このツンデレめ
「改造、終わりましたよ。」
と言って、珍しく扉から、オクの部屋へ入って来たトキは、エッチな身体と格好をした、女の子を差し出した。
歳の頃は十七、八。胸元の大きく開いた、ノースリーブの黒いボンテージ服を着ていた。股間も、結構なハイレグだ。申し訳程度に、腰回りにスカート状のフリルが付いていた。
しかし、何より異様な事に、彼女の両腕は、拘束衣の様な物で、ギッチリと固定されていた。両足首も、鎖の付いた拘束具で繋がれていて、小股でしか歩けなくなっていた。
「ええっと……。」
何だっけ? 何の話だっけ? と、オクは首を捻った。
「イヤですわ。お忘れになったんですか? 私に、翔綺に六花の一葉を与え、戦闘奴隷に改造しろ。と、おっしゃったでは、ありませんか。」
そうだったけ?! そういえば、そんな指示を出した気がする。オクは、改めて、変わり果てた翔綺の姿を見た。
「ずいぶんと、いたいたしい ようすね。」
「やはり、心が壊れましたので……。戦闘をする時以外は、キッチリ縛り上げておかないと……。」
「きゅうさい とは おもえない わね。」
「ええ。もう、大人の身体です。」
大人になったというより、丸で別人よね……。烏の濡れ羽色だった、綺麗な黒髪が、銀髪になっているのを見て、オクは思った。
「まあ、これは これで わるく ないけど……。」
サラサラの銀髪を、指で梳いてやると「うっ。」と、レヴィアタンが声を上げた。
オクは、この間の翔綺を、思い出していた。御三家の子に相応しい気高さと、子供らしい一面を合わせ持つ、愛らしい子だった……。
ええっ?! 私、あの翔綺ちゃんを、ここまでしろって、命令したかな……。オクは、頭をグルグルと、働かせた。
「では、連れて行きますね。」
オクが考え込んでいると、トキは、そう言って、レヴィアタンに付けられた、鉄製の首輪の鎖を引いて、出て行った。
神王院家、地下屋敷のリビングで、料理長の長田さんが作ってくれたモンブランを食べながら、和臣は、溜息を吐いていた。あの衝撃の美柱庵家襲撃事件から、五日が経っていた。
「どしたの? かずおみ。」
「ん〜、いや……。紅葉の家に行った時の事を、思い出してしまってな……。」
プリ様に聞かれて、和臣は、重い口を開いた。
「お母様、どんな御様子でした?」
紅茶のお代わりを淹れながら、昴も訊いて来た。
あんなに、取り乱すとは思わなかった……。というのが、和臣の率直な感想だった。両親の、紅葉に対する無関心さは知っていたので、淡々と応対されるのではないかと、変な心配も、していたのだ。
「必ず、連れ戻します。」と言ったら、ぶっ叩かれた。「無責任な約束しないで。」と、襟首を掴まれた。
そんなに大事な娘なら、何故、放置していたのか。と、言い返しそうになったが、その気配を察した、父の宗一郎に止められた。
「可愛いなら、日頃から、愛情を注いでやれば、良かったんだ。紅葉が、どれだけ、それに飢えていたか……。」
母親の楓の前で言えなかった愚痴を、プリ様の前で、つい、零してしまう和臣。プリ様は、ちっちゃなお手手を伸ばして「よちよち。」と、彼の頭を撫でて上げた。
「かずおみ〜。きづかない ことも あゆの。うしなって はじめて わかゆの。その ひとを どんなに すき だったか……。」
「プリ……、お前……。」
玲を失ったプリ様。その辛い体験は、プリ様の、他人に対する、寛容さの間口を、広げていた。
『ちょっと待て。プリって、もしかして、俺より、人生経験や、人間感情に対する考察が、上なんじゃ……。』
三歳幼女に、人の心の動きの機微を教えられ、諌められ、和臣は、暫し、自己嫌悪に陥った。
「あの日から、リリス様も、裏葉ちゃんも、全然来ないんですぅ。私は、プリ様を独り占め出来て、良いんですけど……。」
と言いつつ、膝に乗っけているプリ様を、ギュッ〜と、背中から抱き締める昴。
リリスは、事後処理に、忙殺されていた。学校にも来ていないので、例によって、渚ちゃんが、寂しがっていた。
「裏葉さんは、長野の山奥に、行くと言っていたな。記憶を司る術士が居るとかで……。」
裏葉ちゃんとは、マメに、連絡を取っているんだ、ふーん。という目で、昴は、和臣を、チロッと見た。
そこに、突如、リビングのドアを乱暴に開け、六連星主従が入室して来た。ビクッと、身体を硬くする昴。
「居たわね、ガキ。アンタに、耳寄りな話を、持って来てやったのよ。感謝しなさい、このガキ。」
「むつらぼし、こえが おっきいの。すばゆが こわがってゆの。」
まくし立てる六連星に、プリ様は、冷静に対応した。
「耳寄りな話ってなんだ?」
和臣が聞き返すと、六連星は、ニッと、笑った。
「クラウドフォートレスの、復元が終わったのよ。これを……。」
「紅葉ちゃんや、翔綺ちゃんを助けるのに、敵地に乗り込むんだろ? なら、移動要塞で突っ込んで、決着まで着けたら、良いんじゃないか、っつー話よ。」
途中で、乱橋に割り込まれて、六連星、ご立腹。
「何で、アンタが言うのよ。私が、御三家評議委員会に、掛け合ったっていうのに……。」
言ってから、ハッと、口を押さえた。
「むつらぼし……。」
「な、何よ、ガキ。」
「ありがと なの。」
「はあああ? 何、礼を、言っちゃって、くれちゃってるの? べ、別に、アンタの為なんかじゃ、ないんだからね。御三家筆頭として、子分の美柱庵家への、狼藉の落とし前を、着けさせなきゃいけないだけなんだからね。」
顔を真っ赤にして、がなり散らす六連星を『このツンデレめ。』と、皆んなは、生温かい目で見ていた。昴だけは、六連星の熱い友情に、感動していた。
「じゃ、じゃあ、裏葉が戻り次第、攻め込むわよ。隊長は、私がやるから。」
「えっ、お前、一緒に来る気なの?」
「むつらぼし、それは……。」
なんだか、物凄く、面倒な事態が起こりそうだ。ハプニングの予感に、プリ様と和臣は、頭を抱えた。
その藤裏葉は、大型のオフロードバイクで、ビーナスラインを、ひた走っていた。記憶を司る術士は、霧ヶ峰の奥深くに居るのだ。
『私は、前世、妖精だった……。』
彼女には、前世の記憶は、人間になってからの期間しかない。だから、結界と結界を結ぶ技も、前世で、生まれつき持っていたモノなのだろう、と思っていた。
しかし、出立前に、リリスが、オクから聞いた話を、藤裏葉にも聞かせたのだ。もしかしたら、妖精だった頃まで、遡らなければ、記憶が戻らないかもと、危惧したからだ。
『オクちゃん……。前世の世界の、魔王から授けられた能力。』
敵の尖兵として、トールのパーティに、潜りこまされていた。こんな屈辱的な過去は、いくら脳天気な彼女でも……。
『ああっ。魔王に、コマとして、物みたいに扱われていたなんて。前世の私、境遇良過ぎる。』
…………。あまり、気にしてないようだ。
バイクは、高速を降り、更に、一般道から、獣道に近い未舗装路に、突っ込んで行った。整備されてない道を疾走する反動は凄まじく、その震動に、藤裏葉も……。
『ああっ。ああっ。骨髄まで浸透するショック。ああん、キツい。良過ぎるぅぅぅ。』
…………。あまり、こたえてないようである。
そして、バイクは、山中の古びた屋敷前で止まった。所々、崩れかけてはいるが、立派な漆喰の塀で囲まれいた。
バイクを降りて、一歩踏み出す藤裏葉。その時、足元の罠が作動し、あっという間に、木の枝に、逆さ吊りにされてしまった。
「ほっほっほっ。引っ掛かりよったな。」
木の門が、ギィィッと、音を立てて開いた。中から出てくる、背中の曲がった翁。その目が、ギラッと、光った。
藤裏葉、ピーンチ。