マチュピチュ遺跡の石壁の隙間
プリ様達が、兎笠と響の、砂時計無間地獄を味わっていた頃、授業を終えたリリス、モミンちゃん、和臣の三人は、仲良く並び、校門に向かって、歩いていた。
「今日は、渚ちゃんは?」
「あの子なら、知佳ちゃんに連れられて行ったわ。お金が無いから、音楽室で、カラオケ歌合戦するんだって。」
モミンちゃんに答える、リリスの返事を聞いて、和臣が首を捻った。
「…………? 放課後の音楽室は、合唱部が使っているんじゃないか?」
「コンクールに行っているみたいよ。」
だからといって、カラオケに使っちゃダメだろう。学校から連絡が行き、お母さんに絞られた渚ちゃんが、ブスくれて、夕飯時の居間の空気が、非常に悪くなる情景を思い浮かべ、和臣は溜息を吐いた。
「お前は、行かなくて、良かったのか?」
「誘われたけど、お断りしたの。」
「一刻も早く、プリに会いたいもんね。」
茶化すモミンちゃんを、滑った芸人を見る目で、チラッと見るリリス。
「今、東京は非常事態の最中だから。悠長に遊んでは、いられないわ。」
「でも、本音は『うーん、プリちゃ〜ん。抱っこでちゅよ。プリちゃんは、柔らかいでちゅね。あったかでちゅね〜。』って、やりたいからでしょ?」
「あらあら、モミンちゃん。もう一度、入院したいのかしら?」
火花を散らす、リリスとモミンちゃん。慌てて止める和臣。その様子を、側から見ていると、和臣を巡って、美少女二人が争っている様にも、見えなくない訳で……。
「ああっ〜! もう、我慢出来ねえ。」
突然、後ろで大音声が発せられ、振り返った三人の視界に、一人の男が目に入った。百九十センチはありそうな大男で、潰れた学帽を被り、裾の長い学ランを、前を留めずに羽織っていた。周りからは「総番? 総番が、遂に立った?」などという囁きが聞こえて来る。
「俺は、この学校の総番、アンドリュー山脇だ。曽我和臣、勝負しろ!」
自分で「総番」と言うのか……。そして、とてもそうは思えないが、ハーフなのか……? そもそも、現代社会に「総番」なるモノの存在が許されるのか? あの昭和からタイムスリップしたみたいな服装も。色々な情報と、それによって起こる疑問に、暫し、フリーズ状態になる三人。
「ええっと、要するに、アンタも紅葉のファンってヤツか?」
「違う! 俺は、美柱庵天莉凜翠さんの為に……。」
恐らく高校三年生、十八歳であろう彼が、中学一年生、十三歳のリリスに懸想……。
「ロリか?」
「ロリコン……よね?」
周りの生徒達は、コソコソと、言い合った。
「違ーう! ロリコンではない。彼女の様な美少女が、人非人の曽我和臣に弄ばれているのが、許せんのだ。これは、義憤だ。」
つまり、横恋慕だよなあ。そして、ロリコンでしょ? と、皆は思ったが、一応、総番なので、黙っていた。
「あらあら、それなら、大丈夫よ。私は、和臣ちゃんの事なんて、これぽっちも、マチュピチュ遺跡の石壁の隙間程も、恋してないから。」
そこまで……。和臣は、密かに、傷付いていた。
しかし、それを聞いたアンドリューは、更に怒りを滾らせた。
「貴様、曽我和臣! 天莉凜翠さんが、ここまで必死に恋心を隠しているのに、何とも思わないのか!!」
「ああっ、もう、面倒くさいな。いいぜ。相手をしてやるから、来いよ。」
和臣も、ちょっと、苛ついていた。モミンちゃんとの事なら、ともかく、リリスとの関係まで、他人に、アレコレ、言われる筋合いは無い。
「ふっ。舐められたものだな。天莉凜翠さん、俺が、この奸賊を成敗するところを、見ていてくれよ。」
えっ、私、見ていなきゃいけないの? 一刻も早く、プリ様に会いたいリリスは、見る見る、不機嫌な表情になっていった。
「じゃあ、私は関係無いみたいだから、行くね。」
「いいい、行っちゃうの? モミンちゃん。」
「先に行って、私が代わりに、たっ〜ぷり、プリを抱っこしておいてやるよ。」
口に手を当てて、ムフフと笑うと、モミンちゃんは、手をヒラヒラと振りながら、校門を出て行ってしまった。
「さてと。アンタ、良いのかい? こんな衆目の中で、俺にボコボコにされたら『総番』なんて、言ってられないぜ?」
「大した自信だな、曽我和臣。だが、お前は、一撃で沈む!」
長いリーチを活かして、剛腕を振るうアンドリュー、しかし、彼の拳は、目標を捉えられず、空振りした。そして、次の瞬間、顎に凄まじい衝撃を覚え、意識が飛んだ。和臣の、クロスカウンターパンチを、食らったのである。
周り中から「うおおおー!」と上がる歓声。新しい総番の誕生だ。その時、騒ぎを聞き付けた教師達が、駆け寄って来るのを、リリスは、目敏く見付けた。
『これ以上、プリちゃんと会うのが遅れたら、たまらないわ。』
咄嗟に判断したリリスは、和臣の腕を掴んだ。
「逃げるわよ、和臣ちゃん。」
「おっ、おう。」
手を繋いで、逃げて行く二人。(群衆の目には、そう見えました。)和臣、紅葉、天莉凜翠、三人の三角関係ストーリーが噂され始める、発端となったのであった。
で、一人先に出たモミンちゃんは、学校前の坂道を下り、道路を渡って、阿多護神社を目指していた。周りは、マンションや古い戸建がある住宅街だ。その、昼下がりの住宅街に、似つかわしくない人物が、道路に突っ立っていた。
お臍が出るくらいの丈のコルセット。肘まであるロンググローブ。ボトムは、お尻がハミ出すほどのショートパンツ。そして、ロングブーツだ。それらが、全て、黒のエナメルで統一されていた。一見して、女王様? と、疑ってしまう風貌だ。
『やっば。なんか、ヤバイ奴だ。道変えようかな。』
関わり合いになりたくない、モミンちゃんが考えていると、妙に甲高い声で、女が喋った。
「貴女〜、紅葉ちゃん?」
名指しで来たぁぁぁ。どう見てもアレな人に、名指しされる恐怖。モミンちゃんは、思わず首を振っていた。
「いいえ、違います。」
「そう? なら、行っても良いわ〜。」
ど、ども。と言いながら、横を通り過ぎるモミンちゃん。『助かった〜。』と、思っていたら、女が背中に、ピッタリと、抱き付いて来た。
「嘘はいけないわ〜、紅葉ちゃん。貴女、プリムラちゃんの仲間の、紅葉ちゃんよね?」
「いいい、いいえ?」
「知っているよ。貴女、女の子とエッチな事するのが、大好きなんでしょ? 私を好きにして良いよ?」
ネチっこく身体を触りながら、頰をペロリと舐める女。女体大好き! な筈のモミンちゃんの全身の肌が、嫌悪に泡立った。
『いけない。絶対、関わっちゃいけないタイプだ。この女。』
モミンちゃんは、バッと、女を跳ね除けると、ポンっと、跳躍して、距離を取った。
「幼女神聖同盟なの?」
それにしては、育ち過ぎだな。と、考えながら、問い質した。
「ねえ、エッチな事しようよ。ほ〜ら、オッパイだぞ。」
し、質問に答えてくれ。話の噛み合わなさに、イラッとするモミンちゃん。そんな彼女の様子など知らぬ気に、女は、胸を張って、豊満なバストを強調した。
「ほらほら、紅葉ちゃん。揉んでも良いよ。」
胸を突き出して、迫って来る女。
『かかか、関係者だと思われたらヤバイ。死ぬ。私は社会的に死ぬ。』
などと思っていたのに……。形の良い乳が、近付くのを見ているうちに、気が付いたら「わーい。」と、胸に頭を突っ込んでいた。三歳児のプリ様と、全く同じ行動である。
「つーかまえた。」
「ししし、しまったあ。」
そして、不審過ぎる女に、ガッチリと、ホールドされてしまうモミンちゃん。大ピンチ!
慈愛医科大学病院の、響の病室を辞したプリ様達四人は、昴に連れられて、阿多護神社まで戻っていた。兎笠は、そこで、迎えに来ていた朝顔と帰り、操は、カルメンさんの車で、送られて行った。
「あきらは どうする じゃん?」
コイツ、絶対、アラトロンと呼ばなくなったな。オフィエルの急激な変化は、かえって、晶の疑惑を深めていた。
「あきらちゃんは おかあたんが むかえに くゆの。それまで、いっしょに あそぼ。」
空気を読んだプリ様の発言をフォローすべく、オヤツを取りに行く昴。幼女三人の、憩いの一時が、始まろうとしていた。