レヴィアタン強襲
「ふっふっふっ。たわわに成長しおって。」
スケべ爺いを、絵に描いた様な、好色な笑みを貼り付けて、ジワジワと迫る翁。
「それ、いただきじゃ〜。」
「次元断層障壁。」
翁が飛び掛かろうとした一瞬、次元断層障壁が展開された。
「きゃん。」
翁は弾き飛ばされ、藤裏葉は、鍛えられた腹筋で、身体を持ち上げると、ブーツに括り付けてあったナイフを抜き、縄を切り、一回転して、地面に降り立った。
「お爺様、お戯れが過ぎますよ。」
そして、にこやかに、翁に近付くと、軽く蹴った。
「何故じゃー。ドMのクセに、何故、ワシにだけ厳しいのじゃ。」
「ドMでも、相手を選ぶ権利があるんですよ。シワクチャ爺いに、虐められたい人がいますか?」
と言いつつ、蹴りを入れ続ける藤裏葉。
「ああっ、ああっ、藤裏葉。後生じゃ。もっと、強く蹴っておくれ。」
「本当に、お爺様は変態ですね。続きは屋敷に入ってからよ。お望みなら、ロウソクも垂らして上げる。」
「はっ、はいぃぃぃ。」
…………。なんだか、よく分からない関係性である。ともあれ、二人は、屋敷の中に、入って行ったのであった。
五時になり、和臣が、帰宅の意を示した。プリ様と昴は、地上の阿多護神社まで、ついて行き、見送った。
「かずおみ、だっこ なの。」
「何だ、お前。甘えん坊だな。」
そう言いながらも、プリ様を抱き上げてやる和臣。二人は、暫し、じゃれ合った。その仲睦まじい様子に、昴は、嫉妬の炎を、燃やしていた。
「かずおみ〜、しんぱい ないの。もみじ、きっと、ぶじ なの。」
和臣を癒すように、何度も、何度も、頭を撫で撫でして上げる、プリ様。
「プリ……。ありがとな……。」
感極まって、和臣は、少し涙声になった。
それから、プリ様を下ろした和臣は、阿多護山を下る階段を、歩き始めた。プリ様と、昴は、姿の見えなくなるまで、手を振っていた。
「さあ、プリ様。戻りましょうか。風が冷たくなって来ましたよ。」
昴に促され、プリ様は、十月の夕陽を見詰めた。どこか、夏の名残りを思わせていた、九月の空気と違って、季節が移り変わった雰囲気が、肌で感じられた。
「貴女が、符璃叢ちゃん?」
不意に声を掛けられて、プリ様は振り返った。境内に生える木の陰から、銀の髪をした女が出て来た。
彼女を見た途端、昴は、アイギスの盾を構えて、プリ様の前に立った。普段、運痴の昴とは、思えない程、瞬時に身体が動いた。
それ程までに、女の風体が異様だったのだ。
大きな胸を、包み切れないほどピッチリとした、皮のボンテージ服を着用していた。が、そんな、場にそぐわない服装が、気にならないくらい、目を引くモノがあった。
彼女の両手は、身体の前で、両手ごと厚い布の袋に入れられ、有刺鉄線で、グルグル巻きにされていたのだ。ハイレグのボンテージ服から伸びる長い足も、膝下まであるロングブーツ以外は、何も着けていなかった。その両足も、足首に、鎖の付いた拘束具を、嵌められていた。
「すばゆ、どくの。」
「でも、プリ様……。」
「こいつは ぷりに ようが あゆの。」
スッと、前に出たプリ様は、その女、レヴィアタンと対峙した。
「お姉さんの後ろに、隠れていなくて良いの? お嬢ーちゃん。」
レヴィアタンの戯言になど、プリ様は、耳を貸してはいなかった。こいつ、どこかヤバイ。本能が、そう、告げていた。
「あはははははは。」
突然、笑い声だけを残して、レヴィアタンの姿が消えた。プリ様をして、感知出来ないほどの、素早さであった。
「むうっ……う。」
右斜め上から、ミサイルを思わせる鋭さで降って来た、レヴィアタンのキックを、手を十字に組んだブロックで、何とか防いだが、軽いプリ様の身体は、そのまま吹き飛ばされた。
「あっははははは。泣かしてやる。泣かしてやる。子供を虐めるのって、たーのしいぃぃぃ。」
狂気に歯を食いしばり、拘束されている両手を振り回すレヴィアタン。地面に転がっているプリ様に、叩きつけようとしているのだ。
『こいつ、やばすぎ なの。いろんな いみで。』
有刺鉄線は、殴り付ければ、確かに敵にダメージを与えるだろうが、それ以前に、振り回すだけで、レヴィアタン自身を傷付けていた。アイボリーの拘束衣は、針が突き刺さり、たちまち、真っ赤に染まっていった。
『りりり、りかい ふのう なの。』
行動原理が分からない、という事実は、そのまま、怖れに繋がる。今、プリ様は、生まれて初めて、相対した敵に、恐怖していた。
それでも、プリ様は、結構冷静に、チョコマカ逃げ回ってはいた。焦れたレヴィアタンは、足も使おうとし、鎖の長さも忘れて、振り上げようとしたので、引っかかって、転んでしまった。
『ちゃーんす。』
寝転ぶレヴィアタンに、マウントを取ろうと、プリ様が近付いた時……。彼女の、黄金の瞳が、ギラッと輝いた。
『まずいの……。』
思わず、バックステップを踏むプリ様だったが、少し遅きに失した。拘束されているレヴィアタンが、十二分に運動能力を発揮出来る体勢、それは、獣の如き四つ足。
腕と足で、地面を蹴ったレヴィアタンは、頭からプリ様に突っ込んで行った。
『ま、まほうしょうへきを……。』
一方、プリ様も大したモノで、咄嗟に、魔法障壁を張った。普通なら、飛び込んで来た敵は、弾き飛ばされる筈……。
だが、レヴィアタンは、障壁など無かったみたいに、プリ様のボディに、頭突きを食らわした。
再び、吹っ飛ばされるプリ様。モロに食らったので、今度は、ちょっと効いていた。痛みに、のたうち回るプリ様に、更に追い討ちをかけようと、両手を思っ切り叩き付けるレヴィアタン。
『まずい。まずいの……。』
魔法障壁がダメなら、グラビティウォールだ!
しかし、それすらも、無かったかの様に、レヴィアタンの両腕は、プリ様に、当たりそうになった。
「きゃあああああ。プリ様ぁぁぁ!!」
昴の悲鳴が響く。が、レヴィアタンの両腕は、ガィンッと、音を立てて、弾かれた。既の所で、プリ様が、神器を呼び寄せたからだ。
「びるすきるにる ふぇお!」
プリ様は、立ち上がり様、叫んだ。
「ビルスキルニル……フェオ?」
どこか、あどけなさを感じる仕草で、首を傾げるレヴィアタン。可愛い? と思った次の瞬間、その顔は、憤怒に彩られた。
「ああっ……。あああああああああああ!」
無茶苦茶に、両手を、叩き付けて来るが、硬いビルスキルニル フェオを纏ったプリ様の前では、自傷行為でしかなかった。
「や、やめゆの。もう、やめゆの。」
「お前が、おーまーえーがぁぁぁあああぁぁあ。」
純然たる狂気と殺意が交錯し、プリ様の身体を打った。痛くはないが、その剥き出しの感情は、大人でも、トラウマになりそうである。
やがて、レヴィアタンは「あああっ……。」と唸りながら、後ずさった。そして、改めて、プリ様のお顔を、マジマジと、見た。
「符璃叢……ちゃん?」
レヴィアタンは、身体を、モジモジとさせた。両手が自由なら、頭を掻き毟りたいのだろう。
「おかしい? おかしいよ……。符璃叢ちゃんは、私が殺した筈なのに。えっ? あれぇ?」
自分を殺した? 何を言っているんだ、こいつ。プリ様も、また、困惑の渦に巻き込まれていた。
「符璃叢ちゃん…………。…………、符璃叢〜! 殺す!!」
混乱していたかと思えば、突然、殺気を漲らせて、睨んで来た。もはや、相手にしたくないレベルの、面倒臭さだ。
「レヴィアタン……。こんな所に居たか……。」
その時、何も無い中空で声がして、何者かの姿が、薄っすらと現れ始めた。
『もしかして とき? りりすの いってた……。』
珍しく緊張したプリ様が、両の拳を、ギュッと、握り込んだ。




