愛される才能
グレートジャイアントヨージョを構成していた魔物達は、解けて散らばり、それを、和臣とリリスが、個別に撃破していった。単体でも、それなりの能力がある、魔物達の筈だが、二人の手にかかれば、ほとんど抵抗も出来ずに、平らげられていった。
「こここ、こないでぇぇぇ。」
その虐殺の現場を縫って、プリ様は、ハギトに近付いて行った。ハギトは、プリ様を寄せ付けまいと、両手のシタとミトゥムを振るおうとしたが、二つの神器は、掌中から消えてしまった。
「な、なぜ……。」
「ちからの つかい すぎなの。」
シタとミトゥム、そしてケストス。三つの神器の力を、フルに行使し続けたのだ。もはや、ハギトは、立つ事も出来ず、地面に、ヘタリ込んでいた。
「はぎと、りっかのいちようを わたすの。」
「いやだ。ぜったい、いやぁぁぁ!」
眼前に佇むプリ様を、食い付かんばかりに、睨み続けるハギト。
「ぷりぃぃぃ。ぜったい、ゆるさない。ふぁれぐちゃんを うばった おまえを、ぜったい、ぜっぇぇぇたい、ゆるさない。」
プリ様は、屈み込み、ハギトの両肩を掴んだ。
「れいを……、ふぁれぐを しなせて しまった こと、わたちが こうかい してないと おもう?」
深い、深い、海よりも深い眼差しで、プリ様は、ハギトの目を覗き込んだ。
「そ、そんなの しらない。くるしいのなら、もっと くるしめば いいのよ。」
「うん。くるしいの。」
寝ても、起きても、考える。玲と戦わなければ。新宿御苑に行かなければ。そもそも、自分が、自分でなければ……。
「でもね、はぎと。もし じかんが まきもどせたとしても……。」
辛そうに顔を歪めた後、プリ様は、決然と言い放った。
「たとえ、なんぜんかい、なんまいかい でも、おなじことを すゆの。ふぁれぐと たたかうの。そして……。」
プリ様のお目々から、涙が零れ落ちた。
「なんぜんかい、なんまいかいも、おなじ こうかいを すゆの……。」
「なんで……? どうして? そこまで するの。」
「それが、れいの のぞみ だから。わたちが わたちの せいぎを つらぬく ことが……。」
掲げた正義の重みに、小さなお身体は、潰されそうだ。それでも、プリ様は、日々を生きる人々の、小さな幸せを、守る為に戦う。
約束だから。約束だから……。
「ふっふふふふふ。ははははは。じゃあ、わたしを ころしなさいよ。できるんでしょ? せいぎを つらぬき なさいよ!」
「…………。」
「どうしたの? くちだけ なの? えらそうな こと いって。かくご なんて ないんでしょ?」
ほとんど、自暴自棄の様相で、ハギトは、叫んだ。
「わたし、しってる。わたしが げんきに うごいて いられるのは、りっかのいちようの おかげ。これが なくなれば、しぬしか ないの……。」
秋穂ちゃんみたいに。と、息を呑む様に、付け加えた。
「どうせ しぬのなら、あなたが きずつく ほうで、しんでやる。」
ハギトは、反抗的に、ギラッと、睨め付けた。
「ころしなさい。くびを しめなさい。その てのひらに いっしょう わたしの いのちの おもみを やきつけなさいよ!」
リリスと和臣の、魔物討伐も終わり、静けさを取り戻した辺りには、ハギトの金切り声だけが、響いていた。それは、彼女の、己の命を賭けた絶叫だった。誰も、声を出せず、沈黙だけが、一帯を支配していた。
「それでも、わたちは、はぎとから、りっかのいちようを わたして ほしいの。」
「いやなんだ。てを よごすのが。ぎぜんしゃ。ぎぜんしゃ!」
「ちがうの。」
「なにが ちがうのよ!」
「とりゅうちゃんを たすけて ほしいの。」
兎笠の名前が出ると、ハギトは、驚いた様子で、目を見開いた。
「とりゅうちゃんが、なんの かんけいが あるの?」
「兎笠は、貴女を守る為、異世界の魔物『屠龍』と入れ替わった。このまま、異世界が固定化されると、あの子の存在は、なかった事になる。」
ハギトの質問に、リリスが答えた。
「なかったこと……?」
「死ぬのよ。」
冷徹に告げられた真実に、ハギトの身体は、細かく震えた。
「お前、もしかして、知らなかったのか? 魔物と入れ替わった人間は、異世界化の完成と共に、皆死ぬんだぞ。」
和臣の言葉に、小さな頭を、フルフルと、振った。
「要塞が移動して来た距離を考えたら、万単位で、死者が出るわね。」
リリスに言われて、呆然とプリ様を見上げるハギト。
「はぎとの うらみで、なんまんにんも ひとが しぬの。」
「…………。」
「そんな ことを、れいが……、ふぁれぐが、のぞむと おもう?」
自分の胸の中にあった「恨み」という名の埋み火が、燎原の火の如く広がって、全てを焼き尽くそうとしている……。
己の業の、深淵を覗き込んだ気がして、ハギトは、震えが止まらなくなった。
「どうしよう? わたし、どうしたら いいの?」
「はぎと……。」
プリ様は、スッと、右手の甲を、差し出した。
「まにあうの。はぎとは まだ まにあうの。」
自分は、もう、取り返しは、つかないけれど……。プリ様の飲み込んだ言葉は、ハギトの、ひび割れた心の中に、染み込んでいった。
「わたしの まけね、ぷりちゃん。」
「…………。」
自分が、いかに貴女を苦しめてやろうかと、罵り、糾弾していた時、貴女は、私の魂を救う事を考えていた……。
ハギトは、そう思い至り、右手を挙げた。六花の一葉を、譲る気になったのだ。
プリ様の右手の甲と、ハギトの右手の甲が、合わさった。プリ様の六花の一葉は、四枚となり、異世界化が解除された。
「はぎと? はぎとぉぉぉ!」
プリ様の腕の中で、ハギトは、鍵辻響は、力尽きた様に、横たわった。
「ぷりちゃん……。わたし、ふぁれぐちゃんと おなじことを したんだよね?」
「そうなの。えらいの。はぎとは えらいの。」
「わたし、てんごくに いけるかな? そしたら、ふぁれぐちゃんに ほめて……。」
響の腕が、力を失って、落ちた。命が燃え尽きる、最期の一瞬……。
「しなせないの。はぎと、しなせないのぉ。わたちが ぜったいに……。」
響の、小さくて細い身体を抱き締めた、プリ様のお身体が、白く輝き始めた。
「ヒーリング……。プリちゃん、無理だよ。」
見ていた照彦(inポッカマちゃん)が、思わず声を上げた。練習はしていたが、重篤の患者を治せるほど、上達はしていない。それでも、プリ様は、無心に響へのヒーリングを続けた。
「どうして……ぷりちゃん? どうして、わたしを たすけるの?」
薄っすらと、目を開けた響が、苦しい息で、プリ様に問い掛けた。そのプリ様も、肩で息をしていた。
「たすけて もらう しかく……、わたしには ない……。」
「おふぃえゆに たのまれたの。おく にも たのまれたの。はぎとを たすけって、って。」
「おふぃえるちゃん……。おくさま……。」
「れいの にっきちょう にも かいてあったの。はぎとを たすけたい、って。」
「ふぁれぐちゃん……。」
「はぎとには ひとに あいされる さいのうが あゆの。その ちからは いつかきっと、おおくの ひとの やくにたつの。」
戦いではなく、人と人が、手を繋ぐ為、ハギトは絶対に必要な人間だ。その、プリ様のお言葉に、目を細める響。
「ひつようと される? わたしが……。」
「そうなの。だからぁぁぁ。」
生きる事を諦めるな……。プリ様の祈りに、響の心が共感し、光となった。光は、響の病巣を、駆逐していく。
「いきる……。わたし、いきる。ふぁれぐちゃんの ぶんまで。あきほちゃんの ぶんまで……。」
光は、益々、輝きを増し、二人の身体を、包み込んでいった。
やがて、光が消えた。力を使い果たしたプリ様は、響を地面に寝かせると、自分も、その隣に、寝転がった。
『わたし、なおったんだ……。』
響は、薄れゆく意識の中で、確信していた。不思議と、それが分かった。
生きて、響ちゃん。
秋穂ちゃんの声が、聞こえた気がした。響は、満足気に微笑むと、忘却の深い眠りの中へと、落ち込んでいった。