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君は、僕の人生を埋め尽くす、大輪の花

 AT THE BACK OF THE NORTH WINDに取り残されてしまったプリ様は、薄いピンク色の空を、見上げていた。それから、ふと、右手の六花の一葉を見た。


『そういえば、てれぽーと できたの。』


 レヴィアたんとの戦いの最中、この空間では、六花の一葉の力で、テレポート出来るのを知った。


『きっと、れい()が おしえて くれたの……。』


 玲が、いつも、見守ってくれている。そう考えると、有り難さに、涙が零れ落ちそうになった。


ないてゆ(泣いてる) ばあい じゃないの。はやく、もどらないと。すばゆも しんぱい だし。』


 自分と離れ離れになっている昴が、どれ程、パニクっているかを想像すると、背筋に冷たいモノが走った。


「どうすれば いいかな なの? おふぃえゆ(オフィエル) でも いれば……。」


 呟いて、プリ様は気が付いた。そうだ、此処には、オフィエルが居る筈だ。


おふぃえゆ(オフィエル)の いそうな とこ……。」


 辺りを見回したら、一つの建物が目に入った。


「あれは たしか、ひのもと(日ノ本)こうがくいん(工学院)せんもんがっこう(専門学校) なの。」


 太田区と大田区ではビルの形が違うが(太田区の方は、昭和っぽい雰囲気です。)、位置的に間違いない。


 前に、操の家に遊びに行き、あの建物の近くを通った際「あそこのビルはね、学校なんだよ。なんか、機械の勉強をするんだって。」と、舞姫が、大雑把な説明をしてくれた。その時、思ったのだ。オフィエルが好きそうな場所だな 、と。


「よおおし。あそこに いってみゆの。てれぽぉぉぉーと!」


 早速、テレポートを使用するプリ様。気に入っているようである。


『まちがい ないの。ここ、おふぃえゆ(オフィエル)の おへや なの。』


 建物の中にテレポートしたプリ様は、足を踏み入れた場所が、床から壁まで、ギッシリと、手書きの計算式で埋め尽くされているのを見て、確信した。


「おふぃえゆ どこかな? おーい、おふぃえゆぅぅぅ。」


 呼んでも、返事は無い。仕方なく、ブラブラしていると、今までとは、ちょっと、毛色の違う部屋に紛れ込んだ。


「ここは、なんか、おふぃえゆっぽく ないの……。」


 しかし、なんだか、覚えのある雰囲気だ。いつか、何処かで……。


「そうなの。れいしょういがく(霊障医学)けんきゅうせんたー(研究センター)の、あの、しろい おへやに そっくりなの。」


 その白い病室は、湖島玲が、長年眠っていた部屋。今、プリ様の立っている、この部屋が、病室と似ている筈はないのだが、場の空気感とでもいうのか、使用していた人間の痕跡を思わせるモノが似ていた。


「ごめんなさい なの。」


 白い病室を覗き込んだ時と同じように、静謐な空気を乱す事を憚られたプリ様は、ソッと、その部屋を出ようとして……。


 机の上にある、一冊のノートに目を留めた。


 にっき……。日記帳?


 最近、何故か、漢字も読めるプリ様は、いけない、と思いつつも、そのノートの内容に、ひどく興味を惹かれた。


『ごめんなさいなの。ごめんなさいなの。』


 心の中で謝りながら、ノートを開いてしまうプリ様だった。




 ところで、その頃、オフィエルが何処に居たかというと……。


 イシュタルとの戦いで力尽き、オクの城の救護室に寝かされていた。


だいきんぼし(大金星)ね、おふぃえるちゃん。いしゅたるを しりぞける なんて。」


 オクは浮き浮きである。あの面倒くさいイシュタルの相手を、自分でせずに済んだのだ。オフィエルに、感謝のキスでも、したい気分であった。


 しかし、当のオフィエルは、オクの賞賛の言葉にも、どこか浮かぬ顔であった。


「どうしたの?」

「ぷりは、おなじ じょうけんで たたかっても、うごけなく なんて ならなかった じゃん……。」


 空蝉山でのイシュタル戦の後も、プリ様は余裕のある様子だった。全力を出し切って、動けなくなっているオフィエルとは、明らかに差があった。


 不満顔のオフィエルに、つい、オクは微笑んでしまった。条件付きとはいえ、神に勝ったというのに、見詰めているのは、あくまで、プリ様だけなのだ。


「なにが おかしいって、けんか うってる?」


 笑顔のオクに、噛み付くオフィエル。


「そんなに とんがら ないで。ぷりちゃんは、しんき(神器) さんこもち(三個持ち)()が でるのは しかたないわ。」


 慰めるオクの言葉に、それでも、オフィエルは納得していなかった。


『ぎゃくに いえば、ぷりは、しんきさんこ(神器三個) つかい こなしている って ことじゃん。いまのままじゃ まだ ()てない、わっかない(稚内)。』


 暫し、考え込んでいたオフィエルだが、ふと気付いた。


「はぎとは どこじゃん? いないじゃん。」

「はぎとちゃんは……。」


 オクは、ハギトごと、クラウドフォートレスを押し戻してしまったのを、白状した。


「はあああ? おまえ ひどすぎ じゃん。ひく じゃん。」


 言われて、オクも萎縮した。何となく、トキの口車に乗ってしまったが、確かに酷い。


「くっ。ちょっと、まだ きついけど……。いってくるって つきそい。」

「えっ?! はぎとちゃんの ところに?」

「あいつ、きっと、こころぼそい おもい してるじゃん。」


 言いつつ、立とうとして、ベッドから転がり落ちるオフィエル。


「まだ、むりよ。しんじられない(信じられない)くらい、しんけいけい(神経系)が すいじゃく しているのよ。いちにち くらい ねてないと……。」


 ベッドに戻されたオフィエルは、歯痒そうに、拳を握り締めた。


「だいじょうぶよ。わたしの ぶかも ついているし……。」


 冷酷なトキの顔を思い浮かべ、一抹の不安を覚えるオク。


「ぷぷぷ、ぷりちゃんが なんとか してくれるわ。」


 敵であるプリちゃんに頼るなんて……。バカな発言をしてしまったわ、と思ったが、その言葉は、劇的な効果を、オフィエルにもたらした。


「そうじゃん。ぷり なら……。」


 プリ様なら、ハギトを何とかしてくれる。そう思うと、安心したのか、オフィエルは、スイッチが切れたみたいに、眠りに落ちた。


『このこ、どれだけ ぷりちゃん しんらい しているのよ……。』


 オフィエルの寝顔を見ながら、呆れるオクであった。




 そのプリ様は、開いたノートが、玲=ファレグの物だと、すぐに気が付いた。文体が彼女の口調に似ていたし、他の七大天使を思い浮かべても、書いている内容に合致するのは、玲しか居なかった。


『ぷりと であう まえなの……。』


 旅に出ては、時々、AT THE BACK OF THE NORTH WINDに帰って来ていたらしい。


「ハギトが、よく纏わり付いて来る。可愛い。妹の泪を思い出す……。」


 玲、妹が居たんだ。知らなかった、玲の別の顔が見えて来る。罪悪感も忘れ、プリ様は夢中で読んだ。


『んっ? ぷり……?』


 プリ様の名前が表記されていたが、熊みたいな大男と書かれていた。


「ハギトが、プリを、怖がっている。東京異世界化作戦に参加するなら、その時に、仕留めて上げないと……。」


 プリの事、大男だって、思っていたんだ。前世は、そうだったから、あながち間違いではない。などと思うと可笑しくて、ちょっと、微笑んでしまうプリ様。


 玲の日記は、淡々と、その日の出来事。その感想などが書かれていた。彼女らしく、文字も行から飛び出たりせず、お行儀良く並んでいた。


 それなのに、八月に入ってから、いきなり、興奮したみたいに、ある意味、乱暴に書き殴り始められた。書きたい気持ちが先走って、文字の綺麗さになど、頓着していられない感じだった。


「凄い。凄い子に出会った。ムラちゃん。ああっ、この感動をなんて言い表わせばいいんだろう? 灰色だった視界が、いきなり、極彩色になった様な? いいや、ダメだ。そんなんじゃ、ダメだ。そんな、ありきたりの出来事じゃないんだ。世界が、ムラちゃん一色に、染まっていくんだ。」


 読んでいたプリ様のお顔が、真っ赤に染まった。誰も居る筈がないのに、人目を避けて、身体を縮こまらせるプリ様。


「今、僕は、自分を取り囲む、世界の全てに感謝している。ムラちゃんに、会わせてくれて、ありがとう。とっくに終わっていた筈の命が、こんな数奇な形で存えていたのも、全部ムラちゃんに会う為だったんだ。」


 その文章の後、長考したのだろうか、何度も書きかけては、消して、また書き直した跡があった。そして、最終的に、たった一行、書き足してあった。


「ムラちゃん、君は、僕の人生を埋め尽くす、大輪の花。」


 ノートを持つ手は震え、涙が、ポタポタと、零れ落ちた。

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