愛の力が勝ったんですぅぅぅ
まずい。ケストスは、心を魅了して、言いなりにしてしまう神器だ。プリ様は、前世の知識の中にある、ケストスのデータを思い出していた。
常人よりは、強固な精神力を持つ、美柱庵家の手練れでさえ、手も無く従ってしまうのだ。ましてや、人類最弱の精神力である昴が、魅了されない訳がない。振り向いて、自分を見詰める昴の様子に、戦慄を覚えるプリ様。彼女と戦う事態など、想像した事もなかった。
「ふっ、ふっふふ、ふっー。プリ様ぁ。」
「す、すばゆ……。」
「プリ様、大好きー。好き好き、プリ様ぁ。」
あっ、あれ? マインドコントロールを受けていない……。
「大丈夫ですよ、プリ様。ケストスだろうと、ケンケンパだろうと、私のプリ様への愛は、揺るぎはしないのです。」
いや、そんな筈はない……。と、プリ様は、お考えになった。人間程度の愛情だの、根性だのの、精神力で何とかなるという話ではないのだ。ケストスの恐ろしさは、その力の前では、神々ですら抗し切れない、という点にある。
「ふしぎ なの。どうして、すばゆが へいきなのか……。」
「だから、愛です。愛なんですぅ。」
必死に愛を強弁する昴。しかし、プリ様は、そんな戯言など、聞いてなかった。
『んっ?! あいぎす……。』
そうか、アイギスは、全ての攻撃を跳ね返す神器。ケストスの「魅了」も、攻撃と見なされ、ブロックされたのだ。
「わかったの。あいぎすの ちから だったの。」
「違います。違いますぅ。昴のプリ様への愛なんですぅ。愛の力が勝ったんですぅぅぅ。」
「なるほど、すごい しんき なの。あいぎす。」
「違います。違いますぅ。違うんですぅ。」
昴の抗議など、歯牙にもかけず、アイギスの能力に、プリ様は感心していた。
『でも、こまったの。こうちゃくじょうたい なの。』
ハギトに着いた、美柱庵家の面々の攻撃は、アイギスが防いでくれるが、プリ様も、操られているだけの人達を、攻撃は出来ない。
と、そこに、局面の打開を図るかの如く、近づいて来る人影が……。
紅葉であった。
位置関係を説明しよう。長い廊下の突き当たりに、本陣への入口があり、その前に、ハギトが立っていた。後からやって来たプリ様達は、ハギト(今や、翔綺、克実&その手勢で、ハギト軍団になっている。)よりも、入口から遠くに立っており、その後ろから、彼女は近付いて来ているのだ。
つまり、紅葉が魅了されれば、プリ様達は挟み撃ちに……。
「もみじ、なんで きたの?」
「何よ、ご挨拶じゃない、プリ。手足くっ付けて上げたら、あの、朝顔オバさんが、もう大丈夫だから、アンタ達を助けに行け、って……。」
その紅葉を見て、ハギトは、ニヤリと、笑った。
「いいところへ。もみじ、ぷりを やっつける のです。」
「はあ? ハギト、アンタ寝惚けているの? なんで、私が……。」
紅葉は、発言しかけて、止まった。
「プリィィィ! 覚悟しな。」
至極あっさりと、挟み撃ちになってしまった。
「凍える月の地表!」
ええっ〜。必殺技を、いきなり放つ?! しかし、それも、アイギスの前では、無効であった。
「それぇ、あいぎすは あっちを むいてるわ。あなたたち、いきなさい!」
軍団に号令をかけるハギト。
「ああっ、ハギトちゃん。」
「可愛い。可愛い過ぎる。」
命令されるのが、嬉しくてしょうがないといった様子で、プリ様に襲い掛かって来るハギト軍団。
『やむを えないの……。』
突然、ハギト軍団が、フワフワと、浮き始めた。
「はわわわ。何、これ。」
プリ様が、軍団の足元の重力を、軽くしたのだ。
「すばゆ、てったい なの。」
この騒ぎの中でも、平然と眠っている兎笠を抱えながら、プリ様は告げた。
「で、でも、前には紅葉さんが……。」
「もみじ……。」
プリ様は、兎笠を抱えたまま、ヒュンッと、一瞬で紅葉に走り寄り、その頭を一発小突いた。
「ごらぁぁぁ! あいらぁぁぁ!! まーた、いたずら しおってぇぇぇ!!!」
「あひぃ!? ご、ごめんなさい。ごめんなさい。木に吊るすのは、勘弁してぇ。」
前世の名前で、トールの口調で怒鳴られ、生まれ変わる前のトラウマが甦る紅葉。半泣き、土下座で、蹲った。
「いまの うちなの。にげゆの。」
「…………。」
紅葉さん、カッコ悪〜。と、思いながら、プリ様について行く昴であった。
一方、その頃、美柱庵家格納庫では、人類の危機が、続行中であった。
「おまえ、ふざけんなって、げきど。わたしの めいれいに したがえって かんじ?」
オフィエルの抗議を、一笑に付す、ランド野牛。
「愚かで劣った者は、優れた者に駆逐される。それが、自然界の掟ではないか。」
お前は、自然じゃないじゃーん。人工物じゃーん。と、思うオフィエル。そんな彼女を無視して、ランド野牛は、藤裏葉に、目を留めた。
「ううう、美しい。美しくて、いやらしい身体。お前、私と結婚するのだ。」
「…………。あの……、人類は粛清なんじゃ……? 私も人類ですけど……。」
「お前は別だ。私の子供を産み、新時代のマリアとなるのだ。」
子供なんて、出来るわけねーだろ。と、思ったメカニックマン達だったが、散々、信じられないモノを見て来た後だったので、一抹の不安が胸をよぎった。
『子供……作れるの?』
アイコンタクトで、オフィエルに確認するメカニックさん達。慌てて、首を振るオフィエル。どうやら、子作り機能は、付いてないみたいだ。
「おまえ、ばかいってんな じゃーん。あかちゃんは こうのとりが はこんで くるんじゃーん。って、じょうしき。」
あっ、技術力は高くても、やっぱり幼女だ。メカニックさん達は、一様に、ホッコリとした。
「あの〜、私、貴方はタイプじゃないので、結婚はお断りします。性格も顔も最悪です。」
その隙に、きっぱり、はっきり、完膚無きまでに、ランド野牛をふる、藤裏葉。
「どうしたんだ、藤裏葉? お前、何時もなら『ああん。メカに犯されるなんて、堪りませんわ。』とか言って、喜ぶだろう?」
思わず問い質す、メカニックさん達の一人。
「……。永台さん、それ、セクハラですよ。」
ドMの変態だと思っていた藤裏葉に、冷静に言い返されて、永台さんは、ガックリと、膝から崩れ落ちた。
「この人は、真面目に結婚を申し込んで来たんです。真面目には、真面目で返すのが礼儀です。」
そうかぁ? 君、しょっちゅう、真面目な人に、不真面目に答えて、神経逆撫でしてない? ただ、単に、メカとの営み(?)を、受け入れられなかっただけじゃないの?
メカニックさん達は、ジトッと、藤裏葉を睨んだ。
「大体、私は、プリちゃまのお嫁さんになるんです。重婚はご法度です。」
あっ、余計な事言った。皆が、そう思った。
「うおおおーん。クソだらー。そのプリちゃまを抹殺してやるぅぅぅ。」
汚い言葉を吐いて、暴れ出すランド野牛。まるで、逆切れするストーカーであった。そして、退けっ、とばかりに、迫り来るランド野牛の鉄拳。藤裏葉、ピンチ!
「地獄の火炎!」
その時、中二病っぽい技名が叫ばれ、凄まじい火炎に、ランド野牛のボディが包まれた。
「うわっ、あっちぃ。」
間一髪、頭部から背中のパーツになっていた、兵員輸送ヘリだけが、延焼を免れ、離脱した。駆け付けた和臣は、そのヘリも、追撃しようとしたが……。
燃えている最中の、ランド野牛ボディが、ヘリを庇う様に、立ち塞がった。
「お前達!」
仲間の友情に、感極まった声を出す輸送ヘリ。和臣から、何度、火炎攻撃を食らっても、ヘリが逃げ切るまで、ボディは仁王立ちしていた。
「むう。大したものだ。」
燃え尽きたランド野牛ボディを前にして、和臣も、感心した口調で、呟いた。
「和くーん! ありがとう!!」
そこに抱き付いてくる藤裏葉。
「やっぱり、和君は頼りになるよぉ。お礼に、オッパイ触っても良いよ?」
「お、おう……。じゃなくて……。」
顔を真っ赤にし、しどろもどろになる和臣。嗚呼、この子、この変態が好きなのだな。と、気の毒な目で、彼を見るメカニックさん達。
そんな騒ぎの中、そっ〜と、その場を逃れようとしているオフィエル……。
「待てよ、オフィエル。さっきのロボットは、お前の仕業か?」
「ぎっ、ぎくっ、じゃーん。」
「ギクッ、じゃありません、オフィエルちゃん。折檻よ。」
グルリを囲まれるオフィエル。絶体絶命であった。