最終決戦①
「にがさないの、れゔぃあたん!」
退こうとするレヴィアタンの前面に回り込むプリ様。
『いや、お前。そこは、素直に、お引き取り願えよ。』
漸く、厄介払い出来たと思っていた一同は、プリ様の不用意な行動に焦った。
「プ、プ、プ、プリムラちゃん! そんなに、私と別れたくない?」
こいつは、こいつで、何か勘違いしているし……。
「プリムラちゃーん!」
「ははは、はなすのぉぉぉ。」
突然、レヴィアタンが屈んで、ムギュッと、抱き付いてきた。パニクるプリ様。
『んっ?! まてよなの。ちゃんすなの。』
プリ様は、夢中で、自分の頬を撫でるレヴィアタンの右手の甲に、ソウッ〜と、自分の右手の甲を、押し当てた。
「ムッ! プリムラちゃん、貴様、何をしている?」
「もう、おそいの、れゔぃあたん。もらったの。」
プリ様は、強制的に、レヴィアタンの六花の一葉を、自分の手の甲に移し替えた。
「あっー、あああ。」
甲高い声を上げて、その場に崩れ落ちるレヴィアタン。
えっ〜。あれだけ手古摺った敵が、こんな簡単に……。と、拍子抜けするリリス、紅葉、和臣、オフィエル。
「凄いですぅ。プリ様が、色仕掛けで、レヴィアタンをやっつけたんですぅ。」
「いろじかけ なんて、してないのー!」
胡乱な発言をする、昴を叱るプリ様。
皆んなは、その正体を見届けようと、寝ているレヴィアタンを、取り囲んだ。見詰められる中、身体が変化していくレヴィアタン。
「あ、あれ?!」
リリスが、小さく、声を上げた。背が縮み、子供の姿になったレヴィアタン。それは、どう見ても、自分の妹……。
「翔綺!」
リリスの叫びに呼応して、薄っすらと、目を開けるレヴィアタン……ではなく、美柱庵翔綺。いくつもの視線に晒されている自分を認知し、全ての事が露見したのを悟った。
「い、いやああああああ。」
静けさを取り戻した住宅街に、彼女の悲鳴が響き渡った。
此処は、神王院家地上施設、阿多護神社の住居部分。連れて来られた翔綺が、リビングのソファーに座り、啜り泣いていた。
笠間親子は、すでに帰り、居るのは先程レヴィアタンと戦った面々、プラス胡蝶蘭だけだ。皆は、翔綺が泣き終わるのを、辛抱強く待った。
「プ、プリムラちゃん、ごめんね。私、私……。」
「きにしなくていいの。おくに、あやつられていたんでちょ? わかってゆの。」
でも、多分、プリへの恋慕の念は、翔綺が自然に持った感情だよな……。和臣と紅葉は、チラリと、リリスを見た。
「な、ななな、何?」
「いや……。業の深い姉妹だなと……。」
「そうね。姉と妹で、一人の幼女を取り合いとはね……。」
溜息を吐く二人に、リリスは、顔を真っ赤にした。
「ちが……。翔綺は、オクに操られて……。」
「違うの、姉様。」
意を決した様に、翔綺は、リリスへ語りかけた。
「私を、私を、あの忌まわしいレヴィアタンにしたのは、トキ……様。」
トキ、と呼び捨てにしようとして「様」を付けてしまう翔綺。その様子が、彼女の心を縛る、トキの、魂からの支配を感じさせた。
「AT THE BACK OF THE NORTH WINDに連れて行かれた時、私……私、あの人に……幻を見せられ、記憶を改竄されて……。」
涙がボロボロと零れて、あとは言葉にならない。そんな彼女を、リリスは、優しく抱き締めた。
「ごめんなさい。貴女を守れなくて。今は、無理に、話さなくて良いから……。」
「姉様。姉様ぁぁぁ。」
リリスの胸に顔を埋めて泣きじゃくる翔綺を、皆も温かく見守っていた。
そんな光景を、居城の円卓に座り、昴の目と耳を通して、見聞きしているオク。
『ときが きおくを かいざん……?』
アイツ、そんな能力持っていたかな? と、首を捻った。
「そういえば、ときどき、じぶんの きおくにも いわかんが、あったような……。」
そう呟いた時、眼前のテーブルの上に、トキが出現した。
「なんだか、マズイ状況ですね。」
「とき……。あなた、なにもの……。」
「私は貴女。貴女は私。」
ポンッと、後ろに跳び退いて、エルフを思わせる、美しいネアンデルタール人の身体になるオク。昴ソックリの幼女の身体は、掌サイズの結晶となって、首からペンダントとして、ぶら下がった。
「オク様。その身体、まだ、傷が癒えていないのでしょう?」
「ふん。傷付いてはいても、そこらの神などには、負けない力が出せるわ。」
「私と……、戦うおつもりで?」
トキは、円卓から跳び下りると、足も動かさず、滑る様に、オクの周りを回り始めた。
「ふむ。もう、その身体は要りませんね。オク、私達は、一つになるのです。昔みたいに。」
「やはり、お前、精霊……。」
神とは、精霊、荒魂、和魂の、三つの魂が、一つとなっている者。これは、イシュタルや、饒速日命も同じである。ただ、その三つが、バラバラに生を営む事などない。普通は、三位一体となっているものなのである。
「お前は、神々達の策謀で、殺された筈……。」
「策謀? ふふふ。」
意味有りげに、含み笑いをするトキ。
「シシク、トラノオ、ゲキリンを生み出そうとしているのは、既存の神々にとって代わる為などと、因縁をつけられ……。」
激して言い募るオクを、トキは、手を振って、制した。
「因縁ではないよ。私は、神々を打倒し、新たなる世界、新たなる秩序を、打ち立てるつもりだった。」
「何ですって……。」
絶句するオク。それでは、ゲキリンとトラノオの鞘を殺し、自分達から精霊を奪った神々は、正当防衛だったと言える。いや、精霊は生きていたのだが……。
「そんなバカな。お前に、そんな野望が有れば、私達に分からない訳がない……。」
そこまで言って、オクは、ハッと、気付いた。記憶を改竄する能力……。
「お疲れ様、オク。シシクを、ほぼ、打ち終えてくれた事、感謝します。さあ、一つに戻るのです。」
「お前が私であるのは、恥でしかない!」
オクが右手を水平に、ブンッと、振った。神の能力を引き出せる、ネアンデルタール人の身体を使った、全力本気のバーチカルカッターだ。その威力は、空間さえも切り裂く程。
「ふふふふふ。」
しかし、オクの周りを滑るトキは、連射されるバーチカルカッターを、巧みに躱し続けた。
「当たらなければ、意味は無いな。」
「くっ……。」
やはり、リリスから受けた傷が痛んで、オクは本来の力が、出せずにいた。
「荒魂よ、戻れ。」
円の動きをしていたトキが、一直線にオクへと、方向転換した。背中から、肩を掴もうとするトキ。だが、一瞬早く、オクは姿を消した。
「むっ、逃げたか……。」
虚空を眺め、トキは、ニヤリと、口を歪めた。
「お前は私。何処に行こうと、すぐに分かる。」
そして、オクの後を追い、彼女も姿を消した。
再び、神王院家地上施設リビング。胡蝶蘭が、泣きじゃくる翔綺に、ホットミルクを与えていた。
「がっおーん!」
「ぴっけぇぇぇ! うにゃーん!!」
そこに乱入する、ポ・カマムとピッケちゃん。
「こぐまたん、ぴっけちゃん、おとなしく すゆの。」
空気を読んで、二匹を大人しくさせようとするプリ様……。
「すすすすす、すまぬぅぅぅ。シシク。」
「ぴっ……、よ、よく聞け、プリ……。」
突然、ポ・カマムがイシュタルに憑依され、ピッケちゃんが長髄彦の声で、話し始めた。
「かみさま、どしたの?」
「おおお、落ち着いて聞け。落ち着いて聞くのじゃ。落ち着くのじゃぞ。」
「ながちゃん、おちつくの。」
「良いか? 今から言う事を、心を鎮めて聞くのじゃ。」
だから、早く言えよ。と、皆は、ジリジリしながら聞いていた。
「ウウウ、ウルリクムミの大軍が、地球目指して来ておるのじゃぁぁぁ。その数百万。四方八方から、この星を取り囲む陣形で。止めたのじゃぞ? 妾は、約束だから、止めたのじゃぞ。しかし、石頭の神々の古老供が、決めてしまったのじゃ。すまぬ。すまぬぅぅぅ、シシクゥゥゥ。」
長髄彦が発表するよりも早く、イシュタルが、全部吐き出してしまった。
「…………。まあ、そういう事じゃ……。」
そういう事じゃ、じゃねー!
あれだけ倒すのに苦労したウルリクムミが百万。最早、地球滅亡待ったなしの状態である。
「非常事態じゃ。早急に、あの……ぴっけぇ!」
ああ、長髄彦が、何か解決策を言おうとしていたのに、時間切れになってしまった。どうすんだ。どうすんだ。と、皆の考えが、まとまらないでいると……。
突然、降って湧いたみたいに、オクが飛び込んで来た。
「おおお、おく?」
「おく じゃん?」
驚く、プリ様とオフィエル。オクは、二人をチラッと見て、すぐに胡蝶蘭へと、向き直った。
「ノキ! 非常事態よ。精霊が生きていた。私に協力して。」
「ノキ……? 私?」
「そう。私は荒魂。貴女は和魂。前に言ったよね?」
キョトンとする胡蝶蘭に、詰め寄るオク。
「ええっと。私には話してくれたけど、叔母様には、言ってないんじゃない?」
「伝えてないの? リリスちゃん。」
口を挟んだリリスを、叱責するオク。むくれるリリスの、膨らんだ頰が、ちょっと可愛い。
「ちゃんと、伝えました。」
「聞きはしたけど、そんな話を聞いても、実感なくて……。」
ノホホンとした胡蝶蘭の顔を見て、頭を抱えるオク。
『まあ、仕方ないか。ノキは、精霊を殺されたと思った時から、心を閉ざしてしまっていたし……。』
オクが、胡蝶蘭に歩み寄ろうとした時……。
「おや? 和魂も居ますね。ちょうど良い。」
空間から声が聞こえ、二人の間に、トキが出現した。
「さっきから疑問なんだけど『ノキ』って、私の名前?」
「そうだ。お前の真名は『ノキ』。私の和魂だ。」
そう言いながら、胡蝶蘭の肩を掴もうとするトキ。
「させるかぁぁぁ。」
一閃! オクの必殺技、ホリゾンタルカッター。
阿多護神社居住施設の天井が割れ、全ての壁が切り裂かれた。だが……。
「くくくっ。効かぬよ。」
平然と、宙に浮かんでいるトキ。
「リリスちゃん、皆んなを指揮して、トキを少しの間、止めていて頂戴。」
「分かった……。」
オクに指示され、一瞬、受け入れかけてしまうリリス。
「なんで、私が、貴女の命令を聞かなきゃなんないの?!」
「…………。胡蝶蘭を目覚めさせなければならないの。あと……。」
オクは、そっと昴の顔を見詰めた。
「あの子に渡すモノが……。」
「…………。分かった。じゃあ、残りのデートの約束をチャラにするのが条件よ。」
「えっー?!」
此の期に及んでも、リリスとのデート権にこだわるオクであったが、止むを得ず、渋々、嫌々、未練たらしく頷いた。
「ようし、モミンちゃん。和臣ちゃん。オフィエル。トキを撃退よ。」
一方のリリスは、憑き物が落ちたかの様な、発奮ぶり。しかし、先陣を切ったのは、ポ・カマムの肉体をコピーした、チート性能の身体を使う、イシュタル神であった。
「分かったぞ。長老達が、何故焦って、ウルリクムミを大量発生させたのか。」
両手に持つ、シタとミトゥムを、交互にトキへと振り下ろしていた。その衝撃波で、住居の壁は飛び、柱が砕けた。
「ふん。一度作った宇宙の物理法則は、曲げないのがルールではなかったか?」
躱しながら、イシュタルを詰るトキ。
「あの大量のウルリクムミ。どう考えても、時空を超えて地球に迫っておるな。」
「貴様が、させたのだろう。」
トキとイシュタルが戦っている間、オクは胡蝶蘭の頰に手を添えていた。
「おかあたま!」
一瞬で、身体が小さな結晶となり、魂が分離する胡蝶蘭。そして、オクの身体に吸収されていく魂の光。慌てて駆け寄るプリ様。
「お〜く〜。」
「落ち着いて、プリちゃん。ノキは、絶対に、貴女の元に返してあげるから。」
結晶を拾い上げ、プリ様の手に、オクは握らせた。
「それまで、お母様の身体は、貴女が守るのよ。」
それは、オクの声だったが、胡蝶蘭に言われている様にも感じた。
「さあ次、昴ちゃん。おいで。」
昴に向かって、手を開くオク。そこから溢れ出すのは、母の慈愛。昴は、警戒もせず、トコトコと、腕の中に収まりに行った。
「ああっ。貴女を、こんな風に、抱き締める時が来るなんて。昴……。」
昴を抱擁し、頬擦りを繰り返すオク。
「今世でも、前世でも、貴女を道具として産み落とした時から、母である事など、許されないと思っていた。でも、でも……。」
「お母様……、なのですか?」
昴の小さな腕が、オクを、ギュッと、抱き締め返した。
「許してくれるの? こんな母を……。」
「恨んだりなんか、してないですぅ。」
昴は、本当に無垢な笑顔で、返事をした。
「前世でも、今世でも、プリ様と一緒に居させてくれた。感謝しかないんですぅ。」
「…………。そうね、貴女とプリちゃんが、いつまでも一緒に居られるようにしないと……。」
語りながら、オクは、昴の首に、今まで使っていた幼女の身体である結晶体のペンダントを懸けた。
「私からの、最初で最期のプレゼントよ。」
「…………お母様?!」
驚く昴に、もう一度だけ、ニコッと笑いかけると、スックと立ち上がり、トキの方を向いた。ちょうど、イシュタルの即席の身体が、トキの手から発せられる、白く光る円盤に、吹き飛ばされた瞬間であった。
「おおっ。荒魂、和魂、一つとなったか。それでは、我とも合体しようぞ。」
喜色を浮かべ、にじり寄って来るトキ。
「私達は、お前を拒絶する。」
「何?」
「和荒合一、縦横無尽。」
オクは、突き出した右の掌底を、グルっと回した。
「最大出力! パルウァソルQ!!」
前回出した時とは、比較にならないくらい大きな灼熱の球体が現れた。それは、四つに分かれ、四方からトキへと向かって行き、呆気なく命中した。
『やった?』
半信半疑ながら、誰もが、トキが燃えているのを、認めざる得なかった。
「くくくっ。存在する次元をズラしているのだ。効かんよ。」
トキは、平然と、燃え盛る炎の中から出て来た。そして、最大出力で、必殺技を放ち、力を使い尽くして、崩れ落ちているオクに近付いた。
「お母様!」
「おかあたまに さわゆなぁぁぁ!」
叫ぶ、昴、プリ様。その目の前で、トキは、オクの額を掴んだ。
「さあ、我が元へ来い。荒魂、和魂。一つの神となるのだ。」
オクのネアンデルタール人の身体が、結晶体となって転がった。それと同時に、トキの身体は輝き出した。
「ふっ。ふふふっ。遂に取り戻したぞ。神の身体。神の魂。私が全てを統べ、正き、美しい世界を作る時が来たのだ。ふふふ。ははは。あっーははは。」
トキは、天を仰いで、暫し哄笑すると、ギロッとプリ様を凝視した。
「次はお前だ、シシク。必ず打ち上げ、神々を切り裂く刃とする。」
そう言い残すと、空間にフッと消えた。
長らく、更新しなくて、すみませんでした。
色々、考えた末、急遽ではありますが、この小説を完結させる事にしました。
許されたかと思ったのですが、友達から、検索除外が外れてないよ、と指摘され、もう止めた方が良いのかな、と思ったのです。
とは言っても、このままエタるのは、今まで読んでくれた皆様に対して、あまりにも無責任です。
俺達の戦いはこれからだ、エンド。も考えたのですが、あんまりエタるのと変わらないなぁ、と思い。少々、強引ですが、三話くらいで、なんとか完結させようと決心しました。
ので、回収出来ない伏線もあるかもしれませんが、よろしければ、最後までご覧下さい。
あと、物凄く考えつつ書いているので、次の更新も、一月後くらいになるかもしれません。それでも良ければ、お付き合い下さい。我儘でごめんなさい。