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昴ちゃんのお出掛け

 プリ様専用お菓子貯蔵庫の前で、昴は腕組みをしていた。この間買っておいた腹切り最中が無くなっているのだ。計算では、あと二つは残っている筈だった。

 特に施錠をしてあるわけではないが、従業員達がお嬢様のオヤツを盗み食いしたとは考えにくい。かといって、プリ様自身が食べたとも思えなかった。オヤツだけは、赤ちゃんの頃より、昴の手からでないと食べないのだ。


 昴が考え込んでいると、ちょうどキッチンに料理長の長田さん(四十五歳独身)が入って来た。


「おう、どうした昴坊。難しい顔して。腹減ってんのか? 何か作ってやろうか?」


 長田さんは良い人なのだが、すぐに食べさせようとするのが悪い癖だ。ある意味女性の敵と言えた。過去二回結婚しているが、体重が八十キロになった時点で、お嫁さんは二人とも離婚届を持って来たという噂だ。


「プリ様の腹切り最中がないんです。」

「ああ、あれなら一昨日来た嬢ちゃんが食べてたぞ。」


 一昨日? 確か、和臣さんと紅葉さんが来ていたような。


「もおぉぉ、紅葉さんたらぁー。」

「ダメだったのか? 『私とプリの仲だから大丈夫。』なんて言ってたから、てっきりお嬢様の許しを得ているんだとばかり……。」

「二個も食べたんですか? 紅葉さん。」

「いや、もう一個は一緒にいた彼氏の口に突っ込んで『はい、あんたも共犯だから。』とか言ってたぞ。」


 昴はそろそろ気付き始めていた。和臣は、紅葉に対して、何ら抑止力にならない事に。


「オヤツの時間まで後二時間か。」


 車を出して貰えれば、行って帰るには三十分もかからない。歩くとなるとギリギリだ。

 車庫に行くと、ちょうどカルメンさんが車を磨いていた。


「悪いな、これから旦那様を迎えに行くんだよ。」

「うーん。じゃあ歩いて行こうかな……。」


 昴が言うと、カルメンさんが慌てた。


「バカ言うな。誘拐されちゃうだろ。」

「知らない人について行ったりしませんよ。もう、大人だもん。」


 わかってないんだ、こいつは。大人の身体に、その美貌がくっ付いていたら、もっと危ないぞ。


 昴を乗せて車を運転している時、カルメンさんは何回も歩道から車内を見ている視線を感じた。隣の車線を走っていた車の運転手達が、昴に見とれてブレーキ操作を誤り、死者が出なかったのが不思議なくらいの玉突き事故を起こしたこともある。

 それほど目立つのだ。


 目立つだけではない。そこはかとなく儚げで、何か手出しをしなければ、おさまらない気分にさせる雰囲気を持っていた。それが良い方に向かえば、可愛がって貰えるし、悪い方に向かえば、紅葉のような変態の犠牲者になる。


 とにかく、カルメンさんみたいな大人から見れば、昴が一人歩きをするというのは、赤ん坊が高速道路を這い這いしているより、危なっかしく見えるのだ。


「すばゆー、どこか おでかけなの?」


 突然、車の陰からプリ様が飛び出して来た。小さ過ぎて、全く存在を感知出来ていなかったらしい。


「プ、プリ様ー。」


 いきなり目の前に大好物のプリ様が現れて、昴の理性のタガが外れた。ガバッと抱きつこうとしたが、プリ様はスッとジャンプして、躱した。


「どうしてですか、プリ様ー。昴が嫌いになったんですかぁ?」


 完全に涙目だ。スカートの裾を広げ、床にへたり込んでいる。


「ごめんなの。めが ちょっと こわかったの。」


 確かに少し血走っていたよな、とカルメンさんも思った。


「酷い。酷い。プリ様酷〜い。昴は泣きます。泣いちゃいます。本当に泣きますよ。嘘じゃないですよ。」

「すばゆ〜。ないちゃ やなの。」

「そんな甘えた声を出してもダメです。昴は泣くんです。」

「……。」

「でもぉ。もし、プリ様が頭を撫でてくれたら、涙が止まるかもしれませんよ。」


 それを聞いて、プリ様がニッコリと笑みを浮かべた。あまりの愛らしさに、昴は思わず抱きつきそうになったが、自重した。


「よしよし、すばゆは いいこなの。」


 可愛い……。

 昴だけでなく、カルメンさんまで、頬を緩めた。座り込んでいる昴の頭を、ちょっと背伸びをしながら、小ちゃなお手手で撫でている様子の可愛らしさに、二人は悶絶していた。


「どう? すばゆ、ごきげん なおった?」

「んっ、ん〜。もう、ちょっとかな? プリ様がギュッとしてくれたらなぁー。」


 もうちょっとなの。

 プリ様は嬉しくなって、思っ切りギュッとして上げた。昴は心臓が口から出てしまうのではないかと思う程の高揚感を覚えた。


「プリ様ぁ、昴は悪い子でした。プリ様に優しくして貰いたくて意地悪しちゃいました。ごめんなさい。」


 昴はプリ様を抱き締め、頬ずりをしながら懺悔した。


「いいの。いいの。すばゆは いいこなの。」

「プリ様〜、ふにゃ〜。」


 幼女に甘えてやがる。さっき「大人だもん。」とか言ってなかったか?

 カルメンさんは呆れた。


「あらあら、相変わらず仲が良いのね。」


 リリスが微笑みながらガレージに入って来た。


「あれ、リリス様。どうして此処に……。」

「遊びに来たんだけど、貴女とプリちゃんの姿が見えないから、探していたのよ。」


 プリ様を抱き締める昴の手に力がこもった。


「あらあら、そんなに警戒しなくても、プリちゃんを取ったりはしないわよ。甘えん坊の昴ちゃん。」

「私、プリ様に甘えてなんかないもん。」


 そう言いつつも、頰ずりは止めない。説得力ないよな、とカルメンさんは思った。


「そうだ、ちょうど良かった。リリス様、昴に付き合ってやってくれませんか? 腹切り最中を買いに行くって言っているんですけど、どうも危なかっしくて。」

「もうー、カルメンさん。子供じゃないんだから大丈夫です。」

「あらら、大人は拗ねてプリちゃんを困らせたりはしないわよ。」


 リリスに笑いながら言われた。

 ウッと、詰まって、項垂れる昴。でも、プリ様はしっかり抱き締めたままだった。


「すばゆ〜、おでかけなら ぷりもいく。」

「あら、良いわね。三人で行きましょうか?」


 プリ様の参加で、昴の顔が輝いた。


「お手手繋いで歩きましょうね。」

「すばゆと、りりすと、りょうほうで てをつなぐの。」

「あらあら、楽しそうね。」


 話が決まり、三人は地上に出るエレベーターに搭乗した。エレベーターは垂直には昇らず、時々横に動いたり、複雑な軌道を辿って上昇する。終点は阿多護山という丘の上にある阿多護神社だ。一応、ここが神王院家の表向きの住所であり、住まいとなっている。紅葉や和臣が神王院家を訪問する際も、まずは此方を訪れるのだ。

 神社の敷地には社殿の他に、池を備えた庭もある。港区内の居住地として考えるなら、かなり贅沢な邸宅と言えた。


「すばゆ〜、ぎんぎょすゆ。」

「銀魚?」

「これを着ける事を、銀魚する、って言うんです。」


 昴はお出掛け用トートバックから、銀魚を取り出し、プリ様のお腹に巻いて上げた。

 銀魚し、ニール君のケージを右手に持った。プリ様お出掛けスタイルの完成だ。でも、それだと、昴とリリスに両手を繋いで貰えないぞ、プリ様。


 プリ様が考えていると「持って上げます。」と、昴がケージを持とうとした。だが、プリ様はリリスの方に差し出した。


「どうしてですか。反抗期なんですか? プリ様ぁ。」

「すばゆは うんどうしんけいが ないの。りょうてが ふさがる。あぶないの。」

「大切にされてるわね、昴ちゃん。妬けるわ。」


 微笑みながらニール君を受け取ったリリスは、ケージをみながら、ちょっと考え込んだ。


「このケージには名前があるのかしら?」

「どうして皆、そんな事が気になるんですか? 確か、和臣さんも同じ質問をしてましたよ?」

「それはね、ぐれいさんが つくったの。」


 ニール君、銀魚、グレイ。

 何かが露骨に示唆されている気がする。リリスは首を捻った。


「りりす、いくよ。」


 阿多護の山の上を夏の風が吹き抜けた。もう、そろそろ梅雨も終わりだ。

 プリ様達は神社の敷地から一歩外に出た。すぐ隣は国営放送資料館だ。その建物の前にある広場の右手に設置されている、阿多護山の昇降用エレベーターに乗った。これは誰でも利用出来る、普通のエレベーターだ。


 プリ様パーティ三人バージョンは、腹切り最中の待つ、お饅頭屋さんへと向かった。









昴ちゃんは、恐らく、人類が到達しうる最高に美しい容姿をしています。

世が世なら、玄宗皇帝が楊貴妃を質に入れてでも手にいれようとするくらいの美少女なのです。

それなのに、凛としたところが一つもなく、いつもビクビク、オドオドしています。

老若男女問わず、周りの人達に「あ〜、何か構いたい。」という気持ちを起こさせるのです。

カルメンさんの心配もわかろうというものです。

一番問題なのは、本人に自覚が一切無く「もう大人だもん。」「私、しっかりしているもん。」と思っている事なのです。

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