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満たされる器

 あと少しで、我が家に帰り着けるところだった翔綺は、そのまま、トキに、秋葉原の方に、連れて行かれた。


「こ、此処は……。」

「広い場所が欲しかったのでな。近くの小学校の体育館よ。」


 勝手に入って、怒られないだろうか? と、気もそぞろな翔綺。しかし、不思議な事に、此処に来るまで、誰にも見咎められなかったし、今も、学校特有の、生徒達の声や、騒音が、全く聞こえて来なかった。


「この建物全てを、私の結界で囲っておる。誰も入って来れはしない。だから、安心しろ。」


 安心など出来る筈がない。何をされるのだろうと、生きた心地がしなかった。


「バッグを渡せ。」


 深まる秋の陽光が射し込む体育館。その、バスケットゴールの下で、翔綺は、カタカタと震えながら、持っていたバッグを差し出した。


「そう、怖がるな。私は、オク様と違って、いやらしい事などせん。」


 トキは、バッグを受け取りながら、言った。そして、例の十五センチくらいの長さの、細長いカプセルを取り出した。


「そ、それ……。」

「これはな、パーシュパタアストラ。神器の中でも、最強クラスの一つだ。」


 言いながら、トキは、手に持ったパーシュパタアストラを、翔綺の方に向けた。


「喜べ。お前は、パーシュパタアストラに、気に入られたみたいだ。」


 トキが、カプセルのスイッチを押すと、血の様に真っ赤な空間が広がり、そこに居るのは、翔綺とカプセルだけになった。


『翔綺よ、我を受け入れろ。』


 不意に、頭の中に響く言葉。


「だ、誰?」


 不安気に、周囲を見回す翔綺。


『我はパーシュパタアストラ。最強の神器なり。』

「ひいいい。ひいいい。いぃぃぃやぁぁぁ。」


 恐怖で完全にパニック状態になり、頭を抱えて、翔綺は蹲った。その眼前に飛び出て来るカプセル。


『我を手に取り、受け入れよ。さすれば、最凶の力を与えよう。』


 最強の力。力を至上のモノとし、求め続ける御三家の子として、翔綺は、その言葉に反応してしまった。


『さあ、我を取り、スイッチを入れよ。それだけで、お前という器は、暴虐の愉悦に満たされるのだ。』


 絶対にダメだ。絶対にダメだ。そう理性が警鐘を鳴らしているのに、相反して、カプセルへと伸びていく翔綺の右腕。その真っ白な手が、カプセルを掴んだ。


『さあ、押せ。翔綺。』

「いっ、いや……。」

『押すのだ。』

「だ、だめぇぇぇ。」


 身を震わせ、カプセルを握って、翔綺は煩悶した。ここで身を委ねれば、もう、後戻りは出来ない。パーシュパタアストラの凶暴な力を振るう為に、心も身体も刺し出す、踊り子人形と成ってしまうのは分かっていた。それでも、それでも……。


 力が欲しい。()とも並び立てる程の「力」が……。


 翔綺の指が、スイッチを押し込んだ。その瞬間、白い光が迸り、彼女の身体を包み込んでいった。



 鍵辻響は、病室の窓から外を、ボウっと眺めていた。


『あきほちゃんが いなくなって それから……。』


 あれは、もうそろそろ、桜も咲こうかという、春先の出来事だった筈である。しかし、窓の外は、肌寒さを感じる、秋の光景になっていた。


『あきほちゃん……。』


 同室の秋穂ちゃんが、どうなったかは、何となく響も気付いていた。それが、やがて自分にも訪れるであろう運命だという事実にも……。


 だが、長い眠りから覚めた後、あの息苦しさも、気持ち悪さも、全身を蝕む不快な気怠さも、全てが消え去っていた。そして、心の奥底に微かに残った、暖かい想い……。


 眠りに着く前に感じていた、喪失感と死への恐怖が、嘘の様に消えていた。


 母親が言うには、自分の病気は全快し、体調が戻り次第、家に帰れるらしい。生まれた時から、ほとんどの時間を、病室で過ごして来た響には、信じられない様な話だった。


「あら、貴女は、前に家に来てくれた……、確か、プリムラちゃんね?」


 病室の外で、見舞いに来た母、恵美子の声が聞こえて来た。察するに、誰かが、自分を訪ねて来たみたいだ。でも、誰が? 響は、可愛らしく、首を捻った。ずっと、入院していたので、秋穂ちゃん以外の友達なんて、心当たりがなかった。


「さあ、皆んな入って。」


 恵美子が、四人の子供を伴って入って来たのを見て、思わず布団の中に潜り込んでしまう、人見知りの響。


「うおっー! なんだ、なんだあ? かくれ てるなよ。」


 四人の中で、一番大柄な子、操が、テンション高く、響の布団を剥ぎ取ろうとした。だが、ますます、身体を縮こませてしまう響。それを、プリ様が、慌てて止めた。


「やめゆの、みさお()。はぎ……ひびき()が おびえて ゆの。」

「はあ、はあ、だって ぷり、あそぶんなら、はしり まわらないと……。」


 その様子を見ていた晶が「こどもね……。」と、頭を振った。


「あなた……、ええっと、とりゅう(兎笠)ちゃん だっけ。あなたも そう おもうでしょ?」

「…………。」


 だがしかし、話し掛けられた兎笠は、聞こえているのか、いないのか、ぼうっ〜と、中空を眺めていた。


「ねえ、あなた。おきてる? ちゃんと、おきてる?」

「…………。」


 兎笠の肩を掴んで、身体を揺する晶。


「やめゆの、あきら()ちゃん。とりゅう(兎笠)ちゃんは、ちょっと、てんしょん(テンション)が ひくい だけなの。」

「いや、だって、ぷりちゃん。ちょっと、ふあん(不安)に なるくらいよ、この()の この はんのう(反応)。」


 静かだった病室が、四人の来訪によって、一気に騒がしくなった。その様子を、布団から目だけを出して、見ている響。


「おっ。なんだ、みてる じゃないか。あそぼーぜ。あそぼーぜ。」


 再び布団を剥がそうとする操を、止めるプリ様。


「やめゆの。なんで、そんなに はりきってゆの?」


 張り切っているというより、テンパっていると言った方が正しい。謎の使命感が、響を布団より引き出せと、操に命令していた。


「ねえちゃんが、ねえちゃんが、ひびきちゃんの、いい おともだちに なって あげなさいって……。ねねね、ねえちゃんの おねがい だからぁぁぁ。」


 そっかそっか、舞姫ちゃんからハッパをかけられて、必要以上に頑張っているのか……。このシスコンめ。と、プリ様は、操をジトッと見た。


「とりゅうちゃん。とりゅうちゃん ()きてる? なんで、さっきから、びどう(微動)だに しないの?」

「…………。」


 あっー、もう。こっちは、こっちで……。


「いいから、あきらちゃん。だいじょぶなの。」

「でも、でも、にっこうよくちゅう(日光浴中)はちゅうるい(爬虫類) でも、もうすこし はんのう するよ?」

「…………。」


 操と晶に振り回されるプリ様。その時……。


「ああっ、プリ様ぁぁぁ。健気ですぅぅぅ。」


 乱入して来た昴が、プリ様を、ヒシと、抱き締めた。


「す、すばゆ?」


 ここは、子供達だけで。と言って、病室の外の廊下で待っていた筈の昴が、何故かプリ様に抱き付き、頰をスリスリしていた。


「奮闘するプリ様のお姿が、あまりにも愛らしくて、もう、我慢なりませぬぅぅぅ。」


 感情が先走って、言語が怪しくなっていた。ドン引きする晶、操、恵美子。兎笠は、ボウっ〜と、していた。


「ぷっ……。くすくす。」


 皆んなが固まっていると、布団の中から、響の笑い声が漏れた。それを聞いた操は、プリ様が止めるよりも速く、布団をめくってしまった。いきなり、窓からの秋の陽光を浴びた響は、ちょっと、目を細めたが、もう臆した様子は無く、ニコニコと、皆を見ていた。


「おっす、ひびき。おおお、おれはぁ。」


 操が上擦った声で、挨拶をしようとした横を、満を辞したかの如く、動き始めた兎笠が、スッと、通り過ぎた。そして、ベッドの上に、女の子座りをしている響の側に立った。二人の視線が、交叉した。


 兎笠は黙って、ポシェットから砂時計を出し、サイドテーブルの上に置いた。異様な輝きが宿る響の目。その目は、兎笠が、ゆっくりと、砂時計をひっくり返すのを、凝視していた。やがて、砂が落ち始め、二人は仲良く寄り添って、見詰めていた。


 仲睦まじい二人を、毒気を抜かれたみたいに見ている、晶と操。やがて、二人の頰にも笑みが浮かんだ。


 微笑みに包まれた病室で、響と兎笠は、いつまでも、砂時計をひっくり返し続けていた。







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