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戦闘奴隷レヴィアタン誕生

 何だろう、この幸福感。


 紅葉は、ハギトに膝枕をして上げながら、この世の全ての憂いから、解放されたみたいな、充足感を感じていた。此処には、母は居ない。父も居ない。自分を、お荷物扱いする人間は、居ないのだ。


 ムニャッと、ハギトが寝返りをうった。その頭を撫でながら、幸せそうに眠る、この子を愛おしいと感じていた。


『子供って、こんなに可愛いものなんだ……。』


 天上天下唯我独尊、傲岸不遜傍若無人に生きて来た自分に、こんな母性が根付いている事実が、驚きであった。


『ママ……。ママは、私を可愛いと思った事あった?』


 もう、どうでも良いや。紅葉は、上半身を屈め、眠るハギトに頬擦りした。


『こんなに、満たされて、いるんだもん。このまま死んでも良い。もう、満たされない孤独に、心を切り刻まれるのは嫌。』


 全てを忘れて、眠ろうとした紅葉の瞼の裏に、和臣の姿が映った。


『和臣だって……。どうせ、裏葉が良いんでしょ? 前世から、ずっと、好きだったんだし……。』


 そう思って……。自分で思ったクセに、無性に腹が立って来て、叫んだ。


「バカ、バーカ、和臣のバーカ!」


 我儘なのは、分かっていた。その我儘で、和臣の人生を縛り付けて、許される筈もない事を。


「アンタが悪いのよ。」


 温められなければ、寒いと思わずに済んだ。何も知らなければ、欲しいとは思わなかった。


 和臣のくれた優しさ。無償の愛。


 全てが同情なのは知っていた。前世を思い出してからは、ほぼ、肉親に向ける思い遣りと、同質であるとも……。


 両親からの愛情に飢え、友達も出来ず、魔物の誘いに乗りそうになっていた自分。和臣は、そんな自分を、命懸けで、人間の世界に繋ぎ留めてくれた。


「良いの。今の私には、ハギトが居れば、それで良いの。」


 紅葉は、そう呟いた。その双眸からは、自分でも気付かぬまま、涙が零れ落ちていた。




 神王院、光極天の助っ人も来たので、プリ様達は、リリスと藤裏葉に別れを告げ、美柱庵家を後にした。


「さて、和臣君。紅葉ちゃんの家に行こうか。」


 カルメンさんの運転する、ストレッチリムジンに乗り込むと、開口一番、照彦は、そう言った。


「彼女は、暫く、帰れない。その説明をしなくては……。」


 そう言う照彦を、和臣は、不思議なモノを見る目で見ていた。


「な、なんだい?」

「いえ……。あまりに、マトモな提案が出たので、意外に思って……。」

「君達、僕を、一体、どんな目で見ているんだい?」


 照彦、半泣きである。


「おとうたま、だいじょぶ なの。ぷりは おとうたまを そんけい してゆの。」

「プ、プリちゃん……。」


 三歳の娘に抱き付いて泣く、アラサー男。プリ様は「よちよち。」と、頭を撫でて上げた。


「お気持ちは、有り難いのですが、父と行く事にします。さっき、連絡したら、父も自分が行くと……。」


 ここは、和臣の意見を汲み、彼と宗一郎に、任せる事にした。


 そうして帰って来たプリ様は、帰るなり、照彦に、ヒーリングの訓練を頼んだ。


「でも、プリちゃんも疲れているでしょう? 今日は、休んだら?」

「また、たたか()っちゃったの。なんだか、こころが とげとげ なの。やさしいの ほしいの。」

「?」


 プリ様言葉が、今一つ理解不能で、首を捻る照彦。


「旦那様。プリ様は、荒事に、倦んでいるのだと思います。他人(ひと)に優しく出来る能力(ちから)を、欲しているんです。」


 昴の解説に、照彦は、クシャッと、顔を歪ませた。戦いの渦中に身を置きながら、それでも、誰かを救う力を求めている娘が、健気で、いじらしかった。


「…………? おとうたま。どうして、なくの? いたいの? かなしいの?」

「痛くて、悲しいよ。お父様、神様なのに。前世のプリちゃん(トール)の名付け親なのに。運命の激流に翻弄される君を、見守るしか術がないなんて……。」

「おとうたま……。」


 見詰め合う父娘(おやこ)、繋がる心と心……。


「おとうたま〜。まーた、とーゆしん(トール神) って いってゆの。じぶんの こと。だまされゆ とこ だったの。まじめに いうから。」

「えっ、あれ? 今、良い感じに……。」

「旦那様……。自分を神と言ってしまうのは、確かに、痛いですぅ……。」

「あっ、あれ? 昴ちゃんまで……。」

「さあ、はじめゆの。くんれん。くだらない じょーく(ジョーク)いってゆ(言ってる) ばあい じゃないの。」

「くくく、下らない?!」


 信じてー。お父様を信じてー。と言う照彦を、ナチュラルに無視して、ヒーリングの訓練に入る、プリ様であった。




 所変わって、此処は、AT THE BACK OF THE NORTH WINDの一角。 小学校の体育館と思しき、建物の中で、床に書かれた、特殊な魔法陣の中に、翔綺が寝かされていた。


『この娘、シシクに嫉妬している……。』


 トキは、翔綺の心の内を、全て白日の元に晒すかの如く、彼女の記憶、感情の動きを読み取っていた。


 残酷な事に、翔綺は覚醒状態で、何をされているのか、自覚していた。その上で、心の隅々までを、閲覧されていた。誰にだってある、心の奥底に隠している、恥ずかしい記憶、醜い感情。それら、全てを抉り出されているのだ。ある意味、究極の拷問と言えた。


「止めなさい。それ以上、心に土足で、侵入しないでぇぇぇ。許さないんだからぁぁぁ。」

「くっくっくっ。姉を慕いながら、並び立てず。その位置にいる、三歳の従姉妹を羨み、妬む。何という罪深さ。醜悪さ。お前は、最低だな。」

「い、いやぁぁぁ。言わないで、言わないでぇぇぇ。この悪魔。悪魔ぁぁぁ!」

「悪魔で構わぬよ。だが、お前の腐れ切った魂は、悪魔以下だ。」


 悪魔以下……。御三家の一角、美柱庵家の娘として、常々、気高く、誇りを持って生きよ、と言われ続けていた、彼女の拠り所が、ベキッと、音を立てて崩れた。


 トキは、わざと、翔綺を追い込んで、その精神を、完膚無きまでに、叩き壊してしまうつもりなのだ。そうして、更地となった心の中に、別の新しい支柱を立ててしまえば、その洗脳を解くのは、容易ではなくなる。


「本当に、おぞましい女。お前には『翔綺』より、もっと、打って付けの名前がある。改名せよ。」


 美柱庵家の次女、翔綺である資格も無い。自分は、下卑た存在なのだ。そう思わされて、翔綺は、のたうち回って、苦しんだ。


「いや、いや。お父様と、お母様から、貰った名前よ。」

「いーや。お前の名は、レヴィアタン。嫉妬で人を呪う魔物の名こそ、お前には似合っている。」

「私が……魔物……。」

「そうだ。お前は、我等『幼女神聖同盟』に飼われる獣。この世で、最低の生き物。」

「あっ、あっ……。」

「レヴィアタンの名と共に、相応しい能力をやろう。我等の為に、力を尽くせよ。」

「い……や……。」


 翔綺が折れかけている、この時とばかりに、トキは、六花の一葉を、翔綺の右手に移植した。


「ひぃぃぃ! 痛い。苦しいぃぃぃ。」


 全身の神経を、ハサミで、細切れにされる程の痛みに、翔綺の身体は、ビクビクと、痙攣した。そして、それが治ると、変化が始まった。背が伸び、女性らしい丸みを帯び、豊かな乳房を持つ、大人の肢体へと……。


 そして、一刻後、魔法陣の中で立ち上がった者は、もはや美柱庵翔綺ではなかった。凄まじい潜在能力を秘めた、戦闘奴隷レヴィアタンであった。


『おや? 涙……。』


 トキは、棒立ちするレヴィアタンが、泣いているのに気が付いた。


『まだ、翔綺の欠片が、心の中に在るのか。もっと、もっと、堕ちてもらわねばならんな。』


 トキは右手で、レヴィアタンの額を掴んだ。すると、彼女の瞳には、仲睦まじい様子の、プリ様とリリスが映った。


「りりすぅ。しょうきちゃん、さがさなくて いいの?」

「翔綺さん? あんな子、要らないわ。」


 姉……さま……。


 二人の会話を聞く、レヴィアタンの胸は、悋気で張り裂けそうになっていた。


「そうなの。いらないの、あんなこ。りりす には、ぷりが いゆの。」


 ねっー、と笑い合う二人。爆発するレヴィアタンの感情。


「死ぃぃぃねぇぇぇ!」


 レヴィアタンの両手が、プリ様の細くて柔らかい首筋に伸び……。クキュッ、という音がして、プリ様の首が、不自然に曲がった。


『殺した……。符璃叢ちゃんを、私は殺してしまった……。』


 頭を抱え、跪くレヴィアタン。


「殺した。殺してしまったぁぁぁ。あああああああああ。」


 体育館の中に、レヴィアタンの絶叫が、木霊した。

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