自分が惨めになるだけだから……。
「ふっ、ふっ、ふっ。ニ対一ですよ、月読さん。退いた方が良くはありませんか?」
「ほう……。せんとうのうりょくかいむの あなたが いたとして、どう、すうせいに えいきょう するのかしら?」
「そ、そうですよ、叔父様。」
つい、フルに同調してしまうリリス。
「大丈夫です、天莉凜翠。僕は……。」
「ぼくは……?」(リリス&フル)
「天莉凜翠の足を引っ張らないよう、上手に隠れていますから。」
…………。重苦しい沈黙が、その場を支配した。
「さ、さあ、決着をつけるわよ、フル。」
「そ、そうね。」
「無視? 無視ですか?」
喚く照彦を置き去りに、戦闘は再開された。
「といっても、もう、しょうぶは ついているわ。まじゅつひこう!」
眼前に迫り来る攻撃を前に、リリスは考えていた。一番の良策は、障壁を展開する事だ。しかし、自分は、あまり、それが得意ではない。恐らく、百戦錬磨のフルの攻撃には、通じないだろう。
「天沼矛!」
リリスは、天沼矛を呼び出すと、考え得る最高のパワーで、床を突き刺し、持ち上げた。賢者の石から滲み出る「命の水」によって得られた力を、最大限活用していた。
床は盾となり、魔術飛蝗を防いだ……。
「ばか なのかしら? さっきも いったでしょ? それは ぶっしつ ではなく、まりょくの かたまり なのよ。」
防いだつもりだった魔術飛蝗は、床の盾をすり抜け、炎となって、リリスに襲い掛かった。
『やっ……ば……。』
触れれば、一瞬で身体が炭化する、猛烈な炎だ。危うし、リリス。
その時、ネックレスが輝き、緑色の光に、リリスは包まれた。
「これは……?!」
「天莉凜翠、そのネックレスを付けていれば、防御に関しては完璧です。僕の力が、君を必ず守ります。」
「叔父様の力が……。」
炎は緑の光に阻まれ、リリスは、その熱さを感じる事さえなかった。
「…………。叔父様、この後、妊娠したりはしないですよね?」
「しないから、安心しなさい。」
やがて、魔力を使い果たした炎は、完全に鎮火した。
「ふん。ぼうぎょが かんぺき でも、せめられない なら、しょうきは ないわよ。」
「攻撃の手段はある。」
天沼矛を構え、切っ先をフルへと向けた。
「また とっしん するの? さっき『へかてのぱぴるす』に はじきとばされた のを、わすれちゃった?」
「…………。」
フルの挑発にも、黙って、矛を握り締めるリリス。
「天沼矛の力、見せて上げる!」
一瞬、黒い霧が出たのかと思った。そして、それが、何百羽というカラスの塊だと気付いた時、フルの背筋を、冷たいモノが伝った。
「しゅ、しゅとろーむ でぃふぇんす!」
長い巻物であるヘカテのパピルスを、渦の様に、自分の身体の周りで回転させるフル。しかし、そんなのには、おかまいなく、カラス達はフル目掛けて、突っ込んで来た。
「はぶぶぶぶぶぅぅぅ!」
先頭の百羽くらいは、ディフェンスの力で、消滅した。が、次から次へと、雲霞の如く攻め寄せるカラス達に、激突され、突き飛ばされ、フルは、悲鳴を上げながら、床に転がった。
「まだ、まだぁ!」
天沼矛で床を叩くと、今度は、何百頭もの猪の大群が、地面を蹴って、突進して行った。フルは、もはや、障壁を張る余力も無く、猪に踏み潰されるのを、待つだけの状態となっていた。
「勝負あったわ、フル!」
「くっ……。おのれぇぇぇ!!」
だが、突然、空中に眩い光が発生し、それに当たった猪の群れは、一頭残らず消滅した。
「なっ……?」
その後、フルを庇う様子で、彼女の前に、黒い影が立ち、段々と形を成すと、トキになった。
「トキ……?!」
トキはフードを被ったまま、俯いていたが、フッと顔を上げると、キリッと、リリスを睨んだ。睨まれただけなのに、その圧に押されて、リリスの細い身体は、二、三歩退いた。
「だから言ったでしょ『フルさん』。優勢なうちに、撤退なさいと……。」
「わ、わたしは まだ……。」
「負けてないとでも?」
そこで、トキは、わざとらしく、溜息を吐いた。
「私には見えましたよ。貴女が、猪達に蹂躙される未来が。」
そう言われて、フルは、悔しそうに唇を噛んだ。
一方、リリスは、天沼矛で、トキに打ち掛かろうとして、出来ないでいた。
『このプレッシャー……。神威?』
冗談ではない。神威ならば、トキも神という事になる。しかも、彼女から発せられる圧力は、今まで経験した覚えの無い、不気味で、底知れぬものだった。
暫し、睨み合うリリスとトキ。いや、睨み合うと言うより、リリスがトキに見竦められている、と言った方が正しかった。
「どうした娘? 用が無いのなら、私は『フルさん』を連れて行くぞ。この者には、まだ、オク様の為に、役立ってもらわねばならないからな。」
「オクの為に……?」
「お前という、神の尖兵から、オク様を守る盾とするのだ。今度見える時、お前は『フルさん』には勝てぬ……。」
そう言いながら、トキはフルを連れ、スッーと、空間に消えて行った。二人が消えると、リリスの身体中の緊張が解け、彼女は、その場にヘタリ込んだ。
「天莉凜翠、大丈夫ですか?」
「ぜ、全然、大丈夫じゃありませんよ。何者なんですか? あいつは……。」
「オク様」などと、オクを立てる発言をしながら、その実、オクよりも奥深い何かを秘めている雰囲気があった。
「彼女は……。」
照彦も、考え込む様に、顎に手を当てていた。
「結構、美人でしたね。あと、十歳若ければ、ストライクゾーンだったかも。」
「…………。」
トキの見た目は、二十代前半。十歳見た目が若ければ、十〜十二、三歳……。正に、アリスコンプレックスゾーン。ブレないなコイツ。と、リリスは、照彦を、ジトッと見た。
「さあ、行くよ、ピッケちゃん。」
「ぴっけー!」
「あああっ。天莉凜翠、僕は? 僕は行かなくていいのかい?」
「コッチにおいで、ピッケちゃん。」
「ぴっけー!!」
「待って。置いてかないで、天莉凜翠〜。」
照彦に背を向けて、リリスは、本陣へと歩き始めた。
「ぜんりょくで いくの。びゆすきゆにゆ ふぇお!」
プリ様が叫ぶと、三つの光が、その小さなお身体を包み込んだ。
「みょゆにゆ、やーゆんぐれいぷゆ、めぎんぎょゆず! みっつの ちからが ひとつに なって……。」
ここで、短い御御足を、ダン、と踏み出し、両手を広げて、ポーズをとるプリ様であった。
「ぷりむら、びゆすきゆにゆ ふぇお!!」
特撮なら、プリ様の後ろで、爆発が起こりそうな勢いである。
「ふざけて いるんじゃ ありませんー!」
激昂したハギトの、超音波カッターを、頭からマトモに喰らうプリ様。
ひえええ、プリ様が真っ二つにぃぃぃ。と、昴は慌てたが、プリ様は、平気の平左で、立っていた。
「はぎと、つうじないの。ぷり には。そんな、しみったれた ちから。」
プリ様、いつになく、辛辣だなあ。と、思う昴。
「こ、こないでー。」
近づいて来るプリ様を、追い払うみたいに、ハギトは、両手を前に出した。そんな仕草を、気にも留めず、プリ様は、グングン、近寄って行った。
「くるなって、いってるのー。」
「はぎと、だめなの。」
プリ様の小ちゃな御手手が、ハギトの両肩に置かれた。
「いま、はぎとが こわそうと してゆもの。それは、れいが……、ふぁれぐが まもった もの なの。いのちがけで まもったの。」
「そうだと しても。そうだと しても……。」
ハギトは、プリ様を、突き飛ばした。
「あいつは ふみにじったの。ふぁれぐちゃんの いのちがけを あいつが ふみにじったのー。」
思いの丈を、超音波にして、プリ様にぶつけたが、ビルスキルニルフェオには、傷一つ付かなかった。
「もう、やめゆの……。」
自分が惨めになるだけだから……。そうは言えなくて、プリ様は、辛そうに俯いた。
「ふっ……、ふふふ。ちょうど いいわ。ぷりに ひであき。ふぁれぐちゃんの かたきが ふたり そろってるんだもの。」
ハギトは、カッと、口を開いた。
「この ちかしせつを つぶして、みんな おわりに してやる!」
「やめゆの、はぎと。」
プリ様の叫びが木霊した。