お姉ちゃん、旧スクII型エンジェルと、知り合いなのよ。
九年前、当時、藤裏葉は、八歳であったが、その類稀な結界師としての能力を見込まれ、生まれたばかりの、翔綺、克実の兄弟に、探知の術式を施すのに、立ち会っていた。
「そうなんですよね〜。結界と結界を繋いで、瞬時に翔綺様の所へ駆け付ける術。確かに、私が仕込んだんですけど……。」
結界と結界を繋げられる、という事さえ、忘れていたわ。とは言えず、藤裏葉は、しきりに唸っていた。
もっとも、これは、あまり、彼女を責められない。結界と結界を結ぶ技は、前世で、魔王であるオクに授けられた技だ。人は、子供の頃に、前世の記憶が有っても、長ずるに従い、現世の出来事が上書きされて、薄れていくものなのだ。
「うらば、むり しなくて いいの。ゆっくり、おもいだすの。」
トテトテと近付いたプリ様に、頭を撫で撫でされた藤裏葉は、いきなり、そのプリ様を抱き締めた。
「プリちゃま〜。プリちゃまを抱っこしていると、思い出せる気がするの〜。」
豊満なバストに、顔を埋めて、幸せ一杯のプリ様。昴は、慌てて、取り戻そうとした。リリスも、同じ挙動に出たかったが、母親の手前、我慢していた。
「裏葉さ〜ん。プリ様を返して下さーい。」
「いやいや。私は、プリちゃまと、結婚するの。」
そんな二人の遣り取りを聞いていた朝顔が、フッと、藤裏葉の顔を見た。
「待ちなさい、藤裏葉。符璃叢と結婚したいなどと、貴女、まさか、本気で言っているのでは、ないでしょうね?」
「えっ……。いや、だって、奥様。スバルンだって……。」
「昴さんは、まだ、子供でしょう。子供同士で、じゃれあっている様なものです。しかるに、貴女は……。」
真面目だ。この人、真面目で、マトモだ。居合わせたプリ様パーティ(-紅葉)と、照彦&ピッケちゃんは、戦慄を覚えた。
「お、お母様? 裏葉さんも、プリちゃんを可愛がるあまり……。」
「可愛がるあまり、何ですか? 手足も伸び切って、そろそろ分別もつこうかという娘が、胡乱な発言を……。」
そこまで言って、朝顔は、娘の顔を、マジマジと見た。
「待ちなさい、天莉凜翠。何故、貴女が、藤裏葉の蛮行を庇うの?」
「えっ……。いや、あの、パ、パーティの仲間ですし、立場的には、私の部下ですし……。」
同類相憐れむだよな……。と、和臣は思った。
「そういえば、貴女も、よく符璃叢を抱っこしているわね? まさか……。」
「あ、あらあら。おほほほ。ま、まさか、お母様。私を、裏葉さんみたいな変態と、一緒にしないで……。」
おい……。と、藤裏葉が、リリスを、ジトッと、見た。
「ねっー、プリちゃん。私達は、仲良し従姉妹だものねー。」
と言いつつ、藤裏葉からプリ様を取り上げ、その細い身体に不似合いな程、大きな乳房に、埋もれさせるリリス。パーティ内、二大巨頭のオッパイを、交互に堪能して、夢見心地のプリ様。そして、それを、不審そうな目で、眺めている朝顔。
「おもいだしたの! おおたく って、なぞの ひよいんが いゆの。」
突然、顔を上げて、プリ様は、リリスに訴えた。
「あっ……。ああ、旧スクII型エンジェルね。」
「そうなの! みしゃおが いってたの。すごい やつが いゆって。…………へんたい だけど。」
大田区民を守る為に、日夜奮戦しているのに、妹から変態扱い……。リリスは、舞姫の報われなさ加減が不憫過ぎて、そっと、涙していたら……。
「りりすぅ。きゅうすくにがた しってゆの?」
「えっ?! そ、そうよ。お姉ちゃん、旧スクII型エンジェルと、知り合いなのよ。」
「すごい。りりす、すごいの。」
プリ様から、称賛の視線を浴びて、辛抱堪らなくなったリリスは、顔中にキスをして、頬擦りして……。
「ああっ、可愛いー、プリちゃん。大きくなったら、お姉ちゃんと、結婚しようね。」
と、口走ってしまった。
「天莉凜翠……。やっぱり、貴女……。」
地獄の底から響いて来るが如き、朝顔の声に、ハッと、我に返るリリス。
「あらあらあら。いいい、いやですわ、お母様。私、まだ十三歳(リリスは九月で十三歳に成りました。乙女座です。)ですし、子供ですし、無邪気な、じゃれ合いですし。」
普段、大人顔負けの言動と、切れ者ぶりを発揮しているクセに、都合の良い時だけ、子供になるな……。皆んなは、リリスを、醒めた目で見ていた。
「と、とにかく、裏葉さんは、記憶を辿れる術士の所に行って。で、記憶が戻り次第、皆んなで、AT THE BACK OF THE NORTH WINDに行きましょう。」
それで良いですか? と、リーダーのプリ様に、確認を取るリリス。だが、プリ様は、難しい顔をして、頭を横に振った。
「だめなの。きょうの にのまい なの。このまま、せめこんでも。」
「そうですね。また、皆んな、魅了されて、操られてしまいますね。プリ様への、強い愛情を持っている、私以外は……。」
プリ様の言に被せて、自己主張をして来る昴。そんな彼女をチラッと見てから、プリ様は、また、語り出した。
「そうなの。みりょう されちゃうの。あいぎすが ないと。」
「ええっ。プリ様、違いますぅ。何度言ったら、分かるんですかぁ。アイギスは関係ないんですぅ。プリ様への、揺るぎない愛情の力なんですぅ。」
「でも、あいぎすは ひとつしか ないの。ざんねん ながら。」
「だからぁ。関係ないんですぅ。愛なんですぅぅぅ。」
半泣きで、愛の力と言い張る昴を無視して、プリ様は、盛んに「こまったの。こまったの。」と、言い続けた。
「プリちゃん。お父様に、良い考えが、ありますよ。」
今こそ父親の威厳を示す時、と思ったのか、照彦が、張り切った声を上げた。
「りりす、かずおみ、うらば、どうしたら いいと おもう?」
「あ、あれ? ちょっと、プリちゃん。お父様に妙案が……。」
「うん、うん。おとうたま、ちょっと、おとなしく しててなの。あとで、きいたげゆの。」
「聞いてぇぇぇ、プリちゃん。本当に、あるんですよ。グッドアイデアなんですよぉぉぉ。」
昴は「愛なんですぅぅぅ。」とプリ様に、しがみ付き、照彦は「聞いてよ、プリちゃーん。」と食い下がった。ほとんど、地獄絵図である。
「符璃叢。気持ちは分かるけど、照彦の話を聞いて上げなさい。お前の気持ちは、本当に良く、分かるのだけれど。」
「何ですか、それ。どんな、気持ちなんですか? 姉様。」
取りなす朝顔を、問い質す照彦。
「まあまあ、おとうたま。きいたげゆの。おばたまが そこまで いうなら。」
トテトテと、照彦に近寄り、彼の着物の袖を引っ張った。その愛らし過ぎる様子に、若干ヘソを曲げ気味だった照彦も、たちまち、相好を崩した。
「うん。前に、プリちゃんが、やっつけたウルリクムミ、あれの逸話を知っているかい?」
「しってゆの。いしゅたるしんが はだかで おどったの。でも、みむきも しなかったの。」
天界を脅かす、化物に成長したウルリクムミを懐柔する為、美しい身体を見せ付けながら、イシュタル神が、天上の妙なる調べとも間違える、歌と踊りを披露したが、そんな誘惑を、ウルリクムミは、一顧だにしなかったのだ。
『そういう伝説は、前世と共通なのよね……。』
リリスは、聞きながら、思っていた。
「そう。つまり、ウルリクムミの残骸で、ヘルメットを作るのです。ケストスの力は、脳に直接影響を与えるみたいなので、それで防げる筈です。」
胡散臭〜。皆は、一様に、そう思った。
「おとうたま、うゆりくむみは かたいの。すごく かたいの。どうやって、へるめっと つくゆの?」
「えっ?! それは〜……。」
絵に描いた餅であった。