時の記憶
AT THE BACK OF THE NORTH WINDだった空間は、プリ様を包み込み、巨大な繭となって、通常空間に出現した。プリ様パーティの仲間達は、力尽き、仰向けに寝転び、絶望に塗れた瞳で、それを眺めているしか出来なかった。
そして、それを満足気に見詰めているアンラ・マンユに握られている、刀となっている二人の姉は、激しい焦燥感を覚えていた。「アンラ・マンユは、神々と同じ事をした。」そのプリ様の指摘は、今までの自分達の考え方を、百八十度変える程のインパクトを持って、ゲキリンとトラノオの胸に突き刺さっていた。
『我等は間違っていたのか? 我等三振りの刀で、アンラ・マンユが覇道に踏み出すのなら……。』
『結局、踏み付けにされる神々や人々に対して、自分達が押し付けられた血反吐を吐く想いを、追体験させるだけなんじゃ……。』
憎しみに駆られて、見えていなかった未来。自分達のしようとしている行為は、怨嗟の声を、遍く世界に広げていくだけなのではないか……。
「ゲキリン、トラノオ、今更躊躇などしても遅いぞ。お前達も私も、もう修羅の道に一歩踏み出してしまったのだ。」
薄ら笑いを浮かべたアンラ・マンユが、二人の逡巡を嘲笑うかの如く、口にした。
『コイツは、やっぱり……。』
『悪だ。』
思うより早く、プリ様と同じ姿の人間体となったゲキリン、トラノオは、アンラ・マンユの手の中から飛び出すと、プリ様を包み込む繭へと向かった。
「プリー!」
「私達が間違っていたよ。」
今、助ける。
二人は心を一つにし、一斉に繭に手刀で斬り掛かった。神にも等しい力を持つ、渾身の一撃。手応えはあった。だが……。
瞬間、眩い光を繭が放ち、二人は弾き飛ばされた。
「無駄だなあ。例え、お前達の力でも……。」
アンラ・マンユは、ニヤリと嗤った。
「その繭、切り裂けはせん。」
万事窮す。暗澹たる思いに、ゲキリン、トラノオの胸中は塗り潰されていった。
その頃、繭の中のプリ様は、必死で眠気と戦っていた。
『ねたら だめなの。ねむったら おしまいなの。そんな きが すゆの。』
しかし、睡魔の猛追たるや凄まじく、どんどん、瞼が重くなって来ていた。
『うぐぅぅぅ。ねないの。ぜったい ねないの。なんとかして ここをでて……。』
絶対、アンラ・マンユを、ボコボコにしてやる。その決意だけが、辛うじて、プリ様の意識を覚醒状態に留めていたのだが……。
『ねむいのぉぉぉ。ねむすぎ なのぉぉぉ。』
気が付くと、夢の世界に、入りそうになっていた。眠ってしまうのも、もはや時間の問題だ。
『すばゆ……、だいじょぶ かな……。』
優しい昴の笑顔を思い出しながら、徐々に朦朧としていくプリ様。シシクへのメタモルフォーゼが、始まろうとしていた……。
『だめだよ、むらちゃん!』
玲の……、玲の声が聞こえる……。プリ様は、無意識のうちに、首から下げているペンダントのトップに付いている水晶を手にしていた。
『そう、それが、ぼくが にぎはやひのみことから いただいた あたらしい からだ。まもっていて くれて ありがとう、むらちゃん。』
「れい……。どこに いゆの?」
『ねぼすけ むらちゃん。ぼくは ずっと きみのそばに いたよ。きみの こころのなかに……。』
プリ様のお胸から、拳くらいの大きさの、光の玉が飛び出した。その光が、静かに、ペンダントトップの水晶に、吸い込まれていった。そして、水晶は形を変え、真っ白な肌をしたエキゾチックな顔立ちの金髪の幼女となった。
「かみさま?」
そう、そこには、空蝉山で出会った饒速日命が、相変わらずの美しい風貌を漂わせつつ、立っていたのだ。
「ちがうよ、むらちゃん。ぼく だよ。」
「もしかして……、れい……?」
会いたくて、会いたくて、夢にまで見ていた人が、姿形は変わってしまっていたけれども、確かに、自分に向かって、微笑みかけていた。
「むらちゃんと ともに いきられるように、にぎはやひのみことが くれたんだ。じぶんの つかっていた ねあんでるたーるじんの からだを。」
夢ではない。玲は現世に甦ったのだ。
「れい。れい。」
「ああ、あまえんぼう だな、むらちゃんは。」
玲は、泣きながら抱き付いて来る、プリ様の頭を撫でながら笑った。
「なんで、なんで もっと はやく よみがえらなかったの? どんなに わたしが かなしかったか……。」
責める様なプリ様の口調に、今度は苦笑した。
「にぎはやひのみことの おかんがえ だったんだよ。」
饒速日命は、いずれ、プリ様がアンラ・マンユによって、追い詰められるのを予測していた。その時の為の、切り札として、玲を温存していたのだ。
「きりふだ……。」
「そう。ぼくは むらちゃんの きりふだだ。さあ、これを。」
玲が腕を広げると、十個の輝く玉が、輪を描いて、空中に現れた。
「とくさのかんだから!」
「うん。これが むらちゃんの あたらしい しんきだよ。」
目を見開いて、十種の神宝を眺めるプリ様に、玲が告げた。
「でも、まえに、とくさのかんだからは ひとのてには あまるって、かみさまが……。」
「いまの むらちゃんは、あのときの むらちゃん では ないよ。いろいろ けいけん して、くなんを のりこえて……。」
究極まで能力を高めながらも、奢り昂らず、他者を慈しめる者。そういう者こそ、十種の神宝を所有するのに、相応しい人物なのだ。
「むらちゃん、いまの きみには そのしかくがある。さあ、とくさのかんだからを つかい、ここを だっしゅつ しよう。」
親友が戻った。もう、何も怖いものなどない。プリ様は力強く頷いた。
繭の外では、ゲキリンとトラノオが、アンラ・マンユに頭を掴まれ、刀としての再教育を受けていた。
「止めろー!」
「くそ、離せぇぇぇ!」
頭を掴むアンラ・マンユの腕から、服従させる為の膨大な量の情報が流れ込み、自我を押し潰そうとしていた。
「なまじ、人格など残していたのが失敗だったわ。打ち上がったシシクも、お前達同様、物言わぬ刀にしてやるわ。」
アンラ・マンユの呟きを聞きながら、二人の胸を占めていたのは、シシクに対する申し訳なさであった。自分達が愚かであった故、妹までも巻き添えにしてしまったのだ。昴も守り切れず……。
その昴は、薄れ行く意識の中、先刻初めて会った、母の声を耳にしていた。
『昴ちゃん、起きなさい。』
『でも、お母様。もう、身体に力が入らないのです。もう、息が出来ないのです。もう、心臓が……。』
昴が心中で母と対話している時、仲間達は、いよいよ虫の息となった彼女を取り囲んで、自分達の無力さに歯噛みしていた。
『今、死のうとしている身体は、私が与えた仮初めの身体。本来の身体は、健康体にして、貴女に返しましたよ。』
昴は弱々しい動作で、母から貰ったペンダントを握り締めた。
「昴……ちゃん?」
昴の呼吸が止まった。慌てて肩を揺さ振るリリス。
「止めろ……。止めるんだ、リリス。もう……。」
死んでいる。その一言が言い出せなくて、俯く和臣。藤裏葉も、舞姫も、頬を涙で濡らしていた。そして、一人、グッと涙を堪えて、全身を震わせているモミンちゃん……。
昴が死んだ。その事実は、ゲキリンとトラノオにも、凄まじい衝撃を与えた。前世から、ズッと、鞘がわりとして、自分達を守ってくれていたのだから。
「アンラ・マンユ、貴様ぁぁぁ。」
「許さない。絶対に、許さない。」
「ふん。神々ではなく、今度は私を許さぬと? 本当に、お前達は進歩がない。大人しく道具となっているのが分相応。私が有効に使ってやるわ。」
うわっははは。と、勝ち誇ったアンラ・マンユが、高笑いをしたのと同時に……。
繭の中から声が……。
「ひと ふた み よ いつ む なな……。」
ギョッとして、目を剥くアンラ・マンユ。ゲキリンとトラノオの頭を掴む手も、少し緩むほどに。だが、そんな彼女の心中など、お構いなしに、呪文の詠唱は続いた。
「や ここの たり……。」
シシクか? シシクなのか? 往生際悪く、まだ、何かやる気なのか? 完全に予想外の事態に、アンラ・マンユは、身構えた。
「ふるべ ゆらゆらと ふるべ。」
詠唱が終わった。何も起きない。緊張していたアンラ・マンユが、ほうっと一息吐こうとした時……。
繭に細かな皹が幾つも入り、次の瞬間、粉々に砕け散った。
「おのれぇぇぇ。シシクゥゥゥ。」
「ししく じゃないの!」
解放されたプリ様は、ギンッと、アンラ・マンユを睨んだ。
「おんぷのぷ、るりいろのり、だいにほんていこくかいぐんくちくかんむらくものむらで……ぷりむらなの!」
大音声で名乗りを上げるプリ様に、怯むアンラ・マンユ。
「おとうたまと おかあたまから もらった なまえ なの。わたしは ぷりむら なのー!」
「もう、あなたの やぼうも おしまいだよ。」
話しかけられ、プリ様の後ろに居る幼女に、気付いた。
「饒速日命?」
「ちがう。ぼくは ことうれい。むらちゃんの しんゆうさ。」
湖島玲?! やはり、コイツが介入して来たか。その存在を気にしていながら、見逃していたのだ。己の迂闊さに、アンラ・マンユは、歯軋りした。その彼女の隙を突いて、ゲキリン、トラノオは、頭を掴む手を振り解き、プリ様の元へと飛んで行った。
「プリ、すまなかった。」
「憎しみに囚われて、大事なモノを見失っていたよ。」
「いいの。げきねえも、とらねえも、こころに たいせつな ひとが いたの。それだけなの。」
ゲキ姉、トラ姉……。唐突な呼び名の変更に、二人の姉は、面食らって、ニコニコと微笑むプリ様を見詰めた。
「ふふふ。敵わぬな、プリには。」
「プリィ。トラ姉だと、酔っ払いみたいじゃないか。」
三人は、互いに釣り込まれる様に、笑い合った。
「貴様等ぁぁぁ。まだ、笑うのは早いぞ。お前等は何も分かってない。勝てるのか? 神である私に、勝てると思っているのかぁ?」
水を差して来るアンラ・マンユを、ゲキリンは冷ややかに、トラノオは見下して、プリ様は不敵に見返した。
「何も分かっていないのは、お前の方だ。」
「そうそう。お前は、自分が何を作り出したか、分かってないんじゃない?」
「あらだま、にぎたま、せいれいの さんにんで かみなら、わたしたちも さんにん いるの。」
なん……だと? コイツ等は、何を言っているのだ? アンラ・マンユは、口を開いたまま、三人を見ていた。
「プリの能力が、我等二人に充分伍するようになった今……。」
「私達姉妹は、三人で一人に成れる。」
「つまり、かみさまと おなじなの!」
バカ……な……。驚愕に目を見開くアンラ・マンユの眼前で、今、三姉妹は一つになる……。
「ゲキ姉が荒魂。トラ姉が和魂。私が精霊。私は新しい神、プリムラ!」
生意気な……。だが、私は大暗黒神アンラ・マンユ。所詮、貴様など敵ではないわ。気を取り直したアンラ・マンユが、攻撃しようと身動ぎした時……。自分は、もう、過去に攻撃を受けて、動けない程のダメージを負っているのに気付いた。
血を噴き、仰反るアンラ・マンユ。
「何をしたぁ?」
「過去から攻撃したの。私達に出来ない事はないの。」
三位一体不可能無し。最強の神の誕生に、アンラ・マンユは、己の敗北を悟った。
「バカな。こんなバカな。気の遠くなる程の時間をかけて、練り上げて来た私の計画が、こんな……、こんな……。」
地上で、空中のやり取りを見ていた、プリ様パーティー+舞姫も、よく分からないながらも、プリムラの優勢を感じ取っていた。そんな彼等を、ギロリと凝視するアンラ・マンユ。
「プリムラァァァ! せめて、お前にも、私の痛みを、少しでも味合わせてやるぅぅぅ!!」
半径一キロを灰にする程の、エネルギー弾を、足下のプリ様パーティー+舞姫に向かって、アンラ・マンユは放った。放った瞬間に、結果が出る程の超光速の攻撃だったので、プリムラも不意を突かれた。
やられた。と、誰もが思った。が、エネルギー弾は、間一髪、アイギスによって防がれていた。
「オオオ、オクゥ?」
アイギスを構える三歳児の姿に、驚いて声を上げるリリス。幼女は、ゆっくり振り向いて、口を尖らせた。
「ちがいますぅ。すばゆ なんですぅ。」
「す、昴ちゃん?!」
それは、母に与えられた肉体に魂を宿した、昴であった。
「ぷいちゃまぁぁぁ、みんなは すばゆが まもいますぅ。」
昴……。昴が生きていた。もう、後顧の憂いは何も無かった。
「終わりなの、アンラ・マンユ!」
「むう?!」
アンラ・マンユが気付いた時、すでに、その身は、十種の神宝の十個の玉に包囲されていた。
「ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり。ふるべ ゆらゆらと ふるべ。」
素早く唱えられる呪文。十種の神宝の能力で、アンラ・マンユは、トキ、ノキ、オクの三人に分離された。
「お母様!」
「おかあちゃまぁぁぁ。」
プリムラと昴が叫んだ。ノキ=胡蝶蘭と、オク=雛菊は、それぞれ、元の身体に戻った。呆然と、その場に立ち竦んでいるトキ。
「ふっ。私を殺すか? プリムラ。」
「殺さないの。」
嘯くトキに、即答するプリムラ。
「知って欲しいの。お前が踏みにじって来た人達の苦しみを。愛する者を奪われた人達の悲しみを……。」
そう言っている間にも、十種の神宝の十個の玉が、トキの周囲を、光りながら、回っていた。
「止めろ! 何をするつもりだ。プリム……ラ……。」
言い終える前に、十種の神宝の力が発動した。
『此処は何処だ……。』
石造りの家。石畳の路地。降り注ぐ陽光。井戸端で女達が楽しそうにお喋りをし、子供達が笑いながら走り回る、あらゆる時代、あらゆる場所で見られた、平凡で、だけど幸せな光景……。
突如、大量の火矢が降って来た。逃げ惑う人々。蹂躙される平和。
『そうか……。これは、私がやらせた侵略。私が滅した街……。』
トキの足元が崩れ、時と場所が変わった。それでも、繰り返される悲劇は、全く本質を変えなかった。
全ては、自分が奪った幸せ。自分が奪った平和。
「トキ、分かった?」
プリムラの問い掛けに、ハッと、我に返るトキ。それは、刹那の時間であったが、彼女の体感では、久遠の時を経ていた。
「分かった……。私が、どれだけの、罪を犯して来たのか……。」
双眸から涙を滴らし、膝を折って崩れ落ちるトキ。そんな彼女を、皆が取り囲んでいた。
「何回も……。」
やがて、トキは、絞り出すみたいに、言葉を発し始めた。
「何回も、何回も、あらゆる世界に生きた、全ての人間に生まれ変わり、その人生を経験して来よう。踏みにじられた者達の、哀しみを理解する為に。何回も、何千回も、何京回も、那由多の時を歩み、贖罪をして来よう。」
トキは、チラリと、胡蝶蘭、雛菊を見た。
「待ってます。貴女が戻って来る時を。」
「遠い時の果てで、また、一つの神となろう。」
二人の返事に、寂しそうに頷くと、トキは、スッと、消えていった。それは、前世から続いた、長い戦いの幕引きであった。
☆☆☆☆☆☆☆
戦いは終わり、季節は巡る。
「プリちゃん、昴ちゃん、今日は入園式ですよ。」
眠そうに起きて来た幼女二人に、胡蝶蘭は優しく微笑んだ。
「ぷいちゃまぁ、おきがえ おてつだい しますぅ。」
「なに いってるの すばる。わたしが すばるを てつだうほう なの。」
モチャモチャ、モチャモチャと、ジャレ合いながら着替える二人。肉体年齢が三歳に戻ってしまった昴は、プリ様と同学年になってしまったのだ。ずっ〜と、プリ様と幼稚園に行くと言っていた昴だが、その願望を叶えてしまうとは、恐るべき執念であった。
「ねえ、コチョちゃん。朝御飯まだあ?」
「ご飯の前に、貴女も着替えて下さい。叔母様。」
パジャマ姿のまま、呑気にウロツキ回っている雛菊に、胡蝶蘭が釘を刺した。
最終決戦後、雛菊復活の報を受けた光極天家は、大パニックに陥った。恐慌のあまり、六連星を首魁とする雛菊対策委員会が作られた程だ。結局、プリ様と一緒に居たいという昴に、付き添う形で、彼女は、神王院本家に居候する事となり、光極天家は一時の安寧を得た。
「くくく。此処に居れば、色々と都合が良いのよね。リリスちゃんが、毎日のように、通って来るから。」
ニヤリと雛菊が笑った時、タイミング良く、玄関の方から「お早うございます。」という、リリスの声がした。
「プリちゃーん! お姉ちゃんも入園式に行ってあげますよー。」
ドタドタと駆け込んで来たリリスが、昴からプリ様を奪うと、ヒシッと抱き締めた。
「ずるい、リリス様。私も、プリちゃま抱くんだもん。」
「お姉様も、裏葉さんも、退いて。プリちゃんは私が抱っこするんだから。」
後から入って来た藤裏葉と翔綺も、負けじとプリ様を奪おうとするし……。
「リリスちゃーん! 会いたかったぁぁぁ。」
「うげっ、オク!」
プリ様争奪戦に夢中なリリスの隙を突いて、雛菊はリリスに襲い掛かるし……。
「まあ、リリスちゃんも、裏葉さんも、翔綺ちゃんも、野蛮ね。私怖〜い、和臣。」
「何ぶりっ子してんだ。だあああ、抱き付くな。」
なんだかすっかり、馬鹿ップルとなってしまったモミンちゃんと和臣はイチャついているし……。
「がっおーん!」
「ぴっけぇぇぇ!!」
何故か、まだ神王院家に居るポッカマちゃんと、すっかり家猫となっているピッケちゃんは、便乗して雄叫びを上げるわで、もう大騒ぎ。
「もおおおおお、貴方達、良い加減にしなさーい!!!」
胡蝶蘭の一喝に、シーンとなる一同。
「はい、雛菊様、お着替え、お持ちしました。」
そこにスッと入って来たのは……。
「フフフ、フルゥ。貴女、何で此処に居るの?」
後退ろうにも、雛菊にシッカリ抱き締められていて、逃げられないリリス。
「ふんっ、小娘。雛菊様から離れなさい。」
いや、抱き付いているのは雛菊だし。リリスの質問に答えてないし。物凄い理不尽さを、その場に居た全員が感じていた。
「ふるの からだ あったの。しんだあと もどったの。」
「ふゆさんの かやだは ほぞん さえていて、やまたのおよちが しんだあと もどった。と、ぷいちゃまは もうちておいます。」
なる程、全然分からん。プリ様の説明が分からない上に、昴の解説が輪を掛けて理解不能だから、分からんの二乗になっている。リリス達の頭に、疑問符が飛びまくった。
「とにかく、トットッと離れなさい。あと、これから私の事は、月読と呼びなさい。」
フルは、雛菊から、リリスを引き離しつつ言った。
それから、皆んなで朝御飯を食べて、騒々しく、カルメンさんの運転するストレッチリムジンに搭乗した。
「同じ幼稚園に、晶と翼と玲も居るんでしょ。」
玲は決戦後、実家に戻り、胡蝶蘭の説明で、何とか家族に復活した経緯を理解してもらえた。死んだと思っていた娘が、幼女になって戻って来て、両親は嬉しいやら、戸惑うやら、複雑そうであった。
「翼ちゃんとも、お友達になれたんでしょ? 良かったですね、プリちゃま。」
「そ……そうなの……。」
明るく問い掛ける藤裏葉に、ゲッソリとした様子で答えるプリ様。翼と友達になるのは、それは、それは、それは、苦労したのだ。
「あそこまで かわりもの だとは おもわなかったの。」
翼は、起きている時間は、ひたすら機械いじりをするか、大好きなプリプリキューティを見ているかで、その他の事物には、全く興味を持とうとしない子だった。その翼を、プリ様は、根気良く、野生動物を手名付けるみたいに、徐々に友好を深めていったのだ。
そんな話をしていた時、突然、昴の両腕が上がり、刀の姿のゲキ姉、トラ姉が現れた。
「プリ、注意しろ。」
「なにか、途轍もない力を秘めた奴が、天から降って来るよ。」
敵?!
カルメンさんにストレッチリムジンを停めてもらい、車外に出るプリ様達。
確かに、空から何かが落ちて来ている。
「すごい ぷれっしゃー なの。」
プリ様が呟いた。皆んなも、肌でビリビリと感じていた。これは、もしかすると、アンラ・マンユより強い……。
「わたちが ぷいさまを まもゆんですぅ。」
皆んなと違って、あまり何にも感じていない昴は、勇んでアイギスを取り出し、藤裏葉が衝撃に備えて、結界を張ろうとした時……。
天から降りて来た者は、上空で急制動をかけ、フワリと地面に降り立った。
「お前等……。」
襲撃者が口を開いた。
「俺の存在、忘れていただろう!」
あっ……。おとうさま……。
そういえば、ウルリクムミを討伐に行ったまま、帰ってなかったや。
「まったくもう、君達ときたら……。大変だったんですよ。イシュタルは途中で居なくなるし、ウルリクムミを全滅させたと思ったら、月の裏側から、神々の最終兵器兎型軌道要塞が出て来るわ。」
トール神は、ブツブツ言いながら、照彦の姿に戻った。
「わ、わーい。おとうさま。」
とりあえず、無邪気を装って、照彦の足に抱き付くプリ様。拗ねていた照彦も、愛娘の笑顔には抗し難く、すぐに、だらし無い顔で、プリ様を抱き上げた。
「でも、プリちゃんの入園式に間に合って良かった。さあ、一緒に行きましょうか。」
「そ、それが……照彦さん……。」
胡蝶蘭が申し訳なさそうに、車が定員オーバーになる事を告げ、照彦は、走って幼稚園まで行く事となった。
「びっくりしたの。おとうさま、いつも いないから、あんまり きにして なかったの。」
再び、リムジンに乗ってからのプリ様の一声に『身も蓋もないな。』と、全員が思った。
その後は何事も無く、車は桜満開の春の街を滑って行った。もうすぐ幼稚園だ。プリ様が、ふと気付くと、隣に座っている昴が、嬉しそうに、ニコニコと自分の手を握っていた。
「たのしい? すばる。」
「はいですぅ。ぷいちゃまと ずっと いっしょ。すばゆは それだけで しあわせ なんですぅ。」
昴の返事に、プリ様も柔らかく微笑んだ。
前世からズッ〜と一緒。これからも、その先も、ずっと、ずっと……。
陽光差し込む車内。騒ぐ仲間達。その中で、プリ様と昴は、いつまでも、幸福そうに微笑み合っていた。
今回でプリ様のお話は完結です。長い間ご愛読いただき、誠にありがとうございました。
私の不徳のいたすところとはいえ、急遽完結の運びとなり、申し訳なく思います。
運営さんに迷惑にならないよう、どっか他所の投稿サイトに、完全版を書こうかなとか思っていたんですが、完結させちゃうと、モチベーションが上がらなくなりますね。
あと、すみません。この回の戦闘シーンなんですが、良かったら、脳内BGMは「勇気の○まれる場所」で、お願いします。プリ様が名乗りを上げた辺りから、イントロ入ると良い感じだと思います。いや、勿論、脳内BGMなので、お好きな曲をかけて頂いて構わないのですが、読み返す事があったら、一回くらい「勇気の○まれる場所」でお願いします。「勇気の○まれる場所」って、何だよ。という方は、ハ○ネスチャージプ○キュアを全話視聴し、映画も見て下さい。
これからどうするかは決めてませんが、次回作を書くなら、今度は異世界転生モノをやってみようかな。異世界転生モノ書きたかったんですけどね、なんせ、当方オジさんなものですので、RPGとかやった事なくて、異世界の知識とか作法とかが、全然分からなかったんですよ。でも、プリ様のお話を書きながら、アニメだの小説だのを嗜んで、何となく掴めて来た気がするので、もしかしたら、書くかもしれません。
私自身は、転生出来るのなら、もう一度同じ人生を歩んでみたいな。と思います。そして、今まで出会って来た人達に、優しくして上げたい。思いっ切り愛して上げたい。と思います。自分の事で手一杯で、周りの人間を傷付けてばかりいた人生を、今、本当に後悔しています。作中のトキは、実は私自身の姿なのです。
さて、往生際悪く、長々と後書きを書いてすみません。さっき、次回作の話とかしてましたが、正直な話、寿命が保つのかなという不安もあります。今や、世界中の人が、明日をも知れない命。嫌な世の中になったものです。皆さんも、お身体には、充分お気を付け下さい。
ブックマークしてくれた方、評価をして下った方、感想をくれた方、最後まで読んで下った方、ちょっとでも、この小説に目を通して下った方、本当に、本当に、ありがとうございました。感謝しかありません。厳しい時勢ですが、皆さんが乗り越えて、幸せになられる事を、心より祈っております。
幸せになって下さい。さようなら。