相変わらず、甘ちゃんで、いらっしゃる
ところで、此処は、クラウドフォートレスのブリッジ。今にもレールガンをぶっ放しそうな六連星を、乱橋が、必死に止めていた。
「おおお、お嬢。危ねえっての。リリスちゃん達に、当たろうもん。」
「だって、落ち着かないのよ。ジッと、待っているなんて、性に合わないわ。なんかしてないと、気が、おかしくなりそうなのよ。」
だからといって、レールガンをぶっ放す奴が居るか。と、乱橋は、思っていた。
「とにかく、お嬢は、総大将やろうが。船長席に収まって、デンと構えとれば良か。」
「言われなくても分かっているわ。一々、五月蝿いのよ、リチャードは。」
何にも、分かっとりゃせんだろうが。一発頭を叩いてやろうかと、リチャード……いや、乱橋が思案していた、その時……。
彼の目の前の空間から、突然、リリスが湧いて出たのだ。
「リ、リリスちゃーん!」
抱き付こうとする乱橋を、掌底で弾き飛ばした後、リリスは、周りを、キョロキョロと、見回した。
「ど、どっから出て来たの? アマリちゃん。」
「信じられないわ。本当にテレポートしたみたいね。」
テ、テレポート? 六連星主従は、顔を見合わせた。
「ふかしてるんじゃないわよ、アマリちゃん。テレポートなんて、光極天四天王だって出来ない……。」
と、リリスを糾弾し始めた六連星の頭上の空間に、今度は、昴と、翔綺を抱えたプリ様が、降って来た。下敷きになって、崩れ落ちる六連星。
「何よ、ガキ。アンタも、どっから、降って来ているのよ。っていうか、早く退きなさい。」
「てれぽーと っていうの。むつらぼし しらないの? ばかなの?」
一言多い。その場に居た全員が、そう思った。
「むきぃぃぃ! 何なの? このガキ。ちょっと見ない間に、生意気になっているわよ。」
「ごごご、ごめんなさい、お姉様。ほら、プリ様も謝って……。」
昴に促されて、プリ様も素直に謝った。
「ごめんなの、むつらぼし。ほんとの ことは ときとして いっちゃ いけないの。わゆかったの。」
「謝ってない。絶対、謝ってない、コイツ。」
その会話を聞きながら、リリスは気付いた。プリ様が、翔綺を抱えている事に。
「翔綺さん!?」
「おくの おしろに おちてたの。」
リリスに、気絶している翔綺を渡すプリ様。
「ああっ、本当に翔綺さんだ。無事だったのね。ありがとう、プリちゃん。」
「どういたしましてなの。」
ニッと笑い、プリ様は、誇らしげに、胸を張った。
「そうだ。オクが『これから、本格的に、貴女達を追い出す。』と、言っていたわ。もしかしたら、AT THE BACK OF THE NORTH WINDから、締め出されるかも。」
リリスが、そう言った途端「ななな、なんですって?!」という悲鳴が、ブリッジの入り口辺りから聞こえた。
「はぎと なの! やっぱり、すでに しのびこんで いたの。」
プリ様の叫びに、全員、臨戦態勢となって、ハギトに向き合った。突如、向けられた敵意に、パニクるハギト。その時、彼女は、ブリッジの床に寝かせられている、翔綺に気付いた。
「しょ、しょうきちゃん、たすけてぇ!」
翔綺は眠ったままだが「ううっ……ん……。」と、声を出して、今にも起きそうだ。
やばい、此処で目を覚まされたら、また、面倒な状況になる。皆がそう思い、真っ先に駆け出したのは、プリ様だった。
「はぎとー! ごめんなのー。」
ミョルニルで、軽く小突いて、気を失わせよう。プリ様は、それくらいの、最小限の攻撃に留めるつもりだったが、スレッジハンマーを振り被って、迫って来るお姿は、気の弱いハギトには、悪鬼にしか見えなかった。
「こ、こないでぇぇぇ!!」
咄嗟に、シタとミトゥムの力を放ったから堪らない。慌てて障壁を張ったプリ様だったが、その小さなお身体は、張った障壁ごと窓を破り、船外に吹き飛ばされてしまった。
「プリ様ぁぁぁー!」
昴にしては、非常に早い速度で(それでも、五十メートル十七秒くらいです。)、プリ様の落下した窓に走り寄った時、シタとミトゥムの気配を感じ取ったイシュタルが、同じ窓から中に入って来て、彼女とぶつかった。
「退けい、娘。」
イシュタルに突き飛ばされた昴を、抱き止めるリリス。
「ふっふっふっ。遂に見つけたぞ。さあ、シタとミトゥムを返せ。妾のじゃ。」
凄い形相のイシュタルに詰め寄られ、恐怖のあまり、ハギトの思考はショートしていた。
その少し前、プリ様達が、ブリッジに現れた頃、エンジンルームでは、藤裏葉の貞操が、いよいよヤバい様相を呈していた。
「あうっ。あううう。プ、プリちゃまぁぁぁ。」
「あっははははは。泣きなさい。喚きなさい。でも、誰も助けには来ないわよ。」
悪そのものの台詞を吐く紅葉。その時、激しい衝撃を後頭部に食らって、紅葉は、藤裏葉の身体から転がり落ちた。
「な、何?」
痛みに頭を摩りながら振り返ると、これ以上は無いという程の、怒りのオーラを纏った和臣と、目が合った。
「いつか、やるんじゃないかと思っていたが、とうとう、やっちまったか。これは、洒落にならないぞ、紅葉。」
紅葉は、床に座って、藤裏葉を助け起す和臣を見ていた。
「ふん! 残念ね、和臣。裏葉の初めては、私が頂いてやったわよ。」
「ちょっ、モミンちゃん。嘘言わないで。ギリギリセーフだったでしょ。」
ホントだよ、和君。と言いながら、チラリと和臣を見ると……。
「仲間を犯すとは、見下げ果てた奴だな。いくら、ケストスに魅了されていたとはいえ……。」
あっ、聞いてない。私の言う事聞いてないよ、和君。焦る、藤裏葉。
「ケストスなんて関係ありませーん。その女、前から、犯してやろうと思っていたのよ。」
「なら、尚更、アウトだなぁ。」
「へん! 悔しいの? 先を越されて。アンタも欲しかったのなら、紳士ぶらずに、ヤッちゃえば良かったのよ。」
違うから、和君。ヤッてないから。と、弁解する藤裏葉の声は、アシナ杖を構えた和臣の「地獄の火炎!」という叫びに、掻き消された。
「あっぶな。」
テナロッドを出した紅葉は、自分の前面に、分厚い障壁を張り、何とか「地獄の火炎」を防いだ。
「ブチ切れてやんのぉ〜。そ〜んなに、悔しかった? 愛する藤裏葉ちゃんを盗られて。」
「そんな話じゃねえ! 前世からの仲間の裏葉さんに、酷い仕打ちをしたのを、怒っているんだ!」
盗られてない。処女、盗られてないからぁぁぁ。必死の説得も、和臣の耳には届いてなかった。
「決着つけるぞ、紅葉。」
「望むところよ。」
技の応酬をし合いながら、エンジンルームを出て行く二人。後に残され、呆然としている藤裏葉の頭に、パタパタと、飛んで来たピッケちゃんが、降り立った。
「全員戻りましたね。あの船を、向こうの世界に、押し戻します。」
城の庭で、クラウドフォートレスを見上げていたオクに、虚空から現れたトキが、話し掛けた。
「まって。まだ、はぎとちゃんが もどって ないわ。」
オクの言に、トキは「ふふふっ。」と、笑いを漏らした。
「なにが おかしいの?」
「いえ。相変わらず、甘ちゃんで、いらっしゃるから……。」
「どういう いみ?」
気色ばむオク。
「良い機会じゃありませんか。あの臆病な娘に、どうやって、東京異世界化作戦を遂行させようか、考えあぐねて、いらっしゃったのでしょう?」
「…………。」
「敵の真ん中に、自分一人。頼れる者も居ない局面で、あの子は、どんな行動に出ますかねえ……。」
感情など、およそ篭っていないトキの話し方だったが、その唇には酷薄な笑みが貼り付いていた。