今、この場で、確実に殺す。
八つ裂きにされた身体が消え、倒れていたポ・カマムが、立ち上がった。イシュタルが、彼女の肉体に戻ったのだ。
「残念だったの、童。妾は、まだ、こーんなに、身体を作れるのじゃ。」
イシュタルは、余裕の笑みを浮かべ、再び分身体を作り始めた。それも、一体ではなく、二体、三体……。増える。増える。ドンドン増える。その場には、忽ち、百体くらいの、ポ・カマムが出来上がっていた。いくら、愛らしいポ・カマムの身体でも、これだけ増殖すると、ちょっと怖い。
一方、全力を出し切ったオフィエルは、ショーテルを杖にして、かろうじて、立っている有様。つまり、絶体絶命だった。
「だがの……。」
イシュタルは呟くと、増やした身体を、瞬時に消去した。
「お前はテレポートを使わなかった。妾も、増殖を使うのは、止めてやろう。」
ニコッと笑うと、オフィエルの肩に手を置いた。
「引き分けじゃ。」
神対人の対決の、美しい幕引きであった。
「ちょっと、まつ じゃん。たがいに ちーとを つかわない るーる なら、わたしの かち じゃん?」
「……引き分けじゃ。」
「いや、ひとつ しかない からだを、やつざきに したんだから、わたしの かちって……。」
「引き分けじゃ!」
イシュタルは「いいな、引き分けじゃぞ。そもそも、妾は、実力の一万分の一しか、出しておらぬからの。」と、強弁しながら、逃げるように、その場を立ち去った。
残されたオフィエルは『おとなげ なさすぎ。って、まけずきらい。』と、思っていた。
ところで、ハギトと紅葉は、和臣の読み通り、すでにクラウドフォートレスに侵入していた。紅葉の作った氷塊を登って来ると見せかけて、テレポートで、ちゃっかり忍び込んでいたのだ。
「せいこう だね、もみじちゃん。」
「テレポート出来るとはね……。」
便利なモノだ。紅葉は感心していた。
「良し。エンジンルームを破壊するよ、ハギトちゃん。」
「は、はかい……?!」
破壊という恐ろしげなワードに、ビクッと、身体を震わせるハギト。
「だ、大丈夫。破壊するのは私だから。ハギトちゃんは、部屋の外で、見ていれば良いから。」
そう言いながら、紅葉は、何か引っ掛かっていた。エンジンルームに行くという事は……。
「そうか、この船のエンジン兼燃料は、アンタだったよね。」
エンジンルームの、力を増大させる魔法陣の中で、椅子に座って、結界を張り続けている藤裏葉を見て、紅葉は呟いた。
「モ、モミンちゃん……。」
「モミンちゃん言うな。これから、此処を破壊するわ。死にたくなければ、退去しなさい。」
「イヤイヤ。プリちゃまの、お役に立ちたいの。死んでも、此処は、死守するもん。」
くっ、このヤロウ。絶対零度で、凍結させてやろうか……。と、紅葉が思った時……。
「まかせて、もみじちゃん。けすとすの でばんよ。」
自信たっぷりに、ズイッと、前に出て来るハギト。彼女の絞めたケストスが、ピカッと光り……。
「さあ、ふじのうらば。めいれいよ、たいきょ しなさい。」
しかし、藤裏葉は、平気な顔で、椅子に座っていた。
「なぜ?」
「ハギトちゃん、アイツ、何かヘルメット被っているよ。」
目敏く、ケストス防御ヘルメットに、紅葉は気付いた。
「モミンちゃん。もう、私達には、ケストスの能力は、通用しないわ。」
「モミンちゃん言うなって。それなら、此処に居られなくしてやる。」
紅葉は、ブレスレットを、ロッドに変えた。
「凍える月の地表、マイルド。」
本気でやると、藤裏葉が凍結してしまうので、マイルドだ。ちょうど、真冬の、雪の降る朝くらいの寒さだ。
「さささ、寒いぃぃぃ。止めて、モミンちゃん。」
「モミンちゃん言うなってば。あははは、そのエッチな薄着が災いしたわね。」
ちなみに、今日は、超ミニ短パンに、ほとんど胸しか隠していない、チューブトップだ。
「さあ、サッサッと、エンジンルームから出て行きなさい。そうすれば、凍えなくて済むわよ。」
「こ、こんな寒さなんかに負けないもん。私のハートは、プリちゃまへのラブラブファイヤーで、真っ赤に燃えているんだもん。」
何気に、コイツ、ウザい喋り方するな。と、余計な事に気付いてしまう紅葉。
「ハギトちゃん、ちょっと、部屋から出ていてね。」
何を考えたか、ハギトをエンジンルームから出して、藤裏葉と二人切りになった。
「な、何をする気? モミンちゃん。」
「エッチな事。」
恥ずかしい事を、真顔で、平然と言う紅葉。
危うし、藤裏葉。
そして、貞操の危機という点では、オクに追い回されているリリスも、同様であった。逃げている内に、オクの居城の壁際まで追い詰められ、抱き締められてしまう、リリス。そのまま、襟口から手を突っ込まれ……。
ニッと笑って、胸元から、照彦のペンダントを取り出した。
「この物騒なアクセサリーは没収ね。」
しまった、と慌てるリリス。作った人間の人格はともかく、対オク用では、かなり有効なアイテムなのは、確かだったのだ。
「さあ、リリスちゃん。エッチな事しよ。」
「ふっざけないで。天沼矛!」
呼び出した天沼矛で、怒りに任せて斬り掛かるリリス。
『かーわいいー。天沼矛振り回しても、時を止めちゃえば。』
チート中のチート。時間停止を発動させるオク。
「さーて、頂いちゃおう。」
と言って、リリスを見たオクは、驚愕に口を開いた。
リリスは、天沼矛で創造した大蛇を、身体中に巻き付け、頭だけ出していたのだ。
「くっ。何、これは?! これじゃ、リリスちゃんの身体に、触れられないじゃない。」
焦れたオクは、手刀で、大蛇をズタズタに切り裂き、中に居たリリスに抱き付いた。
「無駄な抵抗だったわね、リリスちゃん。」
リリスの屈辱に歪む顔が見たさに、再び時を動かした。
『あれ? リリスちゃん、裸だったけ?』
ふと、違和感に気付いた時、背中に焼け付くような痛みを感じた。その痛みは、体内を通過し、胸元にまで達した。
「な……に……。」
「あまりにも、私を甘く見過ぎたわね。貴女の抱き付いていた私、それも、天沼矛で作り出したモノよ。」
オクの身体は、天沼矛で貫かれていた。
時を止められる寸前、ダミーを作り、自分は、ダミーの足元の地中に潜っていたのだ。
「やってくれたわね、リリスちゃん。まさか、貴女が私を出し抜くなんて……。」
「悔しい? 玩弄物としか思ってなかった私に、遅れを取って。」
リリスは、オクの身体を蹴飛ばして、天沼矛を引き抜いた。
「むっ……、くっ。神器で受けた傷は、簡単には治らないか……。」
地に伏し、傷口を苦しそうに押さえるオクは、リリスが初めて見る、苦悶に顔を顰める表情だった。
「観念なさい。もう、終わりよ!」
ブンッと、天沼矛を回し、オクの脳天へ刃先を突き立てるべく、振り下ろすリリス。
しかし、重傷を負っていた筈のオクの姿は消え、天沼矛の刃は、虚しく地面を抉った。
「みとめて あげる、りりすちゃん。」
いつもの、幼い声が背後で響き、リリスは、グルッと振り向いて、天沼矛を構えた。そこには、見慣れた、昴と同じ顔をした幼女が立っていた。
「かみがみに しょざいが ばれ、しかも、ぜんりょくをだせる からだは きずつけられて しまった。あなたは、かなり、わたしを おいつめたわ。」
うおおっ、と気合を込めて、天沼矛を突き出した。が、オクは、それを軽く躱し、リリスの眼前まで間合いを詰めた。
「わたしが きずを つけられたのは、にぎはやひ いらい、にせんねんぶり。ほこって いいわ。」
ポンッと、オクが、軽く腹部に触った。それだけで、リリスの華奢な身体は、弾き飛ばされた。そして、オクは、痛みで起き上がれないリリスの身体に乗っかり、右手で細い首を掴んだ。
「わたしは、もう、あなたを なめたり しない。いま、このばで、かくじつに ころす。」
殺られる。
首を絞めて来る掌の感触から、オクの本気が感じられた。数秒後に、自分が絶命しているのは、避けられない未来だ。リリスの頭を、走馬灯の如く、様々な思い出が過った。
グッと、力が込められる、オクの右手。
リリスの十三年の人生が、終わりを告げようとしていた。