そろそろ、ようさいが もたないの
プリ様に、ハギトの事を託したオクは、その後どうしていたかというと……。
帰って、茶してた。
『ぷりちゃんに たのめば あんたいね。ああっ、おちゃが おいしい……。』
そして、お茶受けのクッキーを、サクッと、食んだ時……。
「お気楽、極楽ですね。貴女は。」
突如、背後から声を掛けられ、お茶を、噴き出しそうになっていた。
「ととと、ときさん?! どうされたの?」
「屠龍が、敗れたみたいです。貴女の『想い人』は、大したものですね。」
あっ〜、リリスちゃん勝ったのね。察したオクは、つい、ドヤ顔。
「そうでしょう。りりすちゃんは、つよいのよ。」
「何を自慢しているんですか。」
呆れて、わざとらしく溜息を吐くトキ。
「もう、あの娘には、迂闊に、近付かない方が、良いでしょうね。大事を成す前に、貴女に何かあっては困ります。」
「ええっ?! でーとの やくそくが、あと にかい のこっているのに?」
「先刻も、危なかったでしょう? 自重なさい。」
ブウッと、オクは、頰を膨らませた。
「ふふふ。まあ、今回の屠龍との戦いで、必要なデータは取れました。奴は『フルさん』が、始末してくれますよ。」
凍り付く様な笑みを浮かべ、トキは、空間に消えて行った。それを見送った後、オクは、スカートのポケットから、緑色の大きな石が嵌ったネックレスを取り出した。
『これ、りりすちゃんに かえして あげといた ほうが いいかな……。』
可哀想だけど……。と、オクは、思いを巡らせた。
可哀想だが、トキが必勝の布陣を敷くのなら、リリスは、死ぬしかないだろう。死が必至なら、せめて、万全の態勢で、挑ませてやりたい。
オクは強者を好んだ。ただ、力が強いだけでなく、己の弱さを、克服する精神力を有する者を愛した。自分を、二千年間行動不能にした、饒速日でさえ、その強さには敬意を払い、愛情は持ち続けていた。
ましてや、半人半神の小娘でありながら、健気にも、自分に一太刀浴びせたリリスには、尊敬の念すら、禁じ得なかった。その彼女が死ぬのなら、その死は、完全なるモノでなければならない。
トキには怒られるだろうが、もう一回だけ、リリスに会おう。オクは、そう決めた。決めると一息つき、お茶を啜った。そして、さっき、一瞬思い出した、懐かしい神の名を呟いた。
「にぎちゃん……。」
饒速日の蒔いた種も、確実に、オクの計画を阻害していた。幽閉されていた二千年の間、コツコツと、反撃の火種を増やし続けていたのだ。恐るべき、精神力であった。
饒速日の事を思っている時、ふと、先程会った、プリ様の姿が浮かんで来た。
『あれ? なんで ここで ぷりちゃんを おもいだすの?』
いや、厳密には、プリ様ではない。プリ様の下げていたネックレス……。
『んんん? あれ? なーんか、ひっかかる。』
喉に刺さった、小骨が抜けない様な、もどかしさを覚える、オクであった。
もちろん、屠龍は兎笠ではない。しかし、この異世界で、妹と入れ替わった存在を始末したのは、リリスに、そこはかとない、後味の悪さを感じさせていた。
『兎笠……。お姉ちゃん、絶対に、貴女を助けるから……。』
知らずに、ギリッと、歯をくいしばっていた。
「ぴっけ、ぴっけぇ……。」
「ピッケちゃん、慰めてくれるの?」
パタパタと飛びながら、頬擦りをしてくれるピッケちゃんの頭を、リリスは、優しく撫でた。
「ピッケちゃんも、キ・イムンカム達、熊の神獣も、全て、饒速日命が遺してくれた、僕達の味方。感謝しないとね。」
んっ? ポッカマちゃん……? 急に流暢に話し始めたポ・カマムを、リリスは、訝しげに眺めた。
「あああ、貴女、まさかイシュタル?!」
イシュタル神が、舞い戻って来たのかと、戦闘態勢を取るリリス。
「ちがうの、りりす。おとうたま なの。」
「叔父様?」
「こぐまたんに ひょうい してゆの。」
プリ様の説明に、納得はしたようだが、胡散臭いモノを見る目付きは、変わらなかった。
「憑依って……。器用ですね、叔父様。」
「僕だって、神様ですからね。イシュタル神と、同じ事くらい、出来ますよ。」
まあ、自分を神様とか言っちゃう、危ない発言は置いといて……。リリスは、照彦(in ポッカマちゃん)を、マジマジと見た。
『背中に、翔綺さんを、背負っている……。』
ポッカマちゃん=アリスコンプレックス範囲内。翔綺=アリスコンプレックス、どストライク。
「なるほど……。翔綺さんを背負いたい一心で、大好物のポッカマちゃんに憑依したと……。変態の一念は、岩をも通すんですね。」
「ちょっと待って、天莉凜翠。今、叔父さんである僕を、サラッと、変態呼ばわりしましたね?」
「はいはい。叔父様の、少女の肉体に対する執着心は、よく分かりました。」
違うから。神様なんだから。と、叫ぶ照彦を無視して、プリ様に歩み寄るリリス。
「じゃあ、決戦。行こうか、プリちゃん。」
「うんなの。」
二人は、息の合った動作で、互いの拳を、パシンと、叩き合った。その様子を、嫉妬の炎に身を焦がしながら見ている、昴と藤裏葉。
「あれ? 決戦は良いんですけど、モミンちゃんと、和君は、どうするんですか?」
光になって飛ぶ、藤裏葉の疑問が、念波となって、皆の頭に響いた。
「あの ふたりは ほっといて いいの。」
「絶妙の力加減で、死なない程度に、戯れ合っているんですぅ。」
「そうそう。敵地で暴れてくれる分には、良い破壊活動になっているしね。」
リリスの台詞が終わった、ちょうどのタイミングで、激しい爆発音がし、要塞内の、何処かのブロックが、崩れ落ちたのであろう、地響きが伝わって来た。
「もう、そろそろ、ようさいが もたないの。」
「二人の攻撃力なら、後、一時間くらいですぅ。」
「そうね。その前に、決着つけないと……。」
三人に言われて、妖精の姿に戻った藤裏葉は、ムキになって、周りを飛び回った。
「分かってるもん。私だって分かってるもん。私も、前世で、同じパーティ仲間だったんだもん。」
「そっか、そっか。」
プリ様が、優しく微笑むと、藤裏葉は、その肩に止まった。
「プリちゃま〜。」
プリ様の肩の上で、背伸びをして、その頬に、自分の小ちゃな頰を擦り付けて、甘える藤裏葉。
「何してるんですかぁ、裏葉ちゃん。プリ様の肩は、私の指定席なんですぅ。」
筋肉ムキムキだった前世ならともかく、現世では無理だろ。と、心中で突っ込むリリス。大騒ぎをしながら、プリ様一行は、ハギトの隠れる第二艦橋へと、歩を進めた。
一方、ハギト達はというと……。
第二艦橋入り口前を、道中拾って来た、ゴブリンやオークの兵隊達で固めていた。
「こわいよぉ〜。ぷりちゃんが せめて くるよぉ〜。」
「ハギトちゃん。プリも問題だけど、喫緊の課題は、今、要塞を壊しまくっている、あの二人じゃねえか?」
怯えるハギトに、狼男が、話し掛けた。
「アイツら、本当に何なの。あんな傍迷惑な喧嘩、見た事ない。キ◯ガイなの?」
ハーピーも、ギリギリの台詞を吐いた。
「二人で行って、始末して来るか? ちょうど、二対二だしな。」
狼男の言葉に、ハーピーが頷き、座っていた椅子から、二人は立ち上がったが……。
「だめ! だめ、だめ。ひとりに しないで。」
涙目のハギトに縋り付かれて、再び、腰を下ろした。その時……。ミシミシミシッと、音がして、三人は、天井を見上げた。果たして、直径五十センチはあろうかという氷柱が、何本も、天井を突き破って、降って来た。そして、それを、一瞬で蒸発させる炎の柱もだ。
「きゃあ〜。きゃあ〜。こおり。ほのお。」
「お、落ち着いてハギトちゃん。大丈夫だから。」
パニクるハギトを、庇うハーピー。氷が溶けて、モウモウと立ち込めていた、水蒸気が晴れて来ると、其処には紅葉と和臣の姿が……。
「おおいっ。お前ら、いい加減にしろよ。」
ツカツカと、和臣に歩み寄る狼男。その身体が、一瞬で、火柱に包まれた。
「ぐわっちゃあああ。ししし、死ぬぅぅぅ。」
絶叫する狼男だったが、炎は、飛んで来た氷柱に相殺され、すぐに消えた。
「おいおい。敵の味方をするのか?」
「何言ってんの? 和臣。私は、元々、ハギトちゃんの側よ。」
紅葉の台詞を聞いたハギトが、目を輝かせた。
「もみじちゃん、わたしを たすけて くれるの?」
そのハギトに、紅葉は、ニコッと、微笑んだ。
「さあ、ハーピー、狼男。三人で、あいつを、やっつけるよ。」
命令すんなよ。と、思ったが、とりあえず、和臣を片付けておくのは、悪手ではない。ハーピーと狼男は、紅葉と組む事にした。
「和臣。力の均衡が崩れたよ? まだ、私に逆らう? 今『ATMに成ります。』と言えば、許して上げなくもないよ?」
「魔物と組むとは、見下げ果てた奴だな。その雑魚供に、精々、足を引っ張られないように、気を付けな。」
飛び交う罵詈雑言。弾け飛ぶ火花。犬も食わない痴話喧嘩は、最高潮を迎えようとしていた。




