美柱庵天莉凜翠 登場
アラトロンは自分の目を疑った。突然現れた五人目の女が、プリ様と昴を誘って、空中へと舞い上がったからだ。
「なんで あなたは とべるのでしゅか? ひじょうしき でしゅ。」
「私は金を操る能力を持っているの。だから飛べるのよ。」
恐ろしく説得力がある、とプリ様は思った。アラトロンと昴は首を捻った。
「かがくてきに せつめい するのでしゅ。」
「あらあら、ませた子ねえ。」
この技はゴールデンクラフト。金の微粒子の表面で起こった、プラズモン共鳴によって発生した電場に蓄えられた光エネルギーを、地面に放出する事によって浮力を得ているのよ。
謎の女子中学生は、一気に説明を捲し立てた。
「でたらめ ぬかしているんじゃ ないでしゅ。」
「あらあら、せっかく説明して上げたのに。」
アラトロンは大鎌を構え直した。
「ふん。この『あだまんとのかま』があるかぎり、ここには はいって これないでしゅ。」
「あらー、随分物騒な物をもっているわね。」
ゴールデンランス、と彼女が叫ぶと、その前面に十本ほどの黄金の槍が現れた。
「だから、なにもない ところから やりが でてくるのは はんそく でしゅ。」
「反則じゃないのよ。私の体内にある『賢者の石』が、そこらへんの素粒子を掻き集めて、黄金を精製するの。」
「また、いいかげんな かいせつを……。」
反論は途中までになった。謎の女子中学生が、有無も言わさず、槍をアラトロンに向かって放出したからだ。アダマントの鎌で防いでいるが、段々と洞窟の中に身体が押し込まれて行った。
「今よ。プリちゃん、昴ちゃん、行ってらっしゃい。」
槍に続いて、プリ様と昴も放出された。プリ様は歓声を上げているが、昴は悲鳴を上げていた。
洞窟に着地すると、プリ様は後ろを振り返った。彼女はまだ、宙に浮いたままだった。
「おねえさんは?」
「私はあの躾けのなってない狼をやっつけて来るわ。」
「わかったの。」
「プリちゃん、アダマントの鎌には気を付けて。貴女の、物質を原子レベルで破壊する力も、あれには通じないわ。」
プリ様は頷くと、アラトロンを追った。
その後を追う昴の胸中には、小さな疑問が湧き起こっていた。何故、あの人は私達の名前を知っていたのだろう? それにプリ様の力も……?
アラトロンは洞窟の一番奥にある空間へ逃げ込んだ。そこは、とても電車のホームだったとは思えない有様になっていた。巨大な球状の部屋で、壁は光輝くクリスタルで出来ている。床には所々から同じ素材の剥き出しのクリスタルが生えていた。
どこかで見た覚えがある。
プリ様はそう思った。そうだ、これは真ん中に階段ピラミッドがないだけで、魔王の玉座があった部屋にそっくりだ。
「おどろきましゅたか! かんぶの へやは ごうか なのでしゅ。」
何かヤバイ。この部屋の形状には意味がある。
プリ様は自分に続いて部屋に入ろうとした昴を押し出した。
「すばゆ、はいっちゃ だめなの!」
昴が出た、その瞬間、入り口に見えない壁が出来て、プリ様は中に取り残された。
「よい はんだん でしゅ。あの にぶそうな おんなは しゅんさつ だったでしゅ。この あだまんとのかまの こうげきが はじまると……。」
ここでアラトロンはニヤリと笑った。
「もっとも、おまえだって なんびょう たえられるか……。」
アダマントの鎌が不気味に光った。
謎の女子中学生は地面に降り立った。相変わらず、紅葉は追い回されていて、時々、和臣がハティに殴りかかっては、弾き飛ばされる、という行為を繰り返していた。
「ゴールデンプリズン!」
と声を上げると、ハティの周りに、太い金の柱が円形に何本も生えて来て、彼をその中に閉じ込めた。
「た、助かった。あんた、礼を言うわ。」
「あらぁ、良いのよ。私達の仲じゃない。」
「何よ、馴れ馴れしい女ね。私達の結束の中には、そうそう入れないわよ。」
紅葉は右手で和臣の腕を掴み、左手に持っていたニール君のケージを小脇に抱えた。
「そのワンちゃんもお仲間なの?」
「この子はねえ、今でこそ犬だけど、前世では大切な仲間だったのよ。」
犬を前世で仲間とか、客観的に見ると危ない奴だよな……。
と、和臣は冷めた目で見ていた。
「クレオ姐さん、犬になっても私達は仲間よ。」
なーんかスイッチ入っちゃって、ニール君に話し掛けているけど、益々ヤバイ人に見えているぞ。
「クレオちゃん……っていうの? そのワンちゃん。」
「この子はニール君、前世の名前がクレオよ。クレオ・ラ・フィーロ。」
「あ、あらぁ……。」
謎の中学生は引くでもなく、暫し紅葉の顔を眺めていた。
おや、和臣は彼女の顔を見直した。
面白そうに笑ったように見えたのだ。元々、常に目を細めて、微笑んでいるみたいな顔付きなので、表情がわかりにくい。
「あらあら、そうなのー。大事なワンちゃんなのね〜。」
「そうよ。私が前世で姉として慕っていた人の生まれ変わりなの。ただの犬じゃないのよ。」
「あらまあ、そこまで思っていたんなら、前世で言ってくれれば良いのに〜。」
「馬鹿ね。そんな恥ずかしい事、面と向かって言えないわよ。」
「じゃあ、面と向かって言っちゃったら、恥ずかしさで悶死するわねえ。」
紅葉と謎の女子は笑い合っていた。和臣は何か気になる発言があったような気がした。
「おっと、そろそろ、あっちの大きなワンちゃんが復活するわ。」
言われて、紅葉と和臣はハティの方を見た。彼は自分を捕らえている檻を、一本一本咥えて、引き抜いていた。もう少しで、身体の通る隙間が空きそうだ。
「しかし、有効な攻撃手段がない。口惜しいが、俺達の能力では、あいつは倒せない。」
和臣の言葉を、謎女子は不思議そうに聞いていた。
「あの、各駅のボスを一網打尽にした炎なら、いけるんじゃなくて?」
「! もしかして、あの時俺を助けてくれたのは君か!?」
ゴールデンウォール。確かに金を使う彼女の能力と一致する。
「それなら見ていただろ。制御出来ないんだ。こんな洞窟内で使ったら、皆焼き尽くしてしまう。」
ふむ、と頷いてから、今度は紅葉を見た。
「何となく、貴女は真空状態を作り出せるような気がするのだけれど……。」
「良くわかったわね。でも、私もそいつと同じ、制御出来ないの。ここら一帯を真空地帯にしてしまうわ。」
「それなら、火を使った後に、真空にして消火すれば良いじゃない?」
ハッと、二人は顔を見合わせた。
「あんた、頭良いわね。」
「あらあら、お世辞は良いから。ハティがゴールデンプリズンから抜け出す前に、やっちゃった方が良いんじゃなくて?」
言われるまでもない、と和臣はハティの前に飛び出した。
「我が守護神プロメテウスよ。我に力を与え給え。原初の炎を、敵を薙ぎ払う火炎へと変えて。ゴーフォ・ク・オーノ。」
閉じ込めている檻ごと焼き尽くすほどの、凄まじい炎がハティの足元から起こった。金の檻も融け始めているので、1064.18℃はある筈だ。炎は彼の足元に止まらず、徐々に膨らみ始めた。
「あっちゃー、これは堪らん。」
「あらぁ、もうちょっとだけ我慢……。」
謎中学生の制止も聞かずに、紅葉は呪文を詠唱し始めた。
「我が守護神アルテミス様。我にお力をお貸し下さい。月の力を、そのあるがままの姿を。シンク・メーゲン。」
次の瞬間、全く空気がなくなった。炎が消えるまでと頑張ったので、さすがに謎の女子も苦しげにしている。
「ぷはー、もう限界。」
紅葉が術を解除すると、ハティはこんがり焼けた山になっていた。
「やったか?」
和臣が近付こうとしたら、突如咆哮を上げて、ハティが立ち上がった。
「あらあら、やっぱり早かったわね。」
「暢気な事言ってないでよ。」
ハティは唸りながら、紅葉に近付いて来る。
「これだけ弱らせてくれれば充分よ。」
謎の中学生は、再びゴールデンクラフトで浮き上がり、ハティの正面に出た。
「八つ裂きゴールデンホィール!」
直径がハティの全長程もある回転ノコギリの刃が出現し、彼の方へと転がって行った。燃やされて、弱っている身体は、豆腐のように刃を受け入れて行き、ハティは縦に両断された。
凄い、と和臣は感心した。
どうして「八つ裂き」だけ日本語なんだろう、と紅葉はまた妙なところに引っ掛かっていた。
謎の女子中学生は「あ、私の名前は美柱庵 天莉凜翠よ。長過ぎるならリリスと呼んでも良いわ。」と言って、ウィンクをした。
ゴールデンクラフトの原理はNASAでも研究されているのですが、いかんせん、金が高価なので実用化の目処が立っていないのが現状です。
嘘です。すみません。
某アニメの宇宙船が大気圏内で浮く原理に習って、適当に考えました。