わたしは、おまえを こえる じゃん!
跳ね飛ばされたレヴィアタンは、直ぐに起き上がり、食い殺さんばかりに、プリ様を睨み付けた。そして、再び向かって行こうとした時……。
彼女の背後に、トキが現れた。
「この……ウツケがぁ!」
珍しく声を荒げ、持っていた鞭で、レヴィアタンを叩き始めた。
「お、お許しを……。私は、ただ、プリムラに負けたくなくて……。」
「それで、昴を狙ったか? 昴は大切な鞘。貴様なぞ、昴に比べれば、切った枝毛ほどの価値もないわ。」
「あっ、痛っ。も、申し訳ありません。申し訳ありません。」
容赦なく打ち据えられて、レヴィアタンの白い肌は、忽ち、傷だらけになっていった。
「おまけに、戦っていたシシク……プリムラに、気遣われるなぞ……。」
「気遣われた? 私が……?」
驚いて振り返った、レヴィアタンは見た。プリ様の後ろに居る昴が、両手に刀を持っているのを。
『なんだ? あの刀……。』
その禍々しき姿は「死」そのもの。プリ様が割り込んでいなければ、間違いなく、自分は、二振りの刀に、寸断されていたのだと悟った。
「プリムラ、きっさまぁぁぁ。情けをかけたのかぁぁぁ。」
凄まじい形相で、プリ様を睨んで来るレヴィアタンだったが……。
『んっ?』
昴は気付いていた。レヴィアタンの口元は、微妙に緩み、頰が少し紅くなっている事に。
『んんんっ? レヴィアたん、まさか……ですぅ。』
その時、レヴィアタンが、落雷を思わせる程の悲鳴を上げ、昴の思考も中断された。全身が、幾重にも、有刺鉄線で拘束されたのだ。
「鞘を狙ったお前は、万死に値するが、まだまだ、役に立って貰わねばならん。」
「はっ、はひぃ。トキ……様……。」
その会話を最後に、二人は空間に、吸い込まれるが如く、消えてしまった。それを見たプリ様も、漸く、緊張を解いて、構えていたランスを下ろした。それと呼応して、ゲキリンとトラノオも、姿を消した。
「プ、プリ様ぁぁぁ。妻である私を救う為に、文字通り、跳んで来てくれるなんてぇぇぇ。」
「ちがうの。げきりんと とらのおが、れゔぃあたんを、ばらばらに しちゃうと おもったの。れゔぃあたんの ためなの。」
「良いんです。良いんですよ。そんな、照れ隠ししなくても。ああっ、プリ様。こんなに愛されて、昴は幸せですぅ。」
「だーかーらー、ちがうのぉぉぉ。」
プリ様の言葉を、全く聞かず、抱き付き、頰にスリスリする昴。「ちがうって、ゆってゆのー!」という、プリ様の可愛らしいお声が、オクの城の大きな廊下に、何回も木霊した。
ところで、此処は、その城の広い庭。クラウドフォートレスをバックに、オフィエルとイシュタルが、睨み合っていた。
「おまえ、このまえ みたいに、からだ つくれって、ちゅうこく。ぽっかまの からだ じゃ、しょうぶに ならないと おもうのよ。」
「勝負にならない、だと? ぬかしおったな、童が。」
ポ・カマムの肉体が、二つに分離した。イシュタルが、大気中や、地面、あらゆる所から、原子や分子を掻き集めて、ニ時間限定で、神の能力を一万分の一、引き出せる身体を、作り上げたのだ。
「さっきも言ったが、刃向かう奴は、子供とて容赦はせん。」
「おまえ、しんき とられたって きいてるじゃん。としゅくうけんで ふりって かんじ?」
「ふんっ。妾に攻撃手段が無い、とでも?」
ムンッ! イシュタルが気合を入れると、その額が輝き始めた。そして、光が額の中央に収束していき……。
突如、放たれるビーム。そんな攻撃が来るとは、思わなかったオフィエルは、かなり慌てたが、手に持ったショーテルが、彼女を庇う様に動き、ビームを弾き飛ばした。
「おおお、おまえは うる◯ら せ◯ん かあ?! じゃん。」
「うわっははは。これぞ、神の光『ニ』だ。」
神話の「ニ」は、イシュタルの額から発せられる、神の威厳を示す光の筈だが……。まあ、真実は神話よりも奇なり、という事なのであろう。
「どうだ、童。降参するか? 妾の愛人になるというのなら、勘弁してやるぞ。見たところ、中々、可愛いらしい顔をしておる。将来が楽しみじゃ。」
三歳児にまで、触手を伸ばそうとする、見境のない変態である。オフィエルは、二本のショーテルを構えながら、その戯言を聞き流していた。
「いやじゃん。ぷりは おまえを たおした。つまり……。」
オフィエルの姿が消えた。テレポートと察したイシュタルは、全神経を、集中させた。
「おまえに かてなきゃ、ぷりにも かてない、って おもうのよ!」
目の前に現れたオフィエルが、ショーテルを振り下ろした。それを、素手で掴むイシュタル。指先で挟んでいるので、刃先は掌に届いていない。そして、そんな掴み方なのに、ガッチリと固定されて、動かないのだ。
「ちっ。」と、舌打ちしたオフィエルは、そのまま、両足でイシュタルの胴を蹴った。思わずショーテルから、手を離すイシュタル。一回転して着地したオフィエルは、しゃがんだまま、足元を掬うみたいに、ショーテルの斬撃を食らわせたが、イシュタルは、飛び上がり、躱した。
「そおれ『ニ』じゃ。」
「ニ」を発射する時、額に、両手の人差し指と中指を添えていて、どう見てもエ◯リウム光線……。
一方、オフィエルは、自分に向かって来る光線を、二本のショーテルを交差させて、なんとか防いだ。
「どうした? 童。こんなモノか? お主の力は。」
イシュタルは、小さなオフィエルを見下すように、余裕綽々で、語り掛けた。
「シシクは、テレポートなぞなくとも、妾の首を刎ねてみせたぞ。お主はテレポートを使っても、妾に傷一つ負わせられぬではないか。」
ギリッと、歯を噛んで、オフィエルはショーテルを持ち直した。
「わかった じゃん。もう、てれぽーとは つかわない、って はんで。」
「意地を貼るな。妾も、弱い者イジメは、したくないしの。」
ここまで挑発すれば、ムキになって、打ち掛かって来るだろう。それを、返り討ちにしてくれる。と、イシュタルは思っていた。しかし……。
オフィエルは、AT THE BACK OF THE NORTH WINDの、ピンク色の空を、漫然と眺めていた。
「何をしておる? 童。戦意喪失か? 妾の愛人になるか?」
「…………。なんども いわすな じゃん。」
オフィエルの視線が、ギンッと、イシュタルに突き刺さった。その迫力に、少し、気圧されるイシュタル。
『何だ? 此奴の、この気迫。神である妾が、怯むなど……。』
それくらい、オフィエルの集中力が、昂まっていた。
「おまえを たおす。わたしは ぷりの さいきょうの てきに なる。」
ヘルメスのショーテルを、振り被るオフィエル。その瞬間、星の運行が変わる程の、森羅万象を操る力が、ショーテルから迸り出た。
『此奴、神器を、使いこなす……?』
オフィエルの左足が、地面を蹴った。ダッシュを始めた、彼女の小さな肢体は、一直線に、イシュタルへと向かっていた。イシュタルは、避けもせず、必殺の「ニ」を放った。その光線は、狙い違わず、オフィエルの胸元を貫き……。
いや、貫く筈だったのに、まるで、光線が、オフィエルを避ける様に、湾曲した。
『ヘルメスのショーテルの真の能力。発動すれば、敵に一撃を加えるまで、どんな攻撃からも、持ち主を守るという……。』
絶対防御。
それは、時を遡り、原因や結果の因果関係までをも改変し、攻撃が当たらなかった事にしてしまう、究極の防御。
「だがの、童。妾とて、神。絶対防御の躱し方なぞ、心得ておる。」
ショーテルの刃が、己に当たる刹那、イシュタルは、魔法障壁を張り巡らせた。
「絶対防御には、防御じゃ。防御を無かった事には出来まい?」
「むううう。」
さすがは、神の張る障壁。阻まれたショーテルは、ピクリとも、動かなくなった。
「こうして、阻んでおれば、その内、貴様の方が、力尽きる。神器を発動させる程の集中力。いつまでも、保つ訳ではないだろう?」
確かに、非常な精神的負荷が掛かっているのは、明らかだった。尋常ではない汗が流れ落ち、ちょっとでも、気を緩めれば、すぐにでも、意識が飛んでしまいそうだ。それでも、ショーテルを障壁に押し付けるのを、止めなかった。
「何故じゃ? 何故、そこまでする? 妾に恨みなどあるまい。」
「ぷりの しんゆうで あるため。いずれ、あいつと やいばを まじえる とき、さいこうの らいばるで あるため。」
その時、ショーテルの刃先が、破れる筈もない障壁に食い込んだ。
『な、なんだと?』
予想外の出来事に、焦るイシュタル。
「わたしは、おまえを こえる じゃん!」
オフィエルが叫んだ。二つのヘルメスのショーテルは、魔法障壁を切り裂き、一指しの舞を想起させる動きで踊り、イシュタルの仮初めの身体を、八つに切断した。
神話のヘルメスのショーテルには「絶対防御」などという技はありません。特殊能力を付加したくて、私が勝手に考えました。よろしく、ご了承の程、お願いいたします。




