ぜつぼう しなさい
「いやぁぁぁ、寄らないで、ケダモノォォォ。」
「いや、アンタ、マゾでしょ。ここは、大人しく、言いなりになりなさいよ。」
悲鳴を上げる藤裏葉に、にじり寄る紅葉は、妙な理屈で説教をした。
「ダメダメ。私のナイスバディは、プリちゃまだけの、モノだもん。」
「本当に苛つくわぁ、その喋り方。」
座っていた椅子から、引き摺り下ろされ、エンジンルームの床に押し倒される藤裏葉。
「あ、あの……、モミンちゃん、本気?」
「嘘だとでも思っていたの? 本気も本気、大本気よ。」
迫り来る紅葉。藤裏葉は、そんな彼女を、憐れむ様な、愛おしむ様な表情で見た。
「何、その顔。バカにしてるの?」
「違うよ。モミンちゃん、やっぱり、和君が好きなんだなあ、って……。」
「何、言ってんの? 私は……。」
「前世でもそうだった。私、知ってたよ。アイラが、ずっと、イサキオスを目で追っていたの。」
突然、パンッと、藤裏葉の頰が叩かれた。
「あっ……。ごめ……。」
謝りかけて、沸き起こって来る感情に、喉を詰まらせる紅葉。
「何で、何でアンタなの。前世でも、現世でも。いつも、いつも、和臣は、アンタを見て、私を見ない。」
「…………。」
「いつも、妹扱い。今は、実の妹だっているのに。それでも、妹扱い。」
藤裏葉の腕が、紅葉を、ソッと、抱き締めた。
「私、分かるよ。モミンちゃんの、その気持ち。私だって、振り向いてもらえないもん。昔も、今も、プリちゃまに……。」
「……っかに、すんな……。」
「えっ?」
「同情? バカにすんなって、言ってんの!」
逆上した紅葉は、藤裏葉の腕を振り解いた。
「私だって、知ってた。アンタが、未亡人でも、五股をかけてる浮気性でもないって。トール以外に、男を寄せ付けない為の、嘘だったんでしょ。今だって……。」
紅葉の指先が肌に触れただけで、藤裏葉は、悲鳴を上げた。
「ビッチぶっているけど、この反応、生娘そのものじゃない。」
何を言われても、怒ったりせず、藤裏葉は、悲し気な瞳で、紅葉を見詰めていた。
「ほら、抵抗しなさいよ。次元断層障壁でも使ったら?」
必死に挑発する紅葉を、それでも、慈愛に満ちた眼で見ていた。
「バカにして。バカにして。バカにして……。」
やり場のない怒りを、紅葉は、藤裏葉にぶつけていた。
「うわあああ!」
死の恐怖が、冷や汗とともに、背筋を滑り落ちた時、リリスは、半狂乱で、オクの腕を振り払った。
「たっかん している ようだけど、やっぱり、こどもね。しぬのが、そんなに こわい?」
「当たり前でしょ。貴女は、怖くないと言うの?」
「わたし?」
リリスの言葉を受けて、オクは不敵に笑った。
「わたしは かみ よ。し など、わたし とは、むえんの もの だわ。」
言い放つと、再び迫って来た。リリスは、天沼矛で、大量のカラスを作り出すと、オクへ向けて放った。
「びちゅうあんの ほんきょちで、ふるちゃん あいてに つかった てね。」
オクの呟きに、一瞬、リリスは、気を取られた。あの時、トキは居たが、オクは居なかった筈……。
その時、かざしたオクの右の掌から、光が発せられた。その光を浴びると、カラス達は、皆、消えてしまった。
「いしゅたるは 『に』という かみのいげんを しめす ひかりを はっするけど……。」
オクは、微笑みながら、続けた。
「わたしのは その なんばいも つよいわ。」
それは、つまり、天沼矛の攻撃は、無効であるのと、同じ事になる。
「ぜつぼう しなさい、りりすちゃん。どう あがいても、あなたを まっている のは、かくじつな『し』よ。」
猛烈な念動力で、リリスの身体が、地面に何回も叩き付けられた。まるで、抵抗出来ず、身体のあちこちで、骨の折れる激痛が走った。傷を癒してくれる命の水が、体内を循環しているとはいえ、ここまで痛め付けられれば、暫くは動けない。
その、身動き出来ず、地面に転がっている状態で、再びオクが、首を掴んで来た。今度こそ終わりだ。掛け値無しに終わりだ。あと一分でもあれば、全身の骨折は治癒するだろうが、そんな隙も与えずに、オクは、首の骨を折ってしまうだろう。リリスは、静かに目を瞑った。
如何あっても、勝てなかったか……。悔しいが、満足もしていた。とにかく、ネアンデルタール人の方の肉体は傷付け、一矢報いてやれたのだから。
死を覚悟した時、リリスは、唐突に、以前のオクの言葉を思い出した。
『あれも、AT THE BACK OF THE NORTH WINDないの わたしの きょじょうに ほかんして あるわ。』
そして、今、間近に見えている壁は、恐らく、オクの居城の壁。ならば、「あれ」が使えるかも。
考えている暇は無かった。やらねば、次の瞬間には、首の骨を折られて死ぬ。リリスは、頭の中で、爆裂の念を込めた。
想像以上の、凄まじい爆発が起こった。地に伏せていたリリスと違い、彼女の身体の上で中腰になっていた、オクの小さな身体は、モロに爆風を食らって、吹き飛んだ。
「なに? なにが おこったの?」
「貴女が、後生大事に、コレクションしていてくれた、爆発するお札付きの下着。あれを、爆発させたのよ。」
それは、雲隠島で捕虜となった時、取り上げられた下着であった。
「なんて、もったいない ことを……。」
「惜しむなら、自分の命にしなさい!」
突進して来たリリスの、天沼矛の刃先は、正に、オクに当たる寸前であった。
「やめなさい、りりすちゃん。この にくたいを ころせば、すばるちゃんも しぬわよ。」
そう叫ばれて、リリスは、動きをピタリと止めた。だが、その双眸は、ギンッと、オクを睨み続けていた。
「そんなに にらまないで。きょうは ひくわ。」
「私を殺さないの?」
「いま、あなたは、ひっさつの いちげきを とどめて くれた。わたしの いのちは、あなたに たすけられた のと おんなじよ。」
意外と律儀なオクの言葉を信じ、リリスも、天沼矛を引いた。
「ふふふ。じゃあ、もう、くらうどふぉーとれすに かえりなさい。ほんきで、あなたたちを、この くうかん から おいだすから。」
待って、翔綺さんを……。と、言い掛けたが、次の瞬間には、オクの力によって、リリスは、クラウドフォートレスに、テレポートさせられていた。
一方、城の中に居たプリ様、昴組は、突然の激しい爆発に……、昴がプリ様にしがみ付いて、動きが取れなくなっていた。
「すばゆ、はなすの。」
「ごめんなさーい、プリ様ぁ。ででで、でも、怖くて腰が……。」
もぉー、すばゆは……。と言いながらも「こわくない。こわくない。」と、頭を撫でて上げるプリ様。すると、感極まった昴が、益々、プリ様に、ヒシッと、抱き付いて来る負のループ。
埒があかない、と思ったプリ様は、小さな御手手を、いっぱいに伸ばして、ヒョイッと、昴を、お姫様抱っこした。
「ばくはつは、あっち だったの。」
昴を抱え、チョコチョコと、器用に走って行くプリ様。
「ば、爆発した所に行くのは、危なくないですか……。」
「じゃあ、すばゆ、ここで まってゆ?」
「嫌です。嫌ですぅ。昴は、プリ様と一緒でないと、嫌なんですぅぅぅ。」
泣き叫ぶ昴を『うゆさいの……。』と、思いつつ、プリ様は、爆発のあった、オクの部屋へと辿り着いた。そこで見たモノは……。
「しょうきしゃん……、なの?」
「間違いないですぅ。翔綺さんですぅ。」
爆発に巻き込まれたのか、床に翔綺が倒れていた。
「みつかって、よかったの。つれてくの。」
よっこいしょと、昴を下ろし、今度は、翔綺を抱き上げるプリ様。
「プ、プリ様ぁ。私は、昴は、どうするんですかぁ。」
「すばゆ、もう、あゆけゆでしょ?」
立ち上がって、抗議する昴に、冷静に反論するプリ様。慌てて「ああっ、腰が抜けているんですぅ。」と、わざとらしく演技しても、もう、後の祭りであった。