ガンガン、ミサイル撃ちまくろう
まあしかし、裏葉さんが、前世の妖精の姿になってくれて、助かったわ。と、リリスは、昴とポ・カマムを見て思った。
状況が分からず怯えていたポ・カマム。プリ様から引き離されて、錯乱しかけていた昴。両名ともに、可愛らしい妖精に夢中で、怖さや喪失感を、忘れていたからだ。
「うわーい。妖精さん。」
「はい、妖精さんですよ。」
藤裏葉も、ニコニコと、昴の相手をしていたが……。
「リ、リリリ、リリス様ぁぁぁ。この子、魔族です。痴女の魔族が、紛れ込んでいますよぉぉぉ。」
「今更、何なの? さっきまで、昴ちゃんを認識していたじゃない。」
「し、心眼で見た魂の色が、スバルンと同じだったのに、肉眼で見たら魔族なんですぅぅぅ。」
ああ……。と、リリスは思った。そう言えば、聞いた覚えがある。妖精の肉体を構成する物質は、妖精そのものと同じ様に気紛れで、魂の核を中心に、存在したり、しなかったりすると。
なので、肉体を纏ってない時の妖精は、単なる発光体に見える。そして、その間、妖精自身は、心眼やテレパシーで、他者とコミュニケーションを図るのだ。
「痴女の魔族……。」
一方、昴は、自分の着ている「呪いの奴隷装束」を、マジマジと見ていた。
「酷い。酷いですぅ。裏葉ちゃんにだけは、痴女なんて言われたくないんですぅ。」
「ななな、何で、魔族が、私の名前を知っているのぉぉぉ?」
「がっ、がうがう、がっおーん!」
叫び合う昴と藤裏葉。それに怯えて、負けじと雄叫びを上げるポ・カマム。軽い地獄絵図であった。
「はいはい。もう、止めなさい。この子は昴ちゃんの前世の姿、エロイーズよ。」
そう窘められると「うふふ。」と笑って、光になって飛び上がる藤裏葉。その時、リリスは、気が付いた。
「ちょっと待って。裏葉さん、ミランダだったんだから、エロイーズも知っているでしょ?」
リリスが言うと、妖精は肉体を持って現れ、また「うふふ。」と笑いながら、飛び回った。
「あっー、知ってて、からかったんですぅ。私の事。」
「知ーらない。エロイーズが痴女だったなんて、知らないもーん。」
言いながら、今度はポ・カマムに近付き、右耳を引っ張った。
「みぎゃっ!」
ポ・カマムが、右耳を腕で押さえると、今度は左耳を引っ張り、左耳を押さえると、尻尾を引っ張り……。
「みぎゃっ、みぎゃっ。みぎゃおーん。」
アチコチを引っ張られ、ついに目を回すポ・カマム。
「あははははは。」
藤裏葉は、そんな彼女の周りを、笑いながら、飛び回った。それを、指差して糾弾する昴。
「悪戯者ですぅ。悪戯妖精ですぅ〜。」
そうだった。妖精って、気紛れで、悪戯好きだった……。完全に、前世の性向に戻ってしまった藤裏葉を見ながら、リリスは、頭を抱えていた。
「困ったわね。このまま、迷走を続けられたら、東京中が、異世界になってしまうわ。」
本陣の指令席に座る胡蝶蘭が、腕組みをして、背凭れに寄っ掛かった。
「おかあたま。ぎゃくを いえば、ようさいは みさいゆで、ゆうどう できゆの。」
魔軍移動要塞を、任意の方向に進ませるのは、簡単だった。ミサイルの飛んで来る方には、行かないからだ。
プリ様は、テレビ電話を、官邸に繋げた。電話に出た、秘書官の仲村さんが、すぐに首相を呼び出してくれた。
「おおっ、符璃叢ちゃん。『黒い稲妻』のオネダリかい?」
「ちがうの。とないで、みさいゆ ぶっぱなし まくゆの。だいじょぶ?」
それを聞いた首相、阿倍野伸次郎さんの顔が、一瞬、青ざめた。実は、さっきの、立川駐屯地からのミサイル攻撃について、野党が「質問してやる。国会で問い詰めてやる。」と、気炎を上げている等の噂が、早速聞こえて来ていたからだ。
「えええ、えーと、ミサイルじゃなきゃダメかい? 手持ちのロケットランチャーとか……。」
それならば、何とか誤魔化せそうだ。一縷の望みに、縋り付く様な表情の、阿倍野首相。だが、無情にもプリ様は……。
「だめ なの。」
と、一言言った。
「ごめんなさい、首相さん。でも、この子の言う通りなんです。これ以上、被害を広げない為にも……。」
「…………。国民の生命、財産を守る為なんですな?」
「そうなの。」
即答するプリ様のお目々を、首相は、ジッと見詰めた。
「分かったよ、プリちゃん。腐らすのも勿体無いし、ガンガン、ミサイル撃ちまくろう。」
マスコミに聞かれたら、内閣総辞職ものの発言を繰り出して来た。
「ありがと なの。でも、しゅしょうさん、やとうの ひとたちに いじめられない?」
「はっはっはっ。無い事、無い事を言って、イチャモン付けて来る奴等だからね。ミサイルを撃とうが、撃つまいが、同じだよ。」
首相さん大丈夫? 自棄になってない? と、胡蝶蘭は心配した。しかし、これで、大いに作戦は前進する事態となった。なんせ、ミサイル撃ち放題なのだ。プリ様は、正面にあるモニターに、映し出された道路図を睨んだ。
「ひかくてき よういに ひとばらい できる ところ……。」
「人口密集地はダメね……。」
プリ様の呟きに答える胡蝶蘭。住民を避難させた上で、ハギトに、完全な異世界化を、させるつもりなのだ。
「おそかれ、はやかれ、はぎとは いせかいかを かんせい させゆの。それなら、ひとの いない ちいきに ゆうどう して……。」
しかし、都内に、そんな都合の良い場所が、あるだろうか?
「あだちく なの……。」
「足立区?」
「じんこうみつども ひくいし、あきちも おおいの。まさに にじゅうさんくないの ひきょう なの。」
プ、プリちゃん?! 足立区に、何か、恨みでもあるの?
胡蝶蘭は、心の中で、娘に代わって、足立区の人達に頭を下げた。
「いま、かんぱちを ほくじょう してゆから……。」
胡蝶蘭の心中など知らぬげに、プリ様は、マップを精査していた。
「さんぼんすぎりっきょうで みさいゆ とうか。せたがやどおりに のせゆの。」
待機していたミサイル運搬車両は、魔軍移動要塞の前方に行き、プリ様の指示通り、発射した。
「ふえええ。また、みさいる?! よけてぇ。あっちに いってぇぇぇ。」
ミサイル自身は、通常空間で爆発しているのだが、その凄まじい爆風は、異世界化された魔軍移動要塞の周りの空間に取り込まれ、その巨体を震動させた。そして、一々、律儀に、怯え狂うハギト。
「ハギトちゃん。彼奴ら、この要塞を、何処かに誘導しようとしているよ。」
さすが、賢いハーピーは、プリ様の企みを見抜いた。
「へっ? でもぉ……。」
言われたハギトが、我に返った瞬間、再び襲い来るミサイルの群れ。
「きゃんっ! いやだ。みさいる いやだぁぁぁ。にげて、にげてぇぇぇ。」
「仕方ねえ。ハーピー、どのみち、ミサイルの中に突っ込んで行くわけにも、いくまい?」
狼男に言われ、ハーピーも、止む無く頷いた。そして、魔軍移動要塞は、東に折れて、世田谷通りに入るのだった
同時刻、ミサイルの最初の一射が行われた直後の、神王院家本陣。
「要塞、動かないわ。気付かれたんじゃない? プリちゃん。」
「きづく のは、あたりまえ なの。でも、はぎとの せいかくてきに……。」
非情にも、再度のミサイル発射を、命令するプリ様。
『ごめんなの、はぎと。だけど、まきこまれる みんかんじんは なるべく すくなく したいの。』
どれだけハギトが怯えているだろう、と考えると、プリ様とて、身を切られるぐらいの辛さだった。
「プリちゃん……。無理してない?」
「だいじょぶ なの。ひとびとを まもゆの。たとえ、はぎと から、おにと おもわれても……。」
胡蝶蘭に返事をしながらも、奥歯を噛み締めて、耐えるプリ様。
「魔軍移動要塞、世田谷通りに転進しました。」
「つぎは、せたがやくわかばやしの こうさてん なの。しょうめん、みぎそくめん から うって、かんななを ほくじょう させゆの。」
オペレーターの報告に、次々と指示を発するプリ様。魔軍移動要塞は、着々と、決戦の地、足立区へと追い込まれて行った。