶し続けている。「強さ」とは何なのか……。
「じゃあ、ひと段落ついたから、オヤツにしようよ。」
己の欲望に忠実な意見を紅葉が言った。リリスはフッと口元を緩めた。
「あらあら、紅葉ちゃんは暢気で良いわね。」
「ちょっと待ってて下さい。今、長田さん自慢のカップケーキを持って来ますね。」
昴がパタパタと足音を立てて、厨房に向かった。
ちょうどその頃、都内にある道場では、信じられない光景が繰り広げられていた。フラリと現れた幼女が、空手五段で世界大会優勝者の中山昌達さん(三十二歳)を、良い様にあしらっているのだ。
彼女はプリ様みたいな標準的幼女よりは1.2倍くらいの大きさをしていたが、それでも成人男子である中山さんに比べれば、ウェイトの面からの明らかな不利は否めない。にも関わらず、顔面を腫らし、鼻血を噴き出し、膝をついたのは中山さんの方だった。
「よわすぎ。それで せかいちゃんぴおん だと?」
フフンと、バカにした表情で嘲笑った。
中山さんは空手家としての誇りにかけて、なんとか立ち上がろうとしていたが、全身のバネを最大限に活かし、急所を確実にヒットして来る彼女からの攻撃のダメージで、それはもう不可能な状態だった。
幼女は足掻く中山さんを蹴飛ばし、転がった彼の頭を踏み付けた。
「ぶざまな やつめ。じぶんの はいぼくさえ さとれぬか。」
「もう止めて! 勝負はついたでしょう?」
道場の隅で正座をしていた中山さんの娘、舞姫ちゃん(九歳)が立ち上がった。親娘二人で稽古をしている時に、この幼女が乱入して来たのだ。
「やるのか? やるのなら……。」
幼女は着ていたオーバーオールの大きなポケットから炭酸飲料「黄金の林檎味」の空き缶を取り出した。それを見た中山さんは驚きを禁じ得なかった。
『黄金の林檎味、だと。ネットで良く、出てた、出てなかった、と論争になるあれか?』
因みに中山さんは出てた派だ。
「やるのなら、こうなっちゃうぜ。」
幼女は缶を握り潰した。
ああ、貴重な証拠が……。中山さんは落胆した。
「武道家だもの、負ける時はある。でも、貴女の態度は何? 健闘を讃えるとか、敗者に対する労わりとか、全く無いじゃない。間違ってる!」
舞姫が叫んだ。それを聞いた幼女はイラっと顔を歪めた。
「よわいやつは つよいやつに ふみつけられても もんくは いえないのだ。おせっきょう するなら、おれを たおしてみろ。」
舞姫も幼年部空手世界チャンピオンだ。腕に覚えはある。
この生意気な幼女を必ず後悔させてやる。
舞姫はグッと拳を握った。
今回、新しい七大天使(三歳)と、中山舞姫ちゃん(九歳)が出て来ましたが……。
今更ですが、メインの登場人物のほとんどが十歳以下、年長でも胡蝶蘭(十九歳)というのは、如何なものなんでしょうか?
「事案」とかになったりしないでしょうか?
心配です。




