お父様の役割は、デウス・エクス・マキナ。
「トキさ〜ん!」
出現したトキに、いち早く反応したのは、昴だった。
「おおっ、昴。息災であったか?」
「はいぃぃぃ。その節は、お世話になりました。また、会えるなんて……。」
嬉しげに駆け寄ろうとする昴を、プリ様は、慌てて、ブロックした。
「すすす、すばゆ。だめなの。こいつ、てき なの。」
「何言っているんですか、プリ様ぁ。前に、お話しましたよね? あの、トキさんですよぉ。」
今、この女は、何も無い空間から、湧いて出ただろ。見てなかったのか? と訴えたい、トキの怪しさには、一向に頓着していない昴である。
「シシクよ、私が、昴の面倒を、見てやっていたのは本当だ。前世、エロイーズの時もな。」
プリ様が、シシクであると、知っている。それどころか、前世の事までも。明らかに、他の幼女神聖同盟の構成員とは、違っていた。
さすがのプリ様も、背中に冷たい汗を、かいていた。ただでさえ手強いレヴィアタンに加えて、得体の知れないトキの相手までするのは、分が悪過ぎた。
この局面を打開する為のシミュレーションを、プリ様ブレインが、いく通りも検討し始めた。正に、火を噴く程の、フル回転だ。
「プリ様ぁぁぁ。昴、分かっちゃいました。トキさんに、ヤキモチ妬いているんですね。もおおお。プリ様ったら、かわゆ過ぎですぅぅぅ。」
それなのに、プリ様の緊迫感など、一向に解せず、世迷い事を口走りながら、背中に抱き付き、頰をスリスリする昴。
「すばゆ……。」
「はい、プリ様ぁ。うーん、かわゆい、かわゆい。オデコもスリスリですぅ。」
「す・ば・ゆ!」
「プ、プリ様?」
事ここに至って、漸く、もしかして、プリ様は、ご立腹なのでは、と昴は気付いた。
「シシクよ、そう緊張せずとも良い。私は、このレヴィアタンを、連れ戻しに来ただけだ。」
レヴィアたん?!
「れゔぃあたん。いがいと かわいい なまえ だったの。」
「そ、そうですね。もっと、怖そうな名前かと……。」
「お前達、何を言っている? レヴィアタン(レにアクセント)だぞ?」
「レヴィアたん(アにアクセント)ですよね?」
「れゔぃあたん(アにアクセント)、かわいいの。」
………………。
何か、齟齬が生じている。それは分かるのに、何が食い違っているのか分からない。三人は、暫し、沈思黙考した。
「ううぅぅぅ……があああ!!」
沈黙に耐えかねたのか、突然、レヴィアタンが吠えて、プリ様に襲い掛かって来た。身構えるプリ様。その時、トキが、素早く鎖を投げた。鎖は蛇の如く、レヴィアタンの白くて細い身体に絡み付き、締め上げた。
「ああっ……うっ……。」
「大人しくするのだ、レヴィアタン。帰るぞ。」
そう言うと、トキとレヴィアタンの姿が、薄くなっていった。
「今日は、これで去ろう。だが、シシクよ……。」
虚無に繋がる穴を思わせる、トキの両の目が、プリ様を見詰めた。
「六花の一葉、揃えたくば……。」
トキは、レヴィアタンの右手を持ち上げ、手の甲を見せた。
「レヴィアタンを倒してみせよ。容易ではないぞ?」
聡明なプリ様は、葉の位置から、それが、今まで、フルに付いていたモノだと悟った。
「まつの。ふゆは……。」
問い掛ける言葉が終わらぬ内に、二人は虚空に消えて行った。
『なにか おこってゆの。てきの ないぶ でも。』
益々、激しさを増す戦いの予感に、我知らず、顔が引き締まっていくのを、プリ様は感じた。が……。
「プリ様〜。レヴィアたん、怖かったですぅ。激怖ですぅぅぅ。」
怖い、怖いと言いながら、雰囲気台無しに、甘えて抱き付いて来る昴。プリ様は、溜息を吐きながら、そんな昴に……。
「こわかったのぉぉぉ。ぷりも こわかったのぉぉぉ。」
「うんうん。怖かったですよね、プリ様ぁ。」
…………。プリ様も、怖かったみたいである。二人は、暫し、抱き合って、恐怖に涙していた。
そんな、恐怖の体験から、地下施設に戻ると、庭に、岩の塊が、ゴロゴロ置いてあるのに、出くわした。そして、その前には、照彦が佇んでいた。
「おとうたま〜。」
「おや、プリちゃん。」
「何ですか? これ。」
昴が、自分の頭程もある、岩を指差しながら、訊いた。
「ウルリクムミの破片だよ。今日、カルメンさんと一緒に、持って来たんだ。」
ああ……。お父様、ウルリクムミ製ヘルメット、諦めてなかったんだ。と、プリ様は、照彦を見た。
「いや、プリちゃん。何ですか、その憐れむ様な視線は。大丈夫ですよ。加工のやり方でしたら、お父様、ちゃんと、考えてますから。」
多分、失敗するだろう。その時、何と言って慰めようか? プリ様は、首を捻った。
「だから、大丈夫です。お父様、失敗しませんから。」
必死に食い下がる照彦。それを見て、プリ様は、フッと、口元を緩められた。
「よしよし なの。おとうたま、だいじょぶ なの。」
「止めてー! 失敗する前から、慰めるの止めてー!!」
喚く照彦を他所に「もう、そろそろ、晩御飯ですよ。」と、昴に促され、プリ様は、屋敷内に戻り始めた。
「ああっ、ちょっと待って、プリちゃん。」
何かを思い出し、着物の袂から、水晶を取り出した。
「これ、お母様に、ペンダントにして貰って、肌身離さず持ってなさい。」
「なに これ? なの。」
「空蝉山の、饒速日の神殿跡で、拾って来ました。」
プリ様は、綺麗だな、と思いながらも、何処かで会った覚えがある、と感じていました。
「お父様もね、空蝉山で亜空間ゲートが開いた時に、拾ったんだよ。」
照彦は、胸元から、同じ様な水晶をトップにしている、ペンダントを取り出してみせた。
「お揃いだね。」
「これは なに? なの。」
プリ様は、今度は、照彦のペンダントを見ながら、訊いた。彼は、自分のペンダントを見せびらかしながら、威張って言った。
「これはですねえ。トール神である、お父様が、本来の力を引き出せる身体なのです。」
あんまりな答えに、プリ様と昴は硬直したが、得意気に話す照彦は、気付いてなかった。
「今使っている、現生人類の肉体では、神の力が発揮出来ないんですよ。だから、一朝事有らば、この、水晶になっている肉体で、戦神としての実力を、存分に奮って上げます。お父様の役割は、さしづめ、デウス・エクス・マキナといったところですかね。」
長い。台詞が、長い上に、寒い。
そんな「俺は、まだ、本気出してないだけだから。」みたいな発言をされても……。プリ様と昴は、乾いた笑いを、顔面に貼り付けていた。
「さ、さあ、プリ様。お夕飯にしましょうね。」
「そ、そうなの。たのしみ なの、おゆうはん。」
「あ、あれ、お前達? お父様の、衝撃の告白を、ちゃんと、聞いてましたか?」
二人は、照彦の陳述を聞かなかった事にして、歩き始めたが、ふと、プリ様は、足を止めて振り返った。
「おとうたま……。」
「プリちゃん。お父様のお話、分かってくれたのかい?」
「ちがうの。おとうたまと、おそろいって……。」
「あっ、それが嬉しいのかい?」
「ちがうの。にんしん したり しない? なの。」
「…………。しないよ、プリちゃん。ダメだよ、天莉凜翠から、変な影響受けちゃ……。」
娘からの信用の無さに、ガックリと項垂れる照彦であった。