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七大天使、恐怖の会合

 一週間くらいは何事も無く過ぎた。

 プリ様の家の近所の慈愛医科大学病院に運ばれたアラトロンの身元が分かったのが、事件と言えば事件だった。

 本名は笠間晶(かさまあきら)。本人はまだ昏睡状態だが、病院に来た母親が確認し、間違いなしとなった。


 実は銀座線騒動の前日から、都内で晶を含む五人の幼女が行方不明になっていた。テレビでは、銀座線の件か、幼女失踪の件か、どちらかを代わる代わる報道していたが、その二つを結び付けて考える人間はいなかった。


 そんな中、プリ様は、相変わらず昴に構われながら、日々を過ごしていた。

 朝御飯を食べたら、遊んで。お昼御飯を食べたら、遊んで。眠くなったら、お昼寝をし……。秒単位で働くサラリーマンのオジサン達垂涎の生活を送っていた。


 ある日、昴とプリプリキューティのディスクを見ていると、お母様が満面の笑みで居間に入っていらした。


「奥様、今日は政財界の方達とお話し合いがあったのでは?」

「リリスちゃんが学校帰りに家に寄ってくれるって。だから、そっちは照彦さんに任せて来たわ。」


 プリ様を抱き締めながら、昴の質問を聞いていた胡蝶蘭は、そう答えた。


「プリちゃ〜ん、良い子にしてましたか?」

「ぷりね、でぃすく みてたの。すばゆと いっしょに。」


 お母様に顎の下をコチョコチョされて、キャッキャとはしゃぎながら、プリ様は答えた。


「そうですかぁ。今日はね、リリスちゃんが、この前の銀座線の様子を収めたディスクを見せてくれますよー。」


 その言葉に、プリ様の表情が固まった。


「ぷ、ぷり、ねむくなったの。お、おひゆね すゆの。」

「良いですよ。リリスちゃんが来たら、起こして上げます。」

「い、いまは ねむくないの。りりすが きたら おねむなの。」

「どうしてリリスちゃんが来たら眠らなければならないの? プリちゃん。」


 進退窮まる。そのディスクには恐らく、プリ様が縦横無尽に大暴れしている様子が、克明に記録されている筈だ。


 女の子はお淑やかにしなければいけませんよ。


 いつも言われている教えが、全く守られていない実態が、白日の下にさらされるのだ。

 プリ様の小さなお背中は、象に踏まれでもしたかの如き重圧を感じていた。


「大丈夫ですよ、プリ様。」


 その時、昴が耳元で囁いた。

 何かバレない妙手でもあるのか? プリ様はお顔を輝かせて昴を見た。


「い、いざとなったら、昴も一緒に怒られて上げますから……。」


 ……、声を震わせて言うな。こいつの「大丈夫ですよ。」が、大丈夫だった試しがねえ。

 プリ様は深い溜息を吐いた。




 運命の時は来た。というか、もうディスクの検分は終わっていた。

 お母様は深く頭を抱え込んでいた。


「プリちゃん……。」

「お、おかあたま、これは……。」

「貴女、何か欲求不満なの? ああ、こんな地下に閉じ込めて生活しているのがいけないのかしら? でも、ちゃんとお散歩にも連れて行って上げているわよね?」


 そんな、人を飼い犬みたいに。ニール君と同じ扱いですか?

 プリ様は項垂れた。


「私はハティと戦闘中だったので目撃してないのですが、アラトロン……笠間晶との戦いは、この新橋駅より、もっと激しかったと推察されます。」


 リリスが事務的に報告した。

 彼女は和臣を助けた後、途中から新橋駅での争いを観察していた。ちょうど、プリ様が火吹き蛸男をジャンピングニードロップで葬った辺りからだ。


「介入しようにも、プリちゃんの攻撃が凄まじ過ぎて、その余地がありませんでした。」

「見ていればわかります。それに、プリちゃんの全身から『私の獲物に手を出すなー。』ってオーラが漂っているもの。」


 そう言った後、またお母様は頭を抱えた。


「で、でも、アラトロンちゃんとの戦いは、そんなに激しくなんかなかったですよ。私、見てましたもん。なんていうか、小っちゃい女の子同士のじゃれ合いというか……。」

「昴ちゃん。可愛いじゃれ合いでは、あの部屋の壁面の損壊具合は説明出来ないわよ。」


 お母様は静止画像になっているモニターを見ながら言った。

 そこで、プリ様はポンと手を打った。


「おかあたま。あれは あらとよんが やったのでちゅ。あだまんとのかまで……。」


 そうだよ。実際そうだもん。私は無実だよ。

 プリ様はニコニコと笑って、お母様を見た。


「プリちゃん〜。誰がやったかなんて問題じゃないのよ。むしろ、そんな凶暴な破壊行為を上回る攻撃を、貴女が繰り出したという事でしょ。」


 お母様はプリ様の柔らかい頬を両手で引っ張りながら言った。顔は笑っているが、目が笑ってなかった。


「ご、ごめんなさいなの、おかあたま〜。で、でも、ぷりは やらないと だめだったの。ぎんざせんきどうふせつないが ぴんちだったの〜。」


 プリ様は半泣き状態で反論した。


「そ、そうですよ、奥様。プリ様は正義です。大勢の命を救う為に戦ったんです。」

「叔母様、あのアダマントの鎌相手では私でも手こずった筈です。あの場では、プリちゃんにしか対処出来なかったと思われますわ。」


 昴とリリスが助け舟を出した。


「わかっているわよ、お母様だって。プリちゃんが偉かったって事ぐらい。立派だったんだって……。でも、プリちゃんに怪我なんかして欲しくないの。これは、お母様のエゴなの〜。」


 プリ様をしっかり抱き締めて、ちょっと涙声で、お母様は言った。


「お、おかあたま。しんぱいかけて ごめんなちゃい。」


 プリ様も泣きながら言った。昴も貰い泣きしていた。


「で、リリスちゃんの予想では、少なくとも、後六回はこういう事件が起きるのね。」

「七大天使とアラトロンは言ってましたからね。」

「そしてそれに対抗出来るのは、貴方達五人しかいないのね?」

「他の人間では異世界ゾーンに入った瞬間に、魔物に置き換えられてしまいますからね。」


 その返事を聞いて、お母様はお腹をさすった。


「考えただけで胃が痛くなるわ。プリちゃんと昴ちゃんが、後六回も危険な目に遭うなんて……。」


 後六回か……。

 リリスも考えていた。


『行方不明の幼女は五人。七大天使は多分七人。あらあら、数が合わないわ。』




 ちょうど同じくらいの時刻。都内某所では、正にその七大天使が一堂に会していた。もっとも、もう六人だが。しかも、其処に居るのは四人だけだった。


ふぁれぐ(ファレグ)はどうしました?」

「やつは われわれとは ちがう。いえを でて、ここに けっしゅうする など できないのだ。」

めいしゅ(盟主)は?」

「おしろだ。おく(オク)さまも おいそがしいのだろう。」


 此処は異世界ではない。しかし、現世とも微妙に違う。

 空の色は薄いピンクで、街中には人影がなかった。その街並みも、何処か懐かしさを感じさせるものだった。昭和が、昭和のまま時間を経た。おかしな表現だが、そういえばピッタリだろうか?

 七大天使達の集まっている建物も床がリノリウムだ。十三畳ほどの空間に、子供用の机と椅子を円状に並べて座っていた。


「あらとろんは やぶれましたね。」

「ふっ。やつは ななだいてんしの なかでも さいじゃく……。」

「…………。」

「…………。」

「…………。」

「すまん。いって みたかった だけだ。」


 四人は頭に顔が隠れる三角錐の赤い頭巾を被っていた。特に意味はないのだが、雰囲気が出るのだ。


「むしろ じゃまする やつ……、じゃまできる やつが いたのが おどろきー、ってかんじ?」

「ふっ。じゃまする やつは こうなっちゃうぜ。」


 そう言って、その幼女は炭酸飲料「黄金の林檎味」の空き缶を握り潰した。


「…………。」

「…………。」

「…………。」

「すまん。やってみたかっただけだ。」


 まあしかし、幼女で空き缶を握り潰せるのは、ちょっと凄い。恐怖の片鱗を見せつける七大天使。

 プリ様危うし!




 ディスクを見終わったプリ様は、オヤツのプリンを昴に食べさせてもらっていた。

 そんな甘えん坊で良いのか? プリ様!


「はーい、プリ様。アーンして。」

「アーン。」

「もう、プリ様ったら、赤ちゃんみたい。可愛い過ぎですぅ〜。」


 ……。幸せそうだから、良いのかもしれない。


 この幸せな日常に、七大天使の魔の手が迫る。


 というのに、プリ様は「おいしいけど、すくないの。ばけつ いっぱい たべたいの。」などと太平楽な事を考えていた。




プリ様は甘えん坊です。

もうスプーンだって、ちゃんと使えるくせに、昴に食べさせてもらうのが好きなのです。

そのプリ様を昴は無制限に甘やかします。

二人はお似合いのバカップルなのです。

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