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朝顔の告白

「では、おかあたま。ぷりの みさいゆゆうどう(ミサイル誘導)を さんこうに して、ようさいを おびきよせて くだちゃい。」


 プリ様は、無線通信のヘッドセットを外しつつ、胡蝶蘭に言った。


『んんっ? 今、私、三歳の娘に、お手本を見せられたのかしら……。』


 自分の存在意義に、軽く疑問を持ってしまう胡蝶蘭。


「あれ、プリちゃん。そういえば随分、淀みなく……。」


 言葉が、あまり、たどたどしくない。三語会話じゃなくなっているんだ。と、気付いて、娘の成長に、相好を崩した。


「女の子は、言葉が達者になってくると、四六時中話し掛けられて、大変ですよ。」


 いきなり、朝顔の鋭い声が響き、胡蝶蘭は居住まいを正した。


「おばたま?!」


 突然の朝顔の出現に、胡蝶蘭のみならず、プリ様や、本陣内にいる幕僚、オペレーター、全てが驚きに目を見張っていた。


「お、お義姉様。どうなされたのです? この緊急時に……。」


 美柱庵家も、魔軍移動要塞対策で、大わらわの筈だ。


神王院(こちら)と違って、美柱庵(当家)は、緊急時に本陣に座るのは、当主なので……。」


 当主不在を、チクッと、皮肉られて、俯く胡蝶蘭とプリ様。


あの子(照彦)は、どうしたのです?」

「き、昨日から、姿が見えなくてですね……。」


 多分、深川辺りで芸者さんと遊んで、そのまま酔い潰れているのでしょう。

 とは、とても言えない胡蝶蘭である。


「だ、だいじょぶ なの。おとうたま いなくても、ぷりと おかあたまが いれば もんだい ないの。いても、あんまり、やくに たたないし……。」


 フォローしようとして、ポロッと、余計な一言を言ってしまうプリ様。


「で、お義姉様は、何の御用で……。」


 その問いには答えず、モニターを見たり、オペレーター達の会話を、朝顔は聞いていた。


「なるほど……。『魔軍移動要塞』とやらを、足立区の空き地に、おびき寄せている最中ですか……。」


 周りの視覚聴覚情報から、作戦内容を把握してしまう朝顔。さすがは、リリスの母親、切れ者である。


「作戦立案は、符璃叢なのですか?」


 言われたプリ様は「そうなの!」と、胸を張った。


「貴女は、これから、現地に向かうのですね?」


 重ねて問い掛ける朝顔に、プリ様だけでなく、胡蝶蘭も、訝しげに頷いた。


「お義姉様、何があったのです?」


 再度訊かれて、朝顔は、少し、唇を噛んだ。


「兎笠が拐われました。行く先は、あの魔軍移動要塞。」


 プリ様親娘は、驚き、顔を見合わせた。




「とりゅうちゃん!」


 トキが、兎笠を連れて、魔軍移動要塞に現れたのは、三本杉陸橋で攻撃を食らった、すぐ後であった。

 なので、非常に心細くなっていたハギトが、友達となった兎笠の姿に、目を輝かせたのも、やむを無いと言えた。だが、兎笠は……。


 魔物に守られ、魔物に操舵される艦。艦橋の大きな窓の外に広がる異世界。まだ二歳とはいえ、御三家の子としての矜持を持つ兎笠には、到底、容認出来るモノではなかった。


「とりゅうちゃん、うれしい。わたし、こわかったの。」


 ヒシッと、抱き付いて来るハギト。兎笠は、そんな彼女の頭を撫でてやった。


「ひどいの。ひどいの、ぷりの やつ。きいて……。」


 愚痴を言おうと顔を上げて、自分を見る兎笠の眼差しの悲しい色に、気付いた。


「なに? とりゅうちゃん……。」

「もう、やめよ? あやまったげる。わたち、いっしょに……。」


 誰に、何を謝るのかは、定かではないが、兎笠の言葉に、ハギトは動じた。


「わたし……が わるいの?」

「…………。」

「わたし、わるくない もん。わたしは ただ……。」


 ハギトの頭の中を、様々な想いが交錯し、グチャグチャになった。秋穂への思慕、ファレグの死への哀悼、プリ様への敵意。全てが渾然一体となって、ハギトの感情を、大きく揺さぶった。


「やめない。ぜったい やめない。わたしは もう いちど、あきほちゃんに あうの。もしかしたら、ふぁれぐ(ファレグ)ちゃんに だって……。」

「はぎとちゃん……。」


 その時、若林の交差点に差し掛かった要塞は、またもや、ミサイルの攻撃を受けた。


「うひゃん!」


 怖がって、目の前の兎笠に、抱き付いてしまうハギト。


『はぎとちゃん、ふるえてる……。』


 哀れで、可哀想で、ソッと、抱いてしまう兎笠。その腕の中で、ハギトは喚いた。


「に、にげてぇぇぇ。とにかく、みさいるの こない ほうに。」

「了解。」


 狼男が舵を切る。魔軍移動要塞は、まんまと、環七に乗せられてしまった。そして、攻撃が止むと、ハギトは、慌てて、兎笠から離れた。


「ごめんなさい、とりゅうちゃん。どんなに、こわい おもいを しても、わたしは やめない。」

「はぎ……。」


 話し掛けようとした兎笠の肩を、トキが掴んだ。


「交渉決裂だな。お前は、()()()()()()姿()()()()()()()。」

「…………?」

「お前は『屠龍』。お前の姉、リリス()を屠る為に、生まれた者。」

「りりすねえさま?」


 トキが、肩を掴む手に、グッと、力を入れた。すると、兎笠は苦しみ、その肉体が変化し始めた。


「さあ、変われ。あの小煩い、リリス(神の尖兵)を、葬る者へと。」

「ひあっ……。とりゅうちゃん!」


 驚愕のハギトが見守る中、兎笠は「屠龍」へと、変わっていったのであった。




「兎笠ちゃんが、何故?」


 胡蝶蘭が、思わず、声を上げた。朝顔は、暫く躊躇った後、口を開いた。


「あの子は、私と当主(実明さん)の子種を体外受精させて、作ったのです……。」

「えっと……、何故……。」


 美柱庵本家は、兎笠までに、リリスを除いても、三人も子供が居る。その様な形で、子を成す必要などない筈だ。


「私の子宮に戻すまでに、遺伝子を操作したのです。天莉凜翠を孕んだ際の、胎盤や臍の緒、天莉凜翠の持つ龍の遺伝子、染色体を調べ上げた結果を、フィードバックさせて……。」

「おばたま……。」


 プリ様が、本当に不思議、という顔をした。


「あかちゃんは こうのとり(コウノトリ)さんが はこんで くゆの。」

「はい、プリちゃん。ちょっと、大人しくしててね。大事なお話しているから。」


 胡蝶蘭は、咳払いをし、朝顔の方に向き直った。


「どうして、そんな事を? 非人道的と言われても、仕方のない所業ですよ。人間兵器を、作りだそうとしたのですか?」


 何時もは、義理の姉に対して、礼儀と謙遜をもって接している、胡蝶蘭の口調に、明らかな怒気が含まれていた。自身も娘を持つ身として、我が子に人体実験同様の処置を施す行為に、激しい嫌悪感を抱いたのだ。そして、その義妹の様子に、朝顔も、少し、たじろいだ。


「何と思われても、構いません。天莉凜翠を呼び戻すのには、兎笠が必要だったの……。」


 言いかけて、失言に気付き、口を噤んだ。


「リリスちゃんの為に必要だった?」

「そんな事は、言っておりません。」

「たしかに いったの、おばたま。」


 二人に見詰められ、返事に窮する朝顔。怒ったみたいに、顔を真っ赤にして、ソッポを向いていた。


「お義姉様(ねえさま)。」

「おばたま。」

「…………。」


 更に詰め寄られて、諦めた様に、深々と溜息を吐いた。


「御三家の狭量な者達は、天莉凜翠の強大な龍の力を恐れ、中々、英国から呼び戻す許可を出さなかった……。」


 そこら辺の(くだり)は、胡蝶蘭も知っていた。


「だから、私は、天莉凜翠に対する抑止力として、兎笠を生み出したのです……。」


 衝撃の告白に、プリ様親娘の顔が硬直した。


「天莉凜翠が暴走しても、止められるだけの備えがある事を示し、やっと、あの子は、帰国を許された。」

「おばたま……。」


プリ様は、感じ入った様子で、伯母(あさがお)を凝視していた。


「おばたま、ほんとうは りりすの こと、だいすき なの。そうなんでちょ?」


 プリ様のお言葉に、虚を突かれた感じで、朝顔はプリ様を見返した。プリ様も朝顔を見た。その真摯な瞳に打たれたのか、朝顔は、辛そうに、顔を歪めた。


「私は鬼。護国の鬼なの、符璃叢。この国を守る為なら、我が子といえど、駒とし、犠牲にする。母親である資格など……ない……。」


 言いながら、十年以上押さえ続けて来た、母としての感情が込み上げて来たのか、身体を、ブルブルと、震わせた。


「符璃叢……お願い。天莉凜翠を助けて。翔綺を助けて。兎笠を……。」


 涙など、決して、見せない鉄面皮。美柱庵朝顔が、思わず吐露した心情に、プリ様は、ニッと笑って、答えた。


「だいじょぶ なの。まかせて、おばたま。」


 プリ様、出陣の時が、迫っていた。



後書き私小説 鍋の蓋を持ったインド人


「先日、仲間内で一番エッチな男の家に、エッチなお話のネタ出しに行った時、何せエッチな事しか考えてない奴なので、買い置きの食糧なども無く、晩御飯を食べに、二人で街に繰り出した。と、思いねえ。」


唐突に語り出した私を、ベッドに寝転んで、タブレットを弄っていた、お友達のアイちゃんが、胡散臭そうに眺めました。


「今、スキピの画像を漁っているところなの。それを、邪魔する程、面白い話なんでしょうね?」


スキピ……。まあ、女子高生という設定だから、そういう若者言葉も使わねばだけど、なんか、使い方がズレている気がします。


「スキピって、探偵で、悪の組織で、内閣調査室の彼?」

「内閣調査室、違う。公安。」


『まだ、好きだったんだ。』


とっくに飽きたと思っていました。


「でね、御飯屋さんを探していたら……。」

「えっ? 続けるの? 暗に『止めろ』と言ったのだけれど。どんな胆力なの?」


聞いておいた方が良いのです。私は、これから生きていく上で、いつか絶対役に立つお話をしようと、しているのですから。そう、説き伏せても、生意気なアイちゃんは、タブレットを眺めながら、私の話を聞き流していました。


「そんでね、あるカレー屋さんの前を通りかかったら、インド人が客引きしてたんだよ。」


インド人、と聞いて、アイちゃんは此方を向きました。


「リョナちゃん、インド人苦手よね。なんで?」


そう、正に、その話を、しようとしていたのです。


「昔、私の先輩の先輩の友達の従兄弟が……。」

「一気に話が嘘臭くなったよね。」

「まあ、仮に本田幸介さんとしようか。幸介さんが大阪に行った時……。」

「大阪?」


何故か、当時、大阪には、インド人が多かったと聞きました。(今は知りません。)


「あるインド人と喧嘩になって……。」

「インド人と喧嘩になる状況が、まず分かんないんだけど。」


卑怯な本田幸介さん(仮名ですよ、仮名。実在の人物、団体等とは、一切関係ありませんからね。)は、自分より強そうな人、権力がありそうな人とは、絶対に、絶っ対に、喧嘩なんかしませんでした。そのインド人は、痩せてて、なんか弱そうに見えたという話です。


「ボコボコにされたのね?」

「先にオチを言うなよ。」


そうなのです。そいつは、鍋の蓋を巧みに使い、殴りかかる幸介さんの拳を折り、頭をパッカンパッカン叩いたのです。


「攻撃は蓋に防御され、その蓋で、カウンターの様に攻撃を食らう。もう、手も足も出なかったそうだよ。」

「ふーん。で?」

「因みに、幸介さんは、ドイツ人やアメリカ人とも、戦った経験があるそうなんだ。スポーツマンでもない、一般民間人として、三ヶ国もの人間と対戦する、というのは稀有だろう。」

「そうかもしれないね。で?」

「だから、そんな猛者でも、蓋を持ったインド人には、敵わなかったんだ。」

「で? 私の大切な画像漁りを邪魔してまで、リョナちゃんが言いたかった事って何?」


なんで、画像漁りが、そんなに大切なんだよう。友達の家に遊びに来ているんだから、ダベるくらい良いじゃないか。


「つまり、私の言いたかった事は……。」

「事は?」

「鍋の蓋を持ったインド人とは戦うな。という事だ。」

「うん、戦わない。ていうか、インド人と戦う事態なんて、人生において、まず無いから。インド人しか居ない異世界に、パキスタン人として、転生しない限り無いから。」


そこまで特殊な転生をしなくても、三回くらい転生したら、一回くらいは、あるかもしれないじゃないか。つい「インド人もビックリ。」とか言ってしまって、インド人の逆鱗に触れてしまう、とか。


と、主張する私に背を向け、アイちゃんは、再びタブレット弄りに、没頭し始めました。


「あっ。」

「何? どうしたの?」


声を上げるアイちゃんに、訊ねる私。しかし、振り返ったアイちゃんの視線は、私を通り越し、棚に飾ってあるフィギュアを見ていました。


「このキュ◯ミュー◯って……。」


近付いて、フィギュアを手に取るアイちゃん。壊されはしないかと、心臓バクバクの私。


「…………。ていうか、五十人以上いるプ◯キュアの中で、ピンポイントで小学生しか買っていないのが、ロリというか、気持ち悪いというか……。」

「うるさいな。そのキュ◯ミュー◯が、どうしたんだよ?」

「これって、バ◯ダイの可動フィギュアでしょ。同じシリーズで、私のスキピが出るんだって。」


スキピと言うのを止めろ。段々、腹が立って来る私です。


「これ、いくらくらいなの?」


ああっ、右腕を持って、ぶら下げるの止めてぇぇぇ。腕が抜けたら、どうすんの。


「ア◯ゾンで、五千円ちょっとだったかな……。」

「五千円かあ……。」


考え込むアイちゃん。


「いやでも、それ、ちょっと前の商品だし、スキピは六千円以上はするんじゃない?」

「スキピって言うな。」


言ってやろうと思っていた台詞を、取られてしまいました。


「でも、五千円ちょっと?! そんなにするの? このカー◯キャプターさ◯らも? このリー◯エも?」


アイちゃんは、驚愕の声を上げていましたが、暫くすると、また考え込みました。


「よく見たら、リョナちゃん所蔵の女の子フィギュアって、全部小学生のキャラクターじゃない。徹底しているというか、ロリというか、キモイというか……。」

「ち、違うよ。たまたま、好きなキャラクターデザインが、このキャラ達なのであって、決して、女子小学生が好きな訳では……。」

「『カー◯キャプターさ◯ら』なんて、リョナちゃん、全然アニメ見てないよね。」

「安くなってたから。ア◯ゾンで、半額くらいの時があって……。」

「半額でも、知らないキャラのフィギュアなんて、買わないでしょ?」

「女子小学生のフィギュアだと思ったら、つい……。」

「女子小学生、好きなんじゃん。」


アイちゃんの、私を見る目が、ドンドン、厳しくなっていきます。このままだと、通報されそうです。


「だ、大丈夫だよ。三次元の女子小学生には、何の興味も持って無いから。」

「持ちなさいよ。いや、持ってもマズイのか……。ああもう、どうしたら良いの、コイツ。面倒くさい。」


余計なお世話だ。お前だって、三次元の男に興味を持てよ。というか、スキピのフィギュアは、買うの? 買わないの? などと、言い返してやりたい事は、山程あるのですが、鍋の蓋を持ったインド人より怖いアイちゃんには、何も言えない初夏の昼下がりなのでした。

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