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龍を狩り、捕食する魔物

※今回のお話、ちょいリョナです。苦手な方はご注意下さい。

「疑っているのなら、試してみますか?」


 腑に落ちない、という顔のプリ様に、朝顔は、廊下に出るよう促した。


「おばたま、あんまし、じかんも ないの。」

「すぐ済みます。私の、霊気槍突を、受けるだけです。」


 その言葉を聞いた、胡蝶蘭が慌てた。


「おおお、お義姉様。霊気槍突といえば、美柱庵家必殺の奥義では……。」

これ(霊気槍突)を食らって、くたばるなら、所詮ハギトには勝てない。今死のうが、魔軍移動要塞の中で死のうが、同じ事です。」


 厳し過ぎ。と思った胡蝶蘭が、なおも止めようとすると……。


「おかあたま。おばたまの いう とおりなの。ぷり、やゆの(私は、やります)。」


 ミョルニルを構えて立つプリ様。朝顔は、着ていた着物の懐から、伸縮式の警棒を取り出し、伸ばした。


「行きますよ、符璃叢。」

「はい なの。」


 警棒に霊気を纏わせ、前に突き出したまま、朝顔は、プリ様に突進して来た。その予想外に鋭い攻撃に、プリ様は慌てた。巨大な一本の槍が、自分を串刺しにせんと、迫って来るようにしか、見えなかった。


よけゆ(避ける)のは むり。かわすのも むり。うけゆ(受ける) しか……。』


 プリ様ブレインが、あらゆる場合を想定して、正面からミョルニルで受ける決定をした。その間、0.01秒。


 ガキンッと、金属のぶつかり合う音が響いた。自重を増して、突撃の勢いを相殺したが、それでも、二、三メートル後退した。だけど、なんとか、プリ様は霊気槍突を防いだ。


「うーん、プリちゃ〜ん! やっぱり、天才ねぇぇぇ。」


 親バカモードになった胡蝶蘭が、人目も憚らず、プリ様を抱き締めた。プリ様自身も、必殺の一撃を凌ぎ、ちょっとドヤ顔。だが、朝顔は、眉一つ動かさずに告げた。


「受け止めるので、精一杯だったみたいですね、符璃叢。ハギトは、この攻撃を躱しながら、私の足を斬り落としましたよ。」


 思わず、顔を見合すプリ様親娘。


『多分、私でも、受け止めるのに精一杯。ハギトちゃん恐るべし……。』


 不安そうに見詰めて来る胡蝶蘭に、プリ様は、ニコッと、笑い返した。


「だいじょぶなの、おかあたま。」

「でも、プリちゃん……。」

「それに、てきが つよい ほうが、おもしよい(面白い)の。もえゆ(燃える)の。」


 クックックッ、と笑う、戦闘狂のプリ様。いよいよ、決戦の時が近付いていた。




 とにかく、艦橋に行こう。と、リリスは思った。状況は、今一つ把握出来ていないが、トキの言によって、この移動要塞の進路が、そのまま異世界になっているのは分かっていた。


『止めないと、東京中が、異世界にされてしまうわ。』


 艦橋目指し、上へ上へと、歩を進めるリリス。だが、エンジンルームから、五階層ほど上がった廊下の端に、ソイツは居た。


『何? コイツ。』


 一見、自分と同い年くらいの、人間の女の子に見えた。ただ、髪の毛が、綺麗な空色で、肌は、少し緑がかった白色をしていた。そして、その発する気が、明らかに、只者ではなかった。


『とても、そこらの一般民間人が、入れ替わった魔物とは思えない……。』


 リリスは、天沼矛を構え、ソロリソロリと、約六メートルの地点まで、間合いを詰めた。


「ふふふふふ。そんなに警戒せずとも、良いではないか。コヤツは、お前の可愛い妹だぞ。もっとも、今は、魔物と入れ替わっておるが。」


 不意に、トキの声が響いた。そして、リリスの手前、三メートル付近に、姿を現した。


「妹?」

「そうだ。末の妹、兎笠。本当の名前は、屠龍だがな。」

「屠龍?!」

「そうだ。屠龍とは、読んで字の如く、龍を屠る者。お前の母親が、巨大なるお前の力を封じる為に用意した、処刑人だ。」


 お母様が……。私を殺す為に、兎笠を生んだ?


「嘘よ。そんなの嘘。いくら、お母様でも、そんな事……。」

「くくくくくっ。分かるだろう? 感じるだろう? 屠龍の凄まじき潜在能力(ポテンシャル)を。兎笠が、遺伝子を操作された化け物だからこそ、この魔物(屠龍)と、入れ替わる事が出来たのだ。」


 悔しいが、トキの言に、嘘は無いと感じた。美柱庵家の最高峰、十本槍が入れ替わっても、ここまでの魔物には成るまい。しかし、人為的に強化された人間ならば、あり得た。


「お母様。お母様! そんなにも、私が邪魔だったのですか? いや、憎かったのですかぁぁぁ!!」


 堪え切れず、此処には居ない母に向かって、怒鳴るリリス。怒りに血が逆流し、哀しみに涙が迸った。


 母は、自分を犯した龍を憎んでいた。その忌まわしき交わりの果てに生まれた自分を、疎んでいない筈がない。そんな事は、百も承知だった。それでも、心の何処かで、ほんのちょっとでも、母の愛というものを、期待していたのだ。


「私だって……。私だって! 望んで生まれた訳では、ないのにぃぃぃ……。」

「ふふふ。貴様の泣き言なぞ、どうでも良いわ。生きるのが辛いなら、潔く屠龍に食われてしまえ。」


 そう言って、トキが消えると、待ち兼ねたかの様に、屠龍はリリスに襲い掛かった。咄嗟に左手でガードしたが、その前腕に屠龍は噛み付いた。


「あっ! あああああっ!!」


 痛みに声を上げるリリス。前腕の肉が、骨が見えるほど、食い千切られたのだ。屠龍は口を血だらけにし、リリスの肉を咀嚼していた。


『食われてしまえ。とは、文字通りの意味なの?! 屠龍とは、屠龍とは……。』


 龍を狩り、捕食する魔物。


 それに気付いた時、リリスの全身に、冷たい汗が流れ落ちた。純然たる恐怖が心を満たし、総毛立った身体は細かく震えた。


 ゴクンッ。屠龍が肉を飲み込んだ。まだ、食い足りない。食欲という狂気に彩られた瞳が、値踏みするかの如く、リリスの肢体を眺め回した。


「いいい、いやああああああ。」


 リリスは、屠龍に押し倒された。マウントを取られたらマズイ。首筋を食い破られ、虫の息で、肉体を貪られるだろう。そう思ったら、必死だ。足で蹴り上げ、怯んだ隙に、這って逃げた。


 ガブリッ! 今度は、左の太腿を齧られた。リリスは、死に物狂いで、寝転がり、屠龍から距離を取った。魔軍移動要塞の、白亜の大理石で出来た床が、鮮血で染まった。


『わわわ、私の……肉を……。』


 目の前で、自分の一部だった肉が、咀嚼され、消化される様を見せ付けられる恐怖たるや、筆舌に尽くし難いモノがあった。パニック状態の天莉凜翠は、得物(天沼矛)を使うのも忘れ、カチカチと、歯を鳴らすばかり。


『に、逃げなきゃ……。』


 戦おうなどという気概は、欠片も湧いて来なかった。立ち上がろうとして、左足に激痛が走り、さっき太腿の肉を、ゴッソリ捕食されてしまったのを、思い出した。


『左腕は……、治って来ている……。』


 体内の賢者の石から溢れ出る、命の水の効用で、齧り取られた部分も、すぐに、元に戻りそうだが……。


『それでも、立って走れるようになるには、まだ時間がかかる。その前に、アイツが、肉を食べ終えてしまったら……。』


 そう思ったのと、同時くらいに、屠龍は肉を、ングッと、飲み込んだ。そしてまた、蛇が蛙を見る目で、リリスを見詰め始めた。


『みみみ、見てる。私を見ている。何処のお肉が美味しそうかなっていう目で……。』


 ユラっと、上半身を動かし、歩み寄って来る屠龍。


「ひいいいいいい。いやあああぁぁぁあああ! 来ないで。来ないでー!!」


 完全に恐慌状態のリリスは、闇雲に、天沼矛を振り回した。


『そうだ。アイツ、龍が好物なら、本物の龍を出してやれば、半人半龍の私より、そっちを追い掛けるかも。』


 極限まで追い詰められた人間の思考は、時に、突拍子もない判断をする。烏や猪は出せても、果たして、龍などという大それたモノが、出せるのだろうか? などと、考える暇もなく、リリスは叫んでいた。


「龍ぅぅぅ!」


 果たして、天沼矛の先端から、龍は出た。全長五メートル程度の、子供みたいな龍だが、確かに出た。


「ぴぃむゆぃぅむむぴぃぴ。」


 屠龍は、奇妙な鳴き声を発したが、それは明らかに喜びの声だった。


「行って。向こうに。」


 リリスは、龍を、自分の逃げるのとは、反対の方向、屠龍の居る方に飛ばした。屠龍は、自分の脇を掠めて飛んで行った、龍を追い掛けて行った。


『逃げなきゃ。隠れなきゃ。せめて、左足の治るまで……。』


 天沼矛を杖代わりに立ち上がり、痛む足を引き摺りながら、逃げて行くリリスであった。

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