表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
271/303

ハギトを止めなければ……。

「プリ様ー! プリさーまー!! プリ様、プリ様、プリ様ー!!!」

「がうっ、がるるるるるぅ。がうっ、がうっ。」

「………………。」


 リリスは……、激しく困っていた。パニクって、自分の左腕に噛み付いて来るポ・カマム。負ぶわれて、背中で寝続けている翔綺。それだけでも大変なのに、右手で掴んでいる昴が、半狂乱でプリ様を呼び続けているのだ。


「昴ちゃん、ちょっと落ち着いて。プリちゃんなら、大丈夫よ。」

「何で、そんなに冷たいんですか、リリス様ぁ。お小さいプリ様が、独りぼっちになって、今、どれだけ心細い思いをしているか……。それを、考えただけで、もう……。」


 心細い思いをしているのは、貴女でしょ。と突っ込むのを、辛うじて堪えるリリス。


「プリ様、プリ様、プリ様ぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ああ、うるさい。


 幸いというか、前世の姿と成っても、史上最弱で、人間より弱かったエロイーズなので、暴れられて、特に危険なわけではない。しかし、昴の喚き声に応じる様に、魔物達がやって来るのが、煩わしい事この上なかった。


 そう、この魔軍移動要塞は、実にゆっくりと動く上、時々止まるので、異世界となった周辺の土地から、魔物が乗り込み放題なのだ。


 そこら辺の一般人が入れ替わった魔物など、リリスの敵ではなかったが、引っ切り無しにやって来られると、かなり消耗した。なので、一息つきたいリリスは、三人を連れて逃げながら、隠れる場所を探していた。


『艦内には、裏葉さんも居たから、油断ならないわ。彼女が、どんな魔物と入れ替わっているか……。』


 美柱庵十本槍にして、稀代の結界師なのだ。恐らく、今までで、最強の魔物となっているに違いない。


『プリちゃんと合流するまでは、出来るだけ顔を合わせたくないな……。』


 と、思っていると……。


「プリ様! プリ様! プーリーさまぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 と、力の限りに叫ぶ、困ったちゃんが居て……。


「ぐわあおおおおおお!」


 と、魔物達が襲って来る繰り返し……。


「ちょっ、ちょっと、昴ちゃん。お願いだから、少し大人しく……。」

「びえええええええええん。ぶりざまぁぁぁぁぁぁ。ぶりざまぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁ。」


 そうだったわ。前世から、そうだった。リリスの頭の中では、前世、トールが夜中に部屋を抜け出して、悪い遊びをしに行った時の記憶が、フラッシュバックしていた。


『あの時も、置いて行かれたエロイーズの泣き声で、旅館中の客が叩き起こされて、苦情が殺到したのよね……。』


 しかも何故か、自分が、皆んなに、頭を下げて回るという理不尽さ。思い出すと、段々、腹の立って来るリリスであった。ので、軽く、ほんと〜に軽〜く、昴の頭を小突いた。


「叩いたぁ。リリス様が叩いたよぉぉぉ。プリ様ぁぁぁ。リリス様が、叩いたぁぁぁ。」

「良いでしょう、このくらい。前世、私が『宿屋赤鼻亭』で、どれだけ、謝って回ったと思っているの。」

「何で、いきなり、前世の事で、殴られなきゃならないんですかぁ。」

「今だって、きゃんきゃん、きゃんきゃん、うるさいでしょうが。」

「ふっ、ふええええええええん。リリスざまが、いぢめるぅぅぅ。」


 倍の大きさになる泣き声。なんだ、この地獄絵図は……。リリスは、一時の感情に駆られて、手を上げてしまったのを、死ぬ程後悔していた。


 と、そこに、石畳を軋ませて迫り来る、魔物達の群れ。魔軍移動要塞の船内は、石造りの西洋の城と酷似していた。


「ふんっ!」


 リリスは、とりあえず、右手の昴と、左腕に齧り付いているポ・カマムを振り離した。そして、自由になった両腕で天沼矛を構えると……。


 十三歳の華奢な女の子の肢体から、繰り出す突きとは思えない程、豪快に矛を突き出して、その衝撃波だけで、群がる魔物を全滅させた。


『ふわあああ。でも、もう、限界。ちょっとは休まないと……。』


 その場に、へたり込むリリス。すると、その頭上から……。


「リリス様。リリス様。」


 と、呼ぶ声が。見上げると、其処には、背中から生えた羽を、パタパタさせている黒い子猫が居た。


「ピッケちゃん?」


 確かに、ピッケちゃんが、呼び掛けていた。


「あらあら。お話し出来るの? ピッケちゃん。」


 リリスは、愛らしく、小首を傾げた。




 ハーピーと狼男を従え、舵輪を握るハギトもまた困惑していた。


「さっきの おばさん(トキ)とない(都内)の どこかで とまって、そこを いせかいに しろって いったけど……。」


 何処を、目的地にすれば、良いんだろう? と、悩むハギト。魔軍移動要塞の進軍が遅いのも、しばしば止まるのも、全ては、このハギトの迷いの所為であった。


 ゲームエリア外(川崎)で、異世界化の能力を使ってしまったので、改めて都内で、起点と範囲を決めて、異世界化を始めなければ、ならないのだ。


『それにしても さっきの ぷりちゃん……。』


 ハンマーを振り被って迫って来る、凶悪な姿。今、思い出しても、ゾッとする。知らずに、身震いするハギト。


『あれが あの()の ほんしょう なのよ。ふぁれぐちゃんを へいきで ころす ざんにん(残忍)さ……。』


 プリを倒すのは正義だ。闇雲に、そう思い込む事で、怖さを払拭しようとしていた。


「よおし、もくひょうは あたごやま(阿多護山)。ぷりの ねじろ(根城)よ。」


 速度を上げ、一直線に、港区阿多護山を目指し始める魔軍移動要塞。美柱庵に続いて、神王院の本拠地と、ハギトは自覚無しに、御三家に喧嘩を売りまくりであった。




 太田区の日ノ本工学院専門学校の、玲が使用していたと思しき部屋で、プリ様は、無心で、彼女の日記を読み耽っていた。プリ様と出会い、空蝉山より帰って来てからは、プリ様への想いで、紙面が埋め尽くされていたのだ。


 あまり感情が表に出ず、クールな雰囲気なので、正直、玲の自分への思慕が、これ程だとは、想像もしていなかった。嬉しさと同時に、失ったモノの大きさを、改めて思い知るプリ様。


「もう、諦めていた人生に、光明が灯った。生きたい。許されるなら、ムラちゃんと同じ時を生きたい。」


 最初の感動が治ると、次には、生への執着心が生まれていた。この世界への絶望。諦めていた人生。それでも、プリ様が居てくれるなら……。


『だから、おくの けいかくに のったの……。れい……。』


 およそ、玲の思想信条と噛み合わない、東京異世界化計画に手を染めたのは、自分と生きる為だったのか。藁にも縋ろうとする、玲の哀しみが、プリ様の心を抉った。


「七大天使は、皆んな、彼女達なりに、戦う理由がある。」


 異世界と化した新宿御苑で、和臣の言った言葉を、思い出していた。


『そうだ、はぎと。はぎとは……。』


 ハギトに就いて、何か書いてないか? プリ様は、日記をめくった。「ファレグ」は、ハギトを、気に掛けていたからだ。


「ハギトの望みは……。」


 ハギトに関する記述だ。やっぱり書いてあった。


「ハギトの望みは、退院した友達と、再び会う事。でも、多分、その友達は、もう……。」


 ハギト……、秋穂ちゃんに会いたかったの? それで、七大天使になったの?


 その想いは、プリ様には、痛い程分かった。「玲に会いたい。」どれだけ、そう思い、胸を痛め、涙を流しただろう。ハギトも、今、同じ気持ちでいるのだ。


 玲の日記を読み終えたプリ様は、決然と顔を上げた。帰らねば。ハギトを止めなければ……。


「こんな ところで、なにを しているの? ぷりちゃん。」


 不意に、背後から声を掛けられて、ビクッと、プリ様は、後ろを振り向いた。


くらうどふぉーとれす(クラウドフォートレス) から、()っこっちゃったの。」


 プリ様は、声の主オクに、そう返答した。


ときのやつ(トキの奴)〜。えらそうな こと いって(言って)おきながら、かんじんの ぷりちゃんを とりこぼして いるじゃない。』


 プウッと、頰を膨らませて、ご立腹のオク。


「わたしが かえして(帰して) あげる。その かわり、たのみ(頼み)が あるの。」

「たのみ……?」


 オクは、伏せ目がちに、言葉を続けた。


「わたしが たのめた(頼めた) ぎり(義理)じゃ ないけど……。」

「なに? なの。」


 オクは、ちょっと、口籠ったが、やがて、意を決して、話した。


「はぎとちゃんを たすけて あげて。これは、おふぃえる(オフィエル)ちゃんからの、あなたへの ねがい(願い)よ。」


 プリ様は、ニヤッと笑って、大きく頷いた。その表情には、もう、迷いは無かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ