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屍肉は硬くなる

夏なので、ホラー風にしようかと思ったら、完全に内容が、リョナになってしまいました。

苦手な人は、後書き冒頭に、粗筋を書いておきましたので、そちらをご参照下さい。

 屠龍から逃れたリリスは、物置として使われている、真っ暗な部屋に潜り込んで、ガタガタと震えていた。自分()を倒す為だけに作られた怪物(屠龍)。それを生み出したのが、実の母親である事実。全ての事柄が、彼女から戦意を奪い、戦士としての誇りさえも、手放そうとしていた。


『もう、嫌だ。もう、戦わない。プリちゃんが異世界化を解除してくれるまで、此処に隠れていよう……。』


 他力本願。およそ、彼女には、相応しくない思考をしていた。


『プリちゃん……。ごめんなさい。』


 プリ様、そして、前世からの盟友達。皆んなに、心中で、謝り続けていた。だが、戦う意味を喪失した今、ただ、ただ、屠龍が怖かったのだ。情け無いとは思ったが、同時に、自分は、もう、再起不能だとも感じていた。


 御三家の一員として、無辜の民を守る。それが、表面的な、戦う理由だった。しかし、その根底にあるものは、母に認めて貰いたい、母に必要だと思われたい、母に……。


 母に愛して貰いたかった……から……。


 どんなに反発しても、どんなに憎んでも、諦め切れなかった母の愛情。それを、最悪の形で裏切られた現実が、少女(リリス)の心をズタズタに引き裂いていた。


 暗闇の中、膝を抱えて座り込み、恐怖に震える彼女は、もはや、戦士などではなく、立ち上がる気力も失った、一人の傷心の女の子であった。が、その時……。


「ぴぴぴ、ぴっけぇぇぇ。ぴっけ、ぴっけ、ぴっけー!」


 死に物狂いの、ピッケちゃんの声が、聞こえて来たのだ。


『ピッケちゃん? どうしたの、あんなに必死に……。』


 ハッと、思い至った。声のする方向は、屠龍の居る方だ。食べ損なった龍の代わりに、ピッケちゃんを……。


「くっ、うううっ。」


 痛みは、まだあったが、傷は、ほとんど、治っていた。天沼矛を杖にして、ヨロヨロと立ち上がるリリス。


『どうして? どうして、立ち上がるの? 私……。』


 怖くて、全身が震えていた。涙が、止め処もなく、流れ落ちていた。それでも、身体は、ピッケちゃんの声に引かれて、動き続けていた。


 助けを呼ぶ声に引かれて……。


『怖い。怖い。もう、戦えない。クタクタなの……。』


 痛む足を引きずって、恐れに涙し、死の予感に怯えながら、それでも、それでも……。そこに待っているものが、確実な死であっても……。


 全ての希望が洗い流され、何もかもを失くした少女の、空虚な心に、たった一つ残ったもの。それは……。


『守る。ピッケちゃんを守る。例え、この身が、どうなっても。守る。守る……。』


 震える足で、歩いて行った先、今、正に、ピッケちゃんを丸呑みにしようとしている、屠龍の姿が、眼前に現れた。


「とぉぉぉりゅうぅぅぅ!」


 叫ぶリリスを見た屠龍は、喜色満面にして、ピッケちゃんを放り投げた。大好物の獲物を前に、さして美味そうでもない子猫など、食べようとも、思わなくなったのだ。


「うらぁああぁぁぁ!」


 天沼矛を突き出して、突進するリリス。


『何?!』


 信じられない光景を見た。屠龍の首と、腕が、ゴムの様に伸び、迫って来たのだ。間合いなど、全く無視した攻撃だった。


「うわぁっ!」


 堪らず声を上げ、天沼矛を盾に、腕の攻撃は抑えたが、背中に回った首は、遠慮なく、右の肩甲骨を、その辺りの肉ごと食い千切った。


「あうっ。うううううっ。」


 痛みに仰け反るリリス。此処で体勢を崩せば、一気に喉を食い破られる。天沼矛を振り回し、両腕と首を叩き、バック転をして、距離を取った。


「ピッケちゃん、逃げてぇぇぇ。」

「ぴぴぴ、ぴっけぇ。」


 リリスの声に応じ、泡を食って逃げ出すピッケちゃん。続け様に、リリスは、天沼矛から、大量の猪を出して、屠龍に突っ込ませた。


「潰されなさい!」


 倒せるとは思わなかった、でも、隙を作るくらいは出来るだろうと、思っていたのに……。


 屠龍は、自分の身体に当たって来る猪など、意にも介さずに、群れを掻き分けて、リリスに向かって来ていた。


「ひぃぃぃ。来ないで。来ないでぇ!」


 凄まじい恐怖に、絶叫するリリス。瞬間、キラッと、何かが光り、気が付いたら、左腕が根元から切り離されていた。


「ああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 急激に痛みが襲って来て、のたうち回るリリス。屠龍は、左腕を拾い、付着している服の袖を、板チョコの銀紙を剥がすみたいに、取り除き、白魚の如く美しいその腕を、指先から、一気に、手首まで、ガブリと、食った。


『また、食べられた。私の身体が、また……。』


 屠龍は、ネットリとした視線を、リリスに向けながら、左腕を貪り食った。食べながら、次は、何処を食べようか、考えているみたいだ。とんでもない、貪欲さであった。


『それにしても、さっきの攻撃は、何だったの……。』


 全く、感知出来なかった。何かが、キラッと、光ったと思った瞬間、視界に、飛び散る左腕が映ったのだ。


 すると……。また、キラリと輝きが見えた。今度は左脚が、丸ごと飛んだ。強靭な、龍人としての肉体と、賢者の石から滲み出る命の水のお陰で、何とか、意識を保っていられた。普通の人間ならば、とっくに、失血死してしまっていたであろう。


『も、もうダメ……。逃げられない。』


 片手、片足を失っては、逃げる術がない。それに、ここまで、損壊されると、いくら命の水といえど、元通りに治してくれるとは、思えなかった。


『あの光っていたのは……髪……?!』


 仰向けに横たわっているリリスは、遅まきながら、気が付いていた。屠龍の空色の髪の毛が、ウネウネと、触手を思わせる動きをしていたのだ。


 屠龍は、先程と同じ様に、左脚から靴を取り、魚肉ソーセージのセロハンを剥く要領で、ストッキングを外していたが、食欲が先走っているのか、幾分、イライラとしながら、作業を進めていた。


 彼女が、左脚を食べている間は、生きていられる。だが、その先に、光明など、有りはしなかった。そんな絶望感に蝕まれていたので、気付かなかったのだが、誰かが自分の頭に触れているのを、ふと、感じた。視線を向けると、先程出した猪が一匹、頭を鼻で突いていたのだ。


『他の猪は、とっくに消えているのに。なんで、この子だけ……。』


 もしかして、天沼矛で出した生物は、創造主である自分に触れている間は、消滅しないのか? そこまで考えた時、リリスは思い付いた。


 屠龍の髪の毛を防ぎ、これ以上、食べられない方法がある。


 考えるより早く、天沼矛からは、樹木が湧き出ていた。


『樹木の中に、姿を隠す。月桂樹となったダプネーの様に……。』


 一方、左脚を食べ終えた屠龍は、動けないと思って、安心して放っておいたリリス(獲物)が、突然出現した、絡み合う何本もの月桂樹の中に、護られるが如く、引き入れられてしまったので、怒りに牙を剥き出しにしていた。


『龍人化すれば、再生能力が高まる。命の水と併用すれば、手足の復元も、何とかなるかもしれない。』


 シェルター(安全地帯)に逃げ込んだ事で、冷静な判断力が戻って来た。しかし、それも、僅かの時間であった。


『何? 身体に、何かが、触れて来る……。』


 辺りを見回したリリスは、ゾッとした。隙間という隙間から、自分の居る空間に、屠龍の髪の毛が、無数に侵入していたからだ。


「はっ。あううっ。」


 龍人化など、する間も無く、全身を髪で縛り上げられたリリスは、護って貰うつもりで発生させた、何本もの月桂樹に、身体を叩き付けられ、止む無く、それを、消滅させた。


 事態は、もはや、最悪であった。髪の毛の縛は解かれたものの、身一つで、屠龍(捕食者)の眼前に投げ出されたのだ。床に寝転がり、恐怖に目を見開くリリスに、屠龍が覆い被さって来た。


「や……めて……。やめてぇぇぇ。」


 ボロボロと涙を流しながら、残った右腕で、弱々しく、屠龍を退けようとするリリス。


「ぴぴぴぃぃむ。ぷるぺぺぬぬ。」


 リリスの抵抗に、屠龍は、苛立った鳴き声を上げた。そして、逆らうな、とばかりに、邪魔をする右腕を食い千切った。


「うっぐぅぅぅ……。」


 絶叫を上げる余力も残っていないリリスは、くぐもった声を出し、血液を撒き散らした。この辺りの床は、元々、大理石が白く敷き詰められていたのに、今や、リリスの流した血で、真っ赤に染まっていた。


 今度こそ、頸動脈を断ち切られるかと思ったが、屠龍は、マウントを取った状態で、右腕を、クチャクチャと、咀嚼するだけだった。


『こいつ、私を、食べ終わるまで、生かしておく気なんだ……。』


 不意に、リリスは理解した。屍肉は硬くなる。最後の一片まで、美味しく頂く。その屠龍の愉悦の為だけに、生かされているのだ。


「ぴっーむふ。ぴりゅりゅぬぴぷ。」


 食べれば、食べるだけ、食欲が増すというのか。屠龍は、右腕を食い終わると、残っている最後の四肢、右脚に腕を這わせた。


「んくっ……。や……いやぁ……。」


 リリスの言葉など無視し、血のこびり付いたストッキングを、剥がしていく屠龍。いよいよ、全身を食い尽くすつもりだ。


 屠龍の口が耳まで裂けて、笑っている様な表情のまま、ガパッと、開いた。


今回の粗筋。食べられそうになったピッケちゃんを、助けに行ったリリスは、自分が、屠龍に、手足を美味しく頂かれてしまいました。

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