最強の神器、パーシュパタアストラ
レヴィアタンの声を聞いた途端、プリ様の小さなお身体は、ピョンと、二メートルほど飛び上がり、充分に距離を置いてから、着地した。臆病な様だが、暗闇で、ちょっとアレな人から声を掛けられれば、プリ様でなくとも、そういう反応になるだろう。
「あるぎ!」
よほど、レヴィアタンと、暗闇を共有するのが、嫌だったのだろう。プリ様は、前世以来使っていなかった魔法の呪文で、機械室を明るく照らした。
「あの……、れゔぃあたん?」
三メートルくらい離れた位置に、棒立ちしているレヴィアタンに、プリ様は、思わず、声を掛けた。レヴィアタンは、頰を赤らめ、モジモジしながら、此方を見ているばかりだ。
「よ、ようが ないなら、ぷりは いくの。」
とにかく、相手をしたくないので、さりげなく、フェードアウトしようとした。
「プリムラちゃん。」
「は、はひぃ。」
不意に呼び止められ、緊張で声が裏返るプリ様。
「そんなに、お姉ちゃんの事、怖がらないでよ。」
「こ、こわくは ないの。」
ただ、面倒くさいの。という言葉を、辛うじて飲み込んだ。
「私、知ってるよ。気付いていたよ。」
な、何をですか?
思わず、プリ様の心中語は、丁寧語になっていた。
「プリムラちゃん、オッパイ好きだよね。」
ボンテージ衣装の、胸の所を前に突き出すレヴィアタン。
「おいで。触って良いよ。揉んでも良いよ。」
行ってはダメだ。プリ様の野生の勘が、全力で、レヴィアタンの誘惑に、のってはいけない、と叫んでいた。
叫んでいたのに……。
気が付くと、プリ様は「わーい。」と言いながら、フカフカなレヴィアタンの胸元に、頭から突っ込んでいた。
「つーかまえたぁぁぁ。」
当然というか、がっちり、身体を抱き締められてしまうプリ様である。
『ししし、しまったの。なんて こうみょうで おそろしい わな……。』
どんな、猟奇的な行為に及んで来るのかと、焦りまくり。しかし、レヴィアタンは、腕を捥ごうとか、股を裂こうとは、して来ずに、ひたすら、頰をスリスリしていた。
「ああっ、プリムラちゃん。可愛いー! 可愛いー!! 可愛いー!!!」
ええっ〜?! 何? どうなってんの?
ただでさえ、理解不能のレヴィアタンの行動が、ますます意味不明に……。
「はあ。はあ。はあ。はっ、はっ、はっ。か、可愛いぃ。かーわーいーいぃぃぃ。」
「わ、わかったの。ぷりが かわいいのは じゅうじゅう しょうち なの。すこし おちつくの、れゔぃあたん。」
「遊ぼ。お姉ちゃんと遊ぼ。ねっ、プリムラちゃん。」
「う、うん なの。あそんだげゆの。」
プリ様の返事を聞いて、喜色満面。嬉しさを爆発させたレヴィアタンは、そのまま、プリ様を、思いっ切り、投げ飛ばした。猫の如く回転し、シタッと、地面に降り立つプリ様。
「鬼ごっこね。プリムラちゃんが鬼。この銃で、撃たれたら、負け。」
負けというか、死んでしまいますがな。そう突っ込む間も無く、乱射を始めるレヴィアタン。
「あははははは。破壊! 破壊!」
光る銃口。崩れ落ちる壁。プリ様は、泡を食って、機械室から転がり出た。
「待ってよぉぉぉ。プリムラちゃん。」
丸出しのオッパイを、ぷるんぷるん振りながら、両手に持った銃を、爆竹を鳴らす程度の気軽さで、レヴィアタンは撃ちまくった。
「ひやっはぁぁぁ! たーのしー。楽しいね、プリムラちゃん。」
楽しいのは、お前だけだ。そう言ってやりたいのに、息つく暇も無く連射され、逃げるのに精一杯の有り様である。
「くううう。らんす なのー!」
ビルスキルニル ウルの強度を信じ、死中に活を求めて、飛び出した。ランスで弾を弾きながら、レヴィアタンを、ブッ飛ばすつもりだったのだ。
が、レヴィアタンの弾を、連続して食らったランスは、ひしゃげて、折れてしまった。
「みぎゃあああ。」
驚きの声を上げ、慌てて、物陰に隠れるプリ様。
『い、いままでの れゔぃあたんの こうげきは、ぜんぶ しんきで ふせげて いたのに……。』
その時、銃声が止んだ。
「ビックリした? ねえ、ビックリしたの、プリムラちゃん。この銃はねえ、何でも壊せちゃうんだよ。トキ様から頂いたの。」
自慢気に叫ぶ、レヴィアタン。
もしかして、アレも神器か? プリ様が、首を捻っていたら、レヴィアタンは、おもむろに、二つの銃を重ね合わせた。すると、それは、一つのライフルに形を変えた。
「パーシュパタアストラって、言うの。隠れたって無駄だよ。」
パーシュパタアストラ?! プリ様の背筋を、冷や汗が伝った。それが本物なら、並の神器など、敵ではない。プリ様の纏っているビルスキルニル ウルだとて、通用するかどうか……。
トキの野郎、何て事してくれやがる。プリ様の胸中に、激しい怒りの炎が巻き起こった。レヴィアタンにパーシュパタアストラなんて、気違いに刃物以外の何物でもない。
「プリムラちゃーん、出ておいで。お姉ちゃん、可愛いがって上げるよ。ほーら、オッパイだぞ。」
オッパイ……。激怒していたくせに、レヴィアタンの胸を見て、つい、フラフラと、出て行きそうになるプリ様。だが、今回は、凄い意志の力を総動員して、踏み止まった。
『いいい、いけない。いけない。あぶなかったの。なんて こうかつな わな……。』
プリ様が、崩れ残った壁の陰から、出て来ないと見るや、レヴィアタンは、先程のライフルを構えた。
「出て来ないならぁ、プリムラちゃんを蜂の巣にして、その死骸を、クマさんのヌイグルミに縫い込んで、可愛いがって上げるね。」
何が怖いかといえば、その猟奇的宣言を、心底楽しそうに語る、幸せいっぱいの表情であった。
「じゃあ、プリムラちゃん。ワレー!」
明るく、元気いっぱいに言ったレヴィアタンは、少しも躊躇わずに、トリガーを引いた。
蜂の巣どころか死体も残らんだろ、くらいの、恐ろしい威力の弾丸が、フルオートで百発近く発射された。マジで、死骸を、ヌイグルミに埋め込むつもりだったレヴィアタンは『しまった。単発撃ちに、しとくんだった。』と、テヘペロ状態。しかし、そのニヤけた顔も、大量の針が、ことごとく、弾丸を射抜いて、撃ち墜とすのを、見るまでだった。
「私のパーシュパタアストラの弾が……。プリムラちゃん、何をしたの?」
レヴィアタンは、目を細めて、濛々たる、ガレキの埃の向こうに居る、ちんまりとしたプリ様の影を見詰めた。
「びゆすきゆにゆ そーん!」
高らかに響く、プリ様ボイス。
「おのれぇぇぇ、プリムラちゃん。また、パワーアップかぁぁぁ。」
怒りに、ワナワナと、身体震わせるレヴィアタン。
「おのれぇ。おのれぇ。」
「こうさん すゆの、れゔぃあたん。おまえの いまの ちからでは、びゆすきゆにゆ そーん には、かてないの。」
パーシュパタアストラの真の能力が、解放されれば、ビルスキルニル ソーンとて、敵ではないのだが、いかんせん、レヴィアタンには、そこまでの技量は、まだ無かった。
「生意気なプリムラちゃんめ。なんて、なんて……。」
ギリギリと睨め付けていた目が、瞬時に、フニャっと、デレた。
「なんて可愛いの、プリムラちゃん。」
「は、はい?」
予期せぬ展開に、硬直するプリ様。
「触る? 吸う? お姉ちゃんのオッパイ。」
吸って良いの? レヴィアタンの魅惑の一言に、つい、負けそうになり、プリ様は、頭を、ブルブル振った。
「ぐらびてぃうぉーゆ!」
プリ様のお言葉に呼応して、グラビティウォールが、レヴィアタンの周りを囲むように、いくつも出現した。
「これは効かないよ。忘れちゃった?」
「おまえ じゃないの。」
「何?」
「おまえの しゅういの くうかんを ねじまげゆの!」
超重の重力に干渉された空間は歪み、レヴィアタンの身体を、時空の狭間に、スライドさせようとしていた。
「嘘?!」
「ごめんなの、れゔぃあたん。きょう いそがしいから、どっか いって なの。」
行きたくない飲み会を断る時より、雑な謝罪を受けながら、レヴィアタンは、何処かへと、飛ばされて行った。
「プリムラちゃん、これで勝ったと、思っちゃダメよ。いつか、オッパイ吸わせて……。」
という台詞を残しながら……。