昴の朝
プリ様の住んでいる神王院家地下秘密基地は、地下なのだが、夜が明けると朝日が差し込んで来る。何故か?
地上部分に太陽電池を模した集光装置があり、集められた太陽光が、光ファイバーを通って増幅装置に入り、地下空洞全体を照らすほどの光となるのだ。
その地下空洞の中に、神王院家の屋敷や、研究施設、従業員(戦闘員)詰所などがあり、外に出るにはシークレットルートを通るしかない。
超が付くほど、厳重な秘密保持が為されているのだ。
そういうわけで、今、朝が来て、プリ様と昴の寝ている部屋も淡い光に包まれた。プリ様はムクッと起き上がると、隣で寝ている昴の身体を揺すった。
「すばゆ〜、朝だよ。」
昴はゆっくりと上半身を起こした。だが、動きはそこで止まってしまった。
プリ様は隣の布団を見た。いつも、プリ様と昴が寝付いた後に、お母様も隣にお布団を敷いて、お休みになっているのだ。
「おかあたま、すばゆは けさも おきられないの。」
プリ様の可愛い訴えに、胡蝶蘭も目を覚ました。両手を広げると、プリ様が腕の中に飛び込んで来た。
「悲しいのね。可哀想なプリちゃん。」
「かわいそう なのは すばゆ でちゅ。」
そうね、と胡蝶蘭はプリ様の頭を撫でた。
「もうすぐ、リリスちゃんが、和臣君と紅葉ちゃんを連れて来るから……。」
プリ様は返事をせず、グリグリと頭をお母様の胸元に押し付けていた。
和臣と紅葉の部屋に入って、リリスはクスクスと笑いを洩らしていた。キッチリと隣り合って眠り、右手と左手をしっかり握り合わせているのだ。そのくせ、顔は互いに背けている。
「あらあらー、仲が良いわね。」
声を掛けられると、二人はガバッと起き上がり、手を繋いでいるのに気付いて、慌てて振りほどいた。
「照れなくても良いのに〜。ずっと繋いでて良いのよ。」
リリスの冷やかしに、紅葉は反論した。
「何言ってるの。あんた達が同室にしたせいで、私の純潔は、この男に奪われたのよ。」
「奪ってねえし。濡れ衣着せるな。」
「あらー、言ってくれれば部屋を分けてあげたのに。」
そう言われて、二人はハッと気付いた。
「冗談のつもりだったのに、まさか本当に二人一部屋で泊まるなんて〜。」
ヤバい。そうだよ、普通なら家主に言いに行くよな。
「せめて、お布団をもう一組貸してくれぐらいは言うと思ったのに〜。一緒に寝ちゃうなんて〜。あらあら〜。」
不覚!
紅葉は大きな溜息を吐いた。前世で良く一緒に眠っていたので、何の抵抗も無く同衾していた。そこでハタと思い至った。今までは前世を思い出して無かった訳だが、深層意識の中にある記憶に引き摺られて、他人から見ると、異常に親密に思える行為をしていたのではないだろうか?
「いつだったか、お前に缶ジュースを手ずから飲ませてやっているのを見て、渚が『きゃー、ラブラブー。』とか、喚いてたんだよな……。」
和臣も同じ思いだったのか、ポツリと言った。
「まああ、それはラヴラヴだわ。」
うるさい、英国帰り。無駄に発音が良いぞ。
二人は頭を抱えた。
「だって、本当にラヴラヴよ。そんなの現代日本では恋人同士しかしないわ。まさか紅葉ちゃん、アレもやってないでしょうね。」
アレって? 何の事?
「貴女、前世でイサキオスちゃんの耳たぶを弄るクセがあったわ。隣同士で座っていると、必ずやっていたわよ。」
普通にやってた。
二人は中学から同じ学校に通っているが、何故かずっと同じクラスだ。他に友達のいない紅葉は、休み時間になると、決まって和臣の所に行く。彼が男友達と話している時などは、隣に座って、ずっと耳を弄っている。それは、つまり、彼氏に相手をしてもらえない彼女が、ちょっかいを出しているように見えなくもない。
「お、俺がもてないのはお前のせいか!」
「人の所為にしないでよ。」
「いーや。何回か言われた。曽我君には絵島さんがいるじゃない、と。」
「キモい男に告られて、逃げ口上に使われてるのよ。私の方が迷惑だ。」
「告ったりしてねえ。日常会話で時々言われんだよ。」
二人の言い争いを、リリスは面白そうに見ていたが、やがて口を開いた。
「ねえ、貴方達って、周りの人からは完全に一組だと思われているんじゃないの? そんな扱い受けてない?」
紅葉と和臣はピタリと黙った。そう言われてみれば、思い当たる節が山ほどあった。
席替えの時は二回に一回は隣同士になっていた。修学旅行や遠足にいたっては、毎回同じ座席だ。先生は、どちらかが休むと、必ずもう一方に配布プリントを持って行かせる……。
「あらあら、会いに行くのが当然と思われているのね。」
「終わった。私の人生終わったわ……。」
「俺は皆が厄介者のお前を押し付けているんだと思っていた……。」
リリスは打ちひしがれる二人を促して、プリ様達の寝室に案内した。
「朝の昴って、どんな感じなの? 何か特別だから、わざわざ私達を泊まらせたんでしょ。」
紅葉の質問に、リリスは悲しげな笑みを返した。やがて、三人はプリ様達の寝室の前に着いた。リリスはノックをし、胡蝶蘭からの許しを得ると、ゆっくりと障子をひいた。
昴はお布団の上で上半身を起こしたままだ。目は虚ろで、焦点が合っていない。まるで、石膏像の様に静止していた。
「ちょっと何よ。どうしたの、昴?」
紅葉が肩を揺すろうとしたら「さわらないで、もみじ。」とプリ様に止められた。
「はじまゆから……。」
「始まる?」
プリ様の言葉を問い直した時、昴の身体がガクガクと震え始めた。
「ああぁぁぁ、あっー、ああああ。」
声にならない叫びを発し、昴は右手を伸ばした。まるで、中空にある何かを掴むが如く。しかし、その手は虚しく空振りをし、今度は両手で自分の身体を抱いた。
「行方不明になっている間、昴ちゃんは身体に呪術的な処置を施されていたみたいなの。」
「何が起こっているのよ。」
説明する胡蝶蘭に紅葉が聞いた。
「具体的に言うと、身体の時間が巻き戻っているの。だから、彼女は歳を取らない。いや、取れないのよ。」
紅葉の顔が、驚愕に強張った。
「うわぁぁああ。あっあっあー。ひぃぎぃぃぃ。」
会話をしている間にも、心を抉られる悲鳴は続いていた。
「酷い……。あんなに苦しそうで、辛そうで……。」
「術を掛けられた際の恐怖が深層意識に刻み込まれているのよ。だから、昴ちゃんは過去を書き換えた。そうしなければ精神がもたなかったから。」
一頻り叫んだ後、昴の動きが止まった。全身、汗びっしょりだ。
それから、ややあって、魂が戻ったかのように、瞳に光が灯った。
「あれ、皆揃って、どうしたんですか?」
美しさが零れ落ちて来る笑顔で辺りを見回した。
「やだ、和臣さんまで。私、寝巻きなんですぅ。恥ずかしいから見ないで下さーい。」
慌てて布団に潜り込む昴。
和臣は「ごめんよ。」と言って部屋を出た。それに紅葉も続いた。
廊下で、紅葉は左手で和臣の右肩を掴み、顔を合わせずにいた。細い肩が震えている。泣いているのを見られたくないのだな、と和臣は思った。
「和臣。昴をあんなにした奴、必ずブッ潰すわよ。」
「当たり前だ。絶対許さねえ。」
二人は怒りが全身を駆け巡るのを感じていた。。
「五人が集まれば、状況も打開出来るかもしれない。私はリリスちゃんから聞いた前世の話に一縷の望みを懸けて、貴方達を探していたの。巻き込みたくないと渋るリリスちゃんの背中を叩いて……。」
胡蝶蘭とリリスも部屋から出て来た。
「状況的に幼女神聖同盟が昴ちゃんの件と何らかの繋がりがあると思うわ。」
リリスが言うと、和臣と紅葉も頷いた。
敵は幼女神聖同盟。彼等は戦いへの決意を新たにした。
「うわぁ、汗だくだ。どうして私、こんなに寝汗をかくんだろ?」
「すばゆ、おふよ いこ。」
独り言を言う昴の袖を、プリ様が引っ張った。そのあまりに愛らしい仕草に我慢出来なくなった昴は、ガバッと抱き付いた。
「プリ様〜。そんなに昴とお風呂に入りたいんですか? 良いですよ。一時間でも、二時間でも、三時間でも……。」
「そんなに はいってたら ふやけちゃうの。」
「お背中流しますよ。十回でも、二十回でも、三十回でも……。」
「せなかの かわが むけちゃうの。」
「ああ、プリ様、プリ様ぁ。早くプリ様記念館を作らないと。そうだ! 取り敢えず、このお屋敷の一角に従業員向けにプレオープンしてみては……。」
「すばゆ……、いいかげんに すゆの。」
プリ様が凄んでも「怒ったプリ様、かわゆ過ぎですぅ。」などと言って、まるで、暖簾に腕押しだ。
いつもの日常、いつもの昴。守りたい大切なもの。
座り込んで抱き付いて来る昴の頭を、プリ様はいつまでも撫でて上げていた。
これからは少し、プリ様と昴の日常を描写したいな、と思っています。
というか、いよいよ、僧侶プリプリキューティについて、掘り下げる時が来たのではないでしょうか。
私の妄想的には、一章丸々使える程のネタは溜まっているのです。
特に、一回敗北してからの、マンダラフォームにパワーアップするエピソードなんかはもう……。
すみません。エキサイトしてしまいました。真面目に本編をつづけます。




