末っ子ポジションで紅一点。こんな美味しい立ち位置あるか?
昴に案内されて食堂に入った和臣と紅葉は驚嘆した。自分達の通っている学校の教室程もあるスペースの真ん中に、三十人は着席出来る大きなテーブルが置いてあったからだ。テーブルの上には、すでに豪華な夕食が湯気を立てていた。
「和臣、見てよ。肉だよ、肉。」
よく見れば、キャビアやフォアグラもあるのに、真っ先に肉に目が行くのが庶民の悲しさである。和臣はそっと目頭を押さえた。
「おとうさまは?」
昴に手を引かれていたプリ様は、食堂を見回して聞いた。
「プリちゃんの無事を確認してから、永田町の方に行かれたわ。」
お母様がプリ様を子供用の椅子に座らせながら答えた。
「今回の件と関係あるのだけれど……。」
「まあ、食べてからにしましょうよ、叔母様。」
言いかけたお母様の言葉を遮って、リリスは鷹揚に微笑んだ。
「どうでした?ご満足いただけましたか?」
デザートが運ばれて来ると、お母様が客人二人に尋ねた。ちなみに、お母様、リリス、プリ様、昴の順に座り、その対面に和臣と紅葉がいる。ニール君は昴の足元で眠っていた。
「さっき挨拶に来たシェフ、給仕をしているメイドさん、誰一人とっても普通の人間がいない。全員、兵隊みたいな身のこなし。何なの? 神王院家って。」
紅葉が口元を拭きながら、ズケッと言った。
「あらぁ、確かに文武両道に秀でている人達を集めているらしいけど、それだけよ。」
韜晦しようとしたリリスをお母様が制した。
「いいの、リリスちゃん。協力を求めるなら、胸襟を開きましょう。」
「叔母様、私は彼等の協力は要らないと言っているんです。」
リリスはそう言うと、紅葉と和臣に向き直った。
「聞いてしまえば後戻りが出来ない。今ならまだ間に合う。席を立って帰りなさい。」
「はい? 無理矢理此処まで連れて来ようとしておいて、今度は帰れ? あんたの言動、凄まじく矛盾してるよ。」
カチンと来た紅葉が言い返した。
「矛盾なんかしてないのよ。此処まであなた達を連れて来いと言ったのは、叔母様と神王院家の意向。でも、私は協力者など必要無いという立場なの。」
怒った紅葉が立ち上がったが、和臣はその腕を掴んだ。
「もっと素直な言い方をしてくれよ。あんた、本当は優しい人なんだ。俺達を巻き込みたくないんだろ?」
「あら……。」
言葉を続けようとしたが、顔が真っ赤になり、俯いてしまった。単刀直入な言い方には慣れていないみたいだ。
「それは協力してくれるという事かしら?」
お母様が小首を傾げながら聞いた。そういえば、この人、凄く若く見えるけど、幾つくらいなんだ。
和臣はお母様を眺めながら思った。
「全く。プリと昴とニール君は前世からの仲間なのよ。その仲間が妙な事件に巻き込まれているなら、力を貸すのに躊躇ったりなんかしないわ。」
超ドヤ顔で紅葉が言い切った。皆はそれを聞いて、困った様子で顔を見合わせていた。
「な、何なのよ。その反応は。」
皆が感動の涙すると思っていた紅葉は、予想外のリアクションに狼狽えた。
「もみじ、ばかなの。にーるくんが くれおの はずないの。ぷり、なんども いっているのに……。」
ニール君がクレオじゃない?
紅葉の背中を冷たい汗が流れ落ちた。
「お前、本当に気付いてなかったのか? さすがに俺も途中でピンと来たぞ。」
えっ、何を? ていうか、和臣。裏切っているんじゃないわよ。あんただって、ニール君がクレオだって言ってたじゃん。
紅葉は皆を見回した。
「ま、まさか、プリのお母さんが……クレオ?」
あっー、そっちいっちゃったか。残念。
全員、指を鳴らそうとして、自重した。
「もみじ、こころのめで みるの。おのずと わかるの。」
何で幼女に教えを垂れられなければならないのか。情けなくて、泣きそうになるのを堪えながら、紅葉は考えた。
っていうか、もう考えるまでもなく、リリスしかいないじゃん。でも、今更それを言うのも、白々し過ぎる気がする。
「あのー、話が進まないので、私がクレオって事で了承してくれるかしら?」
見かねたリリスが自己申告した。
「あっ、ああ、クレオ姐さん。お久しぶり。」
「あらあら、素っ気ないのね。姉と慕ってくれてたのにね。」
うぎゃあああああ。そういえば、本人目の前にして、言っちゃったよ。誰か、私を殺してくれー。
紅葉は一人、悶絶していた。
「じゃあ、話を続けるわよ。リリスちゃん、良いわね?」
「二人の気持ち、有り難く受け取ります。」
リリスの了承を得て、お母様が話し始めようとした時、悶死状態だった紅葉が、弾かれたように顔を上げた。
「待って。リリスって、今何歳なの?」
「十二歳よ。中学一年生。」
それは紅葉のみならず、和臣にも衝撃を与えた。
前世の年長組が、二人とも歳下になっている。
「今世では紅葉ちゃんが歳上ね。よろしくね、お姉さん。」
リリスがお面白そうに微笑んだ。
『はっ、ちょっと待って。和臣は早生まれで、誕生日は私の方が早く来る。って、事は……。』
紅葉は恐るべき事実に気が付いた。
「もしかして私、最年長……?」
前世ではエロイーズが来るまで、アイラは最年少だった。旅を始めた頃はクレオも居なくて、トールとイサキオスから、それはそれは大事に扱われたのだ。まあ、だからこそ、甘えられる末っ子ポジションをエロイーズに掻っ攫われて、面白くなかったというのもあった。
ただ、エロイーズはトールにベッタリで、そのベッタリぶりは、クレオやイサキオスも問題視していたので、その辺で色々と調整はとれていた。
グループ内の人間関係とは微妙なバランスの上に成り立っているのだ。
その関係が全部ひっくり返っている。しかも、エロイーズ(=昴)は、今回もちゃっかり年少組に入っているではないか。
ズルい、と紅葉は思った。だが、生まれ順だけは、今更どうしようもない。それならば、一番歳上という立場を最大限に活用してやる。彼女は傍迷惑な決意を固めた。無駄にポジティブなのだ。
「じ、じゃあ紅葉さん。本題に入っても良いかしら?」
「わかったわ。リーダーの私が聞いてあげようじゃない。」
お母様が話し掛けると、紅葉が答えた。
「ちょっ、待てよ。何勝手にリーダーに就任しているんだよ。」
「私が一番年長だからよ。」
「同い年だろ。」
「うるさい、早生まれ。」
和臣の抗議を、紅葉は一蹴した。
「りーだーは ぷりなの。ぷりが いちばん つよいの。」
まさか無いと思っていたプリ様のエントリーに、紅葉は動揺した。
「じ、上等じゃないの、プリ。どっちが強いか、此処で決着つける?」
「しゅんさつでちゅ。ぷりの つよさ みてたでちょ。」
プリ様の言葉を聞いて、お母様は仰天した。
「プ、プリちゃん? 貴女、戦ったりしたの?」
ヤバい。つい熱くなって、お母様の前で迂闊な事を言ってしまった。
プリ様は慌てた。
「プ、プリ様はお強いんですよ。群がる敵をものともせずに投げ飛ばし……。」
しかも、昴がフォローしようとして傷口を広げているし。
「プリちゃん! お母様の目を見てお話しなさい。銀座線内で今日一日、何をして来たのか。」
「よ、よく おぼえて ないんでちゅ。こわくて すばゆと ふゆえて いたから……。」
「良く言うわ。強敵を見ると、目を輝かせて、倒しに行ってたくせに。」
くそ、紅葉め。こいつを黙らせなければ。プリ様は頭脳をフル回転させた。
「もみじ しぼうふらぐ たてたの。それなのに いきのこったの。はずかしいの。」
「な、何あんた蒸し返しているのよ。それは、和臣も一緒でしょ。」
「だから、何でお前は、こういう時だけ俺を巻き込むんだ。」
「はいはい。そこまでにして。」
混迷を深める状況に一石を投じるべく、リリスが手を叩いた。
「叔母様、私が侵入して以降ですが、記録は撮ってあります。」
プリ様のお顔が真っ青になった。
「それとリーダーですが、このメンバーで行動するなら、私がやります。」
「いや、唯一男の俺がやるべきだろう。」
「この時代錯誤男尊女卑め。最年長の私がやるって言っているでしょ。」
「ぷりが やるんでちゅ。」
醜い覇権争いが始まった。
一向に話が進まないな、と昴は思っていた。
例えば肉を切り分ける時、アイラさんは一番美味しい所を貰ってました。
それが、エロイーズが来てからは、二番目に美味しい所が回って来るようになったのです。
理不尽です。何をやるにもエロイーズを中心に皆は考えるようになりました。
アイラさんとて人間です。歳下を可愛がる気持ちもあります。ましてや、エロイーズは外見だけでなく、しぐさや喋り方も本当に可愛いのです。
でも、事あるごとに「お姉ちゃん何だから我慢しなくちゃ。」と言われれば、少し疎ましくも思えて来ます。
だけど、アイラさんは無駄にポジティブです。
自分の中で同居しているエロイーズに対する愛憎反した思いに、こう決着を着けました。
「よし、あの子を私の玩具にしよう。自分の所有物は大切にしなくちゃ。」
ドロドロした感情はドロドロしたまま放っておけば良いものを、下手に結論付けたせいで、とんでもない事になるという好例ですね。
こうして、現世にまで繋がるエロイーズの受難が始まるのです。
鶴亀、鶴亀。




