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敵前大回頭

 和臣と紅葉の争いで、魔軍移動要塞の船体が大きく揺れた時、ブリッジに居るハギトは、慌てまくった。


「なんなの? なんなの? なんなのー?」

「落ち着いて、ハギトちゃん。今、船内に入って来たゴブリン達を、向かわせたわ。」


 六連星と入れ替わっているとは思えない程、沈着冷静な声で、ハーピーが言った。彼女は、伝説通り、上半身が美少女、下半身が猛禽類だが、悪臭などはしなかった。自分より、下等な魔物を操る能力(ちから)があるみたいだ。


「そ、そう?」


 ホッと一息吐くハギト。


「多摩川を渡った。もう、都内だ。」


 操舵をしている、狼男が言った。入れ替わった乱橋の能力を反映しているのか、乗り物の操縦に長けているらしい。此方は、人間の男に毛を生やし、狼の首を載っけた容姿だ。


「そのまま、しんぐん(進軍)。まってなさい、ぷり。」


 艦長席から立ち上がって、ハギトは、右手を前に出した。完全に、調子に乗っていた。その時……。


 今度は、弾き飛ばされる感覚で、船体が真横にブレた。プリ様の「プリプリキューティスファレライトエルピス」が、命中したのだ。


「ななな、なに? こんどは なに?」

「通常空間から、電撃を食らった。」

「でんげき?」


 魔軍移動要塞は、電撃系の攻撃に対する防御魔法も施されていたが、プリプリキューティスファレライトエルピスの凄まじいエネルギーが、船体そのものに、物理的に作用したのだ。


「なんで? なんで、つうじょうくうかん(通常空間) からの こうげきが、あたるの?」

「異世界化が固定されていないから、来る物拒まずで、受け入れちゃうのよ。」


 ハーピーも、中々、聡明だ。部下に関しては、ハギトは、当たりを引いたと言えた。


「と、とにかく ぜんしんよ。いっこくも はやく あたごやまに いって……。」


 阿多護山に行って、異世界化を固定させる。そう言おうとした矢先、その進路の前方から、雨霰とミサイルが降って来た。


「前方より、ミサイル。その数、一、二、三……、えーと……、沢山。」


 悲しい哉、所詮は獣の頭脳。狼男は、三以上は、数えられないのであった。どこか残念な処も、乱橋と似てなくもない。


「よけて。よーけーてー!」

「了解。敵前大回頭。」


 日露戦争、日本海海戦時の、東郷ターンよろしく、取舵をする狼男。しかし、不退転の覚悟で、強大なる敵(バルチック艦隊)に食らいつく連合艦隊とは違い、何の策も、決意も無く、ただ逃げているだけであった。しかも、左に避けた事によって、プリ様との距離が開き、結果的に、その逃走を容易にしてしまった。


 だが、狼男の操舵(ステアリング)は、かなり見事であった。そして、それだけ見事に回避運動をしたのに、三発ほど、船尾に食らってしまった。プリ様からの指示だけで、当てて来る胡蝶蘭も、大したものだ。さすが母娘。阿吽の呼吸である。


 今度は、船体が縦揺れし、怯え狂うハギト。


「変ね?」

「ななな、なにが へん なの? はーぴーちゃん。」

「確かに、何発か命中したのに、爆発も何も起きない……。」


 ハーピーの疑問も、もっともだが、この結界ミサイルは、内部に居るリリス達に、食糧、医薬品を届ける為のものであって、攻撃用弾頭は、積んでいなかったのだ。


「こわいー。こーわーいぃぃぃ。」


 ハギトは、ほとんど、パニック状態に陥っていた。さらに、ミサイルの飛んで来た方角が、目的地の阿多護山と、合致すると報告され、頭の中が、真っ白になっていた。


『こここ、このまま ぜんしん すると、みさいるに めったうち される……。』


 本拠地に乗り込み、プリ様と決着をつける。などという、殊勝な心掛けは、すでに吹き飛んでいた。


「にげよう。あたごやま から、とおざかるの。」

「えっ?! だがよぉ、後退すると、また、東京から出ちまうぜ。」


 狼男の言葉を受け、ハーピーは、ブリッジのモニターに地図を映し出し、睨んだ。


「多摩川を沿って、都下へ行けば良いんじゃない。全速力で。」

「それよ、それ。」


 かくして、魔軍移動要塞は、傍迷惑な事に、阿多護山から距離を取る為、ジリジリと、多摩川沿いに、遡り始めたのであった。




「おかあたまー!」

「プリちゃーん!」


 阿多護山地下、神王院家本陣に戻ったプリ様は、指揮を執る胡蝶蘭と再会し、二人は、ヒシと、抱き合った。


 本陣内では、大勢のオペレーターが、モニターや計器を睨み、収集した情報や、割り出した分析を、引っ切り無しに、胡蝶蘭へと、報告していた。


「プリちゃん、大変な事実が、分かったの。」

「なに? おかあたま。」

「プリちゃんの言う『魔軍移動要塞』は、此処に、この阿多護山に向かって来ているらしいの。」


 そう来たか。プリ様は、キュッと、唇を噛んだ。魔軍移動要塞の進路が、そのまま、ハギトの意志に感じられたのだ。


「わたちと けっちゃく(決着)を つけゆ つもり なんでちゅ。」


 玲を巡る、ハギトとの経緯を聞いていた胡蝶蘭も、そうだろうな、と頷いた。


「でもね、美柱庵に続いて、神王院まで、攻撃すると分かって、今、政府を巻き込んで、大騒動なのよ。」


 御三家は、この国の要。潰れれば、国体の維持すら危うくなる。御三家に喧嘩を売るという行為は、日本国への宣戦布告と同義となるのだ。


「はぎと、にほんの すべてを てきに して、それでも、わたちと……。」


 応えねばならない。そこまでの、ハギトの思いに、自分も全力で応えねば……。プリ様の瞳に、炎が灯った。


『プリちゃん……。』


 その、プリ様を見守る胡蝶蘭も、我が事の如く、拳を握り締めた。親友を死に至らしめただけでも辛いのに、その行為を糾弾され、今、武力をもって挑まれているのだ。


『お母様、何にも出来ないけど……。出来ないけど、最後まで、プリちゃんの味方だからね……。』


 彼女も、また、不退転の覚悟を決めていた。


「転進……。魔軍移動要塞、転進した模様です。」

「へっ?」(プリ様&胡蝶蘭)


 オペレーターの一人の叫びに、顔を見合わせる、プリ様と胡蝶蘭。


 不完全に異世界化された空間に居る、魔軍移動要塞は、プリ様みたいに、強力な能力(ちから)を有した者なら、なんとか薄っすら、視覚的に感知出来た。だが、斥候や、観測を行っている、神王院の戦闘員クラスでは、残念ながら「見る」事は出来なかった。


 しかし、通常空間と異世界の境目ぐらいは、察知出来るので、現地で、何処までが、異世界化されているのかを調べ、地図アプリに書き込んで、進路や速度等を、算出していたのだ。


 今までは、道路の有る無し関係無く、傍若無人に、正しく一直線に進んでいて、その進路上に阿多護山があった。なので、目的地は、かなり、分かり易かった。だが、ここに来て、急に神奈川県の方へ、後戻りし始めたのだ。


「どういう事? 何か、企んでいるのかしら……。」

「ちがうの、おかあたま。たぶん……。」


 プリ様は、今まで見て来たハギトの言動や、オフィエルから聞いていた性格を、思い起こしていた。


「たぶん……、みさいゆ(ミサイル) から にげて(逃げて)ゆの。」


 言いながら、若干、赤面していた。こんなに、あっさり、進路を変えられると、悲壮な決意を固めていた、さっきまでの自分が、馬鹿みたいだったのだ。


「まさか、そんな……。」


 プリ様のお言葉を、胡蝶蘭は飲み込めずにいた。彼女とて、予断があったのだ。美柱庵家を、ほとんど一人で攻め落とした幼女。腹を括れば、やり遂げる。そういう性格なのだと。


「ためして みゆの。」


 プリ様は、地図アプリ上の、魔軍移動要塞の移動状況を考察し、ギリギリ都内から出ないよう、多摩川を遡りながら、都下へ向かっているのだと、判断した。そして、連絡用のヘッドセットを着けると、要塞の向かっている先に在る、立川の自衛隊駐屯地に連絡した。


ひとにいしき(12式)たいかん(対艦)ゆうどうだん(誘導弾)を うって ほしいの。ざひょう(座標)は しじ すゆの。」


 プリ様の指示で発射されたミサイルは、狙い違わず、魔軍移動要塞の前方十メートル地点、異世界と通常空間との境目ギリギリで爆発した。


 二子玉川の辺りまで来ていた要塞は、暫く、そこで止まり、今度は面舵を取って四十五度程折れ、環状八号線を北上し始めた。


「ほ、本当に、ミサイルの来る方角を、避けているだけみたいね……。」

「たぶん、はぎと、こわがって ぱにっく(パニック)に なってゆの……。」


 母と娘は、再び顔を見合わせ、深い溜息を吐いたのであった。


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