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目覚める脅威

 地下鉄銀座線運転手の牧原祐三さん(二十七歳)は浮かれまくっていた。三カ月ぶりの合コンの日なのだ。学生時代レスリングをやっていて、インカレでベスト4までいった彼は、今でもマッチョな体型で、合コンに行けばモテモテだった。……何か嫌な奴だな。

 まあ、強い男はモテるのだ。仕方ない。平日の昼間、乗客と乗務員合わせて五十二人乗っている列車の中で、彼が一番強い人間であるのは確かだった。




「そういえば私以外のお付きの方達はどうしたのかしら?」


 ようやく落ち着いて来たのか、今更過ぎる疑問を、昴が小首を傾げながら発した。


「あそこに転がっているだろう。」


 和臣は先程自分達が倒したゴブリンの死骸を指差した。


「ひいぃぃぃ、いやぁぁぁ。ひ、人殺しぃぃぃ。」

「俺達は最後尾の車両からゴブリン共を殲滅しながらこの先頭車両まで来たからな。他の車両も屍累々だ。」

「ちちちち、近寄らないで下さいぃぃぃぃ。私とプリ様だけは見逃して下さい。」


 和臣は、符璃叢をしっかり抱いて座ったまま後ずさりして行く昴を、うんざりとした目で眺めていた。


「心配しなくても、この事態を引き起こしているボスを倒せば、皆人間に戻って生き返るから。」

「本当ですか?」

「多分……。」


 和臣の頼りない返事に、昴が強い不信感を顔に浮かべた。


「私達は前にも同じ様な経験をしているのよ。それよりもプリ、ちょっとこっちにおいで。」


 紅葉に手招きされて腰を浮かせたプリ様を、昴がしっかり抱き止めた。


「私はプリに用事があるの。邪魔しないでくれる?」

「だ、駄目ですぅ。プ、プリ様に危害を加えるつもりなら、わ、私を先に……。」

「その意気や良し。和臣、その女()っちゃって良いよ。」


 声も出せない程怯えた目で、昴は和臣を見た。薄っすら涙を浮かべ、首をフルフルと振っている。


「いや、()らないから。そんな事しないから。」


 そうこうしている内に、プリ様は昴の膝からポンッと飛び出した。「ああ、プリ様ぁぁ。」と呼び止める昴を振り返り「だいじょぶなの。」と舌足らずに言った。昴は離れて行くプリ様を手で追い、紅葉の所に行ってしまったのを見て「プ、プリ様ぁぁ……。」と泣き崩れた。それを見ていた和臣は能の隅田川を思い出していた。

 座っている紅葉の所までトコトコと歩いて行ったプリ様は彼女を見上げてニッと笑った。紅葉もニッと笑い返した。そしてそのまま、徐にプリ様の両頬を掴んで引っ張った。


「うわぁぁぁぁぁ、何をするんですかぁ。止めて、離して、プリ様に酷い事しないでぇぇ。」

「一々、うるさいな。和臣、その女ちょっと止めておいて。」


 取り乱し、這って近付こうとする昴を「ごめん。」と言って、背中から抑えつけた。それでも必死に前へ進もうとするが、馬乗りになって、頭を床に押し付けたら、全く動けなくなった。その姿勢のまま「プリ様〜、おいたわしいぃぃ。」と啜り泣く様子に「何か俺凄い悪者みたいだな。」と和臣は呟いた。

 当のプリ様は頬を伸ばされても頓着せず、ブルンと顔を振って紅葉の手を払い除けた。それから右手の親指を立てて、ニカッと笑った。


「こいつ……やっぱりトールだ。トールは私がホッペタ引っ張ったら、いつもこうしていた……。」


 紅葉が呆然として呟いた。




 銀座線の路線内が異世界へと変異した時、電気の供給が絶たれ、かつ異世界の乗り物に変化した車両は突然ストップし、牧原祐三さんは思いっ切り顔面を強打し気絶した。戦闘能力の高い彼は他の人達とは違いホブゴブリンに変身していたが、最初の衝撃で今迄気絶したままだった。それが、さっきから喚いている女(=昴)の甲高い声で、徐々に目覚めようとしていた……。




「符璃叢がトールだって?」


 そういえば、さっきもそんな寝言をほざいていたな。退屈な人生に刺激を求めるのは結構だが、それはちょっと盛り過ぎだろう。和臣は立ち上がり、頭を振った。

 自由を取り戻した昴は、早速プリ様に抱き付こうとしたが、彼女はヒラリと身をかわして和臣に近付いた。


「みやんだ、ふやえた。きずなおった?」


 何か致命的な事を言われた気がしたが、プリ様の舌が良く回ってなかったので理解出来なかった。和臣(=イサキオス)が首を捻っているのを見て「私が通訳いたします。」と、ようやくプリ様を腕の中に取り戻した昴が咳払いをした。


「ミランダに振られた傷はもう治ったか? とプリ様は仰せです。」

「ミランダ? 酒場の未亡人の? あんた、あいつが好きだったの?」


 紅葉(=アイラ)は手を口に当てて笑いを堪えて……、なかった。膝を叩いて、力一杯笑っていた。


「ミランダは浮気者で五股くらい掛けてたって有名じゃん。その五股の中にも混ぜてもらえなかったって、どれだけ相手にされてなかったのさ。」


 紅葉(=アイラ)は手を叩き、指を差して笑い続けた。


「てめえ、トール!よくもバラしやがったな。」

「しつえん、わやったのがいいの。」

「失恋なんて皆で笑い飛ばした方が良いんだよ、と仰せです。」

「うるせえ。会うなり、いきなり古傷抉りやがって。お前も冷静に通訳してんじゃねえよ、エロイーズ。」


 和臣は完全にイサキオスに戻って、トールとエロイーズを追い回し、二人は大騒ぎで逃げた。その様子を見て、またアイラが大声で笑い、狭い車両内が騒音で満たされた。




 うっるせえな。

 意識が戻るにつれ、頭は不快に痛むわ、その痛みを増幅させる騒ぎが聞こえて来るわで、牧原祐三さんの怒りはいきなりマックスに達していた。彼がユラリと立ち上がった時、そこに居たのは、理性のタガが外れ、本能の呼び声に従い、ただ不快の元を断ってやろうと行動するホブゴブリンであった。




 突然、運転席に通じる扉が吹き飛ばされた。近くに居た和臣は直撃をくらいそうになったが、何とかかわした。四人全員の注意が集まる中、モウモウたる埃の中から大きな人影がゆっくりと姿を現した。


「ゴブリン……にしては大きいね……。」

「ほぶこぶいんなの。まえにみたの。ふつうのよりおっきの!つおいの!」

「ホブゴブリンだ。前に見た覚えがある。普通の奴より大きくて強い、ゴブリンのリーダー格だ。滅多に出会わないが、手強いぞ。と仰せです。」

「昴、ちょっと捕捉し過ぎじゃないか? っていうかプリ、お前は何で嬉しそうなんだよ。」


 和臣の問い掛けに、プリ様はニヤリと不敵な笑みを漏らした。


「やっつけてやゆの!」


 おそらく「やっつけてやるの。」と言ったのだろうが、今回ばかりは昴も解説している暇はなかった。プリ様が彼女の手を逃れて、ホブゴブリンに向かって行こうとしたからだ。


「ダメです。ダメです。」


 抱き付いて、必死に止める昴の腕の中で、なおも進もうとジタバタ暴れていたが「行ってはダメですぅ。此処で昴と大人しくしていて下さぁい。」と涙声になって来たので、プリ様も仕方なく矛を収めた。


「まあ、私達にまかせてよ。筋肉のないあんたに頼る程、落ちぶれちゃいないわよ。」

「そうだぞ。筋肉が無いんだから、どうしようもないだろ?」


 和臣と紅葉は昴とプリ様を庇うように前に立った。


「紅蓮の拳。」(和臣)

「氷結の拳。」(紅葉)


 二人の拳が、あるいは炎を纏い、あるいは冷気を纏った。プリ様が生まれる前から、彼等は時々現世に現れる魔物を退治して来たのだ。その特殊能力を駆使して。


「うおおおおお!」


 雄叫びを上げ、和臣が先陣を切った。





俺達の戦いはこれからだ、第一部完。

となりそうな終わり方ですが、どこで切っても半端になりそうなので、ここで一旦切りました。

次回はいよいよプリ様のチート無双回……だったら良いな。

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