おまえは とくべつ なんかじゃない
「お姉様ー!」
と、抱き付こうとした翔綺は、リリスの傍らにチンマリ立つ、プリ様の姿に気が付いた。
『符璃叢ちゃん……。』
御三家の中で、二人は、最早、ベストパートナーと見なされていた。御三家女子の新しいエース、それがリリスであり、プリ様なのだ。
ちょっと、しょんぼりした翔綺に、プリ様は、ニコニコとして、近付いて来た。
「しょうきしゃん? わたち、ぷり なの。」
「あっ……、ああ、符璃叢ちゃん……。」
「いつも、りりす から きいてゆの。じまんの いもうと だって。」
「えっ?! 姉様が、私を、自慢の妹……。」
「そうなの。きょうだい おもいの いいこ だって。」
たちまち、翔綺は、目を輝かせた。
「姉様。大好き、姉様ー。」
再び、抱き付こうとする妹を、リリスは、やんわりと、牽制した。
「あらあら、甘えん坊さんね。でも、あの悪い子にお仕置きするまで、抱擁は我慢してね。」
「はい、姉様。あの子、姉様の悪口言ってたんですよ。」
さり気なく、告げ口する翔綺。
「ふん。あなたの だいすきな ねえさま はね、わたしたちの しゅりょう、おくさまと ただならぬ かんけい なのよ。」
リリスに向けられる、翔綺の、敬愛と憧憬の視線が、面白くないフルは、何とか、リリスの評判を、貶めてやろうとしていた。
「た、ただならぬ関係?」
「ちょっと、貴女、何言い出すの。」
「ほんとの こと でしょ? このあいだ なんか、いっしょに おんせんに はいってまで、おくさま から じょうほうを ききだしたのよ。」
「ね、姉様が、敵の首領と温泉……。」
「ち、違うのよ、翔綺さん。」
言い訳しようとするリリスを、翔綺は、尊敬を爆発させた目で見た。
「凄い、姉様。敵の首領を、悩殺して、情報を引き出すなんて、スパイ映画の、腕利き女スパイみたい。」
「えっ……。そ、そうかな……。」
「凄い、凄い。姉様、すっごーい!」
大興奮の翔綺である。その様子を、フルは、呆れた様な目で見ていた。
「きょうしん、もうしんって、こわいわねえ……。」
「貴女にだけは、言われたくないわ。」
即座に言い返したリリスは、天沼矛を構え直した。
「プリちゃん。翔綺さんと、兎笠を連れて、本陣に向かって。」
「わかったの。」
「私は、此処で、フルを食い止める。」
ああ、やっぱり、姉様は、符璃叢ちゃんを、頼りにしているのだな。と、落ち込む翔綺。
『ううん。でもいつか、私も、姉様の支えになれる戦士になる。負けないんだから。』
今は、姉様の、邪魔にならないようにするんだ。翔綺は、兎笠を背負い上げた。(それでも、兎笠は寝ています。)
そして「こっちよ、符璃叢ちゃん。」と、プリ様を案内して、走り出した。
「姉様、気を付けて。」
「りりす、がんばゆの。」
「じゃ、じゃあ、リリス様。」
翔綺、プリ様、昴は、そう言って、本陣へと、走り去って行った。
「さあて……。決着を着ける? フルさん。」
「なめるなぁぁぁ!」
リリスの挑発に、激昂するフル。放たれる秘技「飛蝗」。
「ゴールデンウォール!」
しかし、クナイは、全て回転する天沼矛に防がれてしまった。
「くっ、しんき あめのぬぼこ か。」
「もう手詰まり? 六花の一葉を渡し、降参するなら、見逃して上げるわよ。」
リリスが、そう言うと、フルは可笑しそうに笑いを零した。
「しんきは じぶん しか もってない とでも、おもって いるのかしら?」
「!」
「わたしも だすわ。おくさま から いただいた しんき。へかてのぱぴるす。」
フルが右手を挙げると、何時の間にか、その掌中に現れていた長い巻物が、バラっと解れた。
『ヘカテのパピルス……。魔術の神様、ヘカテの奥義が書かれているという書物……。』
睨み合っていても仕方ない。とりあえず、先制のジャブを放つみたいに、天沼矛で突いてみた。
バチンッ! 刃先がフルに近付いただけで、火花が飛び散り、リリスの細い身体は、弾き飛ばされた。
「へかては まじゅつを すべるもの。すべての まじゅつてき こうげきは きかないわ。」
魔術的攻撃が効かない?! それは、つまり、常に魔法子を帯びている神器に対して、絶対的防御機能を持っているに等しい。
「ざんねんね。しょうきちゃんが いれば、そんけいする おねえさまが、みじめに はいぼくする すがたを、みせて あげられたのに。」
「黙りなさい!」
天沼矛をしまったリリスは、龍人の姿となり、その鋭く長い爪で斬りかかった。
「ぼうぎょ だけじゃ ないのよ。」
ヘカテのパピルスは、フルの全身を覆うが如く、その周りで渦を巻いた。
「魔術飛蝗!」
飛蝗と言ってはいるが、先程の無数のクナイを飛ばす攻撃とは、全く違っていた。魔力の塊が、それこそ無数に、四方八方へと、飛ばされたのだ。
「くっ……。ゴールデンウォール!」
咄嗟に天沼矛を出し、ゴールデンウォールで防いだが……。
「かたちある ぶっしつが、とんでいる わけでは ないのよ。それは、わたしの しねんの かたまり……。」
防いだと思った攻撃。だが、リリスの周囲で、突然、予期せぬ爆発が起こった。リリスは、再度、吹き飛ばされ、うつ伏せに寝転がった。
「あっーははは。ふせげる? ふせげる かしら? この こうげき。」
勝ち誇るフル。その彼女と、リリスの間に、突如、何者かの影が出現した。
「なに?」
驚くフルの目の前で、影は徐々に形を成し、トキの姿となった。
「とき……さん?」
「さん」付けである。フルは、勘で、コイツは絶対に怒らせてはいけない奴だ、と感じていた。
「見事な攻撃ですね『フルさん』。」
そう言った後、トキは、考え込む様子で、フルとリリスの両者を見ていた。
「『フルさん』思念の塊は、爆発させる事しか出来ないの?」
「かぜも おこせるし、ほのおも おこせる。」
「ふーむ? 現象だけか……。」
「なにが いいたい?! ……のですか?」
トキは、それには答えず、また、その存在を希薄にしていった。
「忠告するわ『フルさん』。優勢なうちに、撤退なさい。」
「なんですって? どういう いみ?」
「…………。」
トキは消えてしまった。
『むむむ。なんなの、あの ひと……。なにが いいたいの?』
フルは、チラリと、動けないでいるリリスを見た。
「もう、こむすめは うごけない じゃない。」
二度目の「魔術飛蝗」。今度は、突風が吹いて、リリスの肢体は宙に舞い、床に叩きつけられた。それは、フルの得意技、野分など、比べ物にならないくらい、強力な風だった。
「ごたいが ばらばらに ならないって ことは、まだ、かろうじて、ぼうぎょ しているのね。」
「…………。」
実際、リリスは、天沼矛の力を借りて、何とか死なない程度には、フルの攻撃を相殺していた。しかし、追い詰められていっているのには、違いなかった。
「ふふふ。さあ、ころして あげるわ。そうすれば、おくさまの きのまよいも はれるでしょ。」
狂気を孕んだ目で、リリスに近付いて来るフル。絶体絶命だ。その時、フルの足が、ふと止まった。
「そういえば、あなた、おんせんりょかんで、おくさまと ねたのよね?」
その言い方はよせ〜。と、リリスは思ったが、身体中が痛くて、声が出せないでいた。
あああああー! フルが、凄まじい咆哮を上げた。
「ねたんでしょ? だかれたんでしょ? あの ひとに。どんな ふうに? どんな ふうに?」
押さえ付けていた嫉妬という情念が、歪んだ形で、彼女を突き動かした。その場に跪き、天井を睨んで、髪を掻き毟るフル。
「こむすめが。こむすめが。こむすめがぁぁぁ。おまえは とくべつ なんかじゃない。おまえは とくべつ なんかじゃなーい!! 」
天井を見ていたフルの瞳が、グリっと降りて、リリスを見据えた。
「おまえは あのひとに とって、とくべつ なんかじゃない。よくぼうを みたすための ただの どうぐ なの。その しょうこに……。」
フルが、ユラリと立ち上がり、ゆっくり、リリスに近付いて来た。
「わたしにも おなじことを されるんだもの。」
フルの手が、リリスの頭を掴んだ。