昴、血の代償
五つの光の刃が四方八方から、プリ様に向かって飛んで来た。これでは避けようがない。
「プリ様ぁぁぁー。」
昴の悲鳴が響いた。
その時、眩い光が部屋全体に溢れ、床や壁が爆発した。
「な、なんでしゅか。これは?」
アラトロンは左腕を翳し、目を守った。
「まほうしの ついしょうめつ なの。」
どんな力でも「力」というものが働くには、それを媒介する素粒子が必要なのだ。
電磁気力であれば、光子。
重力であれば、重力子。
そして、それぞれの粒子には、各々対になる反粒子が存在すると言われている。
「つまり、魔法を使うにも、魔法力を媒介する『魔法子』が必要なのです。そして、それと反対の性質を持つ『反魔法子』も有るのです。」
昴が自慢気に解説した。実践はダメダメでも、エロイーズ塔幽閉時代に知識だけは詰め込まれていた。
「はんまほうしを おまえの まほうしと はんのう させたの。」
「なるほど……、それで ばくはつが おきたのでしゅか。」
「おおきな えねゆぎーが できゆの。ついしょうめつ すゆと。」
そう言いながら、プリ様は辺りを見回した。綺麗な曲面は破壊され、床や壁のタイルは捲れていた。
「もう、つかえないね。ひかいのやいばぶーめやん。」
「かってに なまえを つけるな でしゅ。」
壁が壊れたので、もしやと思った昴は、見えない壁に突進して行き、思っ切り頭を打った。
「痛いぃぃ。プリ様ぁ、おでこが痛いよぉ。」
甘えた声をだすな。調子が狂う。
プリ様は顔を引き締め、アラトロンを睨んだ。
「さあ、どうしまちゅか? まだ、わゆいこと しまちゅか?」
「かったつもりか? あだまんとのかまは けんざいでしゅ。」
確かに白兵戦となれば、武器を持っているアラトロンの方が有利だ。
「貴女、男は皆殺しとか言って、お父さんはどうするの。」
なんとか揺さぶりをかけようと、昴が叫んだ。だが、アラトロンは薄く笑っただけであった。
「おとうさん? それは よそに おんなを つくって、いえを でていく にんげんの ことでしゅか?」
しまった。
昴は焦った。突いてはいけない微妙な部分を突いてしまったと気付いたからだ。
「そうでしゅ。わたちと ままは すてられたのでしゅ。」
アダマントの鎌が唸り、プリ様の頭頂部に向けて振り下ろされた。間一髪で避けるプリ様。だが、激しているアラトロンは、追撃の手を緩めず、今度は横に薙ぎ払った。当たれば胴が真っ二つにされる勢いだ。しかし、それも辛うじて避けた。
「わたちは、ぱぱと そのあいじん みたいな きたない おとなには ならない。」
まさか、鎌で突いて来るとは思っていなかったので、突きに対しての防御が遅れた。身体を後ろに反らしたが、胸元を少しかすめられ、プリ様は床に転がった。
「わたちは、えいえんに ようじょの ままでいい!」
アラトロンは執拗に鎌を何回も振り下ろした。床を転がって逃げるプリ様。隙をついて立ち上がったが、今度は壁際に追い詰められてしまった。
「どうでしゅか? この かまは ほんものの しんきでしゅよ。さすがの おまえでも こわせまい。」
「もう、やめゆの。ぎんざせんを もとに もどすの。」
アラトロンは鎌を突き付けながら、右の手の甲を見せた。
「この しるしが みえましゅか?」
彼女の甲には、一枚の葉っぱのような模様があった。
「これは、わが めいしゅから もらったものでしゅ。これを わたちから うばえれば、いせかいは きえましゅ。」
「どうすえば いいの?」
プリ様の質問にアラトロンはニヤリと笑った。
「わたちを ころすのでしゅ。」
鎌が振り下ろされた。プリ様は真剣白刃取りをし、頭上で刃先を抑えた。
「うぬぬぅー。あじな まねを……。」
アラトロンは力を加えて、そのまま刃をプリ様に突き刺そうとしている。彼女の力の方が強いのか、刃先はジリジリとプリ様に迫っていた。
「こよしたくないの。」
「なにおぉぉ。この じょうきょうで ほざくな でしゅ。」
「はんじゅういょく だっしゅ!」
いきなり、プリ様がアラトロンに向かって、突っ込んで行った。彼女は慌てて体を躱した。プリ様はアダマントの鎌の間合いの外に出て止まった。
「ぶーめらんは つかえなくとも ただ うつだけなら……。」
光の刃の乱れ撃ちが始まった。今度は避ければ壁に当たって、戻って来る事はないが、迂闊に近寄れない。
「プリ様あぁぁ。」
全く格闘のセンスがない昴にも、プリ様の不利はわかった。間合いに飛び込めば鎌で攻撃され、離れれば光の刃が飛んで来る。武器が、せめて何か武器があれば……。
「ゲキリン!」
知らずに昴は叫んでいた。次の瞬間、右手にズッシリとした重みを感じた。
「はひゃあああ。ゲ、ゲキリン……。」
彼女は震えながらも、しっかりとゲキリンを握った。
「お願い、ゲキリン。プリ様の力になって上げて……。」
見えない壁の前に立ち、ゲキリンの切っ先を壁に当て、倒れこむように全体重をかけて、ゲキリンを中に押し込もうとした。だが、壁は無情にもそれを押し返して来た。どうしても中に入って行かない。
「お願い、壁さん。ゲキリンを通して。プリ様の元に、ゲキリンを……。」
息を切らし、渾身の力を込めている。
「お願い。プリ様を、プリ様を。」
助けたいのか?
その時、昴の頭の中で誰かの声がした。
「もちろんですぅ。助けたいの! プリ様を助けたいの!」
ならば、己が身を差し出せ。我が力の発動には、お前の血が必要だ。
「血? ど、ど、どうすれば?」
怖がりの昴は、血と聞いただけで、全身に震えが来ていた。
我は逆鱗! 我が刀身をお前の胸に突き刺せ。お前の命をもって、我が力の代償としよう。
普段、怖がりで、痛がりで、指先を切っただけでも大騒ぎする昴が、ゲキリンの言葉を聞いて、何の躊躇いも無く自分の胸に刃を突き立てた。
お前の覚悟、しかと受け取った。
ゲキリンは消え、昴はその場に倒れた。
「げきいん!」
突如、目の前に出て来たゲキリンを、プリ様は手に取った。
「なにぃ? どこから ぶきを……。」
アラトロンは動揺した。
「だが、そんな なまくらで なにが できましゅか!」
もう一度、光の刃の乱れ撃ちをしようと、アダマントの鎌を構え直した彼女は目を疑った。プリ様が消えたのだ。そして、次の瞬間、自分の胸元に現れた。
瞬間移動?! まさか……。
それは今までのプリ様が見せた事のない能力だった。
振り下ろされるゲキリンを、アラトロンは咄嗟に鎌の柄で防いだ。
「ぐぬぬぅー、まけるものか……。ようじょの、ようじょによる、ようじょのための せかいを……。」
「おまえは いふじんなめに あったの。」
「そうでしゅ! だから せかいを かえるんでしゅ。りそうの ために……。」
「でも、その いそうが あわせているの。おまえいがいの ひとを いふじんな めに。」
ゲキリンの刃が当たっている柄の部分に亀裂が走った。
「ばかな! あだまんとのかまが……。」
アラトロンは後ろに跳びのき、改めて鎌を振り下ろした。プリ様はゲキリンで鎌の刃先を薙いだ。アダマントの鎌は、一瞬それを受けたが、すぐに全体に亀裂が入った。
「ばかな。 ばかな、ばかな!」
アラトロンの手の中で、アダマントの鎌は粉々に砕け散った。
プリ様はゲキリンをかえして、峰の方で貫胴を放った。それは吸い込まれるように、アラトロンを打った。彼女は吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。
「やったの……。」
プリ様は一息吐き、ふと昴の方を見ると、彼女が倒れているのを発見した。
「すばゆー!」
部屋の中に、プリ様の悲痛な叫びがこだました。
勝利の代償はあまりにも大きかった。
と思ったが、昴はムクッと起き上がった。
「プリ様?」
「すばゆ〜。」
二人はヒシと抱き合った。
見えない壁は、もう消えていた。
対消滅を起こして壁や床が壊れるくらいで済むのか?
とお疑いの貴方。
アラトロンの部屋は滅茶苦茶頑丈に作ってあるのです。
後、魔法子は陽子などよりは質量が軽い、という設定です。
あくまでフィクションですので、計算とかしてみるのは止めて下さい。




