表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/303

和臣は紅葉のたった一人の味方

 新橋駅前のSL広場で待っていると、救急車がやって来たので、アラトロンを引き渡した。リリスは搬送される病院を確認し、スマホで護衛の人間を向かわせるよう指示していた。病院までは、ご丁寧にパトカーの先導付きである。


 遠去かって行くサイレンの音を聞いていると、やっと終わったのだな、とプリ様達は実感した。電車に乗ったのは正午過ぎだったのに、もう空は鮮やかな茜色になっていた。


「さあ、メシ行こ。」

「いんであんすぱ!」

「えー、もっと良いもん食おうよ。奢るからさ。」


 紅葉とプリ様が話していると、申し訳なさそうに、リリスが口を挟んで来た。


「ごめんなさいね。叔母様が……、プリちゃんのお母様が、どうしても、お礼をしたいというので、神王院家に来て下さるかしら?」


 和臣が周りを見回すと、いつの間にか黒服の男達に囲まれていた。


「お願いという形の強制なのね?」

「あらあら、そんなにトンガラないで。」

「良いじゃないか、紅葉。こっちも色々聞きたかったところだしな。」


 紅葉は溜息を吐いて頷いた。


「でも、行く前にやる事がある。わかっているね、和臣。」


 ハイハイと、和臣は首を縦に振った。

 次の瞬間、六人いた黒服の男達は、三人ずつ、紅葉と和臣にのされて転がった。

 それを見た昴は怯えて硬直し、プリ様はしゃがみ込んで男達を突いていた。


「かわいそうなの。ぼうりょく やめて もみじ。」

「脅されて連行されるなんて、私の沽券にかかわるのよ。」


 返事をしながら、紅葉は何か違和感を感じていた。


「プ、プリ様ー!」


 昴が突然大声を上げた。まだ変声期を迎えていない少女の声は、けっこう甲高くて耳触りだが、昴は声さえも美しい。悲鳴に近い叫びでも、小鳥の調べの如く、いつまでも聞いていたい心地良さなのだ。


「何よ。またプリ様ラッシュが始まるの?」

「違います。プリ様ラッシュはしたいけど……。そうじゃなくて、プリ様がラ行をしっかりと発音されているんです。」


 ああ、だから、さっきのプリの発言が、するりと耳に入って来たのか。


「プリー、あの人の名前は?」

「りりす!」


 紅葉が天莉凜翠を指差すと、よどみなく答えた。


「自分の名前は?」

「ぷりむら!」


 昴が期待に胸を膨らませながら近寄って来た。


「プ、プリ様。じゃあ、私の名前は……?」


 プリ様はニコッと頷き、元気良く答えた。


「すばゆ〜!」


 それを聞いて、紅葉と和臣は吹き出した。リリスも笑いを堪えている。


「ええ〜。じ、じゃあ、前世の私の名前は?」

「えよいーず!」

「えええ〜。何で私だけ……。」

「あらー、どうやらルとロだけは、まだダメみたいね。」


 リリスは場を閉める言い方で割り込んだ。


「紅葉ちゃんも、気が済んだなら、付き合ってくれるわよね。」

「良いもん食べさせてくれるならね。」

「あらあら、満漢全席を用意してもらわなきゃ。」


 リリスは呟きながら、全員を車に促した。そこには新橋駅前の雑多な風景には似つかわしくない、真っ白なストレッチリムジンが停まっていた。


「シークレットルート『出世の横道』を使って。」

「かしこまりました。天莉凜翠様。」


 リリスが怪しげな暗号を口にすると、二十代くらいの若い女性運転手が返事をした。


「りりす、かゆめんさん しっていゆの?」

「お嬢様、何度も言っていますが、私の名前はカルメンではありません。」


 運転手さんは天然パーマで、彫りの深い顔立ちだった。なるほど、薔薇の花を咥えて踊れば似合いそうだ。上手い事を言うな、と和臣はニヤリとした。


「言い忘れていたけど、私の苗字は美柱庵、プリちゃんの従姉なのよ。」

「いとこ! しんせきなの?」

「プリ様、美柱庵家の朝顔伯母様の娘さんですよ。天莉凜翠様、お噂は伺っていたのに、気付かず、申し訳ありませんでした。」

「あらあら、良いのよ。堅い話は抜きにしましょう。」


 頭を下げる昴を、リリスは軽く制した。


「あっ、そうだ。カルメンさん、お饅頭屋さんに寄って下さい。プリ様が腹切り最中を楽しみにしていたんです。」

「こら、昴! カルメンと呼ぶな。また匍匐前進やらせるぞ。」

「ひぃぃぃ、ごめんなさい。つい、つられて。」

「あははは。お前に匍匐前進やらせると面白いんだよな。スタート地点で手足ジタバタさせてるだけで、ちっとも進まねえんだから。」


 どれだけ運動神経ないんだ。そして、やっぱり神王院家内でも玩具にされているのか。


 紅葉は軽い嫉妬を覚えた。(あれ)は私の玩弄物なのに。


「へえ、エロイーズは腹筋も出来なかったよね。」

「ちょっ、紅葉さん。なんで、前世の名前で呼ぶんですか。」


 聞いたか? 運転手。私は前世から、こいつで遊んでいたんだよ。


「何? 昴って、前世ではエロイーズって名前だったのか? カルメンより面白いな。おい、エロイーズ。」

「止めて下さい。その名で呼ばないでー。」


 しまった。専有権を主張するつもりが、イジリのネタを与えてしまった。紅葉は己の迂闊さに臍を噛んだ。


「えよいーずはね、ぷりの どれいだったの。」

「おいおい。お前、前世でもお嬢様の奴隷かよ。全く、しょうがないな、エロイーズは。」

「だから、エロイーズって呼ばないで下さーい。」


 やっぱり奴隷という認識なんだな。

 和臣は嘆息した。

 一方、紅葉はいきり立っていた。せっかく手元に戻って来た玩具を、カルメンさんに取られてたまるかという気分だった。


「そうそう。エロイーズは私達皆の奴隷だったのよね。ねえ、和臣。」


 俺に同意を求めるな。俺まで鬼畜だと思われるだろ。

 和臣はソッポを向いた。


「何で無視するのよ。和臣〜。」


 だから、何で、お前は俺を巻き込もうとするんだよ。

 和臣は寝た振りを始めた。


「彼氏、困っているよ、お嬢さん。電波な前世話はマジな顔で言われたら笑えないよ。」

「電波言うな。彼氏じゃないし。とにかく、エロイーズは前から私の玩具なの。お前が遊ぶな。」


 玩具って、口に出して言っちゃったよ。


「聞き捨てならないねえ。昴は神王院家の所有物で、使用人達の福利厚生目的での使用は許可されているんだ。」


 備品扱いか。


「そんなの知るか。私達には前世からの絆があるのよ。ね、エロイーズ。」


 紅葉は隣に座っている昴の肩を抱いて言った。


「昴、そんな電波に構う必要ないよ。あんたは今は神王院家の愛玩動物なんだから。」


 何れにしても人間扱いではないな。

 和臣は絶対に関わらないよう、なるべく存在感を消そうと努力していた。

 二人の間に挟まれた昴は身も世も無い様子である。


「もみじも かゆめんさんも やめゆの。すばゆは ぷりの なの。」

「プ、プリ様ぁ。」


 救世主現る。抱き付こうとした昴は、プリ様がチャイルドシートに座っているので断念した。


「あらあら、昴ちゃんは大モテなのね。」


 リリスが暢気な声を出した時、車はお饅頭屋さんについた。


「はらきりもなか なの〜。」


 プリ様が歓声を上げて、お店に入って行き、昴もそれに続いた。

 それ以外のメンバーは車内に残った。


「和臣。何で、あんた味方してくれなかったの。」

「味方じゃないからな。」

「おやおや、彼氏に捨てられたのかい。」


 紅葉はキッとカルメンさんを睨んだ後、潤んだ瞳で和臣を見詰めた。


「酷い。和臣、忘れたの? 世界中が敵に回っても、俺は味方だって、言ったよね?」


 確かに言った。初めて魔物と戦った時、泣きじゃくる紅葉が可哀想で、つい言ってしまったのだ。


『あの頃は、ここまで性格破綻してなかったからな。』


 そう考えて、ハッと気が付いた。

 紅葉には友達らしい友達は自分しかいない。特殊な能力のせいで小さな頃から一人だったと言っていた。

 最初の頃は、そんな彼女の孤独を埋めて上げようと、喜ぶ事なら何でもしてやった。

 そのうち、和臣が紅葉に尽くすのは当然という感じになっていった。

 今では、紅葉が口にしなくても、アイコンタクトで動くのが当たり前になっている。


 まずい。紅葉のこの傍若無人な性格を作り出したのは俺かもしれない。

 和臣は焦った。


「あらあら、和臣ちゃんったら、青ざめちゃって。」


 リリスが微笑みながら言った。


「狂犬を生み出した責任をとらないと……。」


 人の心を読むなー。

 和臣は生まれて初めて、人生をやり直したいと思った。







あの子の笑顔が見たい。

あの子の為なら何でもして上げたい。

少年の少女を想う気持ちは彼女には決して届きません。

何故なら、女の子は、そういう男の子をパシリと認定してしまうからです。

それでも和臣君は紅葉ちゃんのたった一人の味方として生きていかなければなりません。

天上天下唯我独尊の困ったちゃんを世に放った責任を取らなければいけないのです。

恐竜を育てて怪獣にした人は、踏み潰されて死ななければならないのです。

本当に、ご愁傷様です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ