ほめて ほめて、すばゆ〜。
お昼寝から目を覚まして、プリ様はボッーとした面持ちで世界を眺めていたが、やがて、隣で寝ている昴の身体を揺すった。
「ふにゃぁぁ。プリ様ぁ。」
お布団の上にチョコンと座っているプリ様に、軟体動物みたいに、しな垂れかかり、細い腕を巻き付けた。
「プリ様、好き好き……。」
昴もあまり寝起きの良い方ではない。寝言のように呟きながら、頬ずりをしていた。
「すばゆ、おっきして。きょうは かずおみたちが くるの。」
「ふぁぁい。じゃあプリ様、お着替えしましょう。」
そう言われて、プリ様は、すっとお寝巻きを脱ごうとした。
「あれぇ? プリ様ぁ、一人で出来るんですか?」
昴が不満かつ不安そうな声を出し、プリ様は「しまった。」と手を下ろした。
実はプリ様はもうお着替え出来るのだ。自立心の強いお子様なので、昴が寝ている時などに、何度も試していた。最近では「ぱーふぇくつ!」と思える程の、上達ぶりだった。だが、昴の生き甲斐である「プリ様のお世話」を取り上げたくなかったので、出来ない振りをしていたのだ。
「すばゆ やって。ぷり、できないの わすれてた。」
「もう、プリ様ったら慌てん坊さんなんだから。はーい、お手手を上げて。あっ、可愛いお臍がのぞいてますよ。あーん、可愛い! プリ様ぁ。」
「……。おへそ つつくのやめて、すばゆ。」
「えっー、こんなに可愛らしいのに……。」
「す・ば・ゆ。」
「はーい……。」
プリ様に怒られて、しょげる昴。これで、普段は自分を大人だと言い切っているのだ。少しは己を省みた方が良いぞ、昴。
それからも、途中で露出した脇の下をコチョコチョしたり、手で髪を梳いたりと色々やって、その度に叱られながら、漸くお着替えを終えた。
集会場にしている居間に行っても、まだ誰も来てなかった。少し時間が早過ぎたらしい。
八畳程の部屋の中央にはテーブルと、それを取り囲むようにソファーが配置されていて、壁の左手には暖炉がある。薪は燃やさないが、中には電気ストーブが仕込んであった。その前の空間は、冬場のプリ様の特等席だ。
暖炉の上にのせてある銀の燭台が目に入ったプリ様は、昴に視線で訴えて、それを取ってもらった。ちっちゃなプリ様では、まだ手が届かないのだ。燭台を渡した後、昴は自分のエプロンの大きなポケットから、研磨用の布を取り出して、それも手渡した。
その後、メイド服のスカートの裾を大きく円状に広げ、絨毯の敷いてある床の上にペタリと座り込んだ。プリ様は昴の膝に可愛いお尻を下ろし、燭台を磨き始めた。
昴はプリ様の背中に胸を押し付け、抱え込む様に両手をプリ様のお腹に回して、大人しくしていた。
そのうち、リリスが入って来たが、プリ様は一心不乱に磨いていて、昴もそれを熱心に見詰めており、彼女の来訪には気付かなかった。あらあら、と小さく呟くと、自分でお茶を淹れた。
やがて、和臣と紅葉もやって来た。紅葉が二人に声をかけようとしたので、リリスは人差し指を口に当てた。
「何やってんだ? あれ。」
「銀の燭台を磨いているの。銀製品とか磨いて、ピカピカにするのが、プリちゃんの趣味だそうよ。」
和臣の疑問にリリスが答えた。
「あっー、トールもよくやってた。暇になるとミョルニルやヤールングレイプルを磨きだすのよ。」
紅葉が小声で懐かしそうに言った。
「ミョルニルねぇ……。」
リリスの呟きに、和臣も頷いた。前世同様の武器があれば、プリ様の銀座線での戦いも、もう少し楽だった筈なのだ。少なくとも、アダマントの鎌に、あれ程手こずりはしなかったであろう。
「そういえば、貴方達婚約するんですって? どうして、そんな急激な展開になっているの?」
リリスが話を変えた。
「婚約なんかしない。」
「いやだ、和臣ったら。照れちゃって。」
二人のやり取りを聞いただけで、どういう経緯でそうなったのか、察しの良いリリスにはピンと来た。
「和臣ちゃん、セックスレスは相手有責で離婚出来るわよ。」
「マジか!? よし、離婚だ。」
「さらに言っちゃうと、同性相手でも不倫は不倫だから。」
「ちょっとリリス! 何で私達を引き裂こうとするの?」
「だって可哀想でしょ。ダメよ、自分の欲望の為に和臣ちゃんの人生を束縛しようだなんて。」
うっ、と紅葉は詰まった。歳下なのに、つい前世と同じ調子になって、リリスには頭が上がらなくなるのだ。
「わかったわ。もの凄〜く嫌だけど、月に一回くらいなら、トイレ掃除でもすると思って、相手して上げるわよ……。」
「そんっなに嫌なら結婚しなくて良いだろ。というか、俺は宮路さんの方が良い。」
「か、和臣の浮気者!」
「浮気じゃないだろ。俺等、別につきあってねえし。」
二人が言い争っている間、リリスは目を瞑って、お茶を啜っていた。
「大体、何でアンタ婚約の事知っているの?」
「そう言われれば、そうだな。別に正式な話でもないし、言っちゃえば、俺の家族だけで盛り上がっている話だからな。」
飛び火して来たな、とリリスは片目を開けた。
「渚に聞いたのよ。あの子、凄く興奮してたわよ。」
「んっ? 何故、渚ちゃんを知っているの? それに呼び捨て……。」
「同じクラスだもの。一緒にお風呂入ったり、寝たりする程、仲良しなのよ。」
二人が改めてリリスの服装を見ると、同じ学校の中等部の制服だ。
「偶然じゃないよな。監視か? それとも渚を人質に取るのか?」
「あらあら〜。和臣ちゃんったら、私をどんな目で見ているのかしら〜。」
リリスは艶然と微笑んだ。
「いや、問題はそこじゃないわ。お風呂に同衾って、あんた、渚ちゃんに何をしたのよ。」
「何もしてないわ。普通、女の子同士では何も起こらないのよ? 紅葉ちゃん。」
至極当たり前の事を、平然と言われて、再び紅葉は詰まった。
「おわったの!」
その時、プリ様の可愛らしいお声が上がって、三人の注意はそちらに向かった。
「みて すばゆ。きれいに なったの。」
「うわぁ、本当だ。頑張りましたねぇ、プリ様。」
「ぷり えらい?」
「偉い、偉い。プリ様は昴の自慢のご主人様ですぅ。」
そう言いながら頭を撫でて上げた後、背中からギュッと抱き締め、プリ様の頭頂部に頰を擦り擦りしていた。
「くすぐったいの〜。すばゆ〜。」
キャッキャと笑って、甘えた声を出すプリ様。
「ん〜ん〜。だって、プリ様は昴に褒めてもらいたいんでしょ? ほーら、褒めちゃうぞ、褒めちゃうぞ。プリ様〜。」
昴は膝の上のプリ様のコンパクトなお身体を揺すって、全身で愛撫していた。
「どうですか、プリ様。ほぉら、ほぉら。可愛い、良い子のプリ様ですよぉ。」
「やめゆの〜。くすぐったいのぉ、すばゆ〜。」
はしゃぎ合い、笑い合う二人の様子は、一幅の美しい絵画に似て、見る者の心を和ませた。
和臣と紅葉も例外ではなく、毒気を抜かれて座り込んだ。
「あれ、皆さんお揃いだったんですね。お茶も出さずに、すみません。」
三人に気付いた昴が、慌ててお茶の支度を始め、プリ様は黙ってソファーにスッと座った。若干、顔が赤い。
「何よ、プリ。昴お姉ちゃんに甘えているところを見られて恥ずかしいの?」
「もみじ ばかなの。あまえて ないの。」
「甘えてたじゃん。赤ちゃんみたいに身体揺すってもらって、喜んでたじゃん。」
「あれは こみゅにけーしょん なの。」
ますます頰を紅潮させ、フンと顔を逸らすプリ様。
「そうですよ。プリ様は甘えてません。あれは恋人同士の睦み合いなのです。」
ちょうどその時、お茶を淹れ終わった昴が割って入った。
…………。ああ、うん。そうですか。
皆は可哀想な子を見る目で、昴を見た。
「まあ、それは それとして……。」
「それとしないで〜。プリ様ぁ。」
昴の訴えを、プリ様は無視した。
「とにかく、ぷりは あまえてないの。もみじは ばかなの。」
なんて強情な奴。と紅葉は思った。
「それよりも紅葉さん、プリ様のオヤツを盗み食いするのは止めて下さい。そのせいでこの前は、オフィエルちゃんや渚さんの襲撃を受けて、大変だったんです。」
「俺の妹を幼女神聖同盟構成員みたいに言うな。ところでオフィエルって誰だよ。」
「ハイハイ。その辺も含めて説明しするから、皆、ちょっと、話を聞いてくれる?」
リリスが手を叩き、全員が彼女を見た。
「ではまず、本日の本題です。」
ここで少し溜めてから、一気に言った。
「試験休み中に合宿をします。」
合宿〜! って何の?
リリス以外の四人が顔を見合わせた。
個人的な事で恐縮なのですが、十、十一、十二月は仕事が死ぬ程忙しいのです。
身も心もボロボロです。
プリ様になりたい。プリ様になって「おしごと がんばったの〜。」と昴ちゃんに訴えたい。
そして「良く頑張りましたね〜。良い子、良い子。」と頭を撫でて貰いたい。
そんな願望が形になって現れたのが、今回のお話です。
仕事や学校で忙しい皆さんにも、一服の清涼剤として読んで頂ければ幸いです。
昴ちゃんは、いつでも皆さんを甘やかす為に、スタンバっていますよ。




