凄過ぎるの、アイギス。
「さあて、どうしてくれようか。」
ジリジリと近寄って行く和臣。今、正に、オフィエルのお仕置きタイムが始まろうとした、その瞬間。
「へるめすの しょーてる!」
と叫んで、オフィエルが武器を抜いた。
「うお、危ねえ。」
慌てて、和臣は、バックステップを踏んだ。
「しんき へるめすの しょーてる じゃーん!」
得意げに笑うオフィエル。和臣と、藤裏葉は、その神器に見覚えがあった。
「かかか、和君。あれ、ヘルメス神の武器だよ……。」
若干、顔が青ざめている。暢気の塊とも言える藤裏葉を、ここまで動揺させるのには、訳があった。
前世、魔王との対戦は、不干渉を貫いていた神々が、何故か後期になると、人間側に与して、参戦を始めたのだ。とは言っても、当時、前世の世界に受肉していた神様は、それ程数が多くなく、一気に趨勢が覆った訳ではなかった。
その神々の一人に、ヘルメスが居た。
彼の繰り出すショーテルの恐ろしさときたら……。数千の魔族を、たちまちのうちにバラバラにし、死体の山を築き上げていったのだ。
「おっ? なんだ、おまえら。この しょーてるを しっているって、ものしり。」
「ばばば、馬鹿。お前、それ危ないぞ。」
「そそそ、そうだよ、オフィエルちゃん。お姉ちゃん達に、渡しなさい。」
明らかにビビってる。二人の態度を、そう判断したオフィエルは、口角を、ニヤァと、上げた。
「ほら、じゃん。」
「ばばば、馬鹿野郎。いきなり、振り上げるな。」
「か、和君、怖いぃ。」
和臣の腕にしがみ付く藤裏葉。その豊満な胸部が、柔らかく二の腕を包み込み……。思春期の少年の、理性を吹き飛ばすには、充分だった。
そんな二人から、さり気なく距離をとったオフィエルは、つば広の丸い帽子を被った。
「ぺたそす じゃーん! さらば なりよ。」
ペタソスを被った、オフィエルの身体が、浮き始めた。ざわめくメカニックさん達。全く、原理が分からないのだ。
「まっ、待て。オフィエル。」
藤裏葉を、腕にくっ付け、ニヤニヤが止まらない、だらしのない顔で、和臣が叫んだ。
「ほいっとな。」
しかし、オフィエルが、ショーテルを軽く振ると、床に大穴が空き、もうもうと、埃が舞い上がった。そして、その隙に、オフィエルは、うまうまと、逃げのびたのであった。
「逃げられちゃったね……。」
「う、うん……。」
「どうしたの? 和君。」
「い、いや……。む、胸が……。」
言われて、藤裏葉は、和臣の腕に押し付けられている、自分のオッパイに気が付いた。
「もしかして、興奮している? 和君。」
「そそそ、そんな事は……。」
「良いのよ。もっと、興奮しても。ああっ、和君に妄想で犯されるなんて、考えただけで、私……。」
「ししし、してない。妄想なんて、してないからな!」
そう言いつつも、あまりの気持ち良い感触に、積極的に藤裏葉を振り解けない和臣であった。
一方、此方は、リリス、照彦&ピッケちゃん組。
「ところで、叔父様は、何故、美柱庵家に?」
「……………………。お、弟が姉を訪ねるのは、普通でしょう。」
「何ですか? その長い間は……。」
訊きながら、リリスは、目まぐるしく、頭を回転させていた。
『叔父様=アリスコンプレックス。美柱庵家……兎笠? 幼過ぎ。翔綺? 翔綺=八歳=アリスコンプレックスストライクゾーン。』
解を得て、満足気に頷くリリス。
「なるほど……。翔綺さん目当てか……。」
「ちょっ、ちょっと待って、天莉凜翠。何を納得しているんですか?」
「もう、分かりました。先を急ぎましょう。」
「いや、だから。何が分かったって言うんですかぁぁぁ。」
叫ぶ照彦を無視して、歩を進めるリリス。ひょいっと、角を曲がると、目の前にプリ様が……。
「プリちゃーん!」
「げっ、りりす。」
「げっ」?
「何? プリちゃん。お姉ちゃんと会えたのが、嬉しくないの?」
「り、りりす。とにかく、はやく、どっか いくの。やばいの。」
「どっか行け」……。
「何? 何? プリちゃん。お姉ちゃんの事、嫌いになっちゃった? 嫌よ、そんなの。プリちゃーん。」
ドサクサ紛れに、しっかと、プリ様に抱き付くリリス。
「あっー、もう。してゆ ばあい じゃないの。こんなこと。はやく きえゆの、りりす。」
「早く消えちまえ」……。
「嫌、嫌。ごめんなさい。私に不備があったなら、謝るから。嫌わないで。捨てないで。プリちゃーん。」
泣き出す始末である。
「何があったんだい? プリちゃん。」
号泣して、プリ様にしがみ付くリリスを見て、埒があかないと思ったのか、今度は照彦が話し掛けた。
「ひえっ、おとうたま まで いゆ。」
「えっ? お父様、居ちゃダメなのかい?」
「ふたりとも、いなく なゆの。かきゅうてきすみやかに いなく なゆのー!」
「可及的速やかに、居なくなってしまえ」……。
「何で、そんな酷い事言うの? プリちゃーん。」
「おおお、お父様。何か、気に入らない事したかな? プ、プリちゃん……。」
大混乱である。そこに、追いついて来る、ハギト軍団。
「や、やばいの……。」
「おっ?! また、かもが いるわね。」
ニヤリと笑うハギト。
「そこの おじさんと、りりす。ぷりを やっつけなさい。」
ケストスが、燦然と輝いた。すると、プリ様に縋り付いていた二人は……。
「あらあら、プリさん? 地獄に送って上げようかしら?」
「ふっ、ふっ、ふっ。プリちゃん。親娘の縁も、今日までだね。」
と、あっさり寝返った。
「見て下さい、プリ様。リリス様は、簡単にケストスにやられましたよ。これは、私のプリ様への愛情の方が、深いという証拠です。」
「どうでも いいのー。そんな たわごと。」
「戯言」……。
軽く一蹴され、落ち込む昴。
照彦は、ともかく、リリスを敵に回すのは、絶対にヤバイ。
「天沼矛!」
いきなり、神器天沼矛を取り出すリリス。プリ様は、兎笠を背負ったまま、昴を誘導し、ハギト軍団とは反対の方向、リリス達が来た方に、回り込んだ。
が、いかんせん、近過ぎた。ブンッと、振り下ろされる天沼矛を、プリ様は、ビルスキルニル フェオで覆われた右腕で受け止めるのが、精一杯であった。
そのまま、天沼矛を弾き飛ばし、反動で跳んで、リリスから距離を取ろうとするプリ様。だが、一瞬出来た隙を、リリスは見逃さなかった。
しまった……。と思う間も無く、迫って来る天沼矛の切っ先。その時。
ガインッと、鈍い音がして、天沼矛は、アイギスに遮られた。
「プリ様は、私がお守りしますぅ。」
得意満面の昴。「すごいの……。」というプリ様の呟きを聞き、ますます、鼻高々である。
「すごいの、あいぎす。」
「えっ……。ち、違いますぅ、プリ様。凄いのは、昴なんです。」
「あめのぬぼこを ふせぐ なんて。すごすぎゆの、あいぎす。」
「違います。違いますぅぅぅ。昴を褒めて下さーい。」
と、二人がイチャイチャしている間に、紅葉まで追いついて来た。
「喰らえー、プリ。『月面を穿つ隕石』!」
でも、その無数の隕石は、プリ様の前に立つ、リリスに向かって行くわけで……。
クルッと、ひっくり返ったリリスは、天沼矛を超スピードで動かし「月面を穿つ隕石」を、全て叩き落とした。
「何やっているの? モミンちゃん。」
「モミンちゃん呼ぶな。アンタこそ邪魔よ。プリを殺るのは、私なの。」
二人が、いがみ合っている隙に、プリ様達は、ソッーと、その場を……。
「待ちなさい、プリちゃん。逃がしませんよ。」
そこに立ちはだかる照彦である。
『おとうたま……。いつも、やくたたず なのに。どうして ゆうのう なの? てきがわに なゆと。』
さり気なく、娘に、辛辣な感想を持たれているなど、知る由もない照彦である。
それはともかく、プリ様達は、グルリを囲まれてしまった。
「もう、おしまいよ、ぷりちゃん。かくご しなさい。」
腕を組んだハギトが、余裕綽々で、語り掛けて来た。何となく、絶体絶命である。
その時、荷物が如く、プリ様の肩に背負われていた、兎笠が、ゆっくりと、目を覚ました。