イウンマ太陽系から来たウンモ星人です
何だか精彩さを欠いた表情の昴に、プリ様が頬ずりをされている最中、曽我さんが、これ以上ないという驚きを顔に貼り付けて、近寄って来た。
「リ、リリスちゃん? 空飛んでなかった?」
しまった。よりによって、曽我さんに見られていたなんて……。プリ様と昴の身体が、緊張で強張った。
「飛んでたわよ、渚ちゃん。」
「リ、リリスちゃん?! 今なんて?」
「な・ぎ・さ・ちゃん。」
名前で呼んでもらえた。
その事実に渚ちゃんの涙腺は崩壊状態。ヒシッとリリスに抱き付いて泣いた。リリスは左手で背中をさすりながら、右手で頭を、よしよしと、摩った。
「良かったですね、渚さん。」
「なぎさしゃん、おめでとうなの。」
「貴女達も……。ありがとう、ありがとう。私は三国一の幸せ者だよう。」
感激のあまり、飛行行為に関しては、頭から抜け落ちてしまったみたいだ。
チョロいわぁ。
と、リリスは紅い舌をペロリと出していた。
「プリちゃんは、あの子とお友達になれた?」
「うん! なれたの。」
「良かったねぇ。」
渚ちゃんはプリ様のホッペタを両手で摩った。プリ様もキャッキャッと喜んでいる。いつもならヤキモチをやいた昴が、プリ様を抱き寄せに行く展開なのだが、チラッと見ただけで大人しくしている。
プリ様と渚ちゃんは手を繋ぎ、信号が青になった日比谷通りを横断し始めた。昴はリリスと並んで、その後をついて行った。
「あらあら、しょぼくれちゃって。どうしたの?」
「リリス様、私……。」
「なあに? プリちゃんと喧嘩でもしたの?」
「私、もしかして、プリ様のお世話係じゃなくて、お世話され係なんでしょうか?」
あっー。自分の存在意義に疑問を持ってしまったか……。あらあら、困ったわね。とリリスは思った。
「でも、プリちゃん、まだ歯磨きやお着替えを一人じゃ出来ないんでしょ? 昴ちゃんが面倒みて上げないと……。」
「……! そっか。なあんだ、プリ様ったら生意気言って。昴がついてないと、てんでダメですね。」
「そ、そうね。そうそう。」
復活した昴は、道路を渡り切ったプリ様に駆け寄り、渚ちゃんの手から奪い取って抱き付いた。そして、そのまま、歩道の真ん中でプリ様ラッシュを始めた。
それを見ながら、リリスは少し溜息を吐いた。
『エロちゃんの時は、トールに依存して頼り切って生きている事に、何の疑問も持ってなかったのに。昴ちゃんになってから、面倒臭さがグレードアップしたわね〜。』
今回はいつもより長い時間(五分程)プリ様との接触をしていなかったので、その分、愛撫の仕方も半端じゃなかった。道行く人はなるべく視線を向けないように歩き、渚ちゃんはドン引きしていて、プリ様は無表情で為すがままだった。
「は〜い、その辺にしましょうね。ただでさえ、昴ちゃんは目立つんだから。」
「も、もうちょっとだけです。後、二、三回、サラサラのお髪に指が通せれば……。」
ダメだ。禁欲期間が長かった(五分)から、抑えが効かなくなっている。リリスは攻め方を変えた。
「まあ、プリちゃん、偉いわねぇ。駄々っ子の昴ちゃんの相手をして上げて。」
それを聞いて、昴の動きが止まった。
「ほらほら、うんと甘えなきゃ。昴ちゃんは、プリちゃんよりも、赤ちゃんなんだから。」
昴は照れた顔で立ち上がり、ご迷惑をお掛けしました、とばかりに、周りの人達にペコリと頭を下げた。その愛らしい姿に、周囲の人達は男女問わず相好を崩した。
可愛いは正義。
渚ちゃんは妙な納得をして、頷いていた。
「じゃあ、行きましょうか。なんだか、ちっとも進んでないわよ。」
リリスが号令すると、全員が「はーい。」と同意した。
その二分後……。
「リ、リリス……様、少し休みませんか……。」
息も絶え絶えの昴の提案に、他三人は驚愕した。
「す、昴ちゃん? まだ、家から五百メートルも離れてないわよ?」
「な……なんだか色々……あったせいで……疲れちゃいました。」
あらあら、エロちゃんも確かに体力は皆無だったけど、皆から脱落したりはしなかったわよね……。
そこまで考えて、リリスは気が付いた。
そうか、あの娘はトールの肩に乗っかって移動していたから、そもそも歩いてないわ。
リリスは、お饅頭屋さんまで七百メートルくらいしかないのに、往復で二時間かかるという昴の計算を不思議に思っていた。だが、こんな調子だと、半日かけても帰れないかもしれない。
「あら〜、思った以上に大変な任務だわ。」
「って、何でリリスちゃん楽しそうなの?」
「ノンビリ行きましょうよ。渚ちゃんはお急ぎなのかしら?」
「別に急いではないけど……。」
名前で呼ばれる度、渚ちゃんの胸はときめいた。
『あれ、おかしいな? 知佳達に呼ばれたって、こんなにはならないのに。きっと、リリスちゃんの名前呼びはレアだからだな。』
渚ちゃんは無理に自分を納得させた。
「りりす。あそこに しおかまじんじゃが あるの。やすめるの。」
プリ様の指差す方向には、確かに潮鎌神社という小さな社があって、境内が公園になっていた。
「昴ちゃん、あそこまで頑張れる?」
「ハァハァ……、大丈夫です……。すみません……、体力なくて……。」
「あらあら、そんなに恐縮しないで。体力も、持久力も、運動神経もないのは、前世から知っているわよ。」
前世って、ゲームの話だな。昴ちゃん鈍そうだから、きっとゲームでも弱いんだろうな。それをリリスちゃんやお兄ちゃん達がフォローして上げているのか。お姫様みたいだな。滅茶苦茶綺麗だし……。
昴とリリスの会話を聞きながら、渚ちゃんは考えていた。
綺麗……過ぎるよね……。触った感触は肌の質感といい確かに生身だったけど……。これ程体力がないというのも何か怪しいし……。
「ちょっ、ちょっと、渚さん。何してるんですか!? 止めてー。スカートめくり上げるのを止めてー。」
「曽我さん、変態なのかしら?」
「そがしゃん、へんなたいなの。」
あっ、ヤバイ。リリスちゃんが曽我さん呼びになっている。
渚ちゃんは我に返った。
「ご、ごめんなさい。昴ちゃんの内部構造が知りたくて……。」
「どうして皆、私の内部構造を知りたがるの。っていうか、人間です。中身は渚さんと同じです。」
それが信じられないから中身がみたいのよ。自分と同じ人間と言われるよりは、イウンマ太陽系から来たウンモ星人です、って言われた方が、まだ納得出来るよ。
腑に落ちないという表情の渚ちゃんを見て、リリスは溜息を吐いた。
「明日はお休みだし、渚ちゃん、今夜は私とプリちゃんちに泊まってみる?」
えっ、リリスちゃんとお泊り! 渚ちゃんのテンションは一気に跳ね上がった。
「一緒にお風呂に入れば信じるでしょ。昴ちゃんが人間だって。」
言いながら、あまりにもバカバカしい証明だわ、と思っていた。
「えっ、一緒にお風呂に入るんですか……。」
「大丈夫よ。紅葉ちゃんじゃないんだから。いきなり襲いかかって来たりはしないでしょ。」
「何々? 紅葉ちゃんがどうしたの?」
会話に割り込んで来た渚ちゃんに、二人は苦笑いで手を振った。
「きいたじゃ〜ん。その おふろに わたしも まぜるじゃ〜ん。」
突然、頭上から声が響いた。見上げると、街灯の上にオフィエルが立っていた。
「何者?」
リリスがこっそりプリ様と昴に尋ねた。
「さっき すばゆを いぢめたの。わるいやつ なの。」
「幼女神聖同盟七大天使の一人、オフィエルちゃんです。変態幼女です。」
慈愛医科大学病院の前で、プリ様と戦っていた相手だろうと察しはついていたが、二人の簡潔な説明で大体の経緯もわかった。
「わたしも いっしょに おふろに はいって、おにんぎょうのからだを すみずみまで しらべたい よっきゅう。」
相変わらず、ふざけた物言いをしやがって。言い返してやる、とプリ様が口を開くよりも先に、渚ちゃんが叫んだ。
「きゃあああ。貴女、何やってんの? 早く降りなさい。」
「ふっ、ぐみんは だまれ っておもうのよ。」
「どうしたの? 降りられないの? 錯乱しているの? きゃああ。警察〜、消防署〜!」
「いや、ちょっと まてってかんじ? おりるから けいさつは よぶなって おねがい?」
二人のやり取りを聞きながら、それが普通の反応だよな、と三人は思っていた。幼女が街灯の上にいたら、そら大騒ぎだよな。
渚ちゃんだけでなく、大人達も集まって来て、周囲はパニック状態になっていた。
実は昴ちゃんは、地球の文明レベルを調べる為に送り込まれた、宇宙人の子供です。
彼等は遺伝子をいじくりまくって、容姿、知能ともに極限まで完璧に調整されています。
ただ、機械に頼った生活をしているので、体力や運動神経は地球人より劣るのです。
もちろん、昴ちゃん自身はその事を知りません。
その宇宙人の昴ちゃんが、たまたまエロイーズの生まれ変わりだったという非常に複雑な話なのです。
というような設定は、全く有りませんので、安心して下さい。