アダマントの鎌
美柱庵 天莉凛翠。
「ところで、あんた、何者なの?」
紅葉は密かに期待して聞いた。この娘の名前には「天」が入っている。美柱庵という耳慣れない苗字。加えて、符璃叢に通じるネーミングセンス。親戚なのではないか? そしてそれならば、やはり神道関係の家柄である可能性が高い。つまり、今度こそ「天」は天叢雲剣の天にちがいない。彼女の胸は高鳴った。
「実は私の母は、プリちゃんのお父様の姉なの。」
来たぁぁぁ! イエス、イエス、イエス!
「私は七年ほどイギリスに行っていて、プリちゃんとは今日始めて会ったのだけれど……。」
そんな余分な情報は要らない。名前だ、名前の由来を言え。
「符璃叢と同じで、凄い名前だけど、一族の名付けの法則とかがあるのかい?」
良し、和臣。ナイスアシスト。さすが、将来の義兄様。
「あらあら、そんなの無いわよ。聞いた話だと、お母様は『アマリリスのお花大好き。だからアマリリスちゃんが良い。』と言われて、お父様は……。」
お父様は……? 「天」の入っている軍艦なんて、聞いた事ないよ。天叢雲剣よね?
「大日本帝国海軍駆逐艦天津風の天が入っていれば何でも良いとおっしゃったので、二人の意見を合体させて、天莉凜翠と……。」
がっかりだよ。お前等一族にはがっかりだ。ご大層な漢字を使っているけど、結局は、ただの当て字じゃないか。どうせなら戦艦大和とか、有名なやつから持って来いよ。駆逐艦天津風なんてしらないよ。
紅葉は心中で毒づいた。
一方、和臣は反省していた。さすがに天莉凜翠の生まれた頃は「艦アツ」は無かった。とすれば、同じような経緯でつけられている符璃叢の叢も、純粋に軍艦からつけられた可能性は高い。
符璃叢のお父様、邪推してごめんなさい。
和臣は心の中で頭を下げた。
「さて、行きましょう、紅葉ちゃん、和臣ちゃん。プリちゃんが待ってるわ。」
ゴールデンクラフトで浮かび上がろうとしたリリスを紅葉が止めた。
「待ちなよ。私等、あんたに名前教えたっけ?」
「あらあらー、無駄に鋭いのね。紅葉ちゃん。」
リリスは困った顔で振り向いた。
洞窟の中では、アダマントの鎌を構えたアラトロンが、余裕の表情でプリ様を見ていた。
「この かまを もった わたしに すでで いどむとは……。いのちしらずにも ほどがあるのでしゅ。」
プリ様は燃えるような瞳で睨んでいたが、いきなり床に右の拳を叩き付けた。
「だいちのいかい!」
ギシッと部屋全体が軋む音がした。しかし、それだけで、崩落も陥没も起こらなかった。
「はっはっはっ。きさまの じゅうりょくを あやつる ちからは わかっていましゅ。だが、このへやを こうせいする ぶっしつは 1,000Gの あつりょくにも たえるのでしゅ。」
アラトロンの言葉を聞き流しながら、そのまましゃがみ込んで、右手で床を摩っていた。
「はっはっはっ。ちゅうかんしを しょうめつ させようとしても むだでしゅ。まじゅつてきに しっかり こていしてあるので、げんしかくの ほうかい どころか、べーたほうかいすら おこらないでしゅよ。」
つまり、この部屋はとても頑丈に出来ていると言いたいのだろう。
わかりやすく言え、とプリ様は思った。
「プリ様、プリ様〜! 此処を開けて! 私もプリ様と一緒に居る〜。」
昴は見えない壁を叩き続けていた。中は見えるのに、どうしても入って行けないのだ。
やがて、叩く間隔が長くなって来た。その内、壁に手を付いたままへたり込み、ハァハァと苦しげな呼吸を始めた。どうやら体力を使い果たしたらしい。
どんだけ脆弱なんだ。
プリ様とアラトロンは呆れた。
「おろかな おんなめ。そこで おまえの ごしゅじんさまの さいごを みとどけるがよいでしゅ。そのあと、おまえは かちくに してやるでしゅ。」
「か、家畜になんかならないもん。」
「なんでしゅと?」
「あ、貴女の家畜になんかなりませんよーだ。」
昴に言い返されると、アラトロンは「くっくっくっ。」と笑いを洩らした。
「おもしろいでしゅ。さからう やつほど ちょうきょうの しがいが あるでしゅー。」
此奴も紅葉と一緒か……。プリ様は頭を抱えた。
「ひいいぃぃぃ。プリ様、プリ様ぁぁ。この子怖いー。調教いやだぁー。」
ああ、うるさい。
プリ様は反重力ダッシュで、アラトロンに突っ込んで行った。
「とんで ひにいる なつのむし でしゅ!」
プリ様は、まだ間合いに入ってないのに、彼女はアダマントの鎌を一振りした。すると、刃先から光の刃のようなものが飛び出した。当然、プリ様はそれを避ける。
「プリ様ぁ! 危ない。後ろですぅ。」
光の刃は、背後の壁にぶつかると、またプリ様に襲いかかって来た。
「それは ぶっしつでは ないでしゅ。わたしの まりょくで つくりだした、いわば まりょくのかたまりでしゅ。」
刃は曲面になっている壁に当たって、どんな軌跡を描いて戻って来るのか、読み取り辛い。それでも、プリ様は直前で回避していた。
「ふつうは なにかに あたれば おわりでしゅ。でも、このへやの かべは このはを はじきかえす そざい なのでしゅ。」
つまり、プリ様の身体に食い込むまでは、いつまでも追い続けるという事だ。
「ひとつなら にげられる ようでしゅけど……。」
アラトロンはニヤリと笑った。
「いつつに なったら どうでしゅか?」
アダマントの鎌が四回振られ、更に四つの刃がプリ様に牙を剥いた。
「しにやがれ でしゅ。」
アラトロンの哄笑が響き渡った。
「なんか胡散臭い奴だとは思っていたのよね。」
「あらら? 色々助けて上げたのに?」
そう言われると、紅葉も詰まった。敵なら、ハティに自分達を始末させた筈だ。
「わかったわ。一つだけ、今教えて上げる。」
一つだけよ、と念を押された。
「私が出したゴールデンプリズンやゴールデンホィール、消えちゃっているでしょ? あれはね、原子が自然に集まってあの形になる、ほとんど0に等しい確率を、賢者の石の力で無理矢理実現しているだけなのよ。だから、用が済んだら消えるの。」
一気呵成に言い切られて、紅葉達は「そうですか。」と、何となく納得しそうになった。
「待て。誰も、そんな事聞いてないだろ。何で、俺等を知っているんだと聞いたんだぜ。」
「そ、そうよ。危うく誤魔化されるところだったわ。」
二人に責められても、リリスは涼しい顔をしていた。
「あらぁ、ごめんなさいね。欲のみで生きている紅葉ちゃんは、この謎が一番気になっていたんじゃないかと思って……。」
そう言われて、紅葉は内心焦った。実は気になっていたのだ。欠片だけでも拾えれば、けっこう良い金になるのでは、と取らぬ狸の皮算用をしていた。
「し、失礼ね。そんなの全然気になってなんかないわよ。それよりも、ほら、早く答えなさい。あんた何を知っているのよ。」
「あら、あらあらあらー。本当にごめんなさい。たった一つの解答権を、私の早とちりで、違う疑問に答えてしまって……。」
「それは、もう、これ以上は答える気はないって事か?」
「そうねえ……。幼女神聖同盟だなんて、あんなふざけたものが出て来たのは、私達にも予想外だったのよ。」
私達……か。リリスも詰まるところ、何処かの組織の末端なのだな。機密事項に触れる恐れのある情報はペラペラと喋れないのだろう。
和臣は彼女が言外に匂わせたものを理解した。
「わかった。お前を信じる。信じて良いのだろう?」
そう言うと、謎めいた微笑みを浮かべた。
「信じる、信じないは私が教えて上げられるものじゃない。貴方の心の中にあるものよ。」
此奴、どう見ても歳下なのに……。
リリスの瞳の中に、深淵を覗いた気がして、和臣はたじろいだ。
「行きましょう。プリちゃんが待っているわ。」
紅葉も何かを感じたのか、もう何も言わなかった。
三人はゴールデンクラフトで浮かび上がり、プリ様の元へと急いだ。
能力を全て封じられたプリ様。
迫り来る光の刃。
昴は幼女の家畜にされてしまうのか。
それはそれで見てみたい気がするぞ。
次回、プリ様反撃!
チートをなめるなよ!!