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狂戦士と成ったとしても

「大田区ですね。」


 比較的、被害が軽微だった、美柱庵家のラボとなっている一画の廊下で、結果待ちをしていたプリ様パーティに、三十代半ばくらいの、男性の術士が、翔綺の行方を、そう断定した。


『やはり、大田区……。』


 リリスには、思い当たる節が、多々あった。最初にオクと出会ったのも、大田区内の道路。舞姫がベトールに連れ去られたのも、大田区内の自宅道場だ。そもそも、温泉旅行に行った時、オクは「太田区」と「大田区」のウェーブが干渉し合っている、と言っていた。


「おおたく……。みしゃお()の おうちが あゆとこ なの。」

「ああっ、プリ様。良く覚えてましたね。偉いですぅ。」


 と言いつつ、プリ様に背中から抱き付き、オツムに頬を擦り擦りさせる昴。


 その昴を、横目で(羨ましそうに)見ながら、考え込むリリス。


『大田区に、何かあるのは、分かっていた。多分、無数に分岐する平行世界の一つ。それが、オクの言う太田区。』


 ネットスラングに「マンデラエフェクト」という言葉がある。これは、平行世界からスライドして来た人達が、この世界の歴史とは、違う記憶を持っているという現象である。大田区を「太田区」と覚えていたりするのも、その一つだ。


『舞姫ちゃんのお父さんも、黄金の林檎味という、発売された記録のないジュースを飲んだ覚えがある、と言っていた。何処かの時点で、大田区を中心として、時空の分岐が起こって……。』


 そういえば、湖島玲が、意識不明となった最後の戦い。あれも大田区に在る、ビルの地下駐車場で行われたのではなかったか?


『恐らく、分岐は其処ね。戦いの結果生じた、もう一つの世界に、湖島玲の魂は持って行かれた。そして、その世界をAT THE BACK OF THE NORTH WINDとして、オクが、ちゃっかり、利用したのね……。』


 そう考えれば、何となくスッキリした。


「話は分かったが……。」


 リリスの仮説を聞き終えた後、和臣が口を開いた。


「どうやって、その平行世界に行けばいいんだ?」


 さて、それは……。リリスも首を傾げるしかなかった。


「行くのは可能よ。」


 当惑するプリ様達に、兎笠を抱っこしたままの、朝顔が話し掛けた。


「分かっているわね、藤裏葉。」

「えっ……。」


 話を振られた藤裏葉は、明らかに、困惑した表情を見せた。


「貴女、もしかして『忘れた。』とか言うんじゃ……。」

「お、奥様、顔が怖いです……。」


 皆んなから向けられた視線に、ちょっとM心を疼かせながら、藤裏葉は、必死で記憶を掘り起こしていた。




 その頃、AT THE BACK OF THE NORTH WIND侵攻計画が進んでいるというのに、オクは、昴との感覚のリンクで、敵の情勢を探る事もせずに、夢中で、翔綺を構い倒していた。


「あのぉ、ハギトちゃんのお願いだから、貴女の部屋に来ましたけどぉ……。」

「うん、うん。わたし、しょうきちゃんと なかよく なりたくて。」


 本当は、リリスを逃してしまったので、行き場のない滾る想いを、妹の翔綺(の身体で)で晴らそうとしていたのだ。妖しく光るオクの目。


「な、なんか、目が厭らしい……。」

「えっ?! そ、そんなことないわ。」


 翔綺は、ハッキリ言って、警戒していた。さっきから「おかし たべない?」と言って、手を触って来たり「かみのけ すいて あげようか?」と言って、頭を触って来たりしていたからだ。


「わ、私は、ハギトちゃんのモノよ。変な事したら、許さないんだから。」


 立ち上がり、背を向けて、扉へと歩く翔綺。しかし、オクは、落ち着き払って、座っていた。


「私は、ケストスの上位命令者よ。つまり、あの神器に魅了された者は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 声が変わった? と思って、翔綺は振り向いた。其処には、先程までの幼女はおらず、お話の中の、エルフを思わせる、この世の者とも思えない、美しい女性が立っていた。


『ふっふっふっ。切り札の、本来の身体だって、使うわ。温泉旅行でお預け食ったから、もう、辛抱限界なのよ。』


 翔綺は逃げようとして、身体が動かなくなっているのに、気が付いた。


「心底から、服従させる事も、出来るんだけど……。」


 オクは近付くと、翔綺の顎を摘まんだ。


「逆らうリリスちゃんを、捩じ伏せるのが、最近楽しくて。抵抗してくれないと、燃えないのよ。」


 何言ってるの、この人。怖過ぎ。本物の変態を初めて見た、翔綺の背中に、特大級の悪寒が走った。


 ポーンと、小さな翔綺の身体が、ベッドに投げ出された。そして、そのまま、オクが覆い被さって来た。


『! 身体が動く。』


 身体の自由が、戻っているのに、気付いた翔綺は、思いっ切り暴れ出した。しかし、その行動は、オクを喜ばせただけだった。


「ふふふ。暴れなさい。もっと、暴れなさい。」

「い、いや。いやぁぁぁ。あ、あたし……。止め……。」

「ああっ。似ているわね、リリスちゃんに。その恥辱に歪んだ顔、そっくりよ。まるで、リリスちゃんみたい。」


 戯言を吐く、オク。その時、彼女の背後の空間から、トキが現れ、後頭部を平手で叩いた。


「子供相手に、何やっているんですか、貴女は。」


 オクは、叩かれた頭を撫でながら、トキを睨んだ。


「欲求が不満しているのよ! フルちゃんも居ないし、人肌が恋しいの!!」

「恥ずかしい事を、大声で言わないで下さい。」


 二人が言い争っている間、組み伏せられている翔綺は、ポロポロと、大粒の涙を落としながら、顔を背けていた。


「もう一人の方に頼めば良いでしょう? あの娘なら、喜んで、相手をしてくれるのではないですか?」

「紅葉ちゃん? 彼女はダメよ。心の中に、(和臣)が住んでいる。そんな変態、気持ち悪くて、触れないわ。」


 女同士の方が、変態なんじゃないの? と、翔綺は、恐怖に震えながらも、思っていた。


「ふうっ……。まあ、良いでしょう。」

「良いの? じゃあ、続きするから、どっか行って。」

「そっちはダメです。」

「えっ……、えっ〜。何で? な〜ん〜で〜?」

「ハギトさんの戦力に、不安があるのでは、ないんですか?」


 ハギトの話が出て、オクは、少し、真顔になった。


「何をする気なの?」


 問われてトキは、冷徹な笑みを浮かべた。


「シシク様に、お渡ししようと思っていた、フルさんの『六花の一葉』その子に、与えてみようと、思いまして……。」


 その返事に、オクは、顔色を変えた。


「何を考えているの? 星の宿命を持っていない子に、六花の一葉を付加したら……。」


 七大天使は、適当に選ばれた訳ではなかった。占星術を用い、生まれた日時、場所等、様々な条件を考慮して、選び出された者達である。


 例えば、玲=ファレグなどは、七大天使と成る為に、肉体と魂が分離するという、数奇な境遇に陥ったと言っても、過言ではないのだ。


「貴女のしようとしている行為は、私より、酷いモノよ?」


 諭して来るオクに、トキは、わざとらしく、溜息を吐いた。


「この前も言いましたが……。」


 いつも無気力そうに見える、トキの瞳の奥に、微かに炎が揺れているように見えた。


「覚悟が、足りないのでは、ありませんか?」


 トキの身体が、スッーと、滑って、翔綺の傍に立つと、彼女の髪の毛を掴んで、ベッドから引き摺り下ろした。


「使い捨てでも、構わないでしょう? 仮に、この娘が、狂戦士(バーサーカー)と成ったとしても……。」


 トキは、オクの頰に、両手を添えて、彼女の目を見詰めた。


「シシクの精製に役立てるなら、手段なんか選んでいられない。そうでしょ? オク。」

「…………。そう……ね……。」

「この子は貰って行くわ。安心して、立派な戦士に調教して上げる。」

「……うん……。」


 トキは「離して! 許さないんだから。」と喚く翔綺を抱え上げて、空間に消えた。オクは、焦点の定まらない目で、その様子を、ボウッーと、見ていた。


 暫くして、ハッと、我に返ったオクは、もう、先刻の出来事を忘れていた。そして、いつもの、昴と同じ顔の幼女の姿に戻り「ふるちゃんが いない から、おちゃの したくも じぶんで しないと……。」と呟きながら、戸棚から、茶器を出し始めた。



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