無茶苦茶自惚れてない?
血塗れのリリスの右足を見て、プリ様、和臣、藤裏葉は、血の気が引く思いをしていた。昴などは、自分が怪我をした訳でもないのに、アワアワと、卒倒しそうなくらい、取り乱していた。
「お、お前、それ、痛くないのか?」
恐る恐る、訊ねる和臣に、リリスは、ニッと、笑い返した。
「賢者の石から滲み出る『命の水』が、私の体内を循環しているから……。」
藤裏葉が、濡れたハンカチで、リリスの右足の甲を拭ってやると……。
「なおってゆの!」
驚きの声を上げる、プリ様一同。
「ねっ? 私には、もう、紅葉ちゃんのヒーリングは必要ないの。」
紅葉のヒーリングが必要ない……。
なんて、羨ましいんだ。と、皆は思ってしまった。
「…………。紅葉の奴、無事かな。」
ポツンと呟く和臣の頭を、プリ様は「よしよし。」と、撫でてお上げになった。
「だいじょぶなの。はぎとは じぶんの しもべとして つれてったの。いきなり ころしたり しないの。」
「僕……か。それが信じられん。あんな、我儘で、自己中で、天上天下唯我独尊の奴が、ハギトに従ったりするのか?」
和臣の言を、否定出来ずに、ウーンと、唸り込んでしまう、プリ様、昴、藤裏葉。
「ケストスの恐ろしさを、侮らない方が良い。」
そこに、真面目な顔で、リリスが口を挟んだ。
「魅了された途端、本当に、ハギトの事しか、考えられなくなるの。私が、わ、私が、プリちゃんに、攻撃を仕掛けるだなんて……。」
リリスは、見詰めていた自分の両手を、プルプルと、震わせた。
「ごめんね、ごめんねー、プリちゃん。お姉ちゃんの事、嫌いにならないでぇぇぇ。」
そう言って、抱き付き、泣きながら、プリ様のお胸に、頭を、グリグリと、押し付けるリリス。それを見ていた克実及び、美柱庵家戦闘員達は、ドン引きしていた。兎笠は、壊れた配管から垂れてくる、水滴を眺めていて、見てなかった。
「ちょっ、ちょっと、リリス様。皆んな見てますよ。ドン引きですよ。」
「だって、だあああっでぇ。プリちゃんに、プリちゃんに、ぎらわれぢゃううう。」
藤裏葉に耳打ちされても、一向に泣き止まないリリス。困った子だな。と、プリ様も、リリスの頭を、撫で撫でしながら、思っていた。
「兎笠! 兎笠は無事ですか?」
そこに、漸くやって来た、朝顔の声が聞こえて来た。
「おかあさま!」
兎笠は、トテトテと、駆け寄った。彼女の姿を視認した朝顔は、安堵した溜息を洩らし、抱き上げた。
「あんなに厳しいお袋さんでも、幼い末娘には、甘いんだな。」
朝顔の一連の行動を見ていた和臣は、そう言って、リリスに微笑みかけた。が、リリスは、その朝顔の行動に、言い知れぬ違和感を覚えていた。
この場合、彼女が、一番に心配すべきは、当主代行である英明の安否である筈だ。それによって、この戦の勝敗、及び、戦後処理と、これからの方針が決まる。
それなのに、朝顔は、そんなもの、そっちのけで、兎笠の無事を確認しにいった。普通の母親であれば、当たり前の行動であるが、この国の平和と安寧の為であれば、我が子を捨て駒にするのも厭わないのが、朝顔なのだ。絶対におかしい。
まるで兎笠が、美柱庵家の存亡など通り越して、もっと重要な事態に、必要不可欠な存在であるかの様だ。
などと、一瞬思ったのだが……。おかあさま、おかあさま、と甘えて来る兎笠に、優しく頬擦りをしてやっている朝顔を見ていると、穿ち過ぎかと、考え直した。あの鬼の母も、やっぱり人の子。末っ子は、格別に可愛いのだろう。
「さてっと……。」
呟いて、和臣は、プリ様の方に向き直った。
「俺は、紅葉を助けに行って来る。当面は別行動だ、リーダー。」
「おちつくの、かずおみ。どこに いゆか、わかんないの。」
「そうね……。敵の拠点、AT THE BACK OF THE NORTH WINDは、恐らく異空間。突入する方法は……。」
プリ様が、六花の一葉を、全て揃える事。リリスは、改めて、それを口にした。
「そんなの、待ってられないだろ。紅葉は、俺から離れたら、二日と精神の安定を保てないぞ。」
うわ〜。と、プリ様達は引いた。『何か、無茶苦茶自惚れてない?』プリ様、昴、藤裏葉、リリスの、女子四人は、冷ややかな目で、和臣を見た。
「残念ながら、和臣ちゃん。今の紅葉ちゃんは、ハギトという、女神にも等しい存在を得ているので、精神状態は安定している筈よ。残念ながらね。」
「いや、別に残念ではないぞ。」
大袈裟に、頭を振りながら解説するリリスに、面食らった様子で、和臣は言い返した。
「あわてなくて いいの。とうきょういせかいかさくせん。つぎは はぎとの ばんなの。ちかいうち かならず あらわれゆの。もみじと しょうきちゃんを したがえて。」
「翔綺? あの子も、連れて行かれたのですか?」
その時、プリ様パーティの話を聞いていた朝顔が、口を挟んだ。
「すみません、お母様。私が付いていながら、むざむざと、翔綺さんを……。」
「そんな事は構いません。私も、無様に手足を切り取られていたのですから。それよりも、翔綺が居るのなら、AT THE BACK OF THE NORTH WINDとやらの、場所が分かるかもしれないわ。」
何ですと!? 朝顔の発言に、プリ様達は、顔を見合わせた。
ところで、噂のAT THE BACK OF THE NORTH WINDでは、居城に戻ったオクが、ホッと一息吐いていた。
『そうだ、ふるちゃんを しかっとかなくちゃ。むだんで びちゅうあんけに せめこむ なんて、しょうきのさた じゃないわ。』
そう思い立ち、淹れていた紅茶を飲み終えると、城内にあるフルの部屋に向かった。
が、居ない。
『おかしいわ? どこに いったのかしら?』
可愛らしく、小首を傾げるオク。中身や性格はともかく、仕草や容姿は、本当に愛らしい、幼女のそれなのだ。
オクはテレポートし、オフィエルが根城にしている、理系専門学校の校舎に跳んだ。此処は、たまにフラッとやって来るファレグも使っていて、彼女の生前は、二人のシェア状態になっていた。
「おふぃえるちゃーん。ふるちゃん しらない……。」
オフィエルの気配がある、大教室に入ったオクは、黒板だけでは足りずに、床の上にまで、ビッシリと、白墨で書き込まれた数式に、息を呑んだ。
「な、なんなの? これは。」
「あっー、おく。そこ ふむなって、むしんけい。」
「この すうしき……。あなた、まさか、けんじゃのいしを つくり だそうと しているの?」
「あれは べんり じゃん。」
そういえば、前に作った「対プリ用強化スーツ」にも、部品として組み込んでいたっけ……。オクは、一人、頷いた。
「でも ふしぎ じゃん。けいさん すれば、けいさん するほど、つくれない ことが わかるって、いみふめい。」
それは、当然だ。賢者の石は三個とも、オクが、この世界に持ち込んだのだ。プリ様がトールだった、前世の世界から。
「そこで……じゃん?」
「な、なに?」
チロッと、流し目で自分を見るオフィエルに、不吉なモノを、オクは感じ取った。
「さいごの ひとつ、よこしな。もっているんだろ、けんじゃのいし。」
ふふふ、普通に喋らないでぇぇぇ。それだけで、怖いから。オクは、奥歯を、カチカチと、鳴らした。
「ももも、もってません。」
「おくぅ、おまえ わたしに かりが あるよねぇ?」
借り? そう言えば、洗脳して愛人にしていた罪を、借りにしてもらってたっけ……。
「ぐぬぬぬ。」
オクは観念した。




