戦闘の天才
「エロイーズ、髪の毛編んで上げる。」
「昴です、昴。わざと言ってますよね、裏葉ちゃん。」
ホホホホホ、と笑いながら、昴の、長い豊かな後ろ髪に飛び込む藤裏葉。
「止めてぇ。泳がないで下さーい。私の髪の中で、泳がないでぇぇぇ。」
エロイーズとなっている、昴の銀髪が、その中で飛び回る藤裏葉によって、銀の波濤を起こされていた。
「うきゃあああ。こそばゆいんですぅ。」
昴が、髪の毛を、クシャクシャと、掻き回すと、藤裏葉は、笑いながら、飛び出して行った。
「もおおお。あの悪戯妖精にも、困ったものです。ねっ、プリ様。」
と、プリ様に話し掛けて、その不在を思い出してしまった。
「そそそそそ、そうでした。プリ様居ないんだ。プリ様! プーリーさーまー!!」
ああっ、とうとう、また錯乱が始まったか……。頭を抱えたくなるリリスであった。
「がっ、がうっ。がおおおーん!」
昴が錯乱すると、ポ・カマムも、怯えて鳴き始める。先程の混沌とした状況に、一挙に逆戻りしてしまった。
「大丈〜夫。お任せあれあれ。」
途方に暮れるリリスの目の前に、何故か、自信たっぷりに現れる藤裏葉。
「悪戯なら、勘弁してね。」
これ以上、カオスな状態にされては堪らない。
「信用なーい。私、全く、信用なーい。」
クスクスと、笑い声を漏らしつつ、飛び上がる藤裏葉。今度は、昴の目の前に来ると、小さな小さな手を、パンと叩いた。食らった昴は、猫だましをされたみたいに、目をパチクリさせた。
「ああっ〜! プリ様、そんなトコに居たんですかぁ。」
「がっ、がうっ?」
喜色満面に、ポ・カマムに、抱き付く昴。
「何が起こったの?」
「私の幻術で、今、スバルンには、ポッカマちゃんが、プリちゃまに見えているのです。」
リリスの疑問に、得意気に、藤裏葉は答えた。
「ポッカマちゃんにも、えい!」
「がうおーん。ごろごろごろ。」
藤裏葉が手を叩いたら、今度は、ポ・カマムも、昴に抱き付いた。
「ポッカマちゃんには、スバルンが、お母さんに見えてます。」
聞かれもしない内から、リリスの方を向いて、ドヤ顔で解説する藤裏葉である。
「んっ、でも、まあ、助かった。これで、ひとまず安心して、戦いに行ける。」
「リリス様……。」
「二人と翔綺さんを頼むわ、裏葉さん。」
「そう言わず、リリス様にも、幻術を掛けて上げますよ。」
「私は良いのよ。絶対、掛けないでね。」
本当に、妖精って、何考えているか理解不能。と思いながら、不満気な顔の藤裏葉に、結界に穴を開けてもらい、リリスは出て行った。
その背中を、薄目を開けて、見ている翔綺……。
『結界か……。かなり、強固な感じだけど……。』
翔綺は、昴、ポ・カマム、藤裏葉の三人に気付かれないよう、寝転んだまま、そっ〜と、身体を動かし、結界の壁に近付いた。そして、壁なんか無いかの如く、スルリと、外に出た。
『プリめ、何処だ?』
人目につかない所まで行くと、立ち上がり、穿いているスカートのポケットから、十五センチくらいの長さの、細長いカプセルを取り出した。
「デュワッ!」
自由の女神を思わせるポーズで、カプセルを掲げる翔綺。その中程にあるスイッチを押すと、先端が眩く光り、彼女の姿は変わっていった。真上から見ると、赤い背景の中、突き上げた拳が、グングン迫って来るように見えた。身体が大きくなっているのだ。(何故、真上から見るのか。何故、背景が赤いのか。は、永遠の謎である。)
変身が終わると、平均的小学三年生の身長だった翔綺は「デルモ? デルモじゃね?」と、思われる程の、高身長スタイルバツグンの美女、レヴィアタンへと、変わっていた。
「プ〜リ〜、殺す。」
プリ……。と、プリ様のお名前を口にすると、どうしてだか、頰が火照り、胸が、トクントクンと、高鳴った。
「ええい。何なのだ、これは?」
コントロール出来ない、自分の身体の状態に、レヴィアタンは苛立った。その時……。
突然、足元の床が割れた。続いて突き上がって来る氷の柱。それを、溶かす様に噴き上がる、巨大な火の玉。
『何事?』
レヴィアタンは、崩落する床から跳躍して、安全そうな、昴達の居るエンジンルームの方へと、着地した。
「いい加減しつこいぞ、紅葉。」
「それは、コッチの台詞よ。ATMに成らないのなら死ねって、言ってるでしょぉぉぉ。」
小型の流星群が、夥しい数、凄まじい勢いで、降り注いだ。が、和臣は、自分の周りに、炎の障壁を巡らせて、近付く流星を、ことごとく、溶かしていた。
「や、や、止めて下さーい!」
突然の騒動に、結界を解いて、昴達が飛び出て来た。
「紅葉さん、目を覚ましてぇぇぇ。」
昴が叫ぶと……、紅葉の動きが止まった。その機を逃さず、和臣は、彼女に、ケストス防御用ヘルメットを被せた。ヘルメットは、神器と同じなので、遍く世界に遍在し、必要とされる時に、一点に収縮し、形を成すのだ。
『これで、もう、紅葉も暴れない……。』
と、和臣は思ったが、ところがどっこい、間髪入れず、先端が鋭く尖った氷柱が、彼に向けて降って来た。
「和臣、ありがとね。このヘルメットのお陰で、ケストスの支配から、逃れられたみたい。」
「じゃあ、何で、氷柱を落とすんだよ?」
紅葉は、座った目で、和臣を見据えた。
「私のモノに成らないのなら、殺す。その決定に、変わりはないのよ。」
そうか、コイツ、メンヘラなんだ。唐突に、嫌過ぎる事実に気付き、和臣の背筋を悪寒が走った。その和臣の耳元に、小さな発光体が近付いた。
「和く〜ん。」
「うわっ! 何だ? 耳元で声が。」
「私よ、私。裏葉ちゃんでーす。」
う、裏葉? 和臣のみならず、紅葉も目を見張った。そして、発光体が妖精の姿となって、二度、目を見張った。
「あんた、裏葉なの? 変わり果てた姿になっちゃって……。」
「モミンちゃんの所為だもん。モミンちゃんに犯されたショックで、こんな身体になってしまったんだもん。」
紅葉に答える、藤裏葉の言葉を聞いて、和臣は激昂した。
「も〜み〜じぃぃぃ。おま……、自分が何をしたか……。」
怒りで声も出ないみたいである。そんな和臣に、さらに耳打ちする藤裏葉。
「和く〜ん。モミンちゃんったら、酷いの。無理無体に、私の、正に、女の子っていう部分を、△△△して、♢♢♢って……。」
「紅葉ぃぃぃ。酷過ぎるぞ、お前ぇぇぇ。」
「ちょっと、裏葉。嘘言うな。良いところで和臣が来て、未遂だったでしょ。」
さっきまでは、自分から未遂であった事を主張していたのに、妖精となった今や、嘘吐きまくり。
「和臣さん。その子を、何時もの裏葉ちゃんと、同じと思ってはダメですぅ。もはや、悪戯妖精なんですぅ。デタラメ言い放題なんですぅ。」
和臣に忠告する昴の顔を、マジマジと、眺める藤裏葉。
「和く〜ん。怖い。痴女の魔族が、何か言ってるのぉ。」
「痴女じゃないですぅ。また、痴女って言ったぁ。」
「あははは。痴女、痴女。スバルンは、痴女だも〜ん。」
笑いながら発光体となって、藤裏葉は飛び回った。
収集が束ないな。と、物陰に隠れて、様子を見ていたレヴィアタンは思っていた。
「ようさいが、この ちてんに きたら……。」
出陣前のプリ様は、胡蝶蘭と最後の打合せをしていたが、足立区の地図を見ながら、言葉を詰まらせた。
「どうしたの? プリちゃん。」
「ん……と、おどよいてゆの。にじゅうさんくないに、これほど こうだいな あきちが あゆ ことに……。ほんとうに あだちくは とないの ひきょう……。」
「おおっーと、プリちゃん。それ以上はダメよ。」
言ってはいけない真実を、口にしようとしている娘を、慌てて止める胡蝶蘭。
「それじゃあ、いってきます なの。」
「待ちなさい、符璃叢。」
出掛けようとするプリ様を、朝顔が呼び止めた。
「貴女、今度の相手『ハギト』を、弱いなどと、思っていませんか?」
「だいじょぶなの。したとみとぅむには、じゅうぶん、きを つけゆの。」
その返事に「やっぱり、コイツ、分かってない。」とばかりに、朝顔は、大袈裟に、溜息を吐いた。
「あの子、ハギトは、恐らく、戦闘の天才。舐めてかかると、痛い目にあいますよ。」
ハギトが戦闘の天才? プリ様親娘は、驚きに目を見合わせた。




