戦士の絆
「ぴぴぴ、ぴっけぇぇぇ!」
突如出現したピッケちゃんが「ぴ、ぴっけ。ぴっけ。ぴぃぃぃっけぇぇぇ。」と、喚き散らしても、昴、藤裏葉、照彦(inポッカマちゃん)は、ポカーンとするばかりだった。
「なんだって? それ、ほんと なの? ぴっけちゃん。」
「ぴぴぴ、ぴっけ。ぴけ、ぴけ、ぴっけ!」
「わかったの。りりすが あぶないの。」
危なげなく、ピッケちゃんと会話するプリ様は、むしろ異端。
「ピッケちゃん、何を訴えているんですかぁ? プリ様ぁ。」
「りりすが ぴんち なの。とりゅうに おそわれて いゆの。」
状況説明はともかく、屠龍とか、固有名詞は、どうやって伝わったんだろう。「ぴっけ」しか、言ってないのに……。
プリ様は、上の方を見詰め、ギリッと唇を噛んだ。
「いま いくの、りりすぅぅぅ。あきらめちゃ だめなのぉぉぉ。」
そして、思いっ切り、叫んだ。
「プリ様ぁ。リリス様に、伝わるんですかぁ?」
「つたわゆの。せんしの きずな なの。」
昴の質問に、きっぱりと、言い切るプリ様。
『やっぱり、プリ様とリリス様は、前世同様、戦士の強い絆で、結ばれているんですぅ。』
自分は、百回生まれ変わっても、プリ様と、そんな関係性は、築けそうにない。ちょっぴり落ち込む、昴十歳。
『でも、私とプリ様の間にも、夫婦の硬い硬い絆があるんですぅ。これは、一億回生まれ変わっても、誰にも結べない絆なんですぅ。』
まあ、五分で、立ち直るのだが。
「プリ様! 私達は、形影相伴い、琴瑟相和するんですぅ。末永く、添い遂げましょう。」
「いみが わからないの!」
いきなり抱き付いて来て、頬擦りを始めた昴を引き摺りながら、プリ様は、リリスの居る場所を目指した。
しかし、リリスは、絶体絶命状態だった。
「ひぎぃっ! あああっ。」
太腿に食い付かれ、悲鳴を上げるリリス。凄まじい激痛に、顔を歪めた。
『私、食べられちゃう……。』
生きるのを断念した涙が、頰を伝った時、傷付いたハートに、プリ様の叫びが響いて来た。
『諦めちゃダメか……。プリちゃん……。』
プリ様が、この異世界に来ている。ハッキリと分かった。そして、自分を励ましている。そう思うと、生きようとする思考回路が、脳内に形成されていった。
『天沼矛。賢者の石。二つの力を合わせれば、手足を再生出来る……。』
天沼矛の有機生命体を作る能力と、賢者の石から湧き出る命の水の再生能力を、掛け合わせると可能だろう。加えて、天沼矛で作ったモノは、自分に触れている限り、消滅しない……。
さっき、月桂樹に護られながら、考察していたプランが、徐々に、形になっていった。
『わ、私の右脚を食べている隙に……。』
ソッ〜と、両腕を再生する。そして、油断しているところに、天沼矛を突き立ててやる。反撃の狼煙を、心で上げるリリス。
戦士の絆は、リリスを、立ち直らせつつあった。プリ様から送られて来るエールの波動が、心を勇気で満たしていった。
「ぬるぷぺぺてゅうむ。ぱぬままゅぷ。」
屠龍は、夢中で、リリスの右脚を頬張っていた。肉の柔らかさ、噛んだ時に口内に広がるジューシーな味わい。クセになる旨さだった。
獲物は、もう、反撃する術を失っている。何の邪魔も無く、素晴らしい食事を、享受出来るのだ。至福の時間であった。が……。
突然、頭に痛みを感じた。そして、猛烈に気持ち悪くなった。せっかく食べた美味なる肉を、床に吐き散らせてしまう程に。自分の脳天に、矛の刃先が刺さっているのに気付いたのは、その後だった。
「ぽっぴりうぬぅぅう。るぬゅっぽー!」
一声、音高く鳴いて、刃先を引き抜く屠龍。ゴロゴロと転がって、獲物から距離を取った彼女は、信じられない光景を見た。食らってやった筈の両手で、リリスが矛を構えていたのだ。驚きに目を見開いていたら、両脚も再生されていき、リリスは、ヨロヨロと立ち上がった。
屠龍は、暫く、呆気に取られて、獲物を見ていたが……。ふと、笑みが溢れた。良く考えたら、食べても、食べても、なくならない肉なんて、最高過ぎるではないか。獲物は、どうせ、自分には敵わない。体毛を使った攻撃に、反応すら出来ていなかった。
耳まで裂けた口を、不気味に歪ませているのを見て、リリスも、屠龍が、何を思っているのかを察した。
『でも、あの、攻めて来る髪の毛を、何とか出来なければ、また、食肉を献上する羽目になる……。』
考えている内にも、空色の髪の毛が、ワラワラと、蠢き出して……。
リリスには、見切れない速さで、攻撃して来た。何も対抗手段の無いリリスは、グッと、天沼矛を握り締めて、立ち竦んだままだ。
その様子に、また、腕の肉が食えると、屠龍は、ほくそ笑んだ。悔しさに、顔を強張らせるリリス。また、腕が切り離される激痛を味わうのか。
しかし、髪の毛は、リリスの肉体に触れる事はなかった。彼女の前面に、いくつも浮かぶ、黒い小さなボール状のモノに、吸い取られていたからだ。
「りりす! まにあったの。」
「プリちゃん?!」
プリ様の作った、グラヴィティボールが、リリスを守っていたのだ。
「プリちゃん、ありがとう。私……、私……。」
安心して涙ぐむリリスに、プリ様は、ニコッと微笑んだ。
「りりすを たすけてって、おばたまに たのまれたの。」
「お母様が?」
リリスは、信じられない、という表情をした。
「そんな筈無い。お母様は、私を処分する為に、兎笠を生み出したのよ。」
「ちがうの。」
「違わない。」
「ちがうの、りりす。きくの。」
プリ様は、真っ直ぐ、リリスの目を見ながら、言った。
「おばたまは、とりゅうちゃんを、よーくしゃーてりあに するつもり だったの。」
ヨークシャーテリア……。その場を、沈黙が支配した。
「はあ、はあ、プリ様ぁ。それは、もしかして、抑止力では……。」
遅れてやって来た昴が、息を切らしながら、訂正した。プリ様、テヘペロ。
そういう事か……。リリスの頰に、穏やかな微笑が浮かんだ。龍の力を危惧する、御三家の上層部を説得するのに、もし、自分が暴走しても、大丈夫である事を、示す必要があったのだ。
リリスの胸中に、生きるという、確固たる意志が芽生えた。三人姉妹、生きて母の元に戻るのだ。照彦(inポッカマちゃん)の背で眠る翔綺を、チラリと見て、一人頷いた。
一方、屠龍は、グラヴィティボールに捕まった髪の毛を、全て切断し、身体の自由を取り戻していた。
「ぴりぬぴぴぴぃ。」
「決着をつける。屠龍!」
吠える屠龍に向かって、ブンッと、天沼矛を構えるリリス。その背に、ピッケちゃんが貼り付いた。
「力を貸してくれるの? ピッケちゃん。」
「ぴっけ、ぴっけ、ぴっけぇ。」
ピッケちゃんの助力で、勇気百倍。矛のヤイバを前に突き出したまま、突っ込んで行った。屠龍も怯まず、髪の毛の攻撃を仕掛けて来るが……。
『恐怖に震え上がり、絶望に押し潰されて、忘れていた。私は龍騎士。その戦い方を。』
何時の間にか、リリスの手足は、鋭い爪を持ち、硬い鱗で覆われた、龍の手足になっていた。そして、その口から吐き出される、高温の火球。それらは、屠龍の髪を弾き、燃やし尽くした。
「ぴりぴりぬぬぬっぽぁあぁぁぁ!」
今までとは違う。焦れた屠龍は、腕と首を伸ばして来た。さっきと同じ様に、天沼矛で腕の攻撃を防いでいると、頭が肩甲骨に噛み付こうとし……。
だが、今度は、ピッケちゃんが居た。
「ピピピ、ピッケェェェ!」
ピッケちゃんは、羽を広げ、バサバサと羽ばたいて、頭の攻撃を邪魔した。そちらに気を取られている隙に、天沼矛が、両腕を切り落とした。
「ぴりりりりりぃぃぃんんん!!」
痛みに絶叫する屠龍。
「どう? 痛いでしょ。貴女に、手足を食べられた私の気持ち、少しは分かった?」
たかが獲物のクセに。絶対に許さん。そう、言いたげな、屠龍の眼光を受けながら、リリスも、キッと、睨み返した。
「龍は最強の生物。それを捕食しようなんて、百万年早い。」
再度のリリスの突進を、屠龍は防げなかった。天沼矛に、身体を貫かれながら、リリスの火球を、何発も浴びせられ、灰となって、消え去っていった。