ピカレスク プリ様
起きた兎笠は、クシクシと目を擦り、ぼんやりと辺りを見回した。そして、その目にハギトが映ると、ちょっと嬉しげに口元を緩め、プリ様の肩から降りようと、身体を揺すった。
兎笠の覚醒に気付いたプリ様が、そっと地面に下ろして上げると、彼女は、トコトコと、ハギトの方に寄って行った。獲物が、もう一匹。などと思っていたハギトは、兎笠の顔を見て、動揺した。
もんの凄く良い笑顔で、近寄って来ているのだ。『そう言えば、私達、お友達になったんだった。』と、思い出したハギトは、ケストスの力を使うのを躊躇った。
兎笠ちゃんも敵になってしまう。そう慌てていたプリ様も、ハギトの躊躇を感じ、様子見をする事にした。兎笠ちゃんなら、敵に回っても、そんなに問題ないか。などという、失礼な考察も働いていた。
そうこうしている内に、兎笠は、ハギトの正面にまで、やって来た。それから、下げていたポシェットの中の、砂時計を取り出して、ニコッと微笑み掛けた。
あの子、いつも砂時計を持ち歩いているの? という、翔綺の疑問を他所に、兎笠は、ハギトの前に、ペタンと座り込むと、砂時計をひっくり返した。
そんな事をしている場合ではない。ハギトは、一瞬、自分を律したが、落ちて行く砂の、魅惑の動きに抗し切れず、同じくペタンと座り込み、兎笠と額をくっ付けながら、砂時計を見守り始めた。
「あ、あの〜。ハギトちゃん? プリさん、ぶっ殺さなくて良いの?」
「そうそう、氷漬けにしてやるよ。」
リリスと紅葉から、大変物騒な申し込みがあっても、二人は、真剣な顔で、砂の動きを見つめ続けた。しかし、やがて、最後の一粒が落ち切り、漸く事態が進展する、と皆は思った。が……。
兎笠に勧められたハギトが、砂時計をひっくり返し、第二ラウンドが始まってしまったのだ。更に、第三ラウンド、第四ラウンド、第五ラウンド…………。
永遠に続くのではないか。その場に居る全員の脳裏に、戦慄が走った。二人は、一向に飽きる事無く、砂の落ちるのを眺めているが、それに付き合わされる周りの人間は、拷問にも等しい、苦痛の時間を過ごしていた。
ただ一人、昴だけは、二人と同じ感性を持っているのか、ほえっーと、砂時計を見ていたが、それ以外の人間は、ほとんど同じ内容のアニメを、八週間見させられ続けるのと、同様の焦燥感を感じていた。
だが、このインターバルは、追い詰められて、思考がショートしていた、プリ様にとっては良かった。ハギトが、美柱庵地下施設を破壊し尽くす、と言った時に感じた「引っ掛かり」の正体に気付いたからだ。
『ちょっと ひきょうな きが すゆの。でも……。』
思い出した事実を使って、ハギトを、美柱庵地下施設から、追い出すのは可能だろう。だけれども、プリ様の幼女的倫理感が、それをするのを良しとしなかった。
『どうしよう……。でも、そんけい すゆ くぃんとぅす・ふぁびうす・まくしむす なら……。』
ローマの盾、クィントゥス・ファビウス・マクシムスなら、こんな時、どうするだろうか。味方を次々と寝返らせてしまう、ある意味最強のケストスに対して、乾坤一擲の有効打が有るなら、使用するのに、二の足を踏んだりはしないのではないか。
そこまで考えて、プリ様は「んっ?」と思った。クィントゥス・ファビウス・マクシムスって、誰だっけ? と。
ともあれ、プリ様は決断した。
『まもゆ っていうのは、きれいごと じゃないの。どよを かぶゆの。その どよみずを すすゆの。』
ちょっと、大袈裟じゃないの? と思われるかもしれないが、自ら卑怯の誹りを受けにいくのは、幼児には一大決心なのである。
などと、プリ様がお考えになっている間に、兎笠が十回目のラウンドを始めようとし、ハギトの僕となった人達も、ウンザリ、という局面を迎えていた。
「ちょっと まったなの、とりゅうちゃん。」
そこに、プリ様の「ちょっと待った」コール。皆は救われた様に、胸を撫で下ろした。
「ぷりちゃん、じゃましないで。」
ハギトは口を尖らせ、兎笠は、キョトンと、プリ様を眺めた。
「はぎと、いま、すぐに でていくの。さもないと……。」
「さもないと?」
自分は、絶対的優位に立っていると確信しているので、ぶっちゃけ、ハギトは、プリ様に対して舐め切った態度を取っていた。
「じぶんの たちば、わかってる? あなたは もはや、わたしに かられる のを まつ、こじか なのよ。」
フフン。という鼻息が聞こえてきそうな程の、ドヤ顔である。それでも、プリ様は、全く怯まず、右手を上に突き出した。
「ぐらびてぃぶれっどで こうげき すゆの。かえらないなら。」
まるで見当違いな方向に、腕を伸ばしているプリ様を見て、ハギトは笑った。
「どこを? なにを こうげき するの?」
「この ちかしせつの うえに あゆの。はぎとの おうちが。」
衝撃の事実に、ハギトは、明らかに、動揺した。
「う、うそ……。」
「あっー……。プリさんの言っている事は、本当よ。」
リリスが『ハギトちゃん、何て可愛らしいの。』という、トロンとした目で、彼女を見詰めながら言った。
「ひきょうもの! なんて、ひきょう なの。わたしの おうちの したに きちを つくる なんて。」
いや、どう考えても、基地の方が先でしょ。と、皆んな思ったが、何せ魅了されているので、そんな無茶な言い分も、可愛く思えるのだ。
「ひきょう……。はぎとは どうなの?」
「わ、わたし?」
「しんきで、ひとを あやつゆ。これは ひきょう じゃないの?」
「!」
「れいは……。ふぁれぐは のぞんだの? ひとの こころを じゆうに すゆなんて。」
「ふぁ、ふぁれぐちゃんは……。」
「ふぁれぐの いきかたを ひてい してゆの! いまの はぎとは。」
何だか良く分からないけど、そう言われると、自分が悪い行いをしているのではないかと、ハギトは狼狽えた。元々、気の弱い性質なので、心理的揺さ振りに弱いのだ。
「さあ、はぎと。みとめゆの。じぶんの あくを。そして、ごめんなさい すゆの。」
「えっ、えと……。」
「さあ、さあ、さあ!」
畳み掛けられて、すでにハギトは半泣きだ。その様子を、物陰から見ている人物が居た。オクだ。
『ななな、なんて、もろいこ なの。ぜったいてき ゆういに たちながら、あんな いいがかりに どうよう するなんて。』
オクは溜息を吐いた。
『そもそも、ぷりちゃんが、はぎとちゃんの じっかを こうげき したり できるわけ ないじゃない。』
それにしても……。と、オクはプリ様を見詰めた。
『ぶらふを かまし、こころの きんこうを みだして から、せいしんこうげきを するなんて……。』
いつの間に、そんな戦術を覚えたの?
オクは、興味深げに、プリ様を観察した。
攻撃出来ないのなら、相手の攻撃力を封じれば良い。そんな考え方は、それこそ、ファレグの遣り方ではないか。
『まさか……。ふぁれぐちゃんの りっかのいちようが、ぷりちゃんの せいしんに えいきょうを?』
むう? 考え込むオク。
『いや。いまは、それどころ では ないわ。』
このままでは、異世界化をする事なしに、ハギトは負けてしまう。それでは、オクとしては困るのだ。そんな生温さでは、シシクの刀身は、鍛えられない。
介入するか? と考えていたら、先程、格納庫から逃れて来た、オフィエル謹製のAIを搭載した、兵員輸送ヘリに出くわした。
一方、プリ様達の元へ、駆け付けようとしている者達は、他にも居た。和臣と藤裏葉だ。
「プリちゃま〜。待ってて下さい。すぐに、私のオッパイに、埋もれさせて上げますからねー。」
そんな場合ではないだろう。和臣は、そう思ったが、同時に、プリ様が、少し羨ましくもあった。
兎にも角にも、役者は、全て、一箇所に集合しようとしていたのであった。