盟主オク、恐怖の正体!
草木も眠る丑三つ時、なのに、渚ちゃんの目は冴え渡って眠れないでいた。
隣では、リリスがスヤスヤと寝息を立てていて、普段の切れ者振りからは想像も出来ない可愛らしい寝顔に見惚れていた。
灯りは射し込んで来る月明かりのみ。青白い光に照らされて、彫りの深いリリスの顔には、くっきりとした印影が浮かんでいた。
『昴ちゃんが人間離れして綺麗だから霞んでいるけど、リリスだってミスユニバース級だよね。』
心の中で呼び捨てにして「キャ〜。」と一人で悶絶する渚ちゃん。
今日は色んな事があったな。
真っ暗な天井を見上げて思った。
プリちゃんや昴ちゃんとの出会い、そしてオフィエルちゃん……。ん、オフィ……エル?
ここに至って、今更ながら渚ちゃんは気が付いた。
オフィエルって、どんな字書くの? てか、日本人の名前なの? あの子何者? 気になる。物凄く気になる。
一度気になりだすと、すぐに知りたくなるのが彼女の悪い癖だ。といって、熟睡しているリリスを起こすのも躊躇われた。
その時、キーッと扉が開く音がした。ビクッと身体を震わせて、恐る恐る振り返ると、プリ様が寝惚け眼を擦りながら立っていた。
「あれ、まちがえちゃった。」
「プ、プリちゃん?!」
「ぷりねえ、おといれ いったの。ひとりで いけゆの。えらい?」
この前の電話でも言ってたな。よほど自慢なのだろう。
「えらいねぇ。でも、必ず部屋を間違えちゃうんだね?」
素直に褒めておけば良いのに、余計な一言を発してしまうのが、渚ちゃんのもう一つの悪い癖だった。
案の定、威張っていたプリ様は、シュンとしてしまった。
「すばゆに いわないで。」
「えっ、昴ちゃん?」
「ゆっくり ねかせて あげたいの。あさの すばゆは たいへんだから。」
低血圧なのかな? それで、プリちゃん、昴ちゃんを起こさないように……。
渚ちゃんは改めて自分の失言に気が付いた。
おやしゅみなさい、と出て行こうとするプリ様。渚ちゃんはベッドから滑り落ちるように転がり出て、後ろから、しっかり彼女を抱き締めた。
「ごめんねぇ。プリちゃんは偉いよ。こんな小さいのに、昴ちゃんを思い遣って……。」
「ぷり えらいの。」
復活したプリ様が踏ん反り返ったので、渚ちゃんはちょっと顎を打った。
「昴ちゃんはプリちゃんのお姉さんみたいなものなのかな。」
そういうの良いな、と渚ちゃんは思った。兄弟は和臣だけなので、優しいお姉さん的存在に憧れていたのだ。
「すばゆはねえ。ぷりの どれいなの。」
「……。」
なんか昴ちゃん自身もそんな事言っていたな。一体どういう関係なの?
プリ様達の人間関係にも興味を惹かれたが、今はオフィエルに関する疑問の方が大きかった。
「あのさ、オフィエルちゃんって……。」
「ぷり、もう おねむなの。」
きゃー、寝ないでー。
自分の腕の中でプリ様がウトウトし始めたので、渚ちゃんは少し焦った。
「あらあら。ダメよ、プリちゃん。昴ちゃんの隣に戻って上げないと。起きた時、プリちゃんが居ないと、彼女発狂しちゃうわよ。」
突然、後ろからリリスの声が響いた。それを聞いたプリ様は、急にシャキンとなり、自分の部屋へと帰って行った。
「い、いつから起きていたの?」
「んっ……。渚が私の寝顔を眺めて、ニヤニヤしていた頃からよ。」
ニ、ニヤニヤなんかしてないし……。
渚ちゃんは微笑むリリスの横に戻ると、背中を向けて寝た。何だか恥ずかしくて、目を合わせられなかった。ウットリと寝顔を見詰めていたのを、気付かれていたんだ。
「ごめんなさい。ちょっと意地悪だったわね。」
! リリスが背中から抱き付いて来た。心臓が飛び出そうなくらい動揺しながら、ギクシャクと首を後ろに向けると……。リリスはもう寝息を立てていた。
さっきのプリちゃんといい、何なの? この一族。突発性睡眠症候群なの?
渚ちゃんはリリス達の異常な寝付きの良さに溜息を吐いた。いつの間にか、オフィエルの事も頭から飛んでいた。
そのオフィエルは、幼女神聖同盟の本拠地にある盟主の城に、呼び出されていた。黒光りする鉱物で出来た、太い柱の立ち並ぶ、幅の広い廊下を歩き、謁見の間へと向かうと、高さ三メートルはあろうかという大扉に突き当たった。
おおきすぎってかんじ。わたしら、いちめーとるもないのに っておもうのよ。
特にオフィエルは小柄で、九十センチにも満たなかった。
「おふぃえる きたじゃ〜ん。あけるじゃ〜ん。」
そう言うと、扉は自動的に開いた。一歩踏み入れるオフィエル。
謁見の間というと、一段高くなっている場所に玉座のあるイメージだが、此処は百畳程の部屋の真ん中に、七大天使が一堂に会せる大きめの丸いテーブルが置いてあるだけだ。
盟主オクは、もう自分の席に座っていたので、オフィエルはズカズカと近寄って、いつもの所に腰を下ろした。
「おちゃ のむでしょ? おふぃえるちゃん。」
相変わらずフレンドリーな奴じゃ〜ん、と思った。声や背格好から幼女だというのはわかるが、悪代官が被っている様な頭巾で頭を隠し、ご丁寧に仮面まで付けていて、見えるのは口元だけだ。
前に理由を聞いたら「むかし、ふぇんしんぐの しあい でな……。」と、誰かの真似をして誤魔化された。
「もしかして、ぷりに あってきたのを とがめるってかんじ?」
「うん? いいわよ そんなの べつに。」
オクがパチンと指を鳴らしたら、テーブルの上に淹れたての紅茶が入ったカップと、シフォンケーキののったお皿が、二つずつ現れた。
「どういう げんりって おもうのよ。いつもながら ふしぎ。」
「まほうよ、まほう。」
オフィエルの研究では、生き物全てに、外界に物理的に作用する、魔法子という素粒子を生成する力がある、と結論付けていた。いわば、物理学の四つの力に加わる、第五の力とでも言えるものであった。
「まほうしは ものを うごかしたりは できる とおもうのよ。でも かっぷや こうちゃを つくりだすのは おかしいじゃ〜ん?」
「そんなこと ないわ。じゅうぶんな りょうの まほうしと、ゆたかな いめーじ があれば ふかのう じゃないのよ。」
「しつりょうほぞんのほうそくに はんするってかんじ?」
「むから ゆうを つくりだしている わけではないわ。わたしの たいじゅうも ちょっぴり へっているのよ。」
それでは魔法を使う度に術者はドンドン磨り減ってしまう。
「ふつうの にんげんはね……。」
オクは自慢げにニヤリとした。
「ゆうしゅうな まほうつかいは しゅういの くうかんから まほうしを せいせい できるのよ。」
そう言って、お茶を飲もうとしたら、手元が狂ったのか、仮面の端にカップが当たり、顔面に飛沫がかかった。
「あっつーい。」
慌てて仮面を外すオク。その顔を見てオフィエルは驚愕した。
「お、おまえ そのかお……。」
素顔を見られたのに気付いたオクは、オフィエルを睨み付けた。
「み〜た〜な〜。」
いや、お前が勝手に仮面外したんじゃ〜ん。
と、突っ込むより先に、彼女はケーリュケイオンを構えた。ヤバイ。なんか、凄えヤバイ。
「けーりゅけいおんは わたしが あたえた しんき。それで こうげき できると おもったか?」
二匹の蛇は、主人であるオフィエルに向かって来た。しまった、と思った時は遅く、噛み付かれて、急激な眠気が襲って来た。
「う、うわさの やけどは ございませんな……。」
オフィエルは、最後のギャグをかましながら、眠りに落ちた。
「さあ、クエストを再開するわよ。」
翌朝、チェックアウトを済ませたプリ様達は、ストレッチリムジンに乗せられ、潮鎌神社に戻っていた。
「あの、もしかして、此処から昨日のお使いをやり直すの?」
渚ちゃんの質問に、リリスは頷いた。
「一度始めた事は、やり遂げないと気持ち悪いでしょ。」
あっ、こういう人なんだ。渚ちゃんはリリスの新たな一面の発見にときめいていた。昴も「はい!」と勢い込んで返事をしていて、プリ様は眠そうだった。
「じゃあ、行くわよ!」
「おおうっ!」
意気揚々と全員が歩き始めた。その三分後……。
「リ、リリス様……。どこかで少し休みませんか?」
「すばゆ〜、たらりあ つかえば いいの。」
「あっ、そうか。忘れてました。」
「あらあら、だめよ。他人に見られたら大変よ。」
「……。」
結局、行って帰るのに二時間かかったのであった。
オクの仮面に対する言及「むかし、ふぇんしんぐの しあい でな……。」とか「う、うわさの やけどは ございませんな……。」は、某アニメの赤くて三倍早い人へのオマージュとなっています。
オクの正体とは特に関係はありません。
オフィエルは最近一押しのお気に入りキャラになっていたので、筋をちょっと変えて、準レギュラーにしてしまおうかとまで思い詰めていたのですが、物語が破綻するので、当初の予定通りの話にしました。
書いた後、彼女の為に仏壇を買って来て、毎日拝んでいます。
まあ、死んではないのですが。
平気で嘘を言うのが、私の悪い癖です。