表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
258/303

無理だ。絶対、無理だ。

 夜になって、食事を終え、お風呂に入り、旅の疲れを癒した藤裏葉が、仏間を訪れると、布団が敷いてあった。


「さあ、藤裏葉。裸になって、その布団に寝るのじゃ。」


 藤裏葉は、チラリと布団を見ると、布団の脇に座る爺さんを、おもむろに、蹴飛ばした。


「なんで、一々、裸にならなきゃ、いけないんですかね?」

「ま、孫娘の成長が見たい、祖父(ジジイ)の茶目っ気ではないか。」

「可愛くないんですよ。皺くちゃジジイの茶目っ気なんて。」


 爺さんを、グリグリ、踏み付けながら言う、藤裏葉。


「いつも、半裸で、周りに肌を見せ付けながら、生活しておるクセに、なんで、ジジには、見せてくれんのじゃ!?」

「孫娘に踏まれて、性的高揚を覚える変態に、見せる肌はないんですよ。」

「ああっ、藤裏葉。蹴っておくれ。このジジイを、罵りながら、蹴っておくれ〜!」


 と言われると、藤裏葉は、ピタリと、足を止めた。


「ど、どうしたのじゃ。ほれ、もっとこう、蔑みを込めて、踏みにじらんかい。」

「お預けです、お爺様。続きは、私の記憶が戻ってからです。」

「記憶など、どうでも良いではないか。もっと踏んでくれ〜。蹴ってくれ〜。そうじゃなきゃ、やじゃ。やじゃ、やじゃ、やじゃぁぁぁ。」


 仰向けに寝っ転がり、手足を、バタバタと振り回すジジイ。


「SMゴッコを、やりに来たんじゃないんですよ。主家の一大事なんです。翔綺様が拐われたんです。」

「何?! 翔綺様が……。」


 ジジイは起き上がり、胡座をかいて、遠くを見た。


「翔綺様……。チラッと拝見しただけじゃが、色白で、お美しい容貌であった。」

「お爺様……。」

「あの、あの翔綺様に、一度で良いから、踏まれたいと思っておったんじゃ〜!」


 おい、ジジイ……。と、また蹴飛ばしそうになって、藤裏葉は、自重した。


「藤裏葉。何を愚図愚図しておるのじゃ。サッサッと、記憶を取り戻して、翔綺様を助けに行かんかい。」


 まあ、やる気になったのなら良いか。藤裏葉は、布団の上で、横になった。


「九年前まで、遡れば良いのじゃな?」

「いえ、リリス様が言われるには、前世で、魔王から能力を授かった時までと……。」

「何? 前世……。」


 ジジイは、フッと、真顔になった。


「藤裏葉よ。前世の記憶まで、思い出すというのは危険じゃ。お前の精神が、耐えられんかもしれん。」

「お爺様……。いきなり、真面目な顔をされても……。」


 笑ってしまいます。と言いながら、実際、笑っていた。


「ふふふっ。まあ、危険は覚悟の上です。」

「そうか……。あい、分かった。」


 主家を守る、武人の家の者達である。コンセンサスが取れれば、躊躇いなどなかった。


「いくぞ、藤裏葉。気合いを入れよ。」


 その掛け声に、藤裏葉も、臍下丹田に力を込めた。そして、ジジイの右の掌が、藤裏葉の額に置かれた。




 ところで、此処、AT THE BACK OF THE NORTH WINDでは、ハギトが、紅葉をお供に、翔綺を探し回っていた。


「おくさま、しょうきちゃんが いないの。」


 自室にやって来て、訴えるハギトから、オクは、さり気なく、目を逸らした。


「ハギトちゃん。今、そいつ、目を逸らしたよ。」


 紅葉の指摘に、チッと、舌打ちするオク。


『どうしよう。はぎとちゃん だけなら、おかし でも あたえて おけば、ごまかせる けど、もみじちゃんが ついて いると……。』


 とは言っても、誤魔化すしかない。あの、レヴィアタンと成った、変わり果てた翔綺の姿を見せれば、顰蹙をかうのは必至だろう。


「ところで、はぎとちゃん。とうきょう(東京) いせかいか(異世界化) さくせん(作戦)、つぎは あなたの ばん だけど……。」

「それ、ふるちゃんに てつだって もらおうと おもってたのに、ふるちゃんも いないの……。」


 しまった、藪蛇だ。フルは、ほとんど、ハギトの保護者で、彼女も依存し切っていた。東京異世界化作戦などという、大きな仕事をする際に、フルを頼るという事は、当然予測出来る事態だった。


 オクも、ハギトに関しては、それで良いと思っていたし、腹心であるフルに任せておけば、安心でもあった。そのフルも居ないのだ。


『どうしよう……。はぎとちゃんが、けいかくりつあん(計画立案) から、すいこう(遂行) まで、ひとりで できるかしら。』


 無理だ。絶対、無理だ。


 不安になったオクが、ハギトを、チラリと、見たら、椅子に座り、テーブルの上に砂時計を置いて、砂の落ちる様子を、ボエッ〜と、見ていた。


「なにを しているの? は・ぎ・とちゃん。」


 そう問い掛けても、夢中になり過ぎて、トランス状態になっているハギトは、曖昧な笑みを浮かべるだけで、視線は砂時計から、離れなかった。


「ハギトちゃんは、今、お楽しみの最中なのよ。邪魔しちゃ、ダメじゃない。」


 紅葉に窘められ『なんで、わたしが おこられ なきゃ いけないの?』と、頭を抱えるオク。


「そうだ。もみじちゃん、あなた とうきょう(東京)いせかいか(異世界化)さくせん(作戦)さんぼう(参謀)を やりなさい。」


 小声で提案すると、紅葉は、静かに、首を振った。


「もちろん、ハギトちゃんが第一優先だけれども、平和を乱す企みに、積極的に関与するわけには、いかないわ。」


 普段の言動は、完全に悪役なのに、なんで、一線だけは越えないかな? 意外に根っこが正義の紅葉に、オクは落胆していた。




「ポッカマちゃん。こっちにおいで。」


 レヴィアタンの襲撃のあった翌日、朝御飯を食べ終えたプリ様と昴は、中庭で、ビーフジャーキーをヒラヒラさせて、ポ・カマムを呼び寄せる、照彦の姿を見付けた。


『ほとんど、ワンコと同じ扱いだなあ。熊なのに……。』


 と思いながら、昴が見ていると、竪穴式住居から、物凄い勢いで、ポ・カマムが飛び出して来た。そして、呼ばれてもいないのに、ピッケちゃんまで、血相変えて、飛んで来た。


「あやや、ピッケちゃん、ちょっと待って。」


 照彦の制止も虚しく、ピッケちゃんが先に、ビーフジャーキーに食い付いてしまった。遅きに失したポ・カマムは、不満も露わに、照彦の右腕に、噛み付いた。


「ぴっけ、ぴっけぇぇぇ!」

「がうっ〜。がるるるぅぅぅ。」

「止めて、二人とも止めてぇぇぇ。まだ、あるから。まだ、まだ、あるからぁぁぁ。」


 必死に命乞いをする照彦を、ピッケちゃんと、ポ・カマムは押し倒し、着物の袂にあったビーフジャーキーの袋を見付け出すと、二人で、分け合って食べ始めた。


「なにを していゆの? おとうたま。」


 トテトテと、近付いたプリ様は、立ち上がって、着物に付いた土を払っている照彦に、小首を傾げながら訊いた。その愛らしい様子に、我慢出来なくなった昴は、背中から、ガバッと、抱き付いて、オツムに頬擦りを始めた。


「ポッカマちゃんに、用があったんだけど……。」


 ピッケちゃん同様に、必死の形相で、ビーフジャーキーに食い付いている、ポ・カマムを眺めて、溜息を吐いた。


「おとうたまが、こぐまたんに……?」


 少し考えて、何かに思い至ったプリ様は、悲しげに首を振った。


「おとうたま。ざんねん なの。いくら、おとうたま でも、つうほう(通報)なの。こぐまたんに おいたは だめなの。」

「しませんよ。おイタ、なんて。」


 幼い娘に、即反論する、大人気ない照彦。


「ウルリクムミ製ヘルメットを作るのに、ポッカマちゃんに、手伝って貰おうと、思ったのです。」

「こぐまたんに? どうやって? なの。」

「お父様の、知り合いの神様を、呼び出して頂こうかな、と。」


 プリ様は、空蝉山で、イシュタル神を呼び出した時の、儀式を思い出していた。他の神獣の力を借りなければ、とても出来そうにはない。


「大丈夫ですよ。」


 プリ様の心中を読み取ったのか、照彦が、涼しい声で言った。


「お父様なら、一人でも出来るのです。」


 そう言うと、ポ・カマムを手招きした。ビーフジャーキーを食べ尽くした彼女は、満足顔で、それに応じ、ノコノコと、近寄ってしまった。


 瞬間、照彦の両手が、ポ・カマムの小さな頭を、ガッと、掴んだ。


「ふにゃあああああ。」

「ああっ、暴れないで、ポッカマちゃん。大人しくしててくれれば、すぐ、済むからね。」


 お父様の台詞、変態さんみたい。と、プリ様は、その光景を見ながら、思っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ