プリプリキューティスファレライトエルピス
ピッケちゃんは、皆の頭の上を、パタパタと飛び、一息つける場所まで、誘導してくれた。そこは、強固な藤裏葉の結界に囲まれた、元クラウドフォートレスのエンジンルームであり、現魔軍移動要塞の魔石動力庫であった。
『なるほど、此処なら魔物も入って来られない……。』
左手に昴、右手にポ・カマムを連れ、背中に翔綺を背負ったリリスは、そう思いかけたが……。
『いやいや。そもそも、裏葉さんが居なければ、中に入れないわ。』
と、思い直した。すると、結界の一部が、彼女達を招くが如く、スッと割れた。
『あらあら、ピッケちゃん。色んな術を持っているのね……。』
そう思いながら、中に入るリリス。ちょうど、再び結界が閉じられた時、凄まじい振動に、魔軍移動要塞が揺れた。
「ななななな、何ですかぁぁぁ。」
「がう〜。がるるるぅ。」
怯えた昴とポ・カマムが、リリスの両腕に、しがみ付いた。それを見て、声を発するピッケちゃん。
「落ち着いて、すばるん。ポッカマちゃん。多分、和君とモミンちゃんが、戦っている影響よ。」
和臣と紅葉が戦っている……?
「どうして? どうして、そんな事態に陥ったのかしら?」
リリスは、頭上に居るピッケちゃんを、見上げて訊いた。
「はあ……、実は、言いにくい事なんですが……。」
少し、躊躇った後、言葉を続けた。
「モミンちゃんが、私を犯そうとして、その現場を見た和君が、激怒してしまって……。」
紅葉……、いやモミンちゃんが、ピッケちゃんを犯そうとした?
「そそそ、そうなの。紅葉ちゃ……、モミンちゃんってば、かなり、特殊な性癖に目覚めてしまったのね……。」
微かに震えるリリスの声。
「目覚めた……? モミンちゃん、元からそうだったじゃないですか。」
「も、元から……そうだったの?」
ピッケちゃんに言われて、リリスは、右手にくっ付いている、ポ・カマムを見た。
『そう言えば、空蝉山で、イシュタルを憑依させたポッカマちゃんと、エッチな事をしようとしていたわ。ポッカマちゃんは、神獣。紅葉……モミンちゃんは、獣好きだったのね。』
そんな変態と、前世から連んでいたなんて……。リリスは、深い溜息を吐いた。
「貴女も災難だったわね、ピッケちゃん。」
「ピッケちゃん? 何言ってるんですか? リリス様。わ・た・し。私ですよぉ。」
「えっ? 誰?」
ピッケちゃんの背中から、光を纏った物体が飛び上がった。背中に羽を生やした人型のそれは、身長九センチくらい。スゥッと飛行して、リリスの眼前に来た。
「私です。前世の姿に、成っちゃいました。」
「妖精……。もしかして……、裏葉さん?」
「ピンポンでーす。」
敵の魔物に成るよりは良いけど……。何だか、また、事態がややこしくなった気がするわ。
可愛い妖精の出現に、怖さを忘れて、はしゃぎ回る昴とポ・カマムを他所に、リリスは、一人、頭を抱えていた。
ピンポーンと、中山家の呼鈴が鳴り「プリちゃん家のお迎えかな?」と、舞姫が玄関に向かった。
「ぷり、かえっちゃう のか?」
「なに? みさお。さみしいの?」
「ばばば、ばか いえ。せいせい するぜ。」
懸命に虚勢を張る操。そこに、舞姫が戻って来た。
「お迎え来たよ、プリちゃん。あと、操……。」
舞姫の後ろで、白い髪が、見え隠れしていた。
「たきのぼり しずかちゃん?」
迎えに来たカルメンさんと、ちょうど同じ時に、静ちゃんも遊びに来たのだ。プリ様に名前を呼ばれて、不思議そうに顔を出す静ちゃん。
「おまえ、しずか しってんのか?」
操に問われ「やばかったかな?」と、思うプリ様。そのプリ様のお顔を、ジッと見ていた静ちゃんは……。
「ふっ、ふえ……。ふええええええん。」
「あれあれ、どうしたの? 静ちゃん。」
泣き出した静ちゃんを、あやす舞姫。操は、プリ様に食って掛かった。
「ぷりぃ。しずかに なにを した?」
「し、してないの? なにも してないの。」
狼狽する、プリ様。
「ち、ちがうの。みしゃおしゃん。」
慌てて止める静ちゃん。
「おもいだし ちゃったの。まえに こわいめに あった ときのこと。」
そう言いつつ、プリ様に近付き、手を、キュッと、握った。
「たすけて くれて ありがと。」
プリ様が、掛ける言葉を思い付かず、静ちゃんを見詰めていると、ハニカミながら、微笑んだ。
「おれい いって なかったから。」
静ちゃんは、律儀な良い子であった。
天使過ぎる静ちゃんに別れを告げると、プリ様は、車上の人となった。
「かゆめんさん、いそぐの。」
「OK、お嬢様。飛ばしますよ。」
車は、首都高羽田線に乗るべく、蒲田から東京湾の方向にハンドルを切った。その間、カルメンさんから、留守中の状況を聞くプリ様。
「おそらく、くらうどふぉーとれすが、いどうする ようさいに なったの。」
前世でも、移動要塞は、敵味方問わず、何種類かあった。
「その要塞が、移動して行く先が、異世界化していっているのね。」
車載通信機のスピーカーから、プリ様の見解を聞いていた、胡蝶蘭の声が響いた。
「たぶん、そうなの。いせかいかは、とうきょうで なされなければ ならないの。はぎとは とうきょうに むかって いゆの。」
「分かったわ。要塞の進む方向を調べて、目的地を割り出してみる。」
そう言って、通信を切ろうとする胡蝶蘭を「まつの、おかあたま。」と、止めた。
「ようさいの げんざいちが つかめたら、りりすの かいはつした けっかいみさいゆを うちこんで ほしいの。」
分かったわ、と胡蝶蘭が返事をし、通信が切れた時、車は、鈴ヶ森のインターから、高速に乗ろうとしていた。プリ様は、ホッと一息つき、昼下がりの街を眺めていたが……。
「お、お嬢様……。緊急事態です。ハンドルが……効かない。」
焦ったカルメンさんの、上ずった声が響き、プリ様は察した。何という事だ。魔軍移動要塞の進路と、プリ様のご乗車されているリムジンの進路が、接触しているのだ。
どうする? プリ様は考えた。異世界化は、一度固定されてしまうと、侵入するのが厄介だ。特に、現状は、扉をこじ開けてくれる藤裏葉が不在である。今なら、要塞の進路に巻き込まれれば、労せずして、侵入が可能だ。
しかし、それだと、カルメンさんも巻き込む形になる。加えて、要塞の進路などの調査結果を、聞く手段がなくなる。侵入前に、此方での準備も、入念に、やっておきたい。
『いまは まだ しんにゅう する とき じゃないの……。』
方針を決めた、プリ様の行動は、早かった。
「かゆめんさん、おかあたまに つうしん。」
「了解!」
「それから、さんゆーふを あけゆの。」
有能なカルメンさんは、二つの指示を、同時にこなした。
「どうしたの? プリちゃん。」
スピーカーから流れる母の声を聞きながら、プリ様は、ヘッドセットを付けて、サンルーフから車外に出て、ルーフパネルの上に乗った。
「お嬢様、危ない。」
「だいじょぶ なの。」
「危ないって? 何してるの? プリちゃん。」
カルメンさんと、胡蝶蘭の声が、聞こえぬかのように、プリ様は、走る車上で、風を受けながら、リムジンが引き寄せられて行く方を睨んだ。
『みえゆの。うっすらと だけど、いせかいに ある ようさいが。』
あれは、魔軍移動要塞。見定めたプリ様は叫んだ。
「びゆすきゆにゆ うゆ!」
纏った鎧の兜に生える、二本の角から、電気がパチパチと弾けた。持ったランスを、グッと構えると、足元のルーフパネルが、メキッと、音を立てた。
「ぷりぷりきゅーてぃ……。」
プリ様が呟くと、兜の角は、激しく放電を始め、溢れ出た電流が、構えたランスを覆った。
「すふぁれらいと……。」
ランスは、凄まじい電気を帯び、暴発寸前の様相だ。
「えるぴす!」
説明しよう。プリプリキューティスファレライトエルピスとは、現在、プリ様達、現役の幼女が、リアルタイム視聴している「魔女っ子プリプリキューティ」において「スファレライトスタイル」というモードで使用する、必殺技なのだ。
プリ様の突き出したランスからは、巨大な稲妻が発生し、異世界にある魔軍移動要塞すらも、その威力に押されて、軌道を変え、リムジンから遠去かった。
「いまなの、かゆめんさん。しゅとこうに はいゆの。えんじん ぜんかい なの。」
プリ様は、サンルーフから、車内に滑り込むと、そう叫んだ。
「お任せ下さい、お嬢様!」
カルメンさんは、アクセルを踏み込んで、コントロールの戻った車体を、全速力で、鈴ヶ森インターに滑り込ませた。
「おかあたま、けっかいみさいゆ はっしゃ なの。ぷりたちの ひだり、ひゃくめーとる ちてん。」
プリ様の的確な誘導を受け、阿多護神社のすぐ隣、国営放送資料館前の駐車場の地面が二つに割れ、次々と、結界ミサイルが発射されるのであった。