私のATMに成らないって言うのなら、殺す!
六花の一葉を持つプリ様は、AT THE BACK OF THE NORTH WIND内では、七大天使と同じ能力を発揮出来る。が、ただ一つ、異空間である「太田区」と、通常空間への出入りだけは、能力をブロックされていた。それだけは、六つ全てを集めてからというのが、そもそも、最初からのルールだ。
という訳で、オクによって、今、プリ様は、元の空間の大田区に戻って来たが……。
『おかねも なにも もってないの。』
しかし、幸いな事に、送り戻されたのは、操の居る、中山家の道場の近くだった。
『まいきちゃんに たすけて もらうの。』
訪ねて行くと、幸いな事に、操も舞姫も在宅だった。
「お家に電話しといたよ。すぐに、迎えに来てくれるからね。」
「ありがとなの、まいきちゃん。」
プリ様の返事を聞いて、おやっとなる舞姫。
「この間会った時は『まいきしゃん』だったのに……。」
段々、舌が回るようになって来ている……。成長しているんだなと、微笑ましくプリ様を眺めた。
「ぷり、よく きたな。しょうぶ すっか?」
操は、時ならぬプリ様の来訪に、テンション上げ上げ状態だったが、クラウドフォートレスとハギトの行方が気になるプリ様は、心ここに在らずといった様子だ。
「こらぁ、ダメだぞ、操。プリちゃん、今日は忙しいんだから。」
見兼ねた舞姫が、膝の上に乗っけて、あやすも、操の興奮は治らなかった。
「ぷり。じゃあ、きゅうすくにがたの でぃすく みるか?」
「きゅ、きゅうすくにがた?!」
「ちょっと、操。何なの、そのディスクは?」
最近、頻繁に、ケーブルテレビで、大田区を守る謎のヒロイン、旧スクII型エンジェルの特集が組まれていた。操は、父親に頼んで、それを全部、ディスクに焼いてもらっていたのだ。
「みゆの!」
「よし、まかせろ ぷり。」
「止めて、操。お姉ちゃん、恥ずかしいからぁ。」
思わず止めてしまう舞姫。
「なんで ねえちゃんが はずかしいんだ?」
「そうなの。おかしいの。」
「うっ、それは……。」
幼女二人の疑惑の視線に、耐えられなくなった舞姫は、見ても良いよと、促した。
「うわあ、きゅうすくにがた なの。」
「きゅうすくにがた かっこいい だろ?」
「かっこいいの!」
テレビ画面の中で、衆目に水着姿を晒しながら戦う自分を見るのは、軽い拷問だなあ。と、舞姫は羞恥に震えながら、思うのであった。
ところで、此処は、魔軍移動要塞の中。和臣と紅葉が、凄まじい技の応酬をしていた。
「くらえ! 地獄の火炎!!」
「甘いわ! 凍える月の地表!!」
「肝臓を啄む炎!」
「月面を穿つ隕石!」
和臣の技は紅葉の技に阻まれ、紅葉の技は和臣の技に消されるイタチごっこ。
「ぐうううううのおおおおお。」
「てんめえええええ。」
和臣が、炎を纏ったパンチを繰り出したが、分厚い氷の壁を溶かしただけだった。紅葉の放った、軽自動車くらいの大きさの氷の塊も、空中で蒸発させられてしまった。
二人は、クラウドフォートレスが、魔軍移動要塞に変わった事にも、気付いていなかった。お互いしか見ておらず、全力で技を出し合っていた。
「なーに、ムキになってんの? フラレ男。裏葉は、犯されている時も『プリちゃま、プリちゃま。』って、プリの名前しか呼んでなかったよ。」
「そんな事は分かってるよ! つーか、そもそも、仲間を犯すな!!」
和臣の拳は、小型の太陽かと思うほど、超高温になっていたが、紅葉は、常に前面に氷の壁を作り、熱を相殺していた。
と、其処に、魔軍移動要塞に乗り込んで来たゴブリンの一群が……。
「グワァおおおおお!」
咆哮を上げて襲い来る、雲霞の如き、魔物の集団。しかし……。
「はあ?!」
「邪魔よ!」
百人は居たゴブリン達は、たちまちの内に、凍りつかされ、燃やし尽くされた。
「なんか、辺りが騒がしくなっているぞ。」
「関係無い。私はアンタと、今度こそ、決着を着けるんだから。」
「決着って何だよ?」
和臣の問いに、紅葉は、大きな氷の柱を振り下ろしながら答えた。
「私のATMに成らないって言うのなら、殺す!」
和臣は、氷の柱を、片手で受け止めると、一瞬で蒸発させた。
「お前、もう、無茶苦茶だな。」
「うるさい! うるさい!! うるさい!!!」
紅葉の撒き散らす、大量の隕石は、魔軍移動要塞の壁面を破り、床を抉った。だが、炎の結界を自身の周りに張っている和臣には、何らのダメージも無かった。
「全部、アンタが、悪いのよぉぉぉぉぉぉー。」
氷の柱が、床下から何本も林立し、二人の居たブロックは崩壊し、下のフロアに落ちた。
「何で俺が悪いんだ?」
「優しくしたからよ。前世でも、今世でも。優しくしたくせに。優しくしたくせに。」
近付こうとすると、空間を埋め尽くすほどの氷で拒絶された。それでも、和臣は、サッカーボールくらいの炎を投げ付けて、紅葉までの道を、氷塊の中に作った。
「前世だって、現世だって、仲間だろ? 仲間を大切にするのは、当たり前だ。」
「仲間、仲間、仲間、仲間、仲間。バッカじゃないの?」
道を塞ぐ様に、氷の塊が迫って来た。それでも、全身を炎に包んで、氷を溶かしつつ、和臣は紅葉の元へ、歩んで行った。
「俺はお前が大事だ。裏葉さんを犯すなんて、取り返しのつかない事をしたロクデナシでも、それでも、見捨てたりなんか出来ないんだよ。」
紅葉の眼前まで来ると、和臣は優しく微笑んだ。
「戻って来い。俺も一緒に謝ってやる。なあ? 二人で、裏葉さんへの罪を、償おう。」
自分の犯した罪を、一緒に償おうと言ってくれる。そんな仲間を、人は一生に何人持てるだろう。いや、大抵の人間は、一人も持てないのではないか。あまりの有難さに、涙した紅葉は……。
「ふっざけんな! 死ね!!」
「うおっ、危ね。」
突如、頭上から降って来た巨大な氷柱を、辛うじて避ける和臣。
「分かってない。アンタ、全然、分かってない。」
「何がだよ? 何が不満なんだよ?」
「同情も、寛容も、まっぴらよ。そんな、生温い感情なんて欲しくない。憎みなさいよ。私は、アンタの最愛の裏葉を、犯したのよ。頭の中が、私で、いっぱいになるくらい、憎みなさい!」
「…………。おい、いい加減にしろよ。いくら温厚な俺でも、我慢の限界だぞ。」
和臣は、紅葉を、ギンッと睨んだ。ブチ切れる寸前であった。
異世界が、紐状に侵食を開始しているという報は、美柱庵家本部にも届いていた。諜報を司る美柱庵は、情報収集に忙殺されていた。しかし、異世界内部の様子を探るには、結界を破れる藤裏葉や、内部に侵入出来るリリスの不在は痛かった。
「天莉凜翠に、符璃叢。雛菊め、此方の主力が、不在の時を狙って来たか。」
子供部屋へ向かう廊下を歩きながら、朝顔は呟いた。そして、自分が「主力」と言ったのに気付き、自嘲気味の笑みを漏らした。
「天莉凜翠が主力の一角。わざわざ、兎笠を『屠龍』として、産む必要は無かったか。」
そう言いながら、向かう先は、兎笠の部屋。彼女を、念の為、シェルターで保護する為に、向かっていたのだが……。
その兎笠の前に、今、トキが現れていた。
「おばしゃん だれ?」
「私はトキ。お前を連れ出しに来た。」
「わたちを……?」
完全に実体化すると、トキは、膝を曲げて、兎笠と目線を合わせた。
「お前の友達、ハギトが困っておる。」
「はぎとしゃん……。」
兎笠は、友達になったハギトの顔を思い出し、辛そうに、顔を背けた。
「あのこは てき……。この くにに あだなす おんてき なの。」
「そうか……。それならば、説得すれば良い。」
「せっとく?」
「そうだ。もう、悪い事をしないよう、説得するのだ。それが、友達というものだろう?」
「せっとく しゅる……?!」
そうすれば、本当の友達に、なれるかもしれない……。
兎笠は、つい、うっかり、頷いてしまった。その時……。
「曲者! 兎笠から、離れなさい。」
兎笠の部屋に、朝顔が乗り込んで来た。
「ふふふ。もう、遅い。お前が、対天莉凜翠用に生み出した『屠龍』。私が、有効に、使ってやる。」
トキは嘲笑い、兎笠を連れて、空間に溶け込んで行った。