最終決戦④
刀と化したゲキリン、トラノオを持つアンラ・マンユは、身動ぎもしていないが、立って向き合っているだけで、その気に押されて、身体がビリビリと震えるのが分かった。
「我等が争うなど、馬鹿らしいとは思わぬか? シシクよ。」
ややあって、静かに語り出すアンラ・マンユ。
「お前は、地球を、守りたいのであろう? その地球を滅ぼさんとする神々は、共通の敵ではないか。」
ゲキリンを持ったままの右腕を上げ、プリ様に、その手を差し伸べた。
「さあ、来い。シシク。我はお前の母。ゲキリンとトラノオは、お前の姉。一緒に、怨敵の神々を、討ち取ろうではないか。」
思いの外、優しく語りかけられた言葉に、昴は、ハッとして、プリ様を見た。だが、プリ様は、少しも懐柔される様子は無く、凛としてアンラ・マンユを見返していた。
「おまえの さんぼんめの かたなに なるきは ないの。」
絶対的な劣勢状態にありながら、それでも、プリ様は、臆する事もせず、決然と言い放った。
「だれかの どうぐに なんか、ならないの。わたしは、わたしの、せいぎを つらぬくの!」
「正義? 正義など、星の数程の、正義が有るわ。見方によって、立場によって。そんな不確定なものに、拘ってどうする?」
「わたしの せいぎは、たいせつな ともだちが あたえてくれた せいぎ。」
そこでプリ様は、ちょっと悲し気に俯いたが、すぐにまた、顔を上げた。
「わたしの せいぎは れいの さししめして くれたみち。だから、ぜったいに つらぬきとおすの。」
玲……。その名を聞いた時、アンラ・マンユの胸中に、微かに嫌な陰が浮かんだ。彼女も、アンラ・マンユの道具だった筈だ。プリ様を、シシクへと打ち上げる、ステップの一つ。
『玲か……。ふん。アイツも、トコトン利用し尽くしてやる。奴が命を犠牲にして作り上げた、このAT THE BACK OF THE NORTH WINDも……。』
どうして、強者であり、王者である私が、玲如きに、不安を覚えねばならぬのだ? しかも、死人だ。アンラ・マンユは、一瞬覚えた懸念を、頭を振って、拭き払った。
「ならば、力で捩じ伏せてやる。行くぞ、シシクよ。」
アンラ・マンユが、動こうとした、その時……。
「びゆすきゆにゆ うぃゆど!」
叫ぶプリ様。小ちゃなお身体に纏っていたビルスキルニルは、姿を変え、白銀に輝く、一振りの剣となった。
「これは、うんめいを きりひらく けんなの!」
「小癪な!」
空間を飛び越え、ゲキリンの切っ先が迫るが、ビルスキルニル ウィルドは、その攻撃を跳ね返した。
「ならば、これはどうだ。」
時間を遡り、過去から襲って来るトラノオの刃。しかし、その攻めも、なんとか凌ぐプリ様。
「くっ、ふふふ。素晴らしい。素晴らしいぞ、シシク。お前は、もう、能力的には、問題無い。」
「こ、これは びゆすきゆにゆ うぃゆどの ちから なの。」
斬り結び、火花を散らし合いながら、言葉を交えるプリ様とアンラ・マンユ。オクの居城の庭で打ち合っていたのが、何時の間にか道路に出て、車のボンネットの上を転がり、勢いあまって電信柱を真っ二つにし、二人の斬撃のソニックウェーブで、周り中のビルや建造物が、斬り崩されていった。
「げきりん! とらのお! めを さますの。」
打ち合いの中、必死に二人の姉に、プリ様は呼び掛けた。
「貴様こそ、目を覚ますのだ。プリ。」
「神々の悪辣さ。何度も、その目で見ただろ? プリ。」
プリ様の心の中に、二人の姉の言葉が響いた。ゲキリン、トラノオと、プリ様。決して相容れぬ二つの主張が、心中で虚しく木霊した。
一方、昴は、タラリアの能力を借り、アイギスの陰に隠れながら、なんとか、激しく動き回るプリ様に、ついて来ていた。
『プリ様とアンラ・マンユさん。一見、互角ですぅ。凄い、凄い、プリ様ぁ。』
プリ様を讃える踊りを踊るのを我慢して、二人の戦いを見守る昴。だが、いきなり、力を増したアンラ・マンユの一撃に、プリ様が弾き飛ばされた。
「もう良い。充分、分かった。今の、お前の能力、シシクとして申し分ない。」
「だから、これは、びゆすきゆにゆ うぃゆどの ちから なの。」
「違うな。元々、トール神が、お前に渡した神器三つには、合体して、より強力な神器になる機能など無い。」
アンラ・マンユは、舌舐めずりでもしそうな程、歓喜に塗れた顔を、プリ様に向けていた。
「三つの神器を統合し、しかも、その攻撃力を頂点まで高めた。それこそが、お前の『創造する力』が、究極まで到達したという証なのだ。」
正鵠を射た言葉に、衝撃を受けるプリ様。
「そ、それでも……。」
「それでも?」
「びゆすきゆにゆ うぃゆどを つかっている かぎり、ししく には ならないの。」
「ふふふ。ところが、お前は自分から神器を手離すのだ。」
不気味に笑うアンラ・マンユの背後に、漆黒の闇が広がった。その闇に、何かの映像が映し出され、巨大なスクリーンとなっていった。
「とーゆしん!」
それは、宇宙空間で、ウルリクムミと戦う、トール神とイシュタル神の映像だった。
パンチ一発で、ガンガン、ウルリクムミを砕いていくトール神達。だが、多勢に無勢で、徐々に追い詰められているように見えた。
「三つの神器、トール神に、返した方が良いのではないか?」
「おとう……たま……。」
プリ様の脳裏には、前世で、実の息子の様に、トールを可愛がってくれた、トール神の姿が浮かんでいた。今世になっても、血肉を分けた娘として、愛してくれた照彦……。
『ずっと、ずっと、いつも みまもって くれてたの……。』
プリ様は……、ビルスキルニル ウィルドを手離した。神器はミョルニル、メギンギョルズ、ヤールングレイプルの三つの姿に戻り、トール神の元へと飛んで行った。
「良い子だ、シシク。さて、お前は、もはや、己の才覚のみで、身を守るしかないわけだが……。」
ニヤッと笑う、アンラ・マンユ。
「この空間、AT THE BACK OF THE NORTH WINDで、一度でも『シシクの力』を使えば、即座に、お前を、シシクに打ち上げる為の、最終工程が始まる。」
それは、死刑宣告に等しい、最終通告だった。
『ど、どうすれば……。』
生まれて初めて「追い詰められる」経験をするプリ様。三歳児に対して、あまりにも大人気ないアンラ・マンユ。
「さあ、姉達の一撃を、自分の力で防いでみよ、シシク!」
時空を超えて迫る攻撃。生きようとするプリ様の意志は、知らず知らずのうちに、秘めたる自分の能力を……。
ガインッ、と金属質の音がして、ゲキリンとトラノオの刃は、プリ様の眼前で押し留められた。
「プリ様は、プリ様は、私が守るんですぅ!」
プリ様の前には、アイギスを構えた昴が、立ちはだかっていた。
『むう……。アイギス……。』
これは厄介な。と、アンラ・マンユは舌打ちした。およそ「攻撃を防ぐ。」という一点に関しては、アイギスはパーフェクトな神器であった。例え、空間を曲げ、時間を遡るゲキリンとトラノオの攻撃力をもってしても、アイギスは、難無く、あしらってしまうだろう。
『長髄彦め。いずれシシクが追い詰められるのを察して、鞘にアイギスを与えたのか……。』
試みに、一太刀、二太刀、斬り込んでみるが、やはり完璧に防がれてしまった。
『すばゆ……。』
プリ様は、自分を守る昴を後ろから眺め、感謝に涙していた。よく見ると、昴の華奢な身体は、ブルブルと震えているのだ。人一倍怖がりで、痛がりなのに、有りったけの勇気を総動員して、アンラ・マンユの攻撃の、矢面に立ってくれているのだ。
「むうっ……。ラチがあかぬ。仕方なし……。」
仕方なし、と呟くアンラ・マンユの言葉を聞き、ゲキリンとトラノオは、嫌な予感に身震いした。
「待て、アンラ・マンユ。貴様、何をするつもりだ?」
「ふふふ。覚醒してしまえば、刃は抜き身のままで構わん。休む事無く、神々の血を浴び続け、その魔法子を頂けばいいのだからな。」
もしかして、それはもう、昴は不要と言っているのか?
「時を巻き戻す昴の呪いを、解除する。可哀想だが、天寿を全うしてもらおう。」
止めろ! と、ゲキリン、トラノオが言うより早く、数分後に死を迎える状態に、昴の時は進み始めた。
「うっ。あああっ、ううっ。」
「すばゆ?!」
突如、苦しみ出す昴の様子に、慌てるプリ様。
「昴は役割を終えた。サヨナラだ。」
アンラ・マンユが、ゲキリンを持った右手を挙げると、昴の足元に空間の裂け目が出来、AT THE BACK OF THE NORTH WINDから、通常空間の蒲田駅前へと、その身体は落下して行った。
「すばゆー!」
「プリ……様……。」
苦悶の表情を浮かべながらも、プリ様へ向かって手を伸ばす昴が、地面にドサッと落ちた時、裂け目は消滅し、その姿は見えなくなった。
「あんら・まんゆぅぅぅ、ゆゆさないのぉぉぉ!」
「くっくっくっ。ならば、私を倒してみよ。その力で。」
あからさまな挑発であったが、頭に血が昇ったプリ様は、食い付かんばかりに、アンラ・マンユを睨んでいた。今にも「創造する力」を、発動させそうだ。
「待って。落ち着きなよ、プリ。」
「うゆさいの、とらのお。こいつは すばゆを こよした。おまえたちの いう かみがみと おなじ ことを したのぉぉぉ!」
神々と同じ事をした。プリ様の叫びに、トラノオは、ゲキリンも、虚をつかれた。
「さあ、シシク。遊びは終わりだ。姉達の攻撃『創造する力』で防いで……。」
アンラ・マンユの言葉が終わるよりも早く、瞬時に彼女の懐に飛び込んだプリ様は、重いボディーブローを打ち込んでいた。血を吐き、仰け反るアンラ・マンユ。
「ゆゆさないの。ゆゆさないのー!」
「いっ痛い? この私が、痛みを感じている?」
痛覚など、一度も経験していないアンラ・マンユは、あまりの苦痛に蹲り、涙を流した。
「全く攻撃を察知出来なかった。くくく。ふははははは。」
「なにが おかしいの!」
苦しみながらも哄笑するアンラ・マンユを、プリ様は怒鳴り飛ばした。
「おかしいさ。これで、お前は完全に打ち上がる。『創造する力』を使ってしまったのだからな。」
アンラ・マンユが、そう言うと、AT THE BACK OF THE NORTH WINDであった空間は、ドンドン縮小していき、プリ様を包み込む繭となった。
一方、蒲田駅前では、突如落ちて来た昴の周りに、痛む身体を引き摺って、仲間達が集まっていた。
「昴ちゃん……。」
苦しさに顔を歪めながらも、虚空に手を伸ばして「プリ様……。」と呼ぶ昴を、どうしてやる事も出来ないで、リリス達は、己の無力さに打ちひしがれていた。
「あれを見て下さい。」
藤裏葉が上空を指差した。そこには、巨大な扉があった筈なのに、気が付くと、大きな赤い球体に変わっていた。そして、その球体を見下ろすみたいに、一段高い場所に浮いているアンラ・マンユの姿が……。
「それは何なの?」
キッと、アンラ・マンユを見上げ、問い質すリリス。
「これは、シシクの繭さ。この中で奴は、完全なる一振りの刀へと打ち上がるのだ。」
予想はしていたが、信じたくなかった返答に、仲間達の顔が、絶望に彩られた。
「お前達は、大人しく、見物でもしておれい!」
そう言いながら、アンラ・マンユは、無数のエネルギー弾をバラ撒いた。弾は地面を抉り爆発した。皆は、動けない昴を守るのに精一杯。とうとう、折り重なる様に、倒れてしまった。
「うわっははは。ついに来たぞ、我が悲願成就の時が。見ておれい、神供め。皆殺しにし、全ての世界、全ての宇宙、全ての次元を、この手にしてやる!」
轟き渡る、悪の勝鬨。運命の時は、刻々と近付いていた。
すみません。終わりませんでした。あと一回、お付き合い下さい。次回で終わりです。




